第14話:神楽坂イザナミの日常:中篇
カリバス・ノートル、メディの父親、元憲兵職で元マルス駐在官。
今はその強面と屈強の体を活かして、メディ診療所の助手兼居住区の警備員という役職を与えられて、連合会社に所属して日々の糧を得ている。
とはいえ、助手という名目でメディを過保護にしてしまいがちであるため、メディより警備員に専念するように言われて泣く泣くそっちを主体にしている。
元より真面目な性格であることと、今でも奥さんを一途に想い続けている誠実な姿勢が高評価を得て、今では居住区の顔役となっており、前職の経歴を生かして憲兵との顔つなぎ役にもなっている。
そして今では神楽坂のギャンブル仲間であるのだ。
「カリバスさん、こいつがティラー・ユダクト! 卒業を間近に控えた修道院生!」
「よろしく、カリバスだ」
「……ティ、ティラーです、よ、よろしく、お願いします」
「ティラーは真面目なのはいいんですけど、固すぎるんですよね~」
「まあ修道院生だからなぁ、というよりも神楽坂の方が変わっていると思うが」
「そんなものですかね、さて、ティラーよ、今日の出張場所はな」
ここで手を突き出し宣言する。
「娯楽都市エンチョウ! その大衆賭場だ!!」
娯楽都市エンチョウ。
格付けは大規模都市を超える2等という格付けを与えられている。
人の生活に欠かさない潤いである娯楽、大衆レベルから貴族御用達レベルまで、数多くの娯楽を取り揃えており、原初の貴族経済担当、ツバル・トゥメアル・シーチバル家直系がケツ持ちをしているほどに力を入れている都市である。
「ティラーよ、お前ギャンブルは?」
「いやいやいやいやいやいや、せせせ先輩!」
ぐいぐいと引っ張る。
「なんだよ? 言っておくけど説教は無しだぞ、聞かないからな」
「いやいやいやいやいや、それもそうなんですけど!」
小声で耳打ちをしてくる。
「カリバス・ノートルって、やばい人じゃないですか!!」
「へ?」
「先輩だったらロッソファミリーを知っていますよね!?」
「ああ、マルスを牛耳っていたマフィアだろ? 今はもう大丈夫だよ、憲兵が壊滅させたし、残った構成員たちはガッチリと管理しているし、何より憲兵がにらみを利かせているからね」
「じゃなくて! そのロッソファミリーと繋がりがあった曰く付きの人じゃないですか! 賄賂を貰ってマフィアに情報を流し、それがバレて懲戒免職になった人物!」
「大丈夫」
「大丈夫な話はないですよ!? それと、執務時間中にギャンブルに行くんですか!?」
「だから交流と言っただろう、民間では普通にやっていることだ、だったら公務員もやっていいのだ」
「何を言っているんですか! 公務員が民間よりも高い制約を与えられるのは、当然であり、我々の給料が税金から支給されている」
「うるさあああい!! 説教は聞かんと言ったはずだ!! ほら行くぞ!!」
「ええーー!!」
とティラーの手を引っ張ろうとした時だった。
「って待ってくれ」
と止めたのはカリバスだった。
「あの、その、神楽坂、分かっていると思うが……」
含みを持たせたカリバスの言葉ににやりと笑う神楽坂。
「分かってます、メディが厳しんですね」
「ああ、酒はまあ、控えろぐらいしか言われていないんだが、ギャンブルについては禁止令が出ていてな、こう、破ると怖いんだ、割と本気で」
「確かに怖そう……」
「前回も、今回のように出張目的でエンチョウに向かったんだが、バレてしまってな、こう、その、結構もう「後がない」感じで言われたんだよ」
「恐ろしい、まあ、ギャンブルは女の人は嫌う人多いですよね、でも任せてください! ティラー!」
「は、はい!」
「分かっているな? 男の遊びの責は身軽なものが負うという鉄則があるのだよ」
「は、はあ」
「もしバレた時のことを想定して「俺達が嫌がるカリバスさんを無理矢理誘った」ってちゃんと言うんだぞ! そうすればカリバスさんに責は及ばない、つまりこんな感じ!」
――「だったらお父さんは悪くないですね、神楽坂さんたちが悪いんじゃないですか~」
「ってな感じ! カリバスさんは無事無罪放免なのだ!」
「ってな感じって……」
「まあこれはあくまでも保険だ! そう簡単にバレるわけないし! ねえカリバスさん!」
「そもそも自分から言わないからな! 感謝する神楽坂! ギャンブルがしたくてうずうずしていたんだ! これで心置きなく遊びに行けるぜ! ティラーとかいったな! 礼に今日は儲かったら星付きのレストランを奢ってやるぞ!」
「…………どうも」
「ティラーよ、折角遊びに行くんだ、楽しまなければ損だぜ! 何、心配いらない! カリバスさんはベテランだからな!」
神楽坂の言葉にどや顔をするカリバス。
「そのとおりだ、お前ら2人が生まれる前から賭場に慣れ親しんだものよ、今日は初心者のティラーがいるからな、1から教えてやろう、それに今日はツイてるぞ」
「というと?」
「最終レースは絶対に取れる、俺の長年の積み重ねた経験と知識がそう言っている」
「おお!!」
と意気揚々と大衆賭場へ向かったのだった。
●
「差せ差せ差せ差せ差せ差せ差せ差せ差せ差せ差せ差せ!!!!!」←カリバス
「4番4番4番4番4番4番4番4番4番4番4番4番!!!!!」←神楽坂
「「アアアアア゛゛゛ーーーーーーーーー!!!!!」
レース終了と同時にがっくりと膝を同時に膝を付く2人。
「終わった、全てが終わった、これは貰ったと思ったのに」←神楽坂
((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル ←カリバス
「ど、ど、どうしたんですか?」
「ど、どうしよう、このレース絶対に取れると思って、小遣い全部かけちゃった」
「かけちゃったって、次の小遣い日はいつなんですか?」
「……5日前に貰ったばっかり」
「ええーー!!!」
「やばい、これは怒られるじゃ終わらないかも(青ざめる)」
「芋づる式に俺達もばれることになりますね、ううむ、でも俺も手持ちが余り……」
「そうだ神楽坂! 今から診療所に泥棒に入ってくれないか!?」
「泥棒!? ってそうか! それを名目にして家探しをするんですね!? ちなみにいつもお金は何処に保管しているんですか?」
「分からん」
「分からんってまさか」
「ああ、メディが何処かに隠していてな、だが3人で探せば見つかるはずだ!」
「私も!?」←ティラー
「そうしよう! いや! そうするしかない! 頼む神楽坂!」
「…………(遠い目)」
「ど、どうした神楽坂?」
「……カリバスさん、多分それ無理だと思います」
「な、何故だ!?」
「いや、メディが見つからない場所に隠しているんだったら、多分それ、俺達じゃ絶対に見つからないと思うんですよ(泣)」
「…………」
「…………」
「どうしよう(泣)」
「どうしましょう(泣)」
「「…………」」
「「チラッ」」
「…………」←大穴を当てて札束を持っているティラー
「「…………」」
「「チラッ」」
「……………………いくら貸せばいいんですか?」
「いやそれは出来ない! なあ神楽坂!」
「おっしゃるとおり! 男のプライドが許さない!」
「そうですか」
「「…………」」
すすすっ ←ティラーの傍に近づく神楽坂
「お前は知らないだろうが、メディは一見しておっとりしているが、こう、妙な迫力があって怖いんだよ、このままだとカリバスさんはとっても怒られてしまうし、俺もとっても怒られてしまうのだ、だから、あの、カリバスさんには貸しづらいと思うんだけど、そのあの、例えば俺が立て替えるという形で」
「だーー! もうわかりましたよ! 貸しますよ! いや! 貸させてください! どうせあぶく銭だし!!」
「ごめんね、その代わり星付きが大衆食堂になってあれだが飯を奢ろうぞ! そういえばティラーは酒はどうなんだ? 俺は弱くて飲めないが、カリバスさんが酒好きでな、酒のうまい店に連れて行ってくれるそうなんだが、酒が嫌いなら他の店に」
「酒ですか、まあ好きではないですけど、強い方なので、その店でも別に」
「あ……」
という小声の神楽坂の言葉と一緒にカリバスは目をギラギラと輝かせると語りだす。
「ほう、酒が強いか、悪いがその言葉は聞き捨てならんな、いいだろう、その挑戦、死かと受け止めよう」
「挑戦って……」
「俺から今から連れていく店はな、まさに酒豪御用達の店でな。週に一度酒豪大会を開くのだが、その優勝者にはその日の飲食代免除に加えて1枚タダ券が貰えるんだ、そして店が認めた酒豪には名誉酒豪の称号が与えられる」
「そしてその店で名誉酒豪と認定されたのはわずか12名! そのうちの1人である俺を前にしての台詞! おあつらえ向きに今日はその酒豪大会の日だ!」
「いいだろう、お前がどれぐらい強いのか、そしてその強いという言葉が如何に狭い世界の言葉であるか、伝説を作るってのはこういう事だってことを思い知らせてやろう」
と再び意気揚々と歩きだしたのであった。
●
「ぐふっ」
とパッタリとテーブルに突っ伏したのはカリバスだった。
酒豪大会、本来であるのなら、酒豪たちが飲んでいる酒と相手の強さと必死に戦うのが、一番の盛り上がり場面であるのだが、全員が絶句していた。
理由は簡単。
隣で同じ量の酒を飲んでケロッとしているティラーの存在だった。
「ゆ、優勝、ティラー・ユダクト」
という引きつった店長の声も虚しく響くばかりだ。
「ティ、ティラーお前、酒……」
「はあ、ですから強いんですよ」
「ああうん、それは分かったが、全然変わらないんだな」
「はい、だからお前には酒を飲ませても面白くないとよく言われます」
「そ、そうなんだ」
とその横で寝ているカリバスさんを見て、最後に店長が一言こういった。
「お代は全員分いらないから、申し訳ないが、もう、その子連れてこないでくれ」
と、酒豪御用達の店でいきなり伝説を作ったのはティラーだった。
●
「ただいま~」
という言葉と一緒にメディ診療所に到着、千鳥足状態のカリバスを両肩で支えてのやっとの帰宅だ。
「お帰りなさい、あらあら~、お父さんはまたお酒を飲んで」
「すまなかったな、酒を控えるようにという話は聞いていたが、はしゃいじゃったみたいで」
「しょうがないですね~、神楽坂さん、お父さんの部屋までいいですか?」
「はいよ」
とカリバス部屋まで行き、上着を脱がしてそのままベッドに寝かせるといびきをかいて眠るカリバスの横でテキパキと上着をたたむメディ。
ううむ、これは怒られるかなぁ。
「まあ普段はちゃんと控えていますから、たまにはよしとしますか~」
と思ったらあっさりと許したメディ。
「へえ、ちゃんと理解してあげてるんだな、感心感心」
「でも知っていたんなら神楽坂さんも止めてくださいよ~」
「ごめんごめん」
「まったく、それで今日は勝ったんですか~?」
(そらきた)
やっぱりカマをかけてきた、物分かりが良すぎると思ったんだ。それにしてもメディにしては下手なカマかけだ。
「勝ったって何が勝ったんだ?」
「…………」
「ん? どうしたの?」
「変ですね~」
「へ、変って?」
「勝ったのか、という問いかけは普通は「賭け事で勝ったのか?」という意味だと思うんですけど~」
「そ、そうなのか?」
「神楽坂さんも嗜むんですよね~? だったら「ギャンブルなんて今日はしていないよ」という答えだと思うんですけど~、どうして分からないのですか?」
「ええええ、と、おお、俺はまた、別の、意味に、聞かれているかと」
「別の意味とは?」
「べべ、別の意味は、ほら、勝ったとか色々あるだろ、えっと、その、別の意味は、さ、ほら、あの、ああ! わかった! 酒豪大会の事を言ってるのね!?」
「…………」
「それならそれと言ってくれよ! 分からなかったよ! えっとな! カリバスさんは準優勝だったんだ! なんといってもティラーが酒が強くてな! しかもケロッとしているから、盛り上がりに欠けるとかで出禁食らったんだ! 凄いよな!」
「そうなんですか?」
「そそそうだよ! 俺酒弱いからさ! 飲めないからさ! いいね! 飲めるのって!」
「つまり私に隠れてギャンブルはしていない、それで間違いないですか? 嘘はないですか?」
「あああああああたりまえだろーーが!! カリバスさんからギャンブル禁止令が出ていることは知っているし!!」
「そうですか、残念です」
という冷たい言葉と共にメディは手元から2枚の賭場券をトランプのカードを持つ要領で俺に見せた。
「…………」
「お父さんの上着のポケットに入っていました」
「……………………」
:続く:
次回は29日か30日です。