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第13話:神楽坂イザナミの日常:前篇



 まず修道院生は文官であれ武官であれ、本来であるのならば、それこそ人によっては50代で就任するような少尉という階級をいきなり与えられる。


 だが修道院生は当然の如く頭は良くても何の経験もない、故にそれこそ一番下っ端であるということを骨の髄まで自覚せよと教官から叩き込まれる。


 ティラーは、ウルティミスを案内されて、自警団員たちとの歓迎会の後、神楽坂からはこんな指示を受けた。


――「俺はこれから自警団たちと徹夜でボードゲームをする約束をしていてな、んでそのまま朝まで遊び倒して、疲れたらここでみんなでゴロ寝する予定なのだ、だからお前も付き合え、楽しいぞ♪」


 だからの意味が分からないが、明日は普通に課業日だし、始業時間があるから朝から仕事をしなければならない。


つまり神楽坂は自分を試しているというのは容易に察することができた。


ここで自分が提案に乗るようなことがあれば、そのままそれは「やる気のない人物」として評価をされるだろう。


もちろん、ティラーはそれを固辞する、それに対して神楽坂は。


――「え? 来ないの? 分かったよ、じゃあ明日は好きに過ごしてていいよ、何かあれば声をかけるから」


 と返したのだった。





 どの監督生に付くにしても、一番下っ端だからこそやらなければならないことがある、その前提条件のもとに、歴代の先輩方から受け継がれた修道院生の先輩から引継ぎ事項が存在する。


 次の日、ティラーはまだ日が昇っていない時間にムクリと起きて、神楽坂達を起こさないように静かに歩くと、倉庫に行き道具を取ってくると始業時間の3時間半前に執務室に入る。


 引き継ぎ事項その1、仕事場の掃除だ。


 何故下っ端の仕事に掃除が含まれるのか、それは以下の理由のためだ。


――「私は何もできません。ですが皆さんの職場を綺麗にすることぐらいはできます。だから私に仕事を教えてください」


 そう、掃除は誰だってできる。綺麗な職場は誰だって気持ちがいいもの、そこから周囲に自分が立場をわきまえていることをまず知らせるのだ。


「ぱっと見て、掃除してないみたいだから、初日は気合入れないと、明日からはもう少し楽ができるようにしないとな」


 そんな独り言を言いながら掃除を始める、やり始めると想像以上に時間がかかった。よかった、念のため早めに出勤しておいて正解だった。


 汗を拭うと、パリパリの修道院の制服に自室に戻り着替える。ここは住まいと仕事場が、徒歩0分の位置にあるから、助かっている。


 同期たちは、掃除をする時の服もちゃんと持っていかなければならないから大変なんだそうだ。


「先輩とフィリア軍曹だけでよかった、お茶くみは楽ですみそうだ」


 引き継ぎ事項その2、先輩上司へのお茶汲みだ。


 これも基本中の基本、掃除と同様「お茶くみも誰でもできること」なのだ。


 とはいえお茶と侮るなかれ、味は濃い、普通、薄い、量も多め、普通、少な目、温度は熱め、普通、温めとあるから、それぞれ別に覚えなければならない。


ただ作業のように出すだけでは「気が利かない奴」とこれまたマイナスの評価を得てしまう。


 さて、掃除が終わり日用品をチェックし、携帯食を朝食代わりに済ませるとちょうど始業開始の2時間前になった、ここでティラーは執務室の出入口の傍に立って待っている。


 ここからが本番だ、2人が職場に来たら元気に挨拶をしてお茶くみをして終わりではない。


 新人の仕事は雑用の含めた気を使うことだ。



――「先輩上司に気を使え、自宅に戻ったら疲れ果てて倒れるまで気を使え」



 そんな言葉で引き継ぎ事項は締められている。


 そして大体官庁は課業時間の始業一時間前から仕事が始まるのが慣習となっている。


 そろそろ神楽坂とフィリア軍曹も来るころだろう。


(まあスパイとはいえ、ウルティミスはピガンと同じ辺境都市でありながら、1年でここまで成り上がったわけだし、何か得るものがあればな)


 と気合を入れたのであった。





「……変だな」


 始業開始時間の10分前になろうというのに誰も来ない。


 確かに自分の故郷の駐在官もこんな感じで緩い感じだったのは知っているけど、修道院出身でありながら辺境都市の駐在官として赴任した神楽坂には色々な噂があった。


 その噂の中に、仕事を全くしないとかあったけど……。


「いや、そんな人物と王子が友人になったり、ワドーマー宰相とかの噂とか出ないだろう、自警団員の人たちは街長も一目置いているとか言っていたし」


 辺境都市民にとってセルカは有名人だ、1年での驚異的な急成長を成し遂げた凄腕の街長、まあといっても、その評価はやっかみ半分で、内容も中傷じみたものだけど……。


 その街長に一目置かれているということだから、スパイを抜きにして興味を持ったのは事実だった。


 これも試されているのだろうか。


 と考えて首を振る。


(まあいい、このまま待とう)





 30分経過、誰も来ない。2人とも来ない。


「……うーーん」





 1時間経過、やっぱり来ない。


――「俺はこれから自警団たちと徹夜でボードゲームをする約束をしていてな、んでそのまま朝まで遊び倒して、疲れたらここでみんなでゴロ寝する予定なのだ、だからお前も付き合え、楽しいぞ♪」


 蘇る神楽坂の言葉。


 まさか、まさかなぁと思いながら、執務室を後にして、とぼとぼと歩き、自警団員の詰所に行き。


 自警団員達に囲まれる形で神楽坂が寝ていた。


(えーーー!!!)


 普通に仕事の時間なのに!


「か、神楽坂先輩、神楽坂先輩!」


 と小声で呼びかけながら揺さぶると不機嫌そうに目を開くと、自分を見る。


「んーーー、なんだよもーーー、まだ朝じゃないか」


「い、いえ、その、始業時間が」


「えぇ~? 言ったじゃん、別に何かあれば声をかけるから、それまで自由でいいよって」


「そ、そりゃ、言いましたけど」


「だからそれでいいから」


「いやいやいや! いろいろ問題があるのと思うのですが!」


「あのね、俺のところの祖国ってさ、公務員って楽しているというイメージがあるのね」


「え? そ、それが?」


「それでね、親戚の人が公務員をしているんだけど、まあ凄まじいブラックなんよ、お前らの給料は税金から出ている、という名目でやりたい放題やられているんだよね」


「は、はあ」


「それはいかんと俺は思うのね、んでここウルティミスの駐在官のトップは俺、つまり決めるのは俺、だから目指せホワイト、なのね?」


「あの、それはホワイトとは違うような」


「zzzzzz」


「えーーーー!!!」


 と半分寝ぼけたまま話したと思ったら、そのまま眠ってしまった神楽坂。


「…………」


 しょうがない、とりあえず執務室に戻り資料でも読むかと戻ったのだった。



――資料室



 そのまま執務室で昼まで資料を見ながら過ごした時の事。


「日誌とか、全部、これ神楽坂先輩の字じゃない」


 多分これ他の人に全部書いてもらっているのか、えーっと、それと第三方面の辺境都市の駐在官のまとめ役もしていたはずだけど……。


「議会記録が適当に編纂されている、字が汚いし、何が書いてあるかところどころ分からないし」


 辺境都市の駐在官はロートル職、と揶揄されることもあるが、辺境都市出身のティラーからすれば、利点があることも分かっている。


 都市の格付けが上がれば、それだけ多種多様な問題が発生する。そして公的機関は、個別に対応してはキリが無く、また解決もできないことから、一括で取り締まる方式を採用し、必然的に締め付けもきつくなる。


 その点、駐在官は裁量が与えられているため、王国からの扱いは軽いが、良くも悪くも好き放題できるのだ。


 神楽坂の行動は、そういう意味において決して悪いとは思わないが……。


「…………」


 とここでガチャリと開いてフィリア軍曹が入ってきた。


「お疲れ様です!!」


「わあ! びっくりした! 大きいよ声が!!」


「す、すみません、あ、あのフィリア軍曹!」


「なんだい?」


「あの、私は何をすれば?」


「何をすればって、イザナミから聞いていないの?」


「えーっと、好きに過ごしていいと、何かあれば声がをかけるからと」


「だったらそうすればいいじゃん、それよりもイザナミ嘆いていたよ、遊びに誘ったのに断られたって」


「え、えーー! あの、執務時間というものがあって、徹夜をすれば当然に」


「ウチはそういうのはいいの」


「いい話はないですよ!? フィリア軍曹、服務規定というものがあり、それをするのならば、例えばフィリア軍曹の場合は、先輩に休暇申請の書類を書いて、決済を貰い、先輩が、地域統括官にその書類を送付するのです、何故なら勤務管理上必要な」


「うるさああい!!」


「えーーー!!」


「細かい!! ボクは細かいことを聞くとじんましんが出るの! 遊び道具を取りに来たの! 今日は子供たちと遊ぶ! 分かった!?」


「わ、わかったって?」


「あ、折角だから君も来るかい?」


「あ、あの、その、えんりょ、しておきます」


「ん、分かった、けど、折角だから楽しみなよ、楽しんだ者勝ちだよ」


 と言いながら部屋を後にした。





 執務室に残されたティラー。


「…………」


 ああやって、試しているのかも、知れない。


 そう、自分の堪え性を試しているのかも。


 いや、でもやっぱり、これって。


 と悶々としていると続いて執務室の扉が開くと今度こそ神楽坂が入ってきた。


「お疲れ様です!!」


「わあ! びっくりした! 声がでかいよ!」


「す、すみません」


「いやぁ、ボードゲーム楽しかったぜ! 最先端技術を使った日本のゲームもいいが、素晴らしい文化よのう」


「?? って先輩、それよりも……」


 と神楽坂の格好を見てビックリ、詰所でごろ寝していた時と一緒のラフな格好で出勤してきたのだ。


「そ、その恰好は」


「ああこれ? 卒業する時に餞別代りに教官がくれたの、凄い丈夫で着心地良くてさ、今でも使ってる愛用物なんだよね」


「違いますよ! 服務規程には、制服勤務員は就業時間は制服で着用する必要があり、着用しない場合は、規定書類を書き、この場合の決裁権者は、先輩は統括役であるため、さらに上位の方面支部統括官に決裁を」


「うるさああーーーい!!」


「えーーー!!!」


「細かい!! 俺は細かいことを聞くとじんましんがでるの! ほら、釣りに行くぞ!」


 とテラスで干してある釣り用具一式を取り出す。


「つつ、つり?」


「知ってのとおり、自警団員も今や全員が学院生だ、授業を受けている間は、大人たちが警備会社の名目で大人たちが詰所に詰めている。そして警備会社の所属として給料が支給されている」


「は、はい、それが?」


「つまり、本当の自由時間だ! この時間もいいぞ! ここから湖畔を見ながら、のんびり釣りをする、祖国にいた時はそんな趣味は無かったんだけど、こっちに来てハマってさ、ほれ、お前の為に釣竿をフィリアに頼んで作ってもらったんだ、アイツ手先は器用でな、ここの魚は美味いぞ!!」


「えーーーーーー!!」



「ただ、明日は定時に来いよ」



 と神楽坂は急に真面目な顔になって話しかけてくる。


「…………」


 急な言葉で何も答えられないティラー。


「そう構えるな、ただの出張だよ」


「しゅ、出張って、何処に行くんですか?」


「詳しいことは明日話す、だから今日はのんびり休め」


「は、はい!」


 いつになく真剣な表情の神楽坂。


 その時に巡る神楽坂の「圧倒的少数派の噂」を思い出す。



 実は神楽坂は傑物ではないか、というもの。



 モストが神楽坂を嫌っている。実際に神楽坂は最初、ウィズ王国語はおろか修道院の事すらもよく分かっておらず、成績は最下位であった。


 そして実際に神楽坂の普段の行動はそれを裏付けることばかり、極めつけは原初の貴族の次期当主の意向があれば、神楽坂は無能でなければならないのだ。


 だが、神楽坂の功績と今回の首席監督生への選抜。


 噂を抜きにして考えれば、何故神楽坂が無能であるという噂が成り立っているのかという点がそもそも変なのだ。


 そう、これはモスト息にいい報告ができると思うと同時に、神楽坂の本当の姿を見れるかもしれない。


 本番は明日からだと、気合を入れなおしたティラーだった。







「男の遊びは、飲む、打つ、買う」


「…………」


「いや、正確には大人の男、と言っていいのだろうな、自警団の奴らは、まだアルバイトとしてでしか金を稼いでいないからな。こういった遊びにはまだ早い、さて、そんなわけで、本日のスペシャルゲストを呼んである」


「…………」


「さて、買うの方は、今は亡き奥さんに一目ぼれして以降、ちゃんと操を立てているから遊んでいないが、飲むは大好き、打つのも好きな、カリバス・ノートルさんです」


「…………」



:続く:



次回は26日か27日、若しくは29日か30日です。

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