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第12話:愛すべき2人の後輩達:後篇



 さて、重なる部分もあるがモストの思考と行動を最初から振り返っていこう。


 まずは、モストではなく自分が首席監督生として就任する、そしてそこからモストが何をしてくるところから考えてみる。


 望まぬこととはいえ絡むことが多かったことと、そもそもアイツの思考は読みやすいからすぐに見当がつく。


 まず俺が首席監督生に選ばれたことはアイツにとって屈辱以外なにものでもない。


 当然如何にして俺に恥をかかせるかに全力を挙げてくるとなれば、監督生制度にとって、一番の恥である最下位の首席監督生という不名誉を与えるように動く。


 その方法の前段階としてモストは修道院生時代から監督生を牛耳っていたのだから、当然に今回も同じようにしてくることは分かる。


 それが整ったら次にやることは明白。



 俺に修道院生が付かないように動く。



 だが最初モストは、その動きは必要最低限で済むと考えていたはずだ。


 何故なら、何もしなくても自分の「神楽坂に付かないようにする」という意向に大半が賛同するだろうと踏んでいただろうし、まあ、去年の首席監督生であるミローユ先輩の「成功例」もあったから余計にだろうが、まあそれは今はいい。


 無論、修道院は成り上がりたい奴が全員というわけじゃない、政治と無関係の道を進む人間もいる、ユサ教官なんかが代表例だ。


 とはいえその立場が最後まで変わらない修道院生は少数派、首席監督生としての肩書もあるから、その少人数が俺に付く程度は許容範囲内だったはずだ。


 だが状況はある人物が俺の元に行くということで状況が機変する。


 それがユニアだった。


 これはモストにとって完全な予想外、しかも俺はドクトリアム卿の後ろ盾も得ている立場、となれば当然に「自分の知らないドクトリアム卿の意思が介在してユニアが動いているのではないか」という思考に至る。


 これはウルティミスの現在の環境もさることながら、俺と王子の付き合いもあり、ユニアのサポート能力を見込まれているかもしれないと解釈して、それが次期当主である自分の知らないところで「事」が動くのが当然に我慢ならない。


 そんな気と器の小さいアイツは、ユニアの行動が突発的だったこともあって、窮余の策として当たり前のように愚策に走った。


 それがティラーをスパイとして送り込み、こちらの動向を探ろうとしたことだ。


 だがこっちからすれば、ティラーがモストのスパイだと一発で分かった。


まずティラーが辺境都市出身であることが大きな理由、辺境都市にとって修道院合格者はまさに希望の星なのは今更説明するまでもない。


現にティラーの志望は経済府、明らかに出身都市の期待を背負っている状況なのは言動で理解できる。だからモストの意向に逆らうことなんてありえない。


それだけじゃない、決定打だったのはモストは俺達側の動向を探るために保険のつもりで更に愚策を重ねることにある。


それは、俺に付く修道院生をティラーだけにしたことだ。


この愚策を採用した理由は二つ、一つ目は情報パイプを一本化するため、二つ目はユニアに「自分の知らない仲間がいるのではないか」という事を確認するためだ。


アイツからすれば二つの策を同時に使うことで内外からがっちりと固めたつもりなのだろうが、結果信用できない取り巻きを自分で作って周りを固めてしまう状況を作り出してしまい、身動きが取れなくなってしまっているというアイツらしい失策。


そもそもユニアに自分がスパイを仕掛けたことがバレるのが当たり前だし、それの対策に気をまわした様子がまるでなく、結果ティラーの存在が凄く浮く羽目になったことも全く気が付いていないのだろう。


 ちなみに俺はというと、ティラーがいたことでモストの行動と背景が分かったから、後はモストと同様にユニアにドクトリアム卿の意思介在の有無と、ティラーがスパイであることを知っているかどうかを確認がしたかったから、両方の意味を込めて聞いたのがユニアと初対面の時の会話だ。


「ってとこだね」


「そこまで分かっていて何故です? 言っておきますが、ティラーは既に何回か、モスト兄様と接触し情報を流していますよ」


「別に何もしていないわけじゃない、といっても俺がした対策は自警団員達と遊ばせることだけだけどな。まあこの場合も情報を渡したくないからって理由よりも、折角だから楽しんで欲しいって理由が大きいかな」


「悠長なことを! 結局どうするつもりなんです!?」


「どうするもなにも言ったろ、そのままにしておく。スパイの任を達成できれば、アイツはモストのポイントを稼げる、アイツも口利きぐらいはする筈だ」


「そう簡単に兄さまが口利きなんてしますか?」


「するね、お前はコルトは知っているか?」


「知っています。一般枠で入学した修道院生で、モスト兄様の取り巻きの筆頭、太鼓持ちですね」


「そ、そんなハッキリと、ごほん! だけどあいつは自分に尽くした奴には見返りを与えている。実際コルトも当時の監督生達を取り込んでコルト達の加点に満点をつけて、王国府に入らせているからな」


「……え?」


 ここでのユニアの「え?」はモストが口利きをしたことじゃない。


「ちょ、ちょっと待って下さい、その話の展開だと、先輩が自分から別の監督生に移れって提案は、もしかして……」


 ここでやっと気が付いたのだろうユニアの顔色がさっと変わる。


「そのとおり、モストはティラーに報告大会の直前で裏切れという指示を与えているはずだ」


「そ、そんな!」


「そもそもスパイ行為なんて悪目立ちをするし、人として信用されなくなってしまうだろ? その解決策としてアイツが考えたのが修道院生に監督生を変えることによる失点は「監督生」にあるという制度を利用することなんだよ」


「ですが! それでもスパイというレッテルは張られるかと思うのですが!!」


 俺はここでニヤリと意地悪く笑う。


「それはお前が解決してくれたよ」


「わ、わたし!?」


「はっきり言ったじゃないか「俺ではなくセルカに興味がある」とな」


「そ! それは! そんなつもりは!」


 と焦るとハッとする。


「先輩! まさか初対面の時! ティラーの前で私に「貴方に興味が無い」とわざと言わせたんですか!?」


「うん、だから怒らなかったの。あの時にあんな聞き方をしたのはそれが目的、だから言葉を選んだのさ、どう考えても俺に興味を持っているように見えなかったからな」


「あ、あ、貴方という人は!」


「ちょっとした意趣返しだよん、悪く思わないでね」


「…………」


 ユニアは、ぐうの音も出ない様子だったが、がっくりと肩を落とす。


「先輩の意思と意図は理解しました、し、しかし、自分の後輩にスパイをさせて裏切らせる、そんな下劣なことを、兄さま、仮にも原初の貴族の次期当主でありながら……」


 そんなユニアに俺は首を振る。


「いや、加点要素をこういった形で使うのはアリだと思うぜ。ユサ教官曰くティラーは経済府には厳しい位置だろうが、希望は捨てきれない位置にいるそうだ。アイツもそこらへんは鼻がきくんだよなぁ」


「ですが!」


「アイツはね、そこを自分の為だけじゃなくて、それこそ政治的策謀に応用すれば、ドクトリアム卿とまではいわないが、当主としては悪くないと思うんだけどね、ただ致命的に器と気が小さいんだよなぁ」


「……先輩、私にはわかりません、どうしてそこまでするんですか? ティラーは裏切り者ですよ? 情けをかけるというのを度が過ぎていると思います、スパイ行為自体が人として信用されないと言いましたが、裏切りに手を貸すという時点で人柄も知れると思いますが」


「それが知りたいから、自警団に入れたの」


「え!?」


「だから言ったろ、対策の一つは自警団と仲良くさせることだって、俺相手じゃ仮面を被るからな。自警団の奴ら気のいい奴らばっかりって話はしたよな、そして不思議と類は友を呼ぶ、ティラーがウルティミスを離れるとき、リーケもデアンも寂しがっていてな、だからアイツらはティラーにこんなことを言ったんだよ」


――「ティラーさん、出世しても俺達のこと、忘れないでくれよな」


 自警団員からそんな言葉を投げかけられた時、ティラーは罪悪感に苛まれた顔をしていた。


「だからさ、アイツは裏切りなんて汚い真似に向いている奴じゃないんだ。その証拠に俺に見抜かれていることなんて夢に思っていない、少しぐらい変に思ってもいい筈なのに、それがないのは自分が汚い真似をしているという心身的負担が大きすぎるからだ」


「となれば俺がアイツの先輩としてできることは、「そこまでする理由」がなんであるかを確認する必要があったんだよ」


 俺の言いたいことが分かったようで、ユニアは更に驚いた顔をする。


「先輩、確か1週間ほど出張に行くと言っていましたが、まさか!」


「うん、行ってきたんだよ、ピガン都市、アイツの故郷にな」


「どんな事情があったんですか?」


「それはちょっと秘密にさせてくれ、考えていることがあるからな」


「…………」


 俺のあっさりとした言い方に両手を腰に当てて俯くユニア。


「……ティラーの故郷で事情を知り、結果裏切り者の為に動き、裏切る口実すら与える、本当に凄い人ですよね、先輩は」


 凄いと言いつつなんか半分呆れているようにも聞こえるけど。


「見損なったか?」


「いいえ、むしろ逆ですよ、どうしようもないお兄ちゃんから頼りなくて情けないお兄ちゃんぐらいには印象が良くなってます」


「やっぱりどうしようもないお兄ちゃんって冗談じゃなかったんじゃん!! しかも印象よくなってないし!!」


「なってますよ」


「なってるんかい……」


「それと、さっきの先輩から乗り換えろという指示ですが却下させていただきます。私の立場でそれをしてしまえば、いらぬ詮索を生みますし、それに……」


「それに?」


 むすっとした様子で告げる。


「頼りなくて情けなくてモテないお兄ちゃんに、妹分として恥をかかせるわけにはいきませんから」


「増えてるよね!?」


「じゃあモテるんですか?」


「モテないよ!! ふんだ!!」


 もう、まあ、これは軽口で、その顔を見るに慕ってくれている……だと思う、多分。


「まあまずは、私だけでも報告大会頑張りますよ、やるからにはトップを取るつもりでやります」


「分かった、ありがとな、報告大会、2人で頑張ろうな」


「2人で頑張るとかセクハラです」


「セクハラなの!?」


「冗談ですよ、おやすみなさい」


 とそのまま教会を後にするかと思ったら。



「先輩、やっぱり下策だと思います」



 と何とも言えない顔でそう言い放った後で踵を返し教会を後にした。


「…………」


 難しい。こうあれかなぁ、女の扱いが上手ければもっといけたのか、わからん。


 さて、これでやっとひと段落ついた。


後は報告大会があって、その結果をもって監督生と修道院生の序列付けも終わり、次は最終希望調査というメインイベントを残すのみ。


 ユニアならこっちが何もしなくても資料を何回かチェックする程度で十分だろう。


――「事情を知って、裏切る口実すら与える、本当に凄い人ですよね、先輩は」


 さっきのユニアの言葉が蘇る。


 まあ確かに、感情移入をしていることは認める次第だ。自分への裏切り任務を完遂させるために骨を折っているわけだからなぁ、自分でもびっくり。


 だが、それでも今日のこのユニアの会話だけは、どうしても2人だけで話したかった。つまり俺が今日この時間帯でこの場所でユニアに大事な話をしたのは理由がある。



 それは、ティラーが今まさにこの時間、モストに接触して俺の情報を流しているからだ。



 ティラーの動向は、ユニアに言ったとおり色々な意味を込めて注視している。注視の方法は例のごとくルルトの力を借りようかと思っていたが、その必要もなかった。


なんとティラーから連絡があって「ちょっと用事があるので、今日の夜だけは連絡がつきません」なんてことをちゃんと報告してきたのだ。


(本当にバレバレだよな)


 まあこれで、ティラーは任務を見事完遂、ユニアは自分でなんとかするだろう。


「さて、俺はミローユ先輩に会いに行きますか」


 監督生は、平日の外出が許される、俺はそのまま教会を後にして、ミローユ先輩の元へ向かったのであった。




――




ここは、修道院のとある教室。


夜の誰もいない教室で、ティラーはやってきたモストに頭を下げる。


「ご苦労だったな」


「とんでもありません、モスト息のためなら」


「よし、報告をはじめろ」


「はい」


 何度か重ねた同じやり取り、ティラーはそれぞれのモストの要望に沿って、要望に合わせて情報を提供してきた。


 今までティラーが提供してきたのは、神楽坂ではなくウルティミスそのもの、ウルティミスそのものの情報をできる限り提供した後は、次にモストが望んだのはユニアの動向だった。


 自分の妹のことをわざわざとどうしてと思ったが、そこら辺は質問をすると蛇が出そうなので黙って従うティラー。


 ただユニアの動向については、完全に別行動を取っていた関係で情報収集をすることができず、ユニアと一緒に執務室で仕事をすることがあっても、彼女は口が堅く、世間話には応じるが秘書としての仕事の話は、それこそ不自然な程に応じなかった。


 確かに、ウルティミスに興味を持っていたなんて、同期の誰も知らなかったみたいだから、そこは徹底している。


 それを理解して、やっとモストは件の人物、神楽坂イザナミのことについての調査命令を下してきた。


 ユニアよりも全然警戒心がない彼の普段の動向は、それこそ筒抜けと言っていいようなものであったが……。


「どうした? 何かあったのか?」


 不審に思ったモストが問いかける。


「い、いえ、その、報告内容が、あまりに、何と表現したらいいか、正直、ちょっと信じられないというか」


「ありのままを言え、どんな内容でもまずはちゃんと最後まで聞く」


 というモストの言葉にようやく口を開くティラー。


「そ、それでは、その報告を始めます」


 そして、ティラーは神楽坂の情報を提供する。




次回は20日か21日です。

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