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第10話:教官としての想い



 監督生としての実習期間が最終日に、実習を終えた各修道院生が集まってくる。


 とはいえ今回の景色は異例、モストを先頭にぞろぞろと集団で歩いていく姿。その姿を苦々しくユサ教官は眺めていた。


 異例と言っても去年に引き続きの同じの光景。


(修道院の特色が最悪の形で出たな)


 修道院全員が成り上がりの野心を持って入るわけではない。単純に実力試しで受けたり、単純に高いフィールドで活躍したいからというものでもある。


 ユサの場合は後者、仕事をするのなら高い水準で活躍したいという理由で努力を重ね、シェヌス大学と修道院に両方に合格をした結果、官吏の道を歩んだ。


 特段政治力も必要とせず、それでいて適応力がある彼女は教官という立場を与えられるほどに「優秀」な評価を得たものである。


 だからこそ俯瞰的な立場ではあるが、頭が痛い状況である。


 自分の修道院同期にも貴族枠がいたし、実は声をかけられたことがあるが政治出世の道よりも自分の道を進むことを選び、その後も同期の貴族枠とはいい関係を続けている。


 だがモストの期は一方的な隷属関係だ。原初の貴族の次期当主の威光はユサですらも予想よりはるかに超えた状態で影響を及ぼしていた。


 それを予見してか、政治出世を志す教官たちは万が一の不興を買うと担任を嫌がり結果自分に白羽の矢が立った結果となった。


 ユサは、教官としての責を果たすため、徹底してモストを絞っていたものの、取り巻き達がそれ以上に徹底して持ち上げる為に効果はまるでなかった。


 更にモスト自身の能力は素晴らしいことが悪い方に余計に拍車をかけてしまった。


 確かに能力だけを取ればそれこそ名君と名高い現サノラ・ケハト家当主ドクトリアム侯爵を凌ぐと言われており、それは実際に担任をしていた自分はよくわかっていた。


 だがそれは圧倒的少数派、現修道院生であるユニアのサポート、次期当主だからという偏見、取り巻き達も含めて周りの見方「暗黙の了解」とばかりに、事実として全員が黙っていたのだ。


 だがそれは誤りだ、そうだ、そういう意味ではモスト自身の能力の高さを偏見なく評価していたのは自分と……。


 神楽坂イザナミという名の外国人だった。





 修道院に入学する際は、まずは受付と本人確認を行い、クラス編成表を確認したのち、自分の部屋に行き、荷造りをして、所定の時間に教室へ集合するという流れになるのだが、 受付ですぐに受付から報告があった。


 その報告を聞いた時は間違いかと思ったが、担任が自分ということで受付に向かうと、確かにその報告は事実だった。


「O)’$”$’&)~」


 そう、ウィズ王国語が話せないのだという報告内容だ。


 修道院の外国人枠は母国語で試験が行われる。何故なら受験資格にウィズ王国公用語が話せるという条文はない。理由は外国語習得のための労力を割くというハンデを除外するためだ。


 そして修道院入学直後に、ウィズ王国公用語が話せない入学制を対象に、通常の重要カリキュラム以外は全て公用語の集中講義を行い、日常会話が出来る程度の公用語の知識を身に付けさせるシステムを採用している。


 だが今まで適用事例はない、何故なら存在価値を鑑みてみれば、受験してくる人材は国家を代表して受験するため、入学してくる全員が日常会話どころか、大学の学術論文を読み解けるほどの語学力を身に着けてくるのだ。


 とはいえ全く事前情報も無く、着校日にそれが判明することなんてありえるのかと思うが目の前にいる人物は間違いなく今年の修道院入学生であった。


 結果、そのシステムの初の適用事例が神楽坂だったのだ。


 担任という事で、まさか使うことになるとは思わなかった、公用語の教書を与えて必死に勉強させた。


 そして公用語を教える上で、この神楽坂という修道院生の特殊性が分かってくる。


 ラメタリア王国と始めとした諸外国はもちろんのこと、ウィズ王国のことを全く知らず、原初の貴族のことも全く分かっていないということに加えて、出身国も日本という聞いたことが無い国だった。


 本当にこの世界の人間なのかと疑いたくなるような状況だったが、更に神楽坂は公用語がなんとか話せるようになってからも、世渡りにそもそも興味すらない状態で、趣味に勤しみ始めたのだ。


 悪く言えば空気が読めない、よく言えば物事をストレートに見つめるその姿勢は、自身の派閥を形成し、自分に従わせる独裁体制を築いていたモストの逆鱗に触れるが。



――「お前は空気を読んで気を使っているんじゃなくて、取り巻き達がお前の空気を読んで気を使っているだけだろうが」



 という言葉がきっかけとなり仲の悪が決定的になった。


 モストは方々に神楽坂の悪評を広めたり嫌がらせに勤しんだりするが、本人が全く意に介さないどころか、ますますモストへ馬鹿にするような態度を取り始めたのだ。


 結果、モストの嫌がらせは家の権力すらも使うようになり懇意をしていたロード院長がその威光を反映させる形で、辺境都市への赴任が決定、原初の貴族の次期当主の不興を買ったと噂も付き。



 神楽坂は「終わった官吏」となった……。



 だがこの男は戻ってきた。


 ありえない功績を上げ、首席監督生として。



 だが本心を言えば、教官として首席監督生赴任は反対だった。



 これは神楽坂の話ではなく、そのありえない功績が外部に物事が波及し、修道院内部に留まらないから。


 つまり「優秀」な評価には自身も抗えないことも不甲斐なく感じていたからだ。



 そうだ、そういえば、あの神楽坂をたった1人だけ高く評価していた人物がいた。



 その人物は……。


「入ります!」


 という声と共に教官室に入ってきたのは神楽坂の声で思考を打ち切った。





「首席監督生神楽坂イザナミ! ただいま戻りました!」


 とユサ教官に敬礼する。


 未だに慣れないこのガッツリとした感じ、まあこれも可愛い後輩たちの為、我慢我慢。


「ご苦労、ユニアとティラーは一緒に戻ってきたのか?」


「一緒に戻ってきました、今は寮にいるかと思います、後は予定通り、報告大会を待つだけですね」


「そうか……」


 と何処か心ここにあらずの様子を受ける。


「神楽坂、一つお前に伝えることがある」


「なんでしょう?」


「首席監督生はシンボルとしての役割が求められるのは理解しているな」


「はい」


「そして監督生も序列をつけられる、その人事記録も一生残る、監督生としての功績が如何にあるのかというのを数値化して算出するのが報告大会だ。今回、監督生はお前を含めて文官課程では16人選出されているが、首席監督生で最下位を取った者は1人しかない」


「存じてます。何をおっしゃりたいのですか?」



「お前が報告大会で最下位を取った場合、王国府上層府からお前の受勲が無くなるかもと、連絡が来た」



 とじっと俺を見ながらいうユサ教官であったものの。


「ははっ! 分かりやすい!」


 思わず吹き出してしまった。


「……何がだ?」


「教官、おっしゃっていたじゃないですが、私を監督生にする上で「紛議」があったと、その紛議の内容とは「そもそも監督生などにしている場合」と」


「言ったが、それがどうしたんだ?」



「つまり、上が知りたいのはずばり私と神との「繋がり方」なのでしょう?」



「っ!」


 ユサ教官はぐっと口をつぐむ。


「元々私と神との繋がりをどう扱うかについて色々考えていたのでしょうが、ドクトリアム卿の後ろ盾の件もあり放置せざるを得ない状況になったが、そうも言ってられなくなった」


「それがワドーマー宰相の交戦の噂、私とフォスイット王子との交流。友としてなのか、それともそれ以上なのか、となれば私に対して結論を出すほかなくなり、その結論とは当然二つに絞られる」



「神の相棒か、神の傀儡か」



「とはいえ、国家にとっての結論は一つしかない、もちろん神の傀儡ですね、相棒という結論は偉大と同列になってしまうのだから」


「だからこそ、首席監督生という地位は「モストも選ばれたことも含めて」非常に都合がよかったんです。サノラ・ケハト家と私の関係を、モストを通じて確認する必要があったからですね」


「モストと変わらずの不仲が真実であると分かり、ユニアも私自身に興味が無くセルカに興味があるからこそ、という事実が判明すれば次に上層部が考えることは一つ」



「傀儡をその手に入れること」



「だからこそ、最下位がほぼ確定している状況を知りながら、後々の「お情け」としての貸しを作る形で国家最優秀官吏勲章を受勲させるという「口実」を作る。異動も思いのままなら、私が王国不成中央政府の出世コースのポストを選ぶと思い込み、その貸しをもって自分たちの傍で私を意のままに操ろうとする」


「だから分かりやすい、と言ったんです。それにしても、私が無能であるという噂を知っていて、どう無能であるかも吟味した形跡すらない、他人が人を見る目の、なんと愚かな事か」


「そのくらいにしておけ、神楽坂」


「失礼しました、身の程をわきまえます」


「一つ聞かせろ」


「なんでしょう?」


「お前が言う、その情けで国家最優秀官吏勲章の内定が決まった場合、どうするんだ?」



「くそくらえ、ですね、教官、上層部にその様にお伝えください」



「……神楽坂、もう一つ聞きたいことができた、いいか?」


「なんなりと」



「お前は何に怒っているんだ?」



「…………」


「その怒りの対象が上層部ではないのだろう?」


「…………」


「詮索無用か、わかった、この質問には答えなくていい、報告大会に向けて鋭意努力せよ、神楽坂」


「はい、神楽坂、帰ります」


 と踵を返し、教官室を後にした。



 その後ろ姿を見ながら、ある人物を思い出す。



 それは修道院時代の神楽坂が付いた監督生のことだった。



 そういえば、ミローユ・ルールは、先代首席監督生は。



 報告大会で最下位を取り、職を辞したのであった。




次回は12日です。

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