第7話:セルカとユニアと
監督生としての期間は一ヶ月。
3週間が実習期間。実習期間が終われば首都に戻り1週間で報告大会に向けて準備が行われる。
報告大会で監督生にも序列がつけられる。そしてそれが監督生としての評定になり、だからこそ監督生の権限は強いが絶対ではなく、両方との連携が重視される。
そんな2人がウルティミス・マルス連合都市に世話になり、2週間が過ぎた時の事、セルカの執務室で定期報告が行われている。
商工会会長ヤド・ナタムと婦人部長キマナ・グランベルがそれぞれの報告を行う。
「以上が、今月の売上報告だ、順調に伸びている、だが問題点がいくつかあるが」
「分かりました、吟味します、ことを焦らず対処しましょう」
とここでキマナが辺りを見る。
「街長、ユニアはどうしたんだい?」
「今昼食休憩中です」
「そうかい、それにしても随分と気が合っているみたいじゃないか、向こうもアンタを「姉さま」なんて呼んで尊敬して慕っている」
「…………」
セルカは何も言わない、それを受けてキマナが更に問いかける。
「街長としての評価はどうなんだい?」
「……そうですね、よく頑張ってくれています、流石修道院生です」
「街長、私は今、ウルティミスのナンバー3として聞いているんだよ」
キマナの言葉にヤドは顔をしかめる。
「おい、街長にも色々あるんだから」
「アンタは黙ってな! ルーイもアンタもセルカに甘いんだ! いいかい、これはまたとないチャンスなんだよ! 分かってるだろう!」
キマナの言葉にヤドも黙るしかない。
原初の貴族の直系が興味を持ってくれている。修道院以外でそういったチャンスを得るのは至難の業であるのだから。
だが2人にとっては大きな理由はもう一つあるのだが、それはセルカには言えないが。
セルカは熟考したのち、口を開いた。
「凄まじい、の一言です」
「「…………」」
「初日で既に8割がたの仕事をまるで覚えて来たかのようなスピードと正確さで処理をして、たった3日で秘書としての仕事を完ぺきにこなし、私の仕事が半分になりました。余裕も生まれて、その時間を使って会社運営に専念できるようになりました」
セルカの言葉を受けてキマナが身を乗り出す。
「だったら決まりだね、スカウトを」
「それを決めるのは私ではありません」
毅然とした口調にキマナは言葉に詰まる。
「そ、それを、決めるのは確かに、本人かもしれないが」
「そういう意味ではありません、もちろんお二方の意見も分かります。ですがユニアは監督生としてここに来ていますから、まずはその立場が最優先です」
何故か頑ななセルカの言葉に2人は何も言えない。
「申し訳ありません、無論ウルティミスにとって良き方向へと考えています、ですがユニアについては私に一任をお願いします」
「「…………」」
セルカの頑なな理由、分かるようで分からない2人であったが、ここでコンコンというノックと共にユニアが入ってくる。
「…………」
ユニアは入ってきたときの空気を感じ取って、その場で立ち止まるが。
「何もないよ、ヤド商会長、キマナ婦人部長、ありがとうございました、通常業務に戻ってください」
セルカの言葉に無言で頷くとその場を後にした。
「…………」
その立ち去った後の扉を見るユニア。
「ごめんなさい、気を使わせてしまったね」
「いいえ、それと姉さま、休憩中に曙光会と他の派閥との会食の日程について連絡を受けました」
「それで?」
「こちらの都合を全て外す形で予定が組まれて、出席せよという連絡を受けました」
「あらあら、分かりやすい」
「調子に乗るな、ということですね、どうしますか?」
「いいじゃない、その都合で是非出席しましょう、会社の方はヤド商会長キマナ婦人部長に任せれば問題ありませんから」
「いいんですか? 舐められることになりかねませんが」
「だからこそよ」
「え!?」
「こんな形で舐めてくる相手を把握することができて、私たちを舐めた事実を向こうから作ってくれる。私たちを新興勢力と侮るツケは必ず来るというのにね、こんなに美味しい話はないじゃない? むしろ私達に、いえ「王子に気を使う形」で迎えられていたら把握がしづらくなるから頭を悩ませていたのだけど、ね」
絶句するユニア。
「ユニア、ここで大事なのはこのレベルの相手ではなく「私たちを高く評価」する相手よ。偏見なく真っすぐに私たちを見てくる。その人物と対峙したとき、こちら側がむしろ逃さない様に、ね」
ここでユニアは少し違和感を覚える。
それはセルカの考え方についてだ。彼女が普段使う政治的策略と策謀ではなく、もっと別観点から見ているような感じを受ける、要はセルカらしくないのだ。
「油断よ」
「え?」
見透かされたような言葉に一瞬震えるユニア。
「イザナミさんから学んだの」
「先輩に、ですか?」
「ええ、以前に彼はこう言っていた」
――「一番手強いのは油断しない相手、一番容易いのは油断した相手、ただ油断しないだけで能力関係なしに全員が強力な相手となる」
「…………・」
神楽坂イザナミ、修道院最下位で今回の首席監督生であり、自分の直属の先輩にあたる人物。
「セルカ姉さま」
「なに?」
「仕事ではあんなにも強気なのに、どうして先輩にはヘタレてしまうんですか」
「ぶーー! けほっ、けほっ! あなたまで何を!」
「…………」
とこれには答えずむすっとしているユニア、その顔を見るに何となく考えていることが分かったセルカはユニアに問いかける。
「イザナミさんの事で何かあるの?」
セルカの指摘にぴくっと震えるユニア。
「まあ、そうです、ね」
どことなく歯切れの悪い言葉にセルカはユニアの言いたいことを察する。
「はっきり言っていいよ。ここには私達2人しかいないし、イザナミさんとは友人だけど、それぐらいで怒るようなことはないから」
セルカの言葉にユニアは少し渋ったがそれでもセルカの目を見てハッキリと告げた。
「先輩は巷で言われているような無能とまでは思いません。ですが正直、修道院に入れるほどの能力を持っているとは思えません」
結構な覚悟を持ったユニアの言葉だったが。
「ふふっ、そうだね、私もそう思う」
とあっさりと返された。
「……姉さま」
「別にからかっているわけじゃないよ、そのとおりだと思うだけ」
「なら、どうして一目置くのですか? ここ3週間で業務の傍ら神楽坂先輩ことも見ていましたが何もしていない、それどころか先輩の仕事までセルカ姉さまがしている。はっきり言って甘やかしすぎだと思います」
「はは、それは反論できないかな、でもイザナミさんはデスクワークが凄い苦手で、フィールドワークが得意な人なのよ」
「いいえ! 私が来たからにはそうはいきません! ここを離れる残るわずかな日ですが、きっちりと教え込みます!」
「あ、あの、あんまり厳しくしないでね」
「姉さまは甘すぎます! 既に今朝駐在官としての仕事は全て教えて、今日中に終えるように指示をしています! 今日の業務が終わったらチェックしますので!」
「ありがとね、でもねユニア、イザナミさんのことで一つだけ、貴方の見方を修正しておきたいことがあるの」
「修正、ですか?」
「イザナミさんにはね、見えている時があるの」
「……み、見えている時?」
「普段のイザナミさんは、子供がそのまま大きくなったような人で、まあ可愛いけどね、だけど見えている時のイザナミさんは、誰もついていけないの」
「誰もついていけない?」
「そう、イザナミさんが何を見ているのか分からない、だけどそのイザナミさんが何を見ているのか分かった時、誰しもが驚くのよ」
「……い、言っている意味がよく分かりません」
「言葉にするのは難しいけど、一度それを目にすれば分かるよ、それを目にする機会があればいいけどね」
セルカの言葉に嘘や誇張は感じ取れない、だがそれでもユニアは納得できない。別にこれは普段の神楽坂の行動以外にも理由がある。
「……姉さま、お言葉を返すようですが、いささか買いかぶりすぎかと思います」
「というと?」
「私が今ここで、姉さまの秘書をしているということそのものです」
「…………」
ここで責を切ったようにユニアが話し出す。
「私がここにいるという事について何の疑問も思っていない。自身の後ろ盾の直系であるにも関わらず、気にする様子がまるでない、私が家の意志を持って動いているということにどうして危機感を持っていないのか」
「セルカ姉さまは、反社会勢力と同じぐらい上流の手出しを警戒されている。レティシア主任教員もその意志を強く持っていました。揚げ足を取られないように……」
「それは後ろ盾をしている我がサノラ・ケハト家こそ最も警戒する相手でなければなりません」
「はっきり言いますが、お父様が後ろ盾をしたというのは当家にとっては衝撃が走ったんです。便宜ではなく後ろ盾ですよ? 元より何を考えているのかよくわからない方でしたが、ありえないことなのは姉さまもよく理解されていると思います」
「お父様は家族から見ても恐ろしい方です。それに対してまるで無策であるどころか、私を受け入れた理由については「セルカがちゃんと考えている」ですよ? セルカ姉さまも先輩に一目置いているからこそ何も言わず私を受けれてくれた事情があるのに、無神経だと思います」
ユニアの言葉をじっと聞いていたセルカであったが。
「その点については大丈夫よ、何故なら家は関係ない、貴方は個人で動いているもの」
あっさりと言い切ったセルカにユニアは目を見開く。
「……何故です? 私が何かしらの命を受けてここに来た、という事は考えないのですか?」
「考えないよ、その理由は簡単、貴方がまさに今言ったドクトリアム卿のイザナミさんへのスタンスよ」
「スタンス?」
「貴方は、飼っている虫に対して、衣食住全てを世話しているからという理由で対価を要求する?」
「っっ!!!」
とんでもないことを言い出すと思ったが……。
「流石自分の父親の事よね、確かにと納得した、だからこそ貴方は個人で動いているということになるの」
「?」
「確か貴方のお兄さんのモスト息、全ての監督生と修道院生を配下に付けたのでしょう?」
「そ、そうですが、それが何か?」
「つまり貴方がイザナミさんに付いたのは、お兄さんにとって予想外の出来事だった、だから相当に焦った、ということになるの」
「は、はあ? 焦っている? あの兄がですか? 何に焦っているのですか?」
「貴方がさっき言った事と一緒よ」
「え?」
「だから貴方のお兄さんも、貴方がイザナミさんと組んだことは家の、自分の知らないドクトリアム卿の意志があったのではないかと警戒していることよ」
ハッとするユニア。
「つまりモスト息は貴方は個人の自由意志ではなく「家の命令により組んだ」と解釈したのね、だから監督生を自分の手中に収めて徹底して動向を探ろうとしたのよ」
「サノラ・ケハト家は原初の貴族の中では最小規模、でもそれは弱いからではない、強すぎる特権を持っているからこその最小規模よね。もちろんモスト息が取り巻きを作ることは否定しない、自分の派閥を構築するのは当たり前のことだからね、それでもちょっと強引すぎるのが引っ掛かっていたのよ」
「現に貴方は取り巻きを作らず、希望部署ですらも周りに言っていないのに、更に修道院生時代のモスト息は、取り巻きをちゃんと選定していた節がある」
「そしてこれはあくまで噂だけど、貴方のサポート能力があったからこそ、モスト息の学科試験での首席に繋がったからと言わていること。それが噂ではなく本当なら貴方のサポート能力はモスト息自身もよくわかっている筈よね」
「つまりモスト息はイザナミさんではなく貴方を警戒したということよ」
「この二つの事実を鑑みれば貴方は今回の件については何の関係も無く個人で動いていると判断してもいい。だから秘書に迎えたのよ、貴方はひょっとして、面白いかもしれないから、ね」
「ちょっと待ってください!」
「どうぞ」
「確かにセルカ姉さまのおっしゃるとおり、ですがそれはモスト兄様と私に繋がりが無かったというだけで、家の意志が介在していないという理由には」
「なるよ」
「ど、どうして!?」
「何故なら、原初の貴族の恐ろしさは組織力にあるから。強すぎる特権を持つ家の、次期当主と直系が、現当主の「公の許可を得ず好き勝手動くのは「ありえない」ことだ」もの。だから貴方もモスト息も家の意志が介在しているように常に意識した動きをしている、何故なら組織の脆弱性は、そこから突かれ崩されるからね。基本中の基本よ」
「…………」
絶句した様子のユニアだったが、観念した様子で手を上げる。
「さ、流石です、セルカ姉さま、原初の貴族の直系相手というだけで、本来ならそう考えない方が普通なのに、政治的策謀だけではなく、その戦術と戦略思考も」
ここで自分で言って気が付いたのだろう、ユニアは勢いよく立ち上がる。
「ま、ま、まさか!!」
「そう、これはイザナミさんが言っていたことをそのまま言っているだけなの」
呆然とするユニア。
「し、信じられない、わ、私の顔も知らなかった人が? い、いえ、し、知らなかったのは、演技? いえ、あれは演技には見えなかった、けど!」
「演技じゃないよ、そういう「気が利く」ようなことを出来る人ではないもの、考えていることがすぐに顔が出るし」
「だったら初見で見破ったというんですか!?」
ここで再びハッとする、そうだ、確か先輩は、初見で、あのことに。
「で、でも、そんな気付いている素振りは全然」
「まあ、本人がこういう事を凄いって自分で思っていないから、当たり前のことだと思っているの」
「…………」
「それと後もう一つ」
「え?」
「イザナミさんがワドーマー宰相と戦った噂、知っているでしょ、貴方なら他の人よりも詳しく」
「…………」
その時のセルカの顔、それは、その顔が意味することは。
「それと今日はね、珍しく午後の予定が無いのよ、だから今日はね、貴方と「私達」で交流を深めたいと思っているの」
「え?」
「女子会よ」
「じょしかい?」
「ふふん、我が連合都市はね、女が強いのよ、アイカとレティシアとメディさんも呼んでであるの」
とここでセルカは立ち上がる。
「さて、ユニア、休憩はおしまい、短くてごめんね、最後の客人であるクォナ嬢が来るから出迎え用意を、そろそろ到着するころよ」
「…………」
歩き出すセルカに、無言でついていくユニアであった。
次回は23日か24日です。