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第3話:首席卒業生vs首席監督生



 監督生の流れは大まかなものになる。


 監督生に任命後、合格者の集いに集合し、顔見せを行うと同時に、有力者たちを交えての懇談会。


 それが終わると合格者たちは、それぞれの故郷に帰り、本格的な入学準備を始めて、着校日を迎え、監督生達は、懇談会が終わった3日後に監督生就任式を迎える。


 ちなみに修道院生達は卒業試験を終えており、この3日は就任式を迎える監督生達と交流することが主な仕事となる。


 んで、俺はというと結局その3日間で特に何もすることはなかった、就任式の挨拶スピーチを考えていたぐらいだった。


 本来なら監督生達の交流は就任式前までは課外活動で交流を深めることになるのだが、モストは俺をハブる形で、他の文官監督生と文官修道院生達全員を連れて、首都に繰り出しているから誰もいない、故に何もすることが無かったのだ。


 そういえば、去年も同じことをしていたよなアイツは、いい加減そういうことが俺のダメージにならないって分からないものかね。


 ちなみに俺はハブられたのを幸いに制服等を持ってきてくれたリーケとデアンと合流して例の店で美味い物でも食べに行こうと出ていこうとしたら、先回りしていたユサ教官に捕まった。


 散々説教された挙句、首席監督生だけに伝わる他言無用ノートがあってそれをユサ教官から渡されて、就任式前日までそのノートを暗唱させられる羽目になり、やっと解放されたものの、それが就任式の当日だった、というが今の俺の状況という事になる。


 ノートからそこから分かったことは基本的に首席監督生と言ってもやることは変わらない、プラスして監督生達の管理、つまり監督生の活動報告を受けて、主任教官へ報告、教官目線では分からない修道院生達の身上や、希望を把握するのだそうだ。


 ちなみに監督生としての活動は自由で、歴代監督生は色々な方法で監督生としての任を果たしてきた。


 例えば教皇庁に所属していた監督生なんかは、ずっと聖地フェンイアで修道院生達と共に奉仕活動なんてしていたそうだ。


 そして監督生には、特権が与えられている。


 それは修道院生の順位は試験の点数で序列が決まるのだが、そのうちの1割を監督生が付けることができるのだ。監督生に見込み有と思わせれば、その身上点数でプラスされると、当然順位が上昇する。


 希望する部署が人気の場合はとにかく順位を上にしなければならないから、この点数は修道院生にとって死活問題となる。


 この点数付加の特権は出世をする上で最も大切な「上司に気に入られる」という基本を身に付けさせるために導入されている。


 とここまで書くと、監督生の権限が強すぎるように思われるかもしれないが、さにあらず。監督生達だって完全に上じゃない、修道院生がどの監督生に着くかは、修道院生自身が選ぶ、それが就任式のメインだ。


 つまり監督生という地位で天狗になり、点数を傲慢に付けようものなら下から不興を買ってしまい、愛想をつかされ他の監督生に鞍替えさせられるのだ。


 結果、監督生にとって最も必要な「人望」が無いとみなされ、折角の名誉が不名誉となるのだ。


 ちなみに修道院時代に最下位だった俺は当然に付加点は0点である、今の状況を鑑みれば本当に妥当な評価だったなぁ。


「はーーーーーー」


 何度目かもわからない溜息、以上のとおり、俺は修道院の監督生なんて絶対に向いていない。


 自警団の奴らにも「へ? 監督されるんじゃなくて、するの? 団長が? ウケるwwwww」って笑われるし。


 ちなみに監督生達は就任式の日から日当が支払われるので、それまでは宿代は当然自腹、これから公僕は、ぶつぶつ。


 んで今の俺の格好は、ギリギリ修道院の制服が間に合い、なんとか制服姿で正門前に立っている。


 それにしても監督生という立場で舞い戻ってくるとは思わなかった。


「ほら、あれが、例の」

「最下位の首席監督生って」

「色々な噂があるけど」


 と修道院生達の会話が漏れ聞こえてくる、どうしていいか分からない様子だ、そりゃそうだよなぁ。


 そう、周りから見れば訳が分からないんだ。神との繋がりがあるかもしれない人物で、アーキコバの物体の解明したり、サノラケハト家当主の後ろ盾を得ている癖に次期当主とは不仲で、王子との付き合いがあって、他国との宰相ともやりあった噂がある。しかも修道院時代は政治機関でありながらそっちのけで、道楽者で最下位。


 こう並べると我ながら凄いと思うが、リーケ達に言ったとおりやりたいようにやってきた結果というだけだ。


 とはいえどうしたものか、ユサ教官に言った、俺が首席監督生として好ましくないという方便ではあるけど、本心でもある。


 俺は好き勝手にやってるから低評価でもいいが、それは修道院では圧倒的少数だ。


 んでこの首席監督生という肩書に対して「変に深読み」してしまい修道院生達が俺を選ぶという判断ミスをしてしまう可能性が大。だがそれを俺自身でどうにもできないのがもどかしい。


 このままだと確実にマイナスの方向に進むと思うが、打開策が見当たらず、結局就任式を迎えることとなったのだ。


 とうんうん悩みながら大講堂内に入った時だった。


「おい! 神楽坂!」


「うげ!」


 大講堂の扉を開けた先に待ち構えていたのはモスト、なんか定番なやり取りになってきたな。


「お前は、我がサノラ・ケハト家に何度恥をかかせれば気がすむんだ! 名誉ある監督生に選ばれておきながら! この恥しらずが!!」


 とそれをわざわざ聞こえるように、わざと人前で怒鳴りつけて恥をかかせるか。こいつは本当に。


(なんかあんまり修道院時代と立場は変わらんね、って、まてよ……)


 そう、さっきまで考えていた、打開策が思わぬ形で舞い降りた形となったのではないか。


 モストは凄く分かりやすく自分の立場を示してくれている、繰り返すがモストは、原初の貴族、サノラ・ケハト家次期当主。コイツが例えばラメタリア王国とかに行けば国賓待遇だものなぁ。


 修道院生の時は原初の貴族のことは知っていたけどモストのことは「なんか凄い名門のおぼっちゃん」という認識であんまり気にしたことが無かったし、というかぶっちゃけ、こいつがその原初の貴族の子孫とかも、あんまり覚えようともしなかったっけ。


 思えば、この1年で俺もいろいろ見方も変わった、いや、色々知るようになったのか。成長したのかなぁ。


 そう考えれば修道院時代は何だコイツはと思っていたけど、なんだかんだで俺の見方については一貫してぶれないよな。


(…………)


 周りの修道院生に視線を移す、周りが色々と俺を見ながら噂をしている、最初の戸惑いがない、こいつのおかげで迷いが消えたか。


 これでいい、俺の立場は複雑すぎる。そもそもドゥシュメシア・イエグアニート家の立場でむしろ政治的繋がりは駄目だ。


 だからこそセルカがそこを凄く自覚して頑張ってくれている。


 セルカだけじゃない、俺がスカウトしたドゥシュメシア・イエグアニート家の面々は、俺が出来ない必要な部分を補ってくれる必要な人たちばかりだ。



 やっぱり俺にとって政治機関として修道院は不要のもので、でも俺の異世界生活のスタート地点としては必要なものだったんだな。



 もし俺がそれこそモストの取り巻きなんぞに、まあ死んでもなりたくないけど、そういった世渡りをしようとしたら今の立場は無かったのだろうから。


(これもディナレーテ神のおかげなんかね)


 これで、俺につくというのが、どういうことなのか修道院生はよくわかっただろう。サノラケハト家の次期当主の不興を買うぞと言っているのだ。


 って待てよ、このまま修道院生が1人も付かなければ、おおう、堂々とお役御免になれるわけか、ってことは例の店にフヒヒ。


「聞いているのか!」


「聞いているよ、偉大なる初代国王リクス・バージシナを支えた原初の貴族、お前のところの初代であり始祖、サノラ・ケハト初代当主、その誇りと遺志と血を受け継ぐ1人が、ドクトリアム卿であり、次期当主のお前ってことだ」


「っ!」


 まあこいつは何を言ったのかは聞いていないが、おそらくこんな形で持ち上げておけば問題ないだろう。それに実際に嘘をついているつもりはない。


 フォスイット王子を始めとした王と原初の貴族たちが如何に献身的に王国を支えているかは、聖域に入った時、肌身で感じることができたからだ。


「し、知ったような口をききやがって!」


 なんとなく俺の言葉の重たさも分かるんだろう、珍しくモストが言葉に詰まる。


「ま、まあいい、せいぜい気をつけろ! お父様の善意に寄生する、害虫が!」


(また馬鹿なことを大声で……)


 人前で人を害虫呼ばわりするってことがどういうことか分かっているのだろうか。


 そこはドクトリアム卿はちゃんと理解している。自分に従っているのではない、立場に従っているのだということ、だからわざわざ「虫けら」である筈の俺に会いに来たのだから。


 まさかそのセリフを取り巻き達の前でも言っていないだろうな、いくらなんでもそれはないと思うが……一応言っておくか。


「なあモストよ、お前は今後人の上に立つ人物だぜ、言葉ってのは大事だ。俺を害虫と呼ぶはいいが、ちゃんとこういう言葉は覚悟を持って言わないと「情」が伝わらないぞ」


「はっ! 我がサノラ・ケハト家は、潔癖ともいえる、孤高の一家だ!」


 孤高の一家か、確かにそれは分かる、分かるけど。



「なら、取り巻き達をなんとかしないと、コルト達は本当にサノラ・ケハト家に得するのか、あいつら?」



「そういう感覚で付き合っていない、友人でもあるからな、それにしても得をするかだと? お前は自分の物差しでしか計れないのか!!」


「…………」


 結構な覚悟を持って聞いた答えが思いっきりブーメランか、孤高の一家ではなかったのか。


 なあモスト、上流の周りは当主をお前に継いで欲しいそうだが、俺は自分の活動をする上で当主はお前よりもドクトリアム卿の方がいい。


「おい、神楽坂」


「なんだよ」


「話がある」


「やだ、メンドイ」


「き、き、貴様! お前は自分の立場を理解しているのか! そもそも修道院において貴族枠の同期は対等という意味ではないのだぞ!」


「(うわぁ)悪いが、後ろ盾なのはお前じゃなくてドクトリアム卿だ。だから卿の命令だというのなら従うが、お前の命令に従う義務も義理も……ああ、義理はあるのか、だったら聞く、聞ける範囲で聞く、続いてどうぞ」


「こ、こいつ……」


 怒りでプルプル震えているが何とか堪えたようだった。


「そうか、ならここで伝える、首席監督生を辞退しろ」


「辞退しようとしたら教官から駄目と言われた」


「は!? 嘘をつくな!!」


「なんで嘘つくんだよ、というのなら、お前の家の威光を使ってなんとかできないか? そもそもお前に言われるまでも無く監督生なんて向いてない、修道院生だって戸惑っているだろう?」


「ぐっ!!」


 何とかできないのか、だよなぁ、そういう威光の使い方は下の下だ。ウィズ王国が認めるわけない。ま、わざと言ったんだけど。


 となれば言葉を弄するか。


「首席監督生ってのは、あくまで肩書だ、従う法律も何もないただの慣習だ。だからお前がやりたいようにやればいいさ、おそらく俺以外の監督生はお前に従うのだろう? となれば、どの道お前には勝てん」


「……ほう、そうか」


 嬉しそう。でも実際に首席監督生の立位置はモストの方が向いていると思うのはホント、待てよ、監督生は辞められなくても首席監督生は譲ることができるんじゃないか。


 つまり辞任ではなく首席を辞退する、これはいいかも、首席監督生はシンボルとしての役割を求められるわけだからな。


 となればこのバカボンを適当に持ち上げて、その気にさせれば。



「何をしている?」



「「!!」」


 ここで響くハスキーな声に俺とモストも背筋が伸びる。


「ユ、ユサ教官」


「何をしているのかと聞いているんだ」


 それに応えたのはモストだった。


「神楽坂の「不祥事」を聞きまして、サノラ・ケハト家の次期当主として説教をしていたところです。ユサ教官といえど我が家のことに口は出さないでいただきたいのですが」


「説教か、お前、神楽坂をさっき害虫と呼んでいたが、それがどういう意味を持つか分かって言っていたのか?」


「無論です、ここまで言わないとコイツは分からないので」


「馬鹿かお前は?」


「な!!」


「そういう意味で聞いたのではない。お前は神楽坂だけを害虫呼ばわりしているつもりだろうが、お前の周りにいる人間は「自分に価値が認められなければ人間扱いされない」と認識するし、お前自身が人を平気で虫扱いする人物である、と思うのだよ」


「そ、そんなことはありません! そこは言わずともわかって!」


「だから馬鹿かお前は? それはお前が原初の貴族の次期当主だからに決まっているだろう? 修道院はどういう場所かを考えれば当たり前だと思うが」


「なっ!!」


「それにしても……」


 とユサ教官は憤怒の表情で俺達を見る。


「神楽坂とモストよ、こんなレベルの低い言い争いを、よりにもよって修道院生達の前でするとはな。首席監督生であるお前は選ばれた自覚が無く、首席で卒業したお前は、ただの頭でっかち、今年の監督生のレベルは、極めて低いようだな」


「「…………」」


「神楽坂、もう時間が迫っている、舞台袖で待機しろ、お前のスピーチの後、修道院生達から誰に付くかを選ぶ段取りだ」


「はっ」


 俺の返事を聞いて、そのまま中へ消えたユサ教官。


 修道院と言えど、政治的繋がりよりも現場で生きがいを見出した人物もいる。その1人がユサ教官だ、だから今みたいにモストも平気で怒鳴り飛ばしたりしてたんだよな。


「お前のせいだからな! お前がふざけた真似をしなければ、俺が説教をすることも無かった!!」


 と言えど人間は変わるものではない、俺も含めて、これも修道院で学んだことだった。





「以上が、首席監督生としての私の激励です。私達監督生も皆さんに学ぶつもりで来ました、こちらこそ是非よろしくお願いいたします」


 ということで、スピーチを締める。内容は適当に無難に終わらせた。実際に登壇すると教皇猊下のスピーチが如何に凄いかよくわかった。


 スピーチを終えるとユサ教官が、俺と入れ替わる形で壇上に立つ。


「修道院生! 監督生達の簡単なプロフィール及び監督生が指定した待機場所は頭に入っているな? 定刻までにどの監督生に付くか選べ、以上解散!」


 という言葉の下で、整列された修道院生は散り散りとなった。


 モストは自身が指定した待機場所である講堂に残っている。絡むとろくなことにならないのはお互い様なので、お互いを無視する形で俺は待機場所にそのまま移動する。


 いったん解散させるのは、周りの動きに惑わされないようにする配慮であるが、元より修道院生達は誰に付くかなんて、当然に話し合いをしてある。


 ちなみに俺は、院生寮の共用場所にしておいた、狭いがこれで十分だろう。


 まあ、あの様子を見れば1人も来ないと思う、というかそう願いたいが……。


 コンコン。



(というわけにはいかないか、やっぱりだよなぁ、そう来るよなぁ)



 と重たい足取りで共用場所の扉を開けたその先。



 男女1人づつ、2人の修道院生が立っていた。





「「…………」」


 今まで、修道院生が付かなかった監督生はいなかったそうだ。だけど例年首席監督生に付く修道院生が一番多数になる訳だから、2人ってのは今までの歴代ワースト2位ってことになるんだな。


 まあ、これも何かの縁だ、ことを進めないといけない。


「さて、定刻だ、俺を監督生として選任したいってのは君ら2人か、ごほん」


 まあ、無駄だと思うけど、念のため。


「来てもらってなんだが2人に言っておく。俺につくと、下手をすればサノラ・ケハト家次期当主の不興を買うことになるぞ。俺がドクトリアム卿の後ろ盾を得ているのは事実だが、さっきモストとやりあったのは知っているか? アイツにとって俺は「害虫」なんだぜ、比喩でも何でもなく、少なくともあいつは本気でそう言っている」


「「…………」」


 2人とも黙って俺の言うことを聞いているが、すぐには答えられないし動けないか、俺はまず男の子に話しかける。


「君の名前は?」


「ティラーです! ティラー・ユダクトです!」


「そうか、ティラー、今ならまだ監督生を変えられる、悪いことは言わない、自分の将来を第一に考えろ」


「私は神楽坂先輩の体制に逆らう畏れない姿勢を尊敬しています! 先輩が言うまでも無くモスト息のやりあったことは知っています! 反骨精神の塊だと思います!」


 と目を輝かせながら語る姿を見て、ため息をつくと今度は女の子へ視線を移す。


「君の名前は?」


「ユニアです」


「ユニア、君も俺のことは辞めた方がいいぞ」


「…………」


 俺の言葉にユニアは、何も言わずジーッと俺を見る。


「な、なに?」


「なるほど、確かに噂通りの人ですね、私は大丈夫なんです」


「いや、いやいや! 原初の貴族は」


 俺の言葉を待たず、ユニアは懐から忍ばせていた貴族紋章を取り出すと、自分の襟に付ける。


「まさか、いくらなんでもこの紋章が分からないってことはないですね?」


「…………」


 それはそうだ、襟袖に付いている貴族紋章、その紋章は。



 俺の襟袖にもついているのだから。



 彼女は、笑顔で挨拶をしてくれた。



「ユニア・サノラ・ケハト・グリーベルトです。モスト兄様の実妹、サノラ・ケハト家の直系です」




次回は11日か12日です。

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