第2話:前代未聞の首席監督生
「シクシクシクシク」
あの後連れてこられたのは教官室、どの道、今日は監督生達の顔見せだけだからという理由で、懇談会は欠席することになったのだった。
「前代未聞だなぁ神楽坂よ、監督生に選ばれて遅刻どころか、そもそもその事実を知らないなんてな、お前は自分のところに届いた郵便物はチェックしているのか?」
「最初のころはしてたような気がするんですけど……」
「なら届いた封書はどうしているんだ?」
「さ、さあ? 多分何処かにやったと思うんですけど」
「返信が無いから、何回も使いに寄越していたはずだが」
「さ、さあ?」
とここで思い至る、ああそうか、丁度、王子の件でドタバタしていた時か。
「でも、私が不在の時でも誰かがいるはずなんですけど」
「誰が首席監督生に選ばれるのかは、当日まで本人以外には通知されないからだ」
「そ、そうなんですか」
「…………」
じっと俺を睨むユサ教官。
「神楽坂、繰り返すがお前は今回の首席監督生だ」
「はい」
「ならお前自分がどうして首席監督生になったのかという「自覚」はあるか?」
「じかく?」
「監督生の選考基準は、まず修道院の成績関係は一切関係ない。細かい評定内容は言えないが卒業後の勤務成績を数値化して、卒業3年以内の人物を対象にその数値の上から順番に任命される、そこまではいいな?」
「はい、そこまでは知っています」
「今回その数値化を行った結果、功績値の2位はモストだった、当然1位はお前なんだが、自分がどれぐらいの数値を出したか分かるか?」
「ええーー??」
実際実務なんて、自警団員達と遊ぶか釣りをするかぐらいしかしていないからなぁ。功績の上げようがないし、そもそも駐在官というのは功績を上げるという役職ではなく、住民と如何に良好な関係を築けるかが大事だからな。
ひょっとして、王子とか、いや、それはありえない、そんなことで王子の威光なんて使ってしまったら、威厳が地に落ちることになる。
だけど、なんかしたっけ、俺。
「100倍だ」
「……はい?」
「だから、数値化を行った結果、お前はモストの100倍の功績値を叩きだしたんだよ」
「…………」
顔を見るに冗談じゃないよな、って本当に。
「ひゃ、ひゃくばい? 俺、何かしましたっけ?」
「…………」
ユサ教官は黙って自分の胸を指さす、あ、そうか。
「勲章ですか、確かにもらいましたね、最終報告会で教皇猊下から恩賜勲章と政府、級の勲章をいただきましたね」
「政府何級だ?」
「え!?」
「だから政府何級功績だ?」
「…………4?」
「…………」
「…………5?」
「…………」
「…………6?」
「ピクッ」
「(よし!)6級ですよ! 忘れるわけないじゃないですか!」
「5級だ馬鹿野郎!! お前が私の顔を見て計っているのがバレバレなんだよ!!」
「シクシク」
「んで、次、アーキコバの物体の解明」
「ああ、それはこの流れから言われると思いました」
「ふむ、お前がそれで受勲した勲章を述べよ」
「……国学大臣勲章と、政府……」
「…………4?」
「…………」
「…………5?」
「…………」
「…………6?」
「ピクッ」
「(今度は引っかからないぞ!)5級ですよね! 分かってました!!」
「今度はちゃんと6級だ馬鹿野郎! お前は本当に!!」
「シクシク」
「続いて次の講義だ、さて、そもそもお前が受勲した政府功績の選考基準を述べよ」
「えーっと、確か分野を問わず国家に功績を残した人物なんですよね」
「受勲対象は民間人だけで、貴族は除外されるからな」
「そうなんですか?」
「そもそも貴族は国家に功績を残すのは当たり前として解されるからだ。王を頂点に原初の貴族たちが国家を献身的に支えているわけだからな」
「あ、なるほど、理解しました」
「…………」
「教官?」
「いや、なんでもない、続けるぞ、貴族は除外されるが例外が存在する、1級受勲者は偉大の名を冠する初代国王及び初代王妃、2級受勲者は原初の貴族の初代当主達だ」
「…………」
教官の言葉を聞いて聖域を思い出す。王子とクォナはもちろんのこと、あのモストだって家に関係なく始祖達を尊敬している節があった。
今の国家の基礎を作った、偉大なる人物達か、もちろん歴史であるから多少の誇張や脚色があるのは理解している。
だけど王子の覚悟はそれがあっても、それこそ「偉大」なものであったと思う。
「続きを言ってもいいか? 神楽坂」
「!! し、失礼しました!! お願いします!!」
「つまり今現在、私たちが受勲できる最高の功績が3級功績だということだが。その選考基準は「国家の危機を救った英雄」そうだ。歴史上受勲者はいない」
(あれ? 怒られない?)
「4級功績は、国家の根幹を作る功績を残した人物、受勲者は7人、有名なのは2等都市ウルリカの初代街長ウルリカ・ベーシックと、その魔法都市そのものが団体として受勲している」
「5級となると受勲者は多くなる、それぞれの時代で国家に貢献した人物、そうだな、ファシン・エカーは知っているか?」
「はい、第三方面の王国議会のトップで曙光会会長ですね」
「……つまり一等議員クラス以上ということだよ。お前の場合はウィズ教とルルト教の友好関係の締結功労だ、教皇猊下が強く推薦したと聞いている」
「そして次に6級功績は、一つの分野において多大な貢献をした人物だ、お前の場合は歴史解明に貢献したという事で受勲、そして学術学問の発展については別口で国学大臣賞を受勲している」
「はー、理解しました、でも、それがモストの功績の100倍って数字になるんですか?」
「一流と呼ばれる才能と運に恵まれた人物が一生をかけてその才能を費やして与えられる最高名誉を1年で二つも受勲して、100倍じゃ足らないぐらいだと思うがな」
「そそ、それは、私の場合はただのマグレで」
「故に監督生の選考基準の中でこのクラスの功績は想定外というよりも、さっきも言ったとおり人生を通してでも現実的ではない、だからお前の監督生任命についてはそういう意味において紛議があった」
「そうですよね、現実的じゃないってことは、まぐれなのがバレて」
「そもそも監督生などにしている場合なのかということだ。だからお前を懇談会にも参加させずここに呼んだのは、それよりも大事な用があったからだ、これから話すことは他言無用で頼むぞ」
「他言無用? しかも懇談会よりもって、修道院が政治的な場よりも大事な用を優先させることがあるんですか?」
「だから政治的により重要だからだ、監督生が決定された時、統括役である私にだけは公表前に名簿が届くのだが、それと同時に王国府上層部より連絡があってな、お前は首席監督生としての任を無事終えれば、更にもう一つ勲章が与えられることが決定された」
「へ!?」
「国家最優秀官吏勲章。受勲者が出ればこれは14年ぶりだ。そしてその受勲を果たせば特例1階級昇任、異動希望についても好きなところに望むままに行ける。まあ慣例上は王族と直接パートナーとなる王国府にある王国秘書室に希望するがな。だから神楽坂よ、異動希望について調査をせよという命令を受けている。早めに希望を出すように。ただ一回受理されれば人事の調整上、訂正は効かないから、よーく考えておけよ」
工工工エエエエェェェェ(゜Д゜)ェェェェエエエエ工工工 ←神楽坂
なるほど、国家最優秀官吏勲章ね、ふむ。
これはまずい、なんか色々いらないオプションがたくさんついてきている。俺の立場と性格を考えると絶対に悪目立ちをする。
別に異動なんてしたくないし、今のままで十分というか、今のところにいたいぐらいだし。
どうしようかな、そうだな、自分にはまだ相応しくないという理由つけて辞退しようかな、そんなカッコいい感じの理由をつけて。
「言っておくが、この勲章は王が最終決定権者となる、だからこそ王が功績をたたえるというよりも感謝を込めて渡すという表現が正しい。だからこそ城に呼ぶのではなく王が受勲者の下へ赴くのだ。だからウルティミスのセルカ街長にちゃんと話を通しておけよ、分かったな、忘れるなよ、王族に関することだからな?」
「う……」
そうなんだ、王子の親父さんか、王子のメンツも潰すことになってしまう、それは出来ないよな。
「王子のメンツも潰すことになるぞ」
「はい、っっ、!!」
声が詰まるがもう遅い、しまった、そうか。
「きょ、教官、長々と私に喋り倒したのはそのため」
「カマをかけて悪かったな、やはり王子との付き合いがあるのは本当だったのか」
「とと、友人としてですよ! 身分関係なく分け隔てなく接する方ですから!」
「「今までのお前の反応」はそれだけじゃなかったがな、ワドーマー宰相とやりあって勝ったなんて噂も聞いたぞ」
(ちょいちょいあった対応のタイムラグはそのためか)
「どう考えてもデマじゃないですか! ワドーマー宰相は、ラメタリア王国の傑物と評される人ですよ! そんな人に私が勝てるわけないじゃないですか! というか何で私が戦ったなんて話が出てくるんですか!?」
「…………」
教官は俺の顔をジーッと見る。
「ビクビク」
「分かった、まあいい、お前も色々とあるのだろう、だから功績はお前が言う「まぐれ」だ、それでいいんだな?」
「そうしていただけると、助かります」
ここでようやく教官は緊張感を解く。
そうだった、教官も含めて全員が俺のことを下に見る中、この教官だけは違ってたんだよな。
――「神楽坂、教官というのは教え子の良い所と悪い所をはっきりと評価するものだ。お前の悪いところは世渡りを面倒くさがり他人からよく見てもらおうという意識が希薄過ぎる点。良いところは、物怖じせず度胸があり、好奇心旺盛で善悪問わず物事をしっかりと見れる点だ」
こんな感じで言われたっけ、本当に偏見なく真っすぐ見てくる人だった。
となればはっきりというか。
「教官」
「なんだ?」
「監督生って辞退可能なんですか?」
「私がここで辞退可能だ言ったら辞退するのかお前は?」
「はい」
「理由は?」
「サノラ・ケハト家の次期当主のモストがいるからです」
「続けろ」
「私の立場ははっきり申し上げれば難しい立場です。あいつとは不仲ですが、父親であるドクトリアム卿の後ろ盾を得ている状況です」
教官は真剣な顔をしてそのまま続きを促してくれた。
「つまり本来であるのなら一番の主役たちである修道院生たちが混乱するかと思います。首席監督生は監督生という立場に加えて「シンボル」としての役割も求められますから。ですが、今のままだと、修道院の目的である政治機関としての立場を果たすことはできません。政治力が皆無なのは教官もご存知の筈、その私がシンボルになる、というのはそういう意味になってしまいます」
「現に私と繋がったところで、政治的利益や社会的利益はありません。ですが私が所属するウルティミス・マルス連合都市は確かに驚異的な伸び率を示し、今では知らない者はいなくなり、王子との繋がりも得た」
「ですが懇親会への参加者を見ればわかると思いますが、私にそのメンバーに入っていません。でもそれは仕方ありません、王子を中心としたメンバーは、全員がただものではない人物達ばかり。ですがだからと言ってそれを素直に信じろ、と言われても首席監督生という肩書がある以上無理であると思います」
「故に修道院にとっても、私自身にとっても良くないことです。以上が辞退理由となります」
俺の言葉にユサ教官は、感心したように頷く。
「なるほど、理に適っている。お前も少しは成長したようだな」
「恐縮です」
「ああそうだ神楽坂、突然で悪いがサノラ・ケハト家の直系を全員言ってみろ」
「へ!? な、なんで、でス!?」
「年のせいかこの頃忘れっぽくってな、ド忘れした」
「ま、またまた~! まだまだお若いですよ!」
「まあお前にとっては簡単すぎる質問か、当主の後ろ盾を得ていて、その家族も把握してないのはありえないよなあ神楽坂? ほら、早く言え」
「ははははは」
「ははははは、じゃない、神楽坂よ、お前とは一年という付き合いだが性格は大体把握している。カバンをよこせ」
「へ!? えーっと! 特に何も入っていない」
「そうか、なら出せるな、出せ」
「…………」
「だ・せ」
とカバンを渡すとユサ教官が中に手を突っ込み、バサバサ~と旅行&グルメガイドブックが出して机に置く。
「…………」
「理由は?」
「えーっと、お金も貯まったので首都に来ましたし、ほら、さっきの自警団員達と約束したんです、その後はちょっと旅行にでも行こうかなぁって」
「ほほーう、その理由で通るか通らないか、試しにちゃんと書類を作って、伺いを立ててみるか、「食べ歩きと旅行したいから辞退したいです」って、よし、書類を用意するから待て」
「と、通らないかと思います!!」
「そのとおりだ、これは業務命令だ神楽坂よ」
「はい(泣)」
くそう、監督生の建前は自薦なのに、これだからお役所は。
「ま、今のやりとりは半分は別の意図があったんだろうがな」
(ぐっ……)
「お前は、わざとそういうことをして相手の反応を見る癖があるのは分かっている。他人の評価をまったく気にしないお前ならではのやり方だが、気づく人間は……そうか、王子の噂を考えると」
(やっぱりやりづらい)
あ、そうだ。
「はい、出来ました」
「何がだ?」
「なにがだって、始末書」
そういえばいっぱい書いたなぁ、始末書、忙しい中で、まぁ面倒だったこと。
「お前は、始末書だけは早かったな、他の書類は字も汚いし下手糞なくせに、これだけは内容もちゃんとしてまぁ」
と始末書を自分の机に置くと足を組む。
「おい、まだまだ色々説教があるが聞くか?」
「勘弁してください(泣)」
「よし、じゃあ早速、指導計画書を作って、今日中に出せ」
「えー!! 早すぎますよ!!」
「他の監督生たちはもう作ってとっくに出しているんだよ!! 実習が始まるのが4日後だぞ!! いいか!! 今日中だからな!! 私もついていてやるから!!」
「シクシクシクシクシクシク」
「後お前それと制服は?」
「ぎくっ!」
確か、方面本部会議の時だけは着たんだけど、帰って、放り投げたからシワシワに。
「ぎくっ、ってお前、まさか失くしたとか」
「ああああると思います!! じゃあ今から取りに帰って!!」
「今から帰ると間に合わないだろうが! お前と一緒にいた若い奴らは自警団員だろう? アイツらに頼んで持ってきてもらえ!」
「シクシクシクシクシクシク」
「神楽坂、お前の期で一番印象に残ったは間違いなくお前だよ」
ちなみにこんな口調ですけど、実は女性教官なんです。
結局、横で怒られながら完成したのは日付が変わった辺りでした。
次回は8日か9日です。