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王国最弱の都市・前半



 この世は金が全てだ。


 この言葉からは何を想像するだろう。


 肥満体型の脂ぎった中年の男が下卑た笑みを浮かべながら、金貨を両手にじゃらじゃらいわせる光景。


 まあ肥満体型の脂ぎった中年の男の部分は否定はしないが、他は偏見だ。


 事実、金は力を持ち、その力に人は集まり、人を動かす力となる。


 最も分かりやすく自分の力を誇示できるのが金だ。


 そしてその金を動かすことのできる能力に長けたのが商人という人種だ。


 品物を右から左に動かすだけで金を得て、時にはその額も利益も莫大なものになるから、卑しいとまで言われる職業。だがそんな言葉は金という大きな力を僻んでいるだけという図太さが無ければ駄目だ。


 その金を動かす商人たちは、当然、その能力をさらに強めるために集まりギルドを作り、市場を独占し利益を独占し力をつける。


 そのギルドが王国商会。


 ウィズ王国で商人として旗揚げするためには、必ずこの商会に属していなければならない。特に申請に条件はないが、商いの方法は法に触れなければ自由であるも、罰則が取引をした相手も含めて村八分にされるという苛烈なものだ。


 王国商会は、その力を増大させ、世界有数にまで上り詰める過程で当然、自分たちが一番になろうと有力商人たちが王国商会を離れ、有力商会として立ち上げたことは何度もあったが、それは王国商会の後ろ盾によって粉砕にされた。



 原初の貴族、経済担当、ツバル・トゥメアル・シーチバル家。



 原初の貴族最大規模、統一戦争時、その力を供給し続けた三兄弟、その三兄弟は、自分たちの代で一つの家に統合し、偉大よりミドルネームを3つを名乗ることを許された侯爵家。


 不興を買うというシステムを最も効率的に運用しているのがこの家だ。


 不興を買うというのは、原初の貴族全ての不興を買うという意味であるから、。国家の総力を挙げて潰しにかかるのだ。結果当時の有力商人だろうと国外追放の上、当時の他国にも手配書を回し社会的死を与えたのだ。


 社会的史を与えられた有力商人が抜けた穴をどうするのかという心配する声があったが「そんなものは勝手に埋まる」と言い切ったところが凄いし、実際そうであるのだから、人間の業は深いもの。


 となれば俺達商人はどうするのか、当然力を得るために、王国商会に所属することになるし、要は金儲けができれば何処でも構わないのだ。。


 そんな王国商会は、国家運営単位と同じく方面本部ごとに支部を設けている。


 そこが俺が所属するレギオン商会。第三方面の全ての金が集まる場所であり、本部では 現在、レギオン商会の全体会合が開かれている


 その会合で登壇しているのは、レギオン商会会長、ウィアン・ゼラティスト。


 第三方面の経済の中心人物であり、レギオンナンバー1の会社の最高経営責任者だ。


 慣例により方面本部のトップは、一番金を持つ人物が就任することになっており任期は1年、それをもう10年連続して続けている。


 そして慣例上として「ポストに当主より便宜を与える」という方式を採用している。


 つまりトップになれば、自動的に便宜が得られる、その立場から転落すれば便宜を失う。他国にも通用する権威だ、第三方面で既に10年以上連続で勤めている彼に逆らえる人物はいない。


 その王国商会の第三方面支部長の招集により、全員が集められている。


 お互いのビジネスのため、という側面が強いが、ただ集合してなんて利益が無いことなんて参加の意味はないが、これに参加することと利益に直結するからだ。


「さて、レギオン商会に名を連ねる皆様方、今回、晴れてレギオン商会の幹部に、新たな人物が加わった」


 ウィアンは、壇上の脇に控えている人物に視線を移す。



「ウルティミス・マルス連合会社、統括専務兼ウルティミス・マルス商工会会長、ヤド・ナタム殿」



 会長に呼ばれて、前に出ると当然のごとく全員の注目が集まる。


 ウルティミスは、ウルティミス・マルス連合都市として生まれ変わり、王国有数の遊廓であるマルス遊廓街を法人化、利益とそれに伴う流通として全てを会社として登記することで増強。


 そして自警団を使って警備会社を発足、憲兵への全面協力を表明し、反社会勢力への対策もしている。


 俺が中央に立つとウィアンは続ける。


「ウルティミス・マルス連合会社は発足後わずか1年弱、それで今回の地位を得るという驚異的な成長力は驚嘆する他ない、色々な声があるだろうが、それはただの僻み、この力は間違いなくヤド殿を始めとした才能と力を証明だ。これからも頑張って欲しい」


 と言いながら、幹部章を取り出すとその胸に付ける。


「ありがとうございます、謹んでお受けします、会長」


 自分の言葉に笑顔で答える会長。


 レギオンの幹部商人という地位になったからといって特に何かが変わるという事はない。


 役人は社会的利益を追うから肩書は大事であるが、我々商人は先ほどもいったとおり、金を持っているか否かだからだ。


 つまりこの幹部章の意味は金を持っているという証であるのだ。そう、ここにいる商人達は「新しく生まれた金を持っている人物」を見に来たのだ。


 もっとも幹部章も三段階あって、自分が付けたのは一番下ではあるが、それでも、周りの目は違ってくる。


 この数多い商人の中で、例え一番下でも、幹部として認められるのは一流商人のみなのだから。


「諸君、我がレギオン商会は、徹底した数字主義を採用している。ここでの数字は合法の金を指す、非合法の金の力は易きに流れた力、そんな力は力ではないし必要ない。その金は結局役人共か反社会勢力共に付け込まれ搾り取られるのがオチだ。だからこそ合法の金の力が強い。役人共も従わせ、反社会勢力も撥ね退ける」


 と言葉の中に眠るどことなく「見下した」感のある会長の言。


 俺達の合法の力、つまり連合会社の金の原動力は、遊廓会社が稼いだ金が元手となっている。


 男の遊びは莫大な金が動く、酒、女、賭け事。


 王国は酒と賭け事については、酒は民間、賭け事は国家が主催することでその利益を独占しているが、女については体面上不干渉を貫いている。


 だからこそマルスという歪な遊廓都市が出来上がったわけだし、しかも特に女については、ぼったくりですらもそれにケチをつけることは「狭量」と解される男の見栄の世界。


 徹底した合法の金をアピールしているとはいえ遊廓という商売は「才能なんていらない、美人さえ揃えればいいのだから誰でも楽に儲けられる、だが金の数値が絶対だから幹部に昇格で来た」と言いたいのだろう。


(しかし自分で言っておいて、金の出所に嫌悪感を持つとはな)


 合法であれば評価すべきなのにという言葉が早速空回りしているが、その評判自体は誰もが持つものなので、それは会長自身が最初に述べたとおり「ただの僻み」としてしっかり受け止めるとする。


 ちなみに本来であるのならば、その全ての会社社長を務めるセルカ・コントラストが幹部商人となる筈なのだが、彼女は便宜上の代表者は自分を登録しているためが活動内容は商業政治活動が主体のため、金を持っているのはあくまで自分ということで、今回の幹部登録となった。


 それにしても、幹部かと、会長の演説が続く横で、俺は襟元の幹部章を意識する。


 わずか1年弱とは会長の言葉のとおり、1年前の俺は。


 寂れゆく辺境都市の一商人に過ぎなかったのだから。



(なあ、お前は今の俺の、いや、ウルティミスを見たらどう思うのか、ルーイよ)




――王国最弱の都市・ウルティミス




 都市能力値。


 様々な要素を数値化して格付けされる。


 ウィズ王国の都市の格付けは首都と聖地を除き1等から5等まで格付けされている。


 1等という格付けも事実上方面本部がある都市に限定されている形になっているから、民間の最高は2等、ということになる。


 格付けは、様々な項目で数値が割り振られ、その合計値が多ければ多いほど格付けが上がる。


 そして格付けが上がれば当然に官民問わず様々な恩恵が受けられる。


 もちろん5等という格付けでも恩恵が受けられないことを利用して、活動する都市もあり、場合によっては下手な4等や3等都市より重要性がある場合もある。


 例えばウルティミスに吸収される前の遊廓都市マルス、例えば戦闘民族ボニナ族が住まうボニナ都市などがあるが、それはあくまでも一部の話。


 才能や能力が優れているからこそ採れる方法だ。


 ウルティミスは、王国最弱の名の通り、主体は農業なんて一応は銘打っているが、その実態は贔屓の業者数人に降ろして、後は自分たちで食料として賄う程度。


 学力も環境を整えてあげることが出来ず、ウィズ王国の施策頼りで、補助金を得てなんとか持っている状況。


 さっきの金の話ではないが、自らの力を作り出せない都市だ。


 俺は、そんなウルティミス商会長の息子として生まれた。


 ウルティミスの序列は1位が街長、2位が商会長、3位が婦人部長で、そして他十名程度の幹部達で構成される。


 だから一応将来のナンバー2ということで、こんな辺境都市にでも商人をやるためには学が必要だからという理由で、俺は親の稼業の為に他の地方の高等学院に進学した。


 そしてそれは同い年であり、街長の息子として生を受けたルーイ・コントラストも同様に高等学院に進学したのだ。


 同じウルティミスの将来の幹部として生まれても、考え方は全然違った。



「俺は絶対にウルティミスを出ていく! こんな寂れるだけの田舎に何の価値もない!!」



 高等学院でルーイにそういうが、相手も負けじと言い返す。


「お前は自分を育ててくれた故郷に愛情はないのかよ!! 俺達ぐらいしか高等学院を出れないんだぞ! その恩を返そうと思わないのか!」


「思わねーな!」


「お前って奴はよ!」


「じゃあどうすんだよ! 次代の街長として、お前はどう考えている!?」


「そ、それは!」


 言葉に詰まるルーイ、何回、何十回ともやりとりした同じ内容は同じところで黙ってうつむいてしまい、


「俺はレギオンに出て、一流商人になる!」


 という俺の言葉で終わるのがいつものことだった。


 そんな感じでいつも喧嘩していたが、ルーイとは親友、なんてことはむずがゆく感じるが、まあ、それが適切であったと思う。


 そして俺は高等学院を卒業した後、親の大反対を「将来のための修行」と押し切って、当時のレギオンでの幹部商人の下で丁稚奉公に出た。


 一方のルーイは、なんと高等学院卒業と同時に当時の高等学院一番の美人であるソロミアを捕まえて結婚することになったのだ、周りはびっくりしていたが一番びっくりしたのは俺だった、いつの間にと思ったし、俺だって秘かに狙ってたのに。


 ソロミアは、俺とは逆にレギオンという都会で生まれて洗練された雰囲気を持つ、頭もよく聡明な人物であったが、だからこそこんな死ぬまでの道が既に決まっている寂れた場所に来るよなと、なんて僻みに交じりに聞いたらこんなことを言った。


「何を言っているの、だからこそじゃない、ウルティミスはこれからだよ、ウルティミスは変えられる、私たちと私たちの子孫が」


 この言葉を聞いた時は開いた口が塞がらなかった、こんな夢見がちなことを本気で言う子は思わなかったけど……。


 でも、自分の生まれ育った都市の未来を本気で信じてくれているその姿に、悔しさと罪悪感と、嬉しさを覚えたことは覚えている。


 そして彼女がセルカを宿した時は、柄にもなく未来を信じかけた。



 そして彼女が産後の状況が悪く命を落とした時、あの時ほど神を呪ったことはなかった。



 だが彼女がこの世に産み落としたセルカ・コントラストは、ウルティミスの希望となるほどの能力を持っていたのだ。


 明晰な頭脳はもちろんのこと、それを活かすだけの機転、行動力、胆力、その全てを兼ね備えていた。


 本人も意欲があり、年頃になり反発するかと思いきや、逆にこちらが心配になる程のウルティミスの為に尽くす子だった。


 だからこそ、情けないとしか表現しないことがあった。


 それは時間は、彼女の成長を待ってくれない、ということ。


 徐々にではあるがウルティミスは衰退の一途を辿っていた。人口の減少や人材流出に歯止めがかからなかった。


 当然、その衰退の現実に対して、ルーイだって無策ではなく、積極的に策を練り打ってでるが……。


 ウルティミスは成長どころか、その衰退に拍車をかけるかのようにその力をさらに小さくしていった。





「…………」


 それは、里帰りをした時の事だった。


 ルルト教の教会で無言で佇むルーイは、誰を見るまでも無く天を仰ぐと俺に問いかける。


「ヤド、とどめを刺してくれないか?」


「…………」


 誤解無いように言っておく、ルーイは優しくて人格者だ、親友として信頼も信用としている。こいつとは生涯付き合っていける。


 だからこそ、俺は親友の望みとおりとどめを刺す。


「お前は街長としては3流だ」


「…………」


「人望は認める。だがそれだけだ、実行力も無いし、実現力も無い、施策は全て見当外れ、元より農業育成に力を入れると言っても、その金すらも無い、だから空回り、結局お前は何も変えられなかった」


 俺の言葉にきゅっと口を結ぶ。セルカに譲るために、礎を作らなければならない、だが、悉く失敗した。


 経済が回らないから、雇用を作り出すことも出来ず、その流出した人材を繋ぎとめることが出来ず、戻ってくることも無かったのだ。


「お前のできることはセルカが、修道院に入り、出世して、パイプを構築するまで、ウルティミスを消滅させない様にすることだけだ」


 俺の言葉にルーイは寂しそうに微笑む。


「ありがとう、悔しいなぁ、セルカの為に少しでもウルティミスを良くしたいと、ソロミアとも約束したのにさ」


「…………」


「それに比べてお前は流石だよな、もう有名商家の本店の手代に同期で一番に昇進して、支店の番頭になるのも時間の問題だって聞いたぜ」


「ああ、まあ、大したことはない」


 ここで、俺にウルティミスに戻って力になってくれって言わないところがコイツらしい。


 とどめを刺されて欲しいと頼んでまで、まだプライドがあるのかよ、本当にバカだなコイツは。


「ルーイ、セルカは自分の進路についてどう考えてんだよ?」


「セルカは修道院に進学すると言っている、母親と一緒で、ウルティミスを愛してくれているよ、俺には出来すぎた子だ」


「修道院か、確かにあの子のなら可能だと思うが、あんなに若いのに、容姿だって母親に似て綺麗になってよ、だが……」



「ウルティミスの為に犠牲にしているように、考えちまうんだよ」



 俺なりに勇気を持って言っているのだが、ルーイはこれまた情けない顔をしてあっさりとこういった。


「前にそれを言ったら怒られた、犠牲で私は生きているのかってな」


「…………」


「だからさ、まあ、3流は3流なりに頭を使って考えた結果な、ウルティミスの為に何もできなくても、娘の為になら全部捨てることはできると思うんだよ、父親としてさ」


「は?」


 ここでルーイは立ち上がると俺に深々と頭を下げた。


「金貸してくれ」


「…………」


「娘に十分な教育環境を整えてやりたいんだ、つまり父親として出来ることは、親友から金を借りるなんて、友情は終わりにしてでもイダッ!!」


「んで、返すあては?」


「ない、だから俺のことをお前の好きなようにしていいぞ」


「いらねえ、お前に対して好きにしたいことが何一つ思い浮かばねえ、それとお前な、情けないとか自分で言いながらプライド持ってんじゃねえよ、情けないのなら、なりふり構わず俺から金を借りようとしろよ、バカが」


「はは、ごめんな」


「だが、俺だって金持ちってわけじゃない、自分の子供も進学させたいと考えているが、具体的にどう必要か教えてくれよ」


「セルカは、学術都市シェヌスのトゥゼアナ学院一本でいくと言っている、無返済奨学金を借りてな」


「トゥゼアナ学院、王国トップの学院か、あそこなら確かに、セルカなら学力は問題ないだろうが」


「ああ、問題なのは合格した後の滞在費なんだよ、金持ちもたくさんいるからどうしても相場が高くなるんだよ、だから頼む」


「…………」


「…………」


「……分かった、貸す」


「ありがとう、ヤド」


「だが一つ条件がある、これはお前に金を貸すのではなく、セルカに投資ってことにさせてもらう」


「投資?」


「あの子の能力は俺も認めるところだ、あの子が将来修道院に入れば出世も出来るだろう、となれば俺は将来商人として王国幹部とパイプが持てるってことだからな、これは得難い繋がりだ」


「なるほど、そういう考えがあるのか」


 俺の話に感心したようにうんうんと考えて続いてこういった。


「わかった、その交渉についてはセルカと直接交渉してくれ」


「……お前は本当に、セルカも良くお前を見捨てないよな」





 結局、あの後セルカとは交渉というよりも、むしろ向こうの方からこう言ってきた。


――「借金を返すのは私の懐からではなく、私の役職から得る利益の方が何倍も返ってくると思う、そしてその私にその価値があるか否かの判断は、ヤドおじさんがしてね」


 うん、度胸といい胆力といい頭脳も含めてルーイとは物が違う。


 結果、彼女はトゥゼアナ学院に無返済奨学金を取り見事合格、学術都市シェヌスで下宿を始めた。


 彼女は元より辣腕家であったが、ルーイと俺、そして婦人部長であるキマナと共に時々様子を見に行ったら、辣腕ぶりに益々磨きがかかっているようで、クラスを取り仕切りバリバリ働いている上に、成績もトップで怖い女先輩を尻に敷いているそうだ。


 うん、こう、余計なお世話なのは百も承知だが、いくら美人でも、それだけやられると、男とかは大丈夫なんだろうか、と思った時に、


「はん! 男は出来る女を見ると引いてしまうからね! まあいいんだよ、出来る女を見て引くレベルの男なんてこっちから願い下げだね!」


 と、キマナが言った、って何でお前が言うんだよ。


 そして成績はトップを維持し続け、いよいよ進路を本格的に考え始める時に差し掛かった時、俺はある決意を固めて里帰りをしていたセルカをルルト教会に呼び出した。





「ヤドおじさん、どうしたの、改まって話したいことがあるって」


 今回の呼び出しは父親であるルーイにすら言っていないことだ。


「まあな……」


 ここで言葉を切り、俺は熟考した上で、セルカに告げる。



「お前と結んだ契約だが、条件次第でそれを破棄してもいい」



「…………」


「条件は一つ、お前はお前の信じた道を進め、だ。今まで十分にウルティミスに対しての愛のある姿勢は見せてもらった、そしてお前には才能がある、それは国家に通用するレベルでだ、だからこんな寂れた田舎にこだわることはない」


 俺の言葉にセルカは本気を感じ取ったのだろう、毅然として言い返す。



「ヤドおじさんには、私が修道院を卒業して出世したとき、ウルティミスの顔役として交渉の席に立って欲しいの」



「な、なに!?」


「だから今は人脈と金脈をたくさん構築して、最後はウルティミスに商工会長として戻ってきて欲しいの言ったの」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 前に言っただろう!? お、俺は、今、レギオンで一流商家の手代で、支店の番頭に今度昇進が決まって大事な時期なんだ、その後のことも真剣に考えないと」


「だからそれをウルティミス商工会長として兼務してほしいと言っているの」


「え?」


「ウルティミスは私の目から見ても、商業という観点では発展性はない、だからこそヤドおじさんはウルティミスを出た、違う?」


「そそ、それはそうだが、それをお前が言うのは」


「それは事実から目を逸らす行為よ、それだけはしてはいけないものだもの。だから仮に私が出世してパイプを構築しても、王国最弱の都市なんて便宜は図れない、だからウルティミスにも箔が必要なの、だからこそヤドおじさんの「有名商家の支店の旦那、若しくは本店の番頭」になっていれば、話が抜群に通りやすくなる」


「ま、まあ、それは……」


「私も頑張る、まずは勉強を頑張る、そして修道院に合格して、恩賜組に名を連ねて、原初の貴族とまではいわなくても、正貴族と繋がりを構築して、全部第一選抜で昇進する、少佐以上になれば、一気に権限が増大するからそれまで待ってて」


「…………」


 セルカの毅然とした物言いに俺は口をあんぐりとして、絶句するしかない。


 だけど分かってしまった。


 たぶん、この子は、それを成し遂げることを……。


「……父親形無しだな」


「あら、父さんのことはちゃんと尊敬しているよ」


「そうかよ」


「よくいったセルカ!」


 とここで現れたのは婦人部長だ、いつの間に……。


「ここの男どもはルーイにヤドに、プライドばっかり高くて行動力無い男が多いからねぇ、女がしっかりしないといけないよ! それと今の言葉で私、いや、私たち婦人部は決めたよ!」


 つかつかと歩くとセルカの肩に手を置く。


「私はセルカの言葉を聞いて感動した! ウルティミス婦人部はアンタを神輿として担ぐ、ヤド! アンタはどうするんだい!?」


「そ、それは、まずは俺は、俺の道を」


「はん! 分かったよ! まあ仕事を頑張れば? ただアンタもウルティミス出身、いずれはセルカの役に立ちな!」


「う、うるせえな! 俺は俺の信じた道を行くんだよ!」


 くそう、男には男の事情ってもんがあるんだよ、ったく、こいつは本当に幼いころから気が強いところが変わっていない、これで旦那とラブラブというのだから信じられん。


 だけど、今のセルカの言葉に感動したのは事実で。


 ひょっとして、俺とルーイがオヤジじゃなくてジジイになった時、ウルティミスは変わるかもしれない。


 今よりも少しだけ豊かに、いずれは、王国で一目置かれる都市に。


 今度こそ、希望を感じたのだが……。



――それはルーイ、コントラスト突然の死によって状況は激変する



 セルカの修道院受験も直前に控えた時、流行り病での突然の死だった。


 俺は親友の死に悲しむよりも呆然としてしまった、生涯の友を失った喪失感は相当なもので、だけど俺は、泣くことなんて出来なかった、何故なら。



 セルカが涙一つ見せず、気丈に振舞っていたから。





「おい! ルルト神! これから、これからだったんだぞ!! セルカの修道院試験も間近って時に!!」


 ヤドの慟哭が教会内に響く。


「アンタが助けてくれなければ今の俺は当然にない! だから感謝しているのも本当だ! だけどよ! それに対してこの仕打ちはないんじゃないか!」


 自分で空々しく響くのが分かる。


 だがそんな慟哭はただの八つ当たり、そんなことは分かっている、分かっているんだ。


 神々は自分たちの世界に顕現し、いくつもの奇跡を見せてきた。


 それこそウィズ王国の初代国王はウィズ神の相棒として神の力をもって、統一戦争を勝利し、今日のウィズ王国の基礎を作った。


 アーキコバ・イシアルはラベリスク神の力を持って、神聖教団を設立。発明した魔法技術は、現在でも超えられない技術で現在も提供し続けている。


 そして我がウルティミスも、統一戦争の敗戦の民として安住の地を求めて逃げている時、ウィズ王国軍の追撃をルルト神の加護により逃れて、王国民として認識させ、全員が生き残った。



 だからこそ「神は人を救わない」。



 だから人を救ってくれたことは奇蹟であり奇跡であることを。


「ルルト神が悪いわけじゃない、そんなことは分かっているんだよぉ。でもよぉ、せめて、慈悲ぐらいはくれてもいいんじゃないか、あんな若くて、優秀で、情がある子なんだぞ、俺を含めた周りの大人たちが無能なばっかりに、なら、せめて、慈悲をくれてやってくれよぉ」


 ボロボロと、みっともなく涙が流れてそのまま蹲る。



「大丈夫だよ、ヤドおじさん」



 後ろから声が聞こえてきたので驚いて振り向くとそこにはセルカがキマナを伴って立っていた。



「な、何が、大丈夫なんだよ」



「私は街長を継ぐってことよ」



「…………」


 スッと、自分の中で何かが落ちる感覚。


「いや! いやいやいや! 俺が街長をやる! 親友の意志を受け継ぐのは俺しかいない!」


「駄目だよ、ヤドおじさんは街長に向いていない」


「な!?」


「能力はあるけど、政治的な駆け引きはお金が発生しないもの、だからヤドおじさんの勘は働かない。まずは地道に経済力を高めなければだめ、今のままでも人脈は使えるでしょ、ウルティミスの商工会長をしつつ、そちらに尽力してほしいの」


「セ、セ、セルカ……」


「婦人部の皆さんは、縁の下の力持ちとして」


 と最後まで言えず、いや言わせないとばかりにキマナが抱きしめる。


「もういい! もういいよ!!」


「…………」


「悪かったよ! アンタを神輿として担ぐなんてさ! 私は何て考えなしに言ったんだろう! 重荷になるよね! 取り消すよ! 自分で自分の道を進みな! そ、そうだ! 街長は私がやるから! えっと、その、アンタは美人で頭がいい! だから、こう金持ちの男を捕まえてさ!」



「大丈夫、道は一つしかないわけじゃない、修道院はその道の一つというだけよ」



「……え?」


「ウィズ王国憲法において、都市の街長は王国議会議員に名を連ねることになるってことだよ、あら、そうなった方が早いかもね。派閥に入り、成り上がれば、ウルティミスの立場も向上するものね」


「…………」


「だから言ったでしょ、ヤド叔父さん、いえ」


 背筋を伸ばすと俺達を見渡して告げる。



「ヤド商会長は引き続きレギオンで商人を続けてください。ウルティミスが成長するには時間がかかります。その要となっているのが、ヤド商会長ですから」



「…………」


「それとキマナさん、ヤド商会長が外に出ており、私自身もこれから王国議員としての活動が主体となりますから、今まで以上にキマナさんがウルティミスの都市運営の縁の下の力持ちとしての立場が重要になりますし、街長代行としての職務を任せることもあると思います、その際は私を支えてください」


「…………」


 俺も、キマナも、そしてウルティミスの幹部達も、自分の娘世代の覚悟に、ただ従うしかなかった。




 何が「お前は街長として3流だ」よ。



 ルーイ、俺も、ウルティミスの幹部としては3流だ。



 自分の無力で涙が出そうになる。



 それはここにいるウルティミス幹部の全員がそうであり、静かな慟哭が、教会内に木霊して。



 新しく誕生した街長の振る舞いに習い、気丈に動き出し、教会を後にした。








「…………」



 その光景を、ルルトはじっと見ていた。



「……望みはほぼゼロ、だけど、頼んでみるか、ひょっとしたら「奇跡」が起こるかも」



 とこうして、神は、知らないところで「奇蹟」を起こすために動き出す。


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