世界の汚れ役:後篇
さて、違法薬物の売買を例にあげてみよう。
薬物の売人は扱っているものが違法であるため、大っぴらに宣伝なんては当然にできない、ならばどうやって売人は顧客を拡張するのか。
それは口コミである。
ならどういった口コミで新たな客を得るのか。
「より良いものをより安く、だ。劣悪な薬物を扱っている売人からは客が離れ、良質な薬物を扱っている売人には客が付く。つまり売っているものが違法ってだけで、需要と供給のバランスは変わらない、今回はそれが人間だったという話だ」
タキザはマルスの詰所で39中隊全員にそう話し、しんと静まり返る。
「諸君、私はこれでも青臭い学院生時代があった。正義が悪を倒すと、そう信じていた時があった。それは諸君らも同じではないか? 私は今回の事件において、若き時代に感じた正義感が再度刺激されたよ、さて」
「今回の人身売買事件の、実働組織が情報隊の調査により判明した。聞いて驚け、なんと組織名があるぞ」
タキザの言葉に全員がクスクス笑う。
「その名は世の治世を震撼させた邪神の一神、ラダバサンだ、人員は32名、もしこれがその名のとおり邪神の加護を得ているのならば、これは命を覚悟しなければならない事案、だが、残念だから、資料を見てのとおりガキばかりで、」
「ってことはケツ持ちをしているマフィアがいることは明白だ。だが何処の組織かまでは現段階では不明、そしてこのガキどもは都市外に拠点を構えている、情報隊が掴んだ場所はここまでだ」
「さて急襲作戦に使う罪名についてだが、ガキどもは愚かにも時折都市に出かけてはかなり派手に狼藉を働いている。そして丁度ラダバサンの1人が、レギオンで盗みを働いた裏付けが取れた、ケチなかっぱらいだがな、これを急襲作戦の「大義」とする」
「さて、今回の我々の任務はアジトに急襲作戦をかけて全員を確保しての事情聴取、適当な理由をつけて拷問でも何でもしていいから吐かせろ、それと、アイカ!」
「はい!」
「お前は実戦が初めてだな。今回、この作戦で間違いなく、お前の軍刀で実際に人を傷つけ、場合によっては殺すこともありうる鉄火場に突入することになるから覚悟を決めろ。その苛烈さを一緒に組むウセア少尉から学べ」
「は、はい!」
「そして心構えを一つ説く、我々が暴力装置として活動する時、善悪論は捨てろ」
「え?」
「犯罪者を人間だと思うな。人間だと思ったら最後、付け込まれて、ほだされて、大火傷を負う。その火傷は憲兵が負うんだ、火傷を負った憲兵の横で犯罪者はせせら笑い、都市民は「憲兵は何をしているんだ、この無能が」と我々を非難する、そして犯罪者は、自由になれば罪を犯す、死ぬまでな」
アイカはごくりとつばを飲み込む。
「お前は、同じ修道院で恩賜組で出世の道ではなく、現場の道を選んだ。繰り返すぞ、現場の憲兵はその職業にいる限り、恨みつらみ逆恨みを山ほど背負う、何をしても悪く取られる、その中で俺の部隊は、直接暴力を行使する部隊だ。だからこそ、犯罪者は俺達に恐怖する、そして俺達を恨むんだ」
「はい!!」
「よし! 作戦決行は3日後、出立は明後日の夜、明日は休みとする、英気を養え、女を買いたい奴は今日中に買っておけ! 後は飲みすぎるなよ!!」
「「「「応っ!!」」」」
●
――ランバサダン・アジト
「憲兵第三方面本部第39中隊、タキザ・ドゥロス大尉だ」
そのアジトの拠点の出入口、門番をしている2人に告げる。
「あ? 何だお前?」
「人身売買の件で聞きたいことがある」
一瞬きょとんとしたが小馬鹿にしたように笑いだす。
「はっ! おい! 税金泥棒が何か言っているぜ!」
と中に問いかけると中からぞろぞろと10人ほど出てくる。
「あ! 無能の憲兵じゃないか!」
「本当に偉そうだよな、使えないくせに!」
「おーい、早く帰ってくれよ、納税者がこういってんだぜ、従えよ!」
「マフィアの犬風情がでかい口を叩くな、ご主人様はいないんだろう? 強がる場所は選ばないとな、何が起きても、自己責任になってしまうぞ?」
タキザの言葉に1人が明らかに怒気を含んだ様子で近づいてくる。
「おい、手が出せないとでも思ってんのか?」
「笑わせるな、出せないんじゃない、出ないんだろう? 喧嘩一つもしたことないだろう? ああ言わなくていい、言わなくても分かるからな」
一瞬にして、目が座ったと思ったら、次の瞬間半身になると思いっきり右フックを仕掛ける。
「あーあ、アイツ切れたら何するか分からない……」
その右フックはタキザは後ろに軽く飛ぶ形で避けるが、門番がその次の言葉を紡げないのは、その後の状況が理解できなかったからだ。
それはある意味とても滑稽な姿、あくびにしては、口が開きすぎている。
そしてタキザは左手に短刀を持っていて、布で血を拭うとそのまま鞘に戻す。
「ガボガ」
口が閉じられない、何故なら。
顎の筋が開いてあんぐりと口が開いているから。
「ガボゴボゴボァア!!」
抱え込むように口を押えて、ようやく痛みが来たのだろう、のたうち回る。
「見たな? ポート伍長、ドミック伍長」
「はい、相手は大尉に危害を加えようとしました。仮に応戦しない場合は、こちら側に重大な被害をもたらすかもしれない、極めて危険な行動です」
「俺も見ましたぜ、急に殴りかかるぐらいだ、ひょっとしたらこいつらは凶器を隠し持って隙を見て刺してくるかもしれない、こちらの身の防護を優先する必要性があるかと思いますぜ」
「そのとおりだ! こいつらは人身売買に関与し、暴力的な極めて危険な奴らだ! それがたった今実証された! 全員武力行使を許可する! いいか! 殺すなよ! こいつらはまだガキ! 人権もあるし更生させなければならないからな!!」
「「「「「応!!」」」」」
とこれだけの前口上を述べながらもまだ、現実が呑み込めないであろう集団に襲い掛かったのだった。
●
「首尾はどうだ?」
タキザは、ポートとドミックに話しかける。
「メンバー32人全員捕獲完了しました」
「向こうの死者は?」
「いません」
「こちら側の被害は?」
「全員無傷です」
「よし上出来だ。さて、とあとは」
タキザは口の中に剣を突っ込んでいる相手に問いかける。
「お前は確かこのグループの幹部だったな、今から人身売買についていろいろ聞きたい、話すか? 話さないか?」
という問いに。
「お前ら終わったな!!」
代わりに叫んだのは隣に座っていたもう1人の幹部の1人だった。
「このまま終わると思ったら大間違いだ! このことを世間に公表して是非を問う!!」
「是非を問うか、なるほど、ポート伍長」
スッと叫んだ幹部の前に出るポートだったが、後ろにいたドミックが不満を漏らす。
「大尉! 俺にやらせてくださいよ!」
「拷問はポートの方が向いているんだ、戦闘能力は適正というものがあるんだよ、堪えてくれ、お前じゃ殺しかねないんだよ」
「わ、分かりましたよ、大尉がそういうのなら」
「多人数相手ではお前の方に任せる、というわけでポート、指示するまでも無いと思うが」
「任せてください、こいつに体の痛みと、大尉の尋問相手に恐怖を与えればいいんですね」
「ありがたい、優秀な部下を持つと上司は楽が出来ていい、なあ?」
「「「「はっはっはっは」」」」
その会話はまるで世間話の中の冗談のようだった。
そしてその何処か和やかな雰囲気に包まれながら、目の前で凄惨な拷問が行われる、決して命を落とさず、ただ命を落とさないだけの拷問が。
最後にその男は、痛みで目がグルンと上を向き、失禁したまま動かなくなった。
「よし、さてもう一度問いかけよう名無し君、話すのなら首を縦に振れ、いいか? この質問は1回だけだ、後は君も同じ目に遭ってもらって、残りの奴に聞く、なに、安心したまえ、正直に言えば残り君たち全員を解放してあげよう」
その男は怯えながら首を縦に振り、タキザは剣を引き抜き、笑顔を見せる
「よし、いい子だ」
●
「ふむ、なるほど……」
状況については、幹部全員からほぼ聞くことができた、個別に聞いたが整合性も合う。
「信用に値しそうだな、よし、約束どおりお前らは解放してやる」
「え?」
突然の開放に幹部4人が全員が呆ける。
「言っただろう? 正直に言ったら開放すると。繰り返すが反抗してきたから処断までだからだな」
全員が信じられないような顔をするが、タキザの指示により全員出入口を開ける。
全員はおずおずと立ち上がり、それが本当だと思ったのだろう、ゆっくりと、少しづつ小走りに歩いて、出入口から外に出ると全力で走りながら。
「死ね!! ばぁーか!!」
と吠えて立ち去った。
それをタキザは冷めた目で見つつウセアに話しかける。
「目印はつけましたか?」
「もちろん」
控えていたウセアは機械を取り出す。これはウルリカ製の憲兵の目印魔法機械。各中継地点で魔法電波を飛ばす設計となっており、相手の居場所を把握できるものだ。
「大尉、それでも無事に帰してよかったんですかい?」
ドミックが話しかけてくる。
「無事に帰すからこそ意味があるんだ」
「え?」
「奴らはこれから馬鹿正直にケツ持ちのマフィアのところに向かう。さて、お前がマフィアならどう思う?」
「どうって、俺達に何をされたのか、何をしたのかって聞く」
「いや、そうだが、注目すべき点はそこじゃない。マフィアってのはイッパシを気取っていても元はあんな感じのチンピラ共だ。だからこそああいう奴らの「性質」はよく理解しているんだよ、つまり」
「自分たちのことをゲロって無傷で帰ってきた奴を見てどう思うか? という点だ」
「…………」
「あんな感じで何も考えない奴らだ。今の状況をそのまま説明してもマフィア側は「そうだったのか」なんて信じるような奴らじゃない。自分の我が身可愛さに進んで自分たちの情報を憲兵に提供して裏切ったと解釈するのが自然なんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「というよりもマフィアなんてやっていくには、そう考えなければ話にならない。組織という鎖が繋ぎとめているだけで、組織への忠誠心はあっても仲間意識は皆無だ。しかもこれだけの人身売買なら利益も多額だろうし、逆に捕まればよくて終身刑だぞ?」
「…………」
絶句する2人。
「お前もよく覚えておけ、アイカ」
「は、はい!」
「それと、あいつらから聞いた情報を資料化しろ」
「は、はい」
「ん? ずいぶん疲れているじゃないか、他の奴に任せるか?」
「や、やります! 明後日には仕上げますよ!」
「その意気だ、資料が出来たら、当分は待機、情報隊と捜査隊に進捗状況を報告すると同時に、特にさっき言った我が身可愛さで裏切ったという情報を強く流すように依頼する」
「必ず動きがはあるはずだ、動きを確認次第動くぞ」
――1週間後・レギオン裏路地
「大尉」
ポートが指し示した先に死体があり、その顔を確認する。
「間違いない、あの時のガキの1人だな」
色々と死体を観察する。
「数十か所を刃物で刺されたことによる刺殺、しかし雑に殺しているな、本来だったら都市外の誰にも見つからない場所だと思っていたが、犯人は?」
「怒号を聞いた一般人がナイフで刺している犯人を見たそうです、人が集まってくるのを察知してすぐに走って逃げたそうですが」
「…………」
「見せしめですかね?」
「いや、違うな。マフィアに律儀に報告しに行って仲間が殺された、そこで自分の身の危険を感じて逃げようとして逃げられてしまった、つまり向こうにとっても突発的だったってことになるが……まあいい、これはツイているぜ」
「ツイてる?」
「前に「性質」を説明しただろう? さて、今度は逃がしたガキ達を「保護」するぜ」
●
「おい!! 俺を守れよ!! 憲兵なんだろ!! これは殺人だ!! 見逃すつもりかよ!!」
レギオンの取調室の一室で、幹部の1人はガタガタ震えており、体面には俺が座っている。
「もちろんだ、それを防ぐために保護したのだが、一つ問題があってな、それは君の守り方についてだ、というのは守ることは可能ではあるが要望に沿えないのだよ」
「??」
「つまり我々が君を守るためには「逮捕」しかないということだ。そうすれば留置場で君の身の安全が保障できる。奴らも手出しが出来なくなる」
「たた、逮捕!? ふざけんじゃねえよ! それを信じろってのかよ!」
「まさか、むしろ俺の言う事など、信じない方がいいぞ」
「は!?」
「立場を変えて考えてみろ? 仮にマフィアが君を殺そうとした場合は、憲兵本部を襲撃するしかない。例えば俺の守るという言葉が真っ赤な嘘だとしても、そのまま襲撃を許して、君を奪取されたらどうなる?」
自分の言っていることが分かったのが、はっとする。
「そう、憲兵にとっては大がいくらついても言い訳できないぐらいの不祥事だ、俺の言葉は嘘でも本当でも、どっちでもいいんだよ」
「…………」
「悪いが、こちら側としてもこの条件に応じられないのなら、君をそのまま保護を解除するしかない。我々は今回の人身売買の捜査にのみ権力を与えられているからな。しかも君はその人身売買の犯罪者側だ、それを税金を使って守るなんて世間も許すまい、その方便に使えるのが逮捕なのだよ」
「な、なら! し、し、司法取引は!?」
「逮捕を承諾してくれたらそれを話そうと思っていた。それに応じる用意はある、後は君の判断だ、好きにしたまえ」
「…………」
方便を巧みに使い分けたタキザの言葉に既に落ちかけている。
(さて、これで証拠確保だ、この事件も大詰めだ)
●
――ウルティミス・マルス連合都市・憲兵詰所
「さて、情報隊より情報の引継ぎを受けた。今回の人身売買の大元が判明した、相手はコフバーファミリーだ、知っているな?」
そのマフィアの名前を聞いた瞬間に全員に緊張感が走る。
「違法薬物と人身売買を主にしている、首都に総本部を構えて、実働事務所をレギオンに構えている大規模犯罪組織、それが今回の相手になる。後衛に捜査隊を控えた上での作戦行動になるが、元はロクデナシとはいえ相手はガキとは違い武装している」
「さて、ここで臆病風に吹かれた人物はすぐに異動願を書き給え、私が責任を持って事務方に異動させることをここに誓おう。なに簡単だ、出世街道邁進中の自己保守で自己保身に長けた少佐殿に一言「死にたい」と言えば、顔を青くして事務方に回してもらえる」
全員がクスクス笑い、俺は軍刀を振り上げる。
「相手の生死は問わない! 覚悟を決めて命を懸けろ! 普段寝て過ごして給料が貰えるのはこの時に命を懸けるからだ! 奴らは存在するだけで被害者を出し続ける存在! 情けは捨てろ! 全員叩き潰せ!」
「「「「「応!!!」」」」」
●
「いつつ……」
手から流れる血を止めるために自力で包帯を巻く、皮だけ切ったから出血は派手だが手は問題なく動くから一安心だ。
相手は全員逮捕、死亡者が6名出したものの、こっちの死者は0名であるが、見てのとおり無傷という訳にはいかなかった。
ドミックは病院送りにされてしまった、最も相手を倒した分反撃を最も喰らってしまったからだ。ポートも傷を負って膝を付いて肩で息をしている。
他にも何名かが病院送りにされたものの、先ほども言ったとおり全員逮捕され、現在は捜査隊が個別で事情を聴いている、結果的には大勝利で終わった。
これで組織壊滅、一段落であったし、収穫は他にもあった。
「…………」
軍刀の柄を握りしめてじっと見つめているアイカの姿、顔が紅潮して力がみなぎっている様子。
今回の急襲作戦での一番の功労者は彼女だ、彼女の剣術は死者を出さずに無力化させる理想的な暴力装置としての動きだった。元より王国剣術の腕には非凡な才があったが、これは試合ではない実戦だ。
現に最初は力が思うように出せず、ウセアさんにフォローされっぱなしだったが、今回はまるで人が違ったようだった。
思えば恩賜組なんだよな、修道院に認められた人物、その面白さはカイゼル譲りか。
となれば、やはり早く参加させた方がよかったのか、と考えているとウセアが話しかけてきた。
「タキザ、アイカは何かあったのかい?」
「え?」
「実はね、私がアンタにアイカの作戦参加を打診したのはね、ここ数カ月でアイカの面構えが別人かと思うぐらい変わったからなんだよ」
「…………」
「はっきり言えば、恩賜組といっても、修道院出たての新米将校という印象だったんだけどね、急に自分のやることというか、決意みたいなのを感じて芯が出来たんだよ」
「……芯が出来た、ですか」
「最初は自分だけがそう感じていただけかもと思って黙っていたが、最初の実戦で実はもう片鱗は出ていた。ひょっとしてと思って、今回の作戦には私はサポートに徹したんだが、こっちが押されるぐらい綺麗に相手を倒していたんだ」
「…………」
「その顔を見ると心当たりはあるようだね」
「まあ、そうですね、アイツの父親とは家族ぐるみの付き合いがあるんで」
「ふん、まあいいよ、それで誤魔化されてやるさ、何か重大で重要なことがあるんだろうが、聞かないでおいてやるよ」
(……この妖怪め)
「今失礼なことを思っただろう?」
「ギクッ!」
「ふん、まあいい部下が育っているのならなによりだ」
とカラカラ笑いながら現場を後にしたのだった。
●
「さて、君の身を守ることに成功した、良い報告が出来て何よりだ」
取調室に手幹部を前にして報告する俺に、ホッとした様子の幹部。
「君が提供してくれた情報は正しかったわけだからな、司法取引も無事に成立する見通しだ」
「は、ははっ、よし、なら俺はいつ釈放されるんだ?」
「釈放? そんなものはないが?」
「え?」
「司法取引はあくまで「減刑」だぞ? 本来ならば死刑か終身刑になるところだが、まあ、30年といったところだろう」
「…………」
「良かったじゃないか、君は人身売買の罪を犯したが、しかも衣食住はもちろん病気になれば病院まで全てを国民の税金で賄い、一銭も払う必要が無い、安全安心の暮らしが送れるんだ」
幹部は、一瞬キョトンとした後。
「き、汚ねえぞ!!! それが憲兵のやり方か!!」
「汚い!? 言葉を選べガキが!!」
「っ!」
「お前らは人の人生を何人狂わせたと思ってるんだ!? 死んだ人も多数いる! むしろ30年で生きて放免されることは、それこそ恩赦といってもいいぐらいだ!!」
「ふ、ふ、ふざけるなぁ!!」
「俺たちはな! 何故お前みたいな奴らが死刑じゃないんだって世間からしょっちゅう言われるんだよ! そしてそれは俺達が一番思っていることなんだ!」
「お、俺は、更生の余地がある! それは王国法律でも!」
「そんなものはない! 何故断言できるか分かるか!? それはな! 30年後に放免されても、お前は再び犯罪を犯し他人を不幸にする! 反省して、悔い改めることなんてことは一生できない! 俺は憲兵を30年やって更生出来た人間なんて1人として見たことが無いからなんだよ!!」
――後日・レギオン本部
「タキザ大尉! 困るんですよ!」
管理少佐の執務室で立たされている。
「何がですか?」
「憲兵に肉体的にも精神的も暴力を振るわれて、息子がトラウマを負ってしまった! 親が弁護士を雇って法廷で訴えると言っているんです!」
「なるほど、先般捕まえた人身売買組織のガキの親からですな?」
「っ! タキザ大尉!」
「分かっております、何も困ることはないですよ、奴らの狙いは明確であり単純じゃないですか」
「た、単純?」
「憲兵から暴力を受けた、だから被疑者の供述は無効、司法手続きは違法であり、人身売買の罪は無罪である。暴力憲兵に違法捜査との喧伝、あまりに定番な手法だ、30年の刑がゴネ得出来るかもと考え、更に国から金を取れるかもと思えば、ね」
「だ、だが! 奴らにも人権がある!」
「分かりました少佐殿、対応は私がしましょう、人権は全て平等に。王国憲法に則り、こちらも全てを開示する用意があると、なに、卑しい奴らがどう出てくるのかは予想がつきます。それを対処すれば、こちらが負けることはそもそもありえませんからね」
「…………」
雰囲気が変わった。なるほど、この管理少佐は訴えるという言葉ですっかり怯えてしまい、許容量を超えてしまったため、全部俺に押し付けるために呼んだわけか。
「任せましたよ、タキザ大尉」
「お任せください、それと、憲兵司令官賞の受賞おめでとうございます」
「っ!」
俺の言葉に目を逸らして黙っている。
「気にすることはありません、申し上げたではないですか少佐殿、手柄は全て貴方に、責任は全て私に、そうでなければ巨大な組織の中で「余程の人物ではない限り」出世は不可能です。そうでなければシステムが動かない、この大功績は次の異動に貢献することを部下として喜び申し上げます」
「…………」
そのまま目を合わせず、黙っている少佐を見て踵を返す。
修道院出身はつまらん奴が多い……。
いや、違うか。
カイゼルは上からも下から認められる稀有な奴だった、アイツとは色々と仕事でもプライベートでも遊びまくった悪友。
そして今はカイゼルの娘であるアイカもしっかりとカイゼルの血を受け継いでいて、今後部隊の中核を担っていくだろう、そして……。
最強の最下位殿、神楽坂イザナミ。
なんだ、俺の周りにいる修道院出身は面白い奴らの方が多いじゃないか。
「何がおかしいのです! タキザ大尉!」
「いえ、面白い奴らと遊ぶのが凄く楽しい、って思っただけですよ」
●
事件が終わり、俺達39中隊は仮初の平穏の時間を過ごしている。
憲兵にとって平穏とは次の事件までのインターバル、残業の無いお役所仕事の喜びをかみしめる日々。
ずっと働きっぱなしだったから、当直員以外は全員休暇を取っている。各々仲のいい連中と遊びに行ったりリフレッシュしている。
ウセアさんも旦那とラブラブ旅行だそうだ。アイカも今は、女子会なるものに参加するのかレギオンで遊ぶとのことで不在。
俺は1人憲兵の詰所にいて、お茶をズズッと飲んでいる。こうやって、何もないときは、本当に何もなく、1人でのんびりしている。
その時にドアをノックする音がすると入ってきた人物を見て驚いた。
「差し入れ持ってきたぞ」
相手はカイゼル・ベルバーグだった、アイカの父親であり、悪友であり、ここの第三方面の武官のトップだ。
「よう、お前が来るなんて珍しいじゃないか、茶でも飲むか? 安茶だがな」
チャチャっとお茶を淹れてそれを飲むカイゼルだったが、一つの新聞を取り出して手渡してくる。
「面白い記事がある、読んでみろ、お前がやった犯罪組織壊滅に関することだ」
「ほほーう、どれどれ」
とカイゼルが指し示す記事を読むと。
「ふむ、子供たちを引き取ったのか……」
人身売買壊滅し全員が逮捕されて、その過程で「保護」した子供たちは、クォナ嬢がマルスに建立した孤児院に全員引き取られたらしい。慈善事業としてデカデカと報道されているが。
「マルスの遊廓が楼主長が人身売買組織壊滅の情報提供者と報道されているぞ!」
当たり前ではあるが情報提供者については秘匿に徹していたはず、少佐か? いや、下手をすると情報漏えいの誹りを受けかねないことと解釈されるようなことはしない、しかもこのやり方は、となると。
――「街長であるセルカ・コントラストより、タキザ大尉は信用と信頼に値するため、協力及び情報は無条件提供するようにとの指示を受けております。ただ時間帯については私も仕事があります故、便宜を図っていただきたいのですが」
「そうか、セルカ街長だな!?」
「そのとおりだ、これで懸案事項であった健全性というイメージが確立できた。クォナ嬢はシンボルとして子供たちを受け入れマルスにガッチリと食い込むことにも成功、だが一連の過程で自分は一切表には出てこない。その理由については多分……」
「好かれてしまうから、だな、好感度はあくまでもクォナ嬢に集めて、嫌われ役は当然俺達……」
とここである記事に注目する。
「カ、カイゼル! これ!」
それはそのクォナ嬢とセルカ街長がインタビューに答えている記事だった。
「ああ、憲兵じゃないんだよ、この街長は凄いぞ、このインタビューを読むと徹底して「悪いのは犯罪者である」というスタンスを取っている」
「信じられん、犯罪者を嫌われ役にするとは、思い切った策を打ってくるな」
嫌われ役を犯罪者にする。
この言葉だけ聞くと当たり前だと思うかもしれないが、現実では犯罪者ですら「憲兵の被害者」として同情を集めてしまうのは何回も述べたとおりだ。
その証拠に、あの管理少佐が言った犯罪者の親のように、泣き叫んで被害者面をすれば世論は憲兵が悪であるという方に簡単に傾くのだ。
そして何より政治家や権力組織が悪いとすればノーリスクで一番簡単に終わるのだ。
だがこの街長はそれをあっさりと捨てた。これはクォナ嬢に人気が集め自身の人気が必要ないから採れる手法、既に曙光会という立場を確立し、王子の仲も良さも知られている。
しかも。
「これはアキスを公式に協力者に仕立て上げるリスク対策も含めてだな?」
「そうだ、犯罪者側は、犯罪者の情報提供された報復する相手は確かに俺達よりもアキスに向く、その被害者防護という意図も含めている、アキスに手を出したら憲兵が動くように印象操作もしているのさ」
カイゼルの言葉を受けてもう一度新聞に視線を落とす。
「いや、本当に凄い、神楽坂の仲間は適材適所だ、俺も役割もしっかり当て込まれているってことか。なあカイゼルよ、これはウカウカしていると、あっという間に老害扱いだぞ?」
「はっはっは、老害か、結構な事じゃないか、そうやって歴史は紡いでいくんだ」
「まったく頼もしい限りだな、さて、と……」
ズイと、カイゼルに迫る。
「というわけで、当然このまま帰るつもりはないんだろ?」
「当たり前だ、折角マルスに来たんだ、こっそり予約はもう入れてある」
「店は?」
「ケチはことは言わん、天河を予約してある」
「ふむ、仕事でか?」
「もちろんだ」
「ほほーう、いいのか? バレたら世間は喜び勇んで騒ぐぜ?」
「何を言っている、此度の事件で多大な貢献をしてくれた我々の協力者に、合法的にお金を落としてお礼をするのだよ、なんの悪いことも無いさ」
「ははっ! 確かに協力者との人間関係構築は立派な仕事だ、メンバーは俺達だけか?」
「ああ、神楽坂も王子も誘おうと思ったが、たまには2人だけで悪だくみをするのも悪くないと思ってね」
「よし! なればもう仕事は終わり! たまった有給を消化するとしますか! 着替えてくるから少し待っててくれ、カイゼル中将閣下殿!」
と立ち上がって更衣室に向かう。
必要性は認めながらも嫌われるのが我々治安維持組織、つまり暴力装置だ。
それは犯罪というものがあってそれを捕まえる機関がある限り変わらない。
100年後の憲兵は、100年後の犯罪者のために奔走しているだろう。
俺のドゥシュメシア・イエグアニート家としての役割、それは。
(俺の役割はいつもと同じ世界の汚れ役だ、その役割が必要な時に、命を懸けて動けばいい)
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。