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世界の汚れ役:前篇



 憲兵。


 任務は公共の安全と秩序の維持。


 一般人にもわかりやすく言えば犯罪捜査により被疑者の検挙を主目的として上記の目的を達成する集団だ。


 そう表現すると華麗な推理を駆使して犯人を捕らえる、なんてことを想像するかもしれないが、現実はもっと生臭く血生臭い、例えるのなら終わらないドブさらいのようなものだ。


 一時的には少しだけ綺麗になっても、すぐに汚れが溜る。それをさらって少しだけ綺麗にする、すぐに汚れがたまり、再びさらって少しだけ綺麗にする、その作業を繰り返す。


 そんなことに意味があるのかと思うかもしれない、ドブなんて誰も好んでみようとは思わないし。だがそれを喜々としてやり、恨みも山ほど買うのことを誇りとする変わり者集団が憲兵だ。


 そして今日もまた、どのドブの叫びが声高らかに木霊する。



「お前らはいつもそうだ! 弱い者いじめばかりで! 恥ずかしくないのか!」



 関節を決められた状態で叫ぶ男。


「…………」


「お前らがどれだけ嫌われているのか! そろそろ自覚した方がいいんじゃないか!?」


「…………」


「お前らの陰でどれだけの人が泣いているか考えたことがあるのか! 俺はな! 母親をお前ら憲兵に殺されたんだ!」


「…………」


「謝れ! 土下座しろ!!」


「言いたいことはそれだけか?」


「え?」


 その言葉を受けて憲兵の1人が体重を徐々にかけていく。


「お、おい! やりすぎだ! これは立派な人権侵害だ!」


 無表情で更に体重をかけていく。


「や、やめ、やめろ、やめやめ、やめぎぇ」


 最後はひょいと体重をかけるとベキベキという音が木霊して。


「ぎゃあああ!!」


 と叫びんだところで開放すると、決めていた肘を抑えて体を抱え込むようにのたうち回る。


 その姿を冷たく見下ろしながら眼鏡を上げる、ポート憲兵伍長。


 その横をけたたましい音で人が吹っ飛ぶと壁に当たりそのまま、全身が砕けた状態で投げ飛ばされた男がいた。


「おい、殺すなという命令だぞ、それは遵守しろ、迷惑がかかる」


 声をかけた先、筋骨隆々の大男、ドミック憲兵伍長が立っていた。


「大丈夫だ、頸椎を砕いただけ、一生歩けなくなるだけだ、命に別状はない」


「ならいいが、ん?」


 ズンズンとドミックが自分が仕留めた相手に近づいていく、その目を見て、関節を抑えながら睨んでいた男の目に怯えの色が浮かぶ。


「まだ暴れ足りないのか?」


「ああ、お前が実力行使に出るってことは、反省の色はなく、かつ抵抗してきた、でいいんだろ?」


「まあそうだが、こいつの母親はどうやら我々憲兵に殺されたそうだぞ、本人がそう言っていた、これ以上いじめるのは可哀想じゃないか?」


「何を言ってやがる、こいつの母親ピンピンしてんじゃねえか、調査済みだろうが」


 ここでポートは眼鏡を上げると首を振る。


「そうだったのか、これはショックだ、罪悪感に打ちのめされていたのに、嘘だったのか、ああショックだ」


「ふん、演技臭いんだよお前は。しかしまあクズってのは、本当にブレないよな、おかげさまでこっちも罪悪感無しで気持ちよく暴れられるから助かるが、さぁてと♪」


「おい、殺すなよ」


「何度も言うんじゃねえ、迷惑はかけない、言われんでもちゃんと守るぜ」


「ひっ、お、おれは、なにもしてないのに、むじつ、そ、そう、冤罪だ! もしこれが冤罪なら大変なことになるぞ、ごぼう!」


「うるさい、お前の声が癪に触ってマジに手が滑りそうだから黙ってろ」


 と後ろでベキベキという音と悲鳴を肴にポート伍長はタバコに火をつける。


 悲鳴がくぐもっているのは大方口を衣類か何かで塞いで悲鳴が漏れないようにしているのだろう。


 まあ静かなのはいいことだと、一本吸い終わるころにはコトが終わり、ドミック伍長は上機嫌な様子。


「これで二度と女が抱けない体にしてやったぜ、ここまでやってこその任務だよなぁ、お前は甘いんだよ、骨は折れたらくっついて元通りになるだろ?」


「俺は職務に忠実というだけだ、好き放題暴れているわけではない、素直に投降してくる人物には何もしない」


「はっ、俺はまだ暴れ足りねえぜ!」


「挑発するのは構わんが、無抵抗の奴らをいたぶるなよ。というか、お前には数人じゃ足りないっていうから大尉はお前に10人の方に向かわせたはずだが」


「10人つっても、連携が取れていねえようじゃ、ただの烏合の衆だぜ、多勢に無勢だって油断してたぐらいだからな、逆にビビったぜ」


「なるほど、育ちの悪いお坊ちゃまってことか」



「やれやれ2人とも、カッコつけるのは良いが、まだ粋がるレベルだねぇ」



 と後ろ聞こえてきた声に2人は姿勢を正す、声の主はベテラン女性憲兵、ウセア憲兵少尉だ。


「少尉、止めに来たんですか? 悪いがもう終わっちまったんですが」


「止めに来たんじゃない、やりたきゃやりな、だが詰めが甘いと言いに来たんだよ」


 と言ウセアがら両手の人差し指で銃をぶら下げて、それを見た2人の顔が強張る。


「アンタら2人がそれぞれ仕留めた奴らが持っていた物だ。しかもまだ意識があって、動かない手足を何とか動かして取ろうとしていたんだよ。仕留めた相手が何もできないだろうとして油断した結果の失態だね」


「「…………」」


「まったく、男はすぐに暴力に酔う、酔って調子にのる、そんなに気持ちいいものなのかね」


 2人はバツが悪そうに黙っているが。



「はっはっは、我が部隊のツートップも、「おふくろ」には形無しだな」



「「大尉!」」


 ポートとドミックは目を輝かせて現れた人物を見る。


 その場に現れたのはタキザ・ドゥロス憲兵大尉だ。


「タキザ、アンタが甘やすからだよ、詰めの甘さは怪我で済めばいいが、場合によっては死を招くよ」


「まあそう言わないでください、おかげで俺はずいぶん楽をさせてもらっているんです。それに部下のフォローは上司の仕事じゃないですか」


「ふん」


「それで首尾はどうですか?」


「今のポートとドミックとが仕留めた奴らで任務完了だね」


「こっちの怪我人は?」


「軽傷者が2名」


「向こうの怪我人は?」


「それは……」


 ウセアは、そのまま横に視線を移しそこには。



 山のように折り重なった人の山があった。



「ここにいる奴で全部」


「殺してはいないでしょうね?」


「誰にそのことを聞いてるんだい? アンタと違ってこっちはこの活きのいいお坊ちゃん2人をちゃんと見ていたんだよ」


「失礼しました、こいつらにも人権がありますからね、念のため、よし、無事作戦終了だ」



「やりすぎだ!」



 突然響いた怒声に後ろを振り向くと、無抵抗で捕まった1人が床に這いつくばりながら睨みつける。


「お前らは俺たちの税金で食っているんだろう! 普段何もしないくせに! おい、俺は前に財布を盗まれたんだぞ! 犯人は捕まってない! 犯人が捕まらないのはお前らの怠慢だ!」


「…………」


「なんとか言ったらどうなんだ! 黙ってるってことは無能を認めたってことでいいんだな!?」


 タキザはにやりと笑うと。


 顔面をサッカーボールを蹴飛ばす要領で顎を砕いた。


「アガガガァアァァ!!」


 のたうち回る男を一瞥するとクルリとを振り向き、揃っている中隊に告げる。



「さて諸君、連続強姦集団は無事駆除した、捜査隊に引き継ぎ、我々は本拠地へ戻るとしよう」



「「「「応っ!!!」」」」



 両手を上げて凱旋するのはタキザ・ドゥロス憲兵大尉率いる憲兵司令部第三方面本部第39中隊。


 憲兵は現場活動単位を中隊を1単位として、その長を大尉の階級者をもって補職され運用される。


 その現場活動単位は3つに分かれる。


 事件を立件し刑務所に送り込む捜査隊。


 情報を収集し隠密活動を主体とする情報隊。


 犯人制圧の為に動く突撃隊。


 その中で39中隊は、突撃隊の中で最も苛烈な制裁を加えることで有名で、多くの犯罪者がその名前を聞いただけで震えあがる名前であり。


 もっとも恨みを買う憲兵達だ。



 これは世界の汚れ役を喜々として担う憲兵達の物語。





 将校つまり少尉以上の階級へのルートは3つ。


 まず1つは王立修道院に幹部候補生として採用された場合。


 次に一般大学を卒業し、技術将校として採用された場合。


 そして最後が叩き上げ。


 そしてなんといってもウィズ王国の特徴は、将校の制服を二つに分けていることだ。叩き上げは王立修道院出身のエリートたちと別の制服を貸与されるのだ。


 制服を変える意味は修道院は常に、エリートの地位と偏見を受け入れよ、という試練の意味であるそうだが、俺のような叩き上げ将校たちの捉え方は逆だ。


 頭の良さは自分よりも上だと認めよう、だがお前達とは踏んだ場数が違いすぎるし、それが生涯埋まることはない。


 それに修道院は政治機関であると同時に出世するための機関。


 だから奴らは総じて。



 つまらん奴ばかりだ。



「タキザ大尉、困るんですよ」


 目の前に座っている年は30代前半の若い修道院の武官制服を着た憲兵少佐。この年で少佐の地位にまで上り詰めるのなら最短ルートのスピード出世だ。


 憲兵の現場活動単位は中隊であるのは先に述べた通り、目の前にいる人物は中隊三つを管理する管理少佐だ。


「困るとは何です?」


「市民から苦情が入っているんですよ!」


「善良な市民からですか、それは由々しき問題ですな、具体的な内容はどういったものです?」


「やり方が汚い卑怯である、権力をかさに着て横柄な態度を取っている、弱者の気持ちが分かっていない、弱い者いじめをするなと、といった具合にです」


「その苦情、残念ながら、1人目が泥棒、2人目が粗暴犯、3人目が性犯罪者、最後は犯罪を犯さないだけのクレーマーですな」


「ぐっ!」


「それと少佐殿は勘違いしておられます、奴らが弱い? 今まで扱った中で弱い奴なんて1人としていない、強かで卑しい奴らばかりです。そもそも「弱い者いじめをするな」と自分で言い出している時点でそれは察しないと」


「だが! 王国憲法には!」


「存じております。人権は平等に与えられるものです。無論訴えてくるのなら、こちらはいくらでも戦いますよ、その「善良」な市民が自分がしてきたことを全て世の中に公開される覚悟があるのなら、の話ですが」


「タキザ大尉!」


「まあまあ少佐殿、手柄は全て差し上げます、責任は全て私に押し付ければよろしいではないですか、今までそうやって回ってきたのですから。現に我々第三方面の武官のトップであるカイゼル中将閣下にはそう申報しております」


「…………」


 雰囲気が変わった、確かにいつも上に手柄を全て渡して報告しているのは事実だからだ。


 要は、このエリート少佐殿はその確認がしたいがだけにわざわざ自分を呼んだということか。


(やっぱり、総じてつまらん奴ばかりだな)


 心の中で何度か分からないため息をつくのであった。





「大尉、どうでした?」


 詰所に戻った時、タキザを出迎えるのはポートとドミック両伍長だ。


 年も30を過ぎて脂がのってくる頃、急襲作戦においては中核を担う2人だ。


「お前達が心配することは何もない。いつもの我々の職務執行に対して「善良」な都市民からの苦情がわんさか来ているという小言を喰らっただけだ」


「ならいいんですが、しかしまぁ、出世のためとはいえ、あんな奴らを都市民として扱わないといけないなんて、大変ですねぇ」


 ドミックの言葉にポートも同調する。


「本当だったら、本当の善良な都市民たちの為に出来ることもあると思うのですが、やりきれませんね」


 2人の言葉にタキザは苦笑する。


「ははっ、少佐殿は好きで組織の犬となっているのだから任せておけばいいのさ。というわけで本日もまた修道院出身の将来の我がウィズ王国幹部候補生の出世のために、職務に励むとしようか」


 と自分の席からのぞく景色を見る。


 そこから見える景色はレギオンではない。


 先日大規模な異動がありタキザ達第39中隊には、レギオンの他もう一つ拠点が増えた、つまり39中隊専用の管轄が出来たのだ。



 そこはウルティミス・マルス連合都市。



 本来なら憲兵が常駐するのは4等以上であり、連合都市が4等であるから本来なら常駐するはずなのだが、連合都市は今まで誕生した数は多いが、成功例は数例ほどしかない。つまり社会的信用が無いのだ。


 だから同連合都市の治安維持は自警団や元ロッソファミリーの構成員たちでなんとかしているようだったが、それも限界にきていたのはアイカを通じて知っており、セルカも手を回していたそうだが、それでも「憲兵の巡回監視」レベルだった。


 そして「暴力から守ってやるから」という理由で反社会勢力が近づき断れれば嫌がらせを受ける、という冗談にもなっていない状況になっている。


 しかも多額の金が動く遊廓、雇われているとはいえ出自が元マフィアとくれば、当然に金で転ぶ人間も多数出てきている状態で、裏切り者が出ても、都市追放レベルで収まっている、だから当然舐められる。今はそれでも何とか抑え込んでいる状況で、街長は対応にかなり頭を痛めているようだった。



 だが状況はクォナ嬢が私立ウルティミス学院顧問に就任したことにより激変する。



 クォナ嬢はまず、学院顧問に就任すると同時に孤児院運営で手つかずであった遊廓都市マルスに孤児院を建立、マルスの子供たちを孤児院に入れ、事実上クォナ嬢の保護下に入った。


 仕事上、どうしても発生する妊娠という事実、ロッソファミリーはそれを弱みとして利用していたが、それを強みとして利用する施策を打ち出した。


 そしてウチラの上の動きも早かった。就任した数日後には「社会的信用を得た」なーんて、お偉いさんが血相変えてもっともらしい理屈をくっつけて、偉い人たちはどの憲兵を連合都市に配属させるかで会議を開いたそうだ。


 クォナ嬢のための配置なんて、お偉いさんからすればリスクが高すぎて、誰もやりたがらない。


 だが、それはあっさりと解決する。その誰もが嫌がる多大なリスクを1人で背負う形で、カイゼルの鶴の一声で俺達の配属が決定されたのだ。


 当然これはドゥシュメシア・イエグアニート家としてあらかじめ組み込まれていたことだ。


 本来ならこんなこと、出世を目指す奴では考えられない行為だが、カイゼルは「この年で楽しみでしょうがないことができた」とノリノリだった。


 そうだった、修道院出身はつまらん奴ばかりじゃなかった、カイゼルは面白い、出世を度外視してリスクを取れる奴だった。


 だからこそ下から人気もある、生意気盛りのポートとドミックもカイゼル中将だけは「もっと上にいって欲しい」なんて言っているぐらい。多大なリスクから大功績を上げて、恩賜組ではないにも関わらず中将という地位まで昇りつめたのだ。


 結果、我が39中隊は、レギオンとマルスに両方に詰所を構えることになり、アイカはウルティミス駐在官と39中隊を兼務する形にして詰めることになった。


 まあ連合都市とはいえ田舎、若い奴らは嫌がるかもと思ったが、そんなことはなく特にクォナ嬢が来訪すると分かった時は、逆に抽選になるぐらいだ。


 ちなみにドミックとポートもクォナ嬢に夢中、うんうん分かるぞ、清楚ってのはいつの世にも男の憧れだよな。


(とはいえ、俺の中でドゥシュメシア・イエグアニート家の立場をどうするか、悩んでいる部分でもあるんだがな)


 神楽坂は俺をスカウトする際にはっきりとこういった。


――「暴力装置として考えた時、タキザ大尉以外考えられないんです!」


 神楽坂はあれで徹底した現実主義者だ。自分にとって都合のいいことは起きないことをあの年で知っている。


 ただ、どう活動とすればいいかと聞いたら「いつものとおりでいい」とのことだ、カイゼルとの二人三脚で活動してほしいとのことだが。


「タキザ、いいかい?」


 と考えている時に話しかけてきたのは、副隊長のウセア憲兵少尉だ。


「なんですか?」


「次の作戦からはアイカを連れて行くからね」


「……まだ早いですよ」


「ならいつ参加させるんだい? アイカが配属されてからもう1年が経とうとしている。経験なしで成長させようとするプランを聞こうじゃないか」


「そ、それは」


「言っておくけど、アイカは怒っていたからね、急襲作戦にまだ一度も参加できていないってね」


「……やっぱり、駄目です、カイゼルから預かった大事な娘ですからね」


「…………」


 ウセアはポンと肩を叩くと、小声で耳打ちする。



「急襲作戦の初参加の時、首から血飛沫上げて倒れた奴を見て貧血で倒れたアンタを介抱してあげたのは、どこの誰だっけ?」



「げっ!! あ! アレはもう時効でしょう!」


「あの後、目を覚めた後も震えていて「もうヤダ」って泣きべそかいてたよね、これをアンタに憧れているポートやドミックに伝えたらどうなるかねえ?」


「分かった! 分かりました! 参加させればいいんでしょう!?」


「分かればいい、部下を育てるのもアンタの役目。まあ初参加は確かに不安だからね。私がコンビを組んでやるよ、大丈夫だ、仮にアイカが血を見て失神しても介抱の腕はアンタのお墨付きだ」


「…………」


 くそう、と思うが口には出せない、何故なら階級こそ自分が上だがウセアは先輩だからだ。


 外から見ると憲兵は階級社会で階級は絶対と言われているが、実務では階級よりも飯の数が物を言う。


 ていうか、大体世話になった先輩には階級が上だろうと下だろうと頭が上がらない、タキザにとってウセアはそういう存在だった。





 マルスの治安は遊廓という「裏の遊び」である以上、表立って憲兵が振舞う訳にはいかない、治安維持の主体は遊廓で、憲兵はあくまで裏だ。


 故に異動した当初は遊廓都市であり、酒も入るから日常的にゴタ(喧嘩のこと)が発生してひっきりなしに呼ばれるかと思いきや、滅多な事じゃ呼ばれることも無かった。


 とはいえ、裏に徹し過ぎると表が好き勝手やってくるから難しいのは、繁華街を抱える憲兵の共通の悩みの種でもある。


 だからこそセルカは、警備会社と遊廓会社を設立し公的な地位を付与、そして警備会社と憲兵との協力関係を全面的に押し出し、遊廓で通用する決まり事を作成し、それを守れない客は身分を問わず徹底して追い出し、二度と立ち入らせない、マルスでリストを作成して、他の遊廓に流しているのだから徹底しているが、それでも限界が来ていたのは先に述べたとおり。


 そしてクォナ嬢就任にかこつけて、俺達を配属させたわけだが。


 非合法の暴力ではなく、合法の暴力を選ぶ、という決断。


(中々に決断できることじゃない。あの若い美人街長もやるものだな)


 と俺が思うのは俺達の運用方法がしっかりとしているからだ。


 というのは憲兵は公共の組織であり私的に運用できない。何故なら法律というのは「自分のことは自分でするのが常識である」という前提のもとに組まれているからだ。


 実際に「憲兵がいるのにどうして何もしないんだ」なんて苦情はしょっちゅう受ける。


 となれば俺たちをどう運用するのか。


 一言で言えば「犯罪者を撲滅する為という大義名分」を与えている、という意味だ。


 具体的には犯罪情報を俺達に提供するということ、しかもちゃんと提供する情報を事前に選定してくれるのもまた凄い。


 ここでの選定とはどういう意味なのか、例えば先の強姦集団たちの駆除は、その「選定された情報で」遊女が強姦被害に遭ったことを端に発した上での犯罪捜査の結果だが、本来俺達が扱う性犯罪なんてのは。


――約束した金をよこさないから被害届を出す、強姦犯人として捕まえろ。


 そして犯人を捕まえても、犯人が金を積めばあっさり被害届を取り下げてその後、憲兵に一切の協力はしない。


 残念だが、俺達が扱う性犯罪事件なんてこんなもの、それもその筈、本当の被害者は声を上げるような精神状態ではないからだ。


 だからそういったものを弾いて上で情報提供するという意味であり、楼主達は「憲兵の信用を得る」という位置づけを確保している。


 その警備会社と遊廓会社と我々憲兵の窓口担当役についてだが。


「…………」


 専用の詰所で不機嫌そうに俺を出迎えるのはアイカだ。アイカ・ベルバーグ、王立修道院出身の将校でありカイゼルの娘だ。


「挨拶ぐらいしろ、職場では俺は上官だぞ」


「お疲れ様です、タキザ大尉」


 とげのある口調、もちろん不機嫌な理由はウセアさんからさっき言われたことだ。


 となれば早く伝えた方がよさそうだと、咳ばらいをするとアイカに告げる。


「次の急襲作戦時は、お前も参加してもらう」


「ホント!? おやっさん!!」


 興奮気味に食いついてくるアイカ。


「ただウセアさんと組んでもらうがな、まずは彼女から学ぶといい」


「やーーっとだよね! ホントに! 遅かったよ!」


 喜びはしゃぐアイカを見て、自分の若い時を思い出す。そういえば、俺も初参加が決まった時はこんな感じで気合が入っていたっけ、結果はまあ、散々だったが。


 だが……。


「なあアイカ、お前は本当にここでいいのか?」


「え?」


「お前は修道院出身、しかも恩賜組だ、だがここにいる限りリスクと隣り合わせだぞ」


「そんなこと分かってるよ、今更じゃない」



「それだけじゃない、俺達の功績は評価はされない、何故か分かるか? それは、俺たちは暴力をもって治安を維持するからだ」



 俺の言葉にアイカは息を飲む。


「確かに綺麗事で物事は進まない、だからこそ暴力装置は必要だ。だが暴力の「功績」は「倫理」に抵触するから認められない。故に力の行使した結果だけ公表する。その結果に対して市民から何を言われようと黙っているのはそのためだ」


「でも、私たちに色々言う奴って」


「もちろんだ「俺達だけ」はそれを知っている。だがそういう輩は声がでかく演技派だから、大体の人間は騙されて信じる、そして俺たちは言い返さない。そして演技派の奴らは「それは真実だから言わないんだ」と触れ回り、結果憲兵の評価なんて誰もしてくれない。お前が歩もうとしている道はそういう道だ」


「おやっさんさ」


 アイカは俺の言葉を遮る形でこう言った。


「嫌われる、ということについて人柄が嫌われるのは受け入れなければならない、仕事が嫌われるのは誇りを持たなければならない、おやっさんの言葉だよね?」


「…………」


「私はね、燃えてるんだよね、今の私達の立場は、凄い面白い立場にあるじゃない。皆それぞれに自分の役割を果たして、面白いぐらいに結果が出ている。その面白さはおやっさんだって感じているでしょ?」


「……ああ、そうだな、それぞれに自分の役割を果たしてか。とはいうものの神楽坂のためでもあるんだろう? いやぁあのお転婆のはねっかえり娘がいっちょ前に色気付いてイダダダ!!」


「ほんとーに男ってのはさ! デリカシーが無いよね! ナリアちゃんに嫌われるよ?」


「ぐふ! そそっそんなわけないだろう! ナリアはお父さん子だからな!」


「はいはい、じゃ、話もまとまったところで、部下なりに上司に気を使いますか、お茶飲むでしょ?」


「ああ、一杯、熱くて濃いのを頼む」


 そのままアイカが淹れてくれたお茶をズズッと飲む。


 この後は、適当にぶらついて、何もなければ定時になれば当直班を除き解放される、当直と言っても何も起きなければ、ただいるだけの簡単なお仕事だ。


 憲兵というと常に緊張しているイメージがあるが、意外とこんな感じでまったりしていることも多い。常に緊張しては心も体もボロボロになるからだ。


 だがそこはまったりしていても油断はしない、有事即応常時警戒だ、いつ何か起こるか分からないのだから。


 そんな時、詰所のドアをノックする音が聞こえる。


「お客さんだね」


 と言ウセアがら、アイカが扉を開けた時。


「「!」」


 事務所に入ってきた人物を見て緊張が走る。


 その入ってきた凛とした風貌の女性は、その風貌に違わずハスキーな声でこう言い放つ。


「タキザ大尉がいらっしゃるのなら都合がいいですね」


 王国有数の遊廓都市マルス。


 その最高級遊廓天河の楼主であり全ての楼主達を束ねる楼主長。


 公式の肩書はマルス遊廓会社専務。


(アキス・イミ……)


「突然ですが、来ていただきた所があるんです。アイカ少尉と共に、ね」


「分かりました、伺いましょう」


 さて、急襲作戦が終わったばっかりで、休みが欲しかったがしょうがない、憲兵は有事即応常時警戒だ、さっきも言ったとおり何が起こるのかわからないのだから。





 アキス・イミ。


 先代楼主の妻であり、寡婦。


 連合都市誕生前は、ロッソファミリーの頭領ロッソ・マルベルの情婦なんて噂もあったが、実際は貢ぐだけ貢がせて指一本触れさせないような一方的な関係であったそうだ。当のロッソはそれを神楽坂に利用されて、まんまと罠にはまり捕獲された。


 それを抜きにしても本来ならどうしてもダーティなイメージが付く遊廓は、そういった自称アウトロー達の巣窟になるから本来俺達に協力なんてしない。権力に従わず逆らうことがアウトローだと純粋に信じているからだ。


 そんな幼稚な感情だから、捕まえる相手としては一番の雑魚なんだが、目の前の女はその雑魚とは一線を画する。ちゃんと目線を同じにして対話ができるのだ。


 アキスは、連合都市誕生の際に、マルスの代表としてセルカ街長と共に尽力したという、確か高等学院時代の先輩後輩の関係だったと聞いている。今では連合都市には欠かせない人物であり、最も有力な協力者の1人だ。


(それにしても随分入り組んだ造りになっているな)


 建物の外見からは想像もつかないほど複雑に入り組んでいる。しかも客も歩いておらず従業員の姿も無く、どう考えても普段から使われている道ではない。


(秘匿場所か)


 何も言わずともタキザは察する。しかし何故こんな場所を案内するのか。確かに有力な協力者と言えど、腹の内を探り合う関係の筈だ。それをあえてさらすという事は、それだけのことだということなのか。


 アキスはある場所で止まると扉を開き、中に入るように促す。


 入った先は殺風景な長方形の部屋、椅子と机、それと隣の部屋に続く窓だろうか、それがあるだけで、アキスがそのまま窓の方を見るから、必然的にアイカと共に視線を移す。


 そこには同じような、部屋の広さは4倍ぐらいあるが、殺風景な部屋があって。



 多数の、年は一桁ぐらいか、そんな子供たちが数十人集められていた。



 どの子供たちも一様に不安そうな表情を浮かべており、中には泣いている子もいる。


「…………」


 ここに連れてこられた意味、アキスの深刻な表情。


「おやっさん! この子たち!!」


「落ち着けアイカ、アキスさん、どう見ても年は一桁にみえるが」


「我々が買い付けてきた子供達ですよ」


「……買い付けた目的は?」


「推して知るべき、ですね、私たちが知りうることができた全員を買いましたが、全体ではありません」


「そっちがそういった趣向を提供するのは驚きだ」


「ご冗談を、もちろん顧客の「ニーズに即した遊び」も多数用意しております。ですが、我々はプロなんですよタキザ大尉。貴方と同じ、誇りを持っているのです。貴方は犯罪者を壊滅させる技を、我々は男性を喜ばせる手練手管を、ね」


「…………」


「だが、この子たちは全然違う、自分がどうしてここにいるのかもわからない、こんなニーズがある、というのは反吐が出ますね」


 怒りを含んだアキスの言葉にもう一度子供たちを見る。


「遠い過去に忘れた正義感が疼きますな、さてアキス楼主長」


「なんでしょうか?」


「捜査にご協力をお願いしたいのですが」


「はい、応じます」


「本当によろしいのですか? この取引の詳細の情報提供は、同時に貴方達の細部の情報をいただくことになるということです。しかも今日だけで終わりません、聴取は長時間に及びますし、複数回の協力が必要ですが、それでも?」


「街長であるセルカ・コントラストより、タキザ大尉は信用と信頼に値するため、協力及び情報は無条件提供するようにとの指示を受けております。ただ時間帯については私も仕事があります故、便宜を図っていただきたいのですが」


「当然の要求ですな、分かりました、ご協力感謝します、アイカ」


「分かった、ウセア少尉はいるの?」


「いるが、お、おい、聴取は俺が」


「あのね、男が女に「えぐい聴取」なんて出来ないでしょ、こういう時は女の出番なの」


「わーったよ、ったく、娘と妻もそうだが、女はすぐ結託しやがる、俺はウセアさんを呼んでくる、それとレギオンに詰めている他の隊員たちに招集命令を出す、それが終われば作戦会議だ、今日は遅くなるぞ」


「わかった! 任せて!」





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