旅して恋する吟遊詩人:前篇
ゆっくりと蹄の音を鳴らしながら、馬車5台が隊列を組んで道をすすむ。
その一行はシャイナ率いる行商人の集団、彼女たちは今、ある場所に向かって馬を走らせている。
「~♬ ~♩」
その先頭を走る馬車の端に座りユーリはリュートを奏でながら流れる景色を眺め、唄を歌い、歌い終わると一息つく。
それを見計らって、キャラバンの長、シャイナがユーリに話しかける。
「どう? 周辺には何もいない?」
「ほえ、大丈夫だよシャイナ、何もいないよ、いる時はちゃんと知らせるから大丈夫だよ」
「お願いね、街同士をつなぐ道を走れば比較的安全みたいだけど、憲兵の目が余り行き届かないから時々山賊も出るみたいだからね」
「ほえ、そうだね」
と油断しているわけではないが余裕があるユーリに比べてシャイナが神経質な様子だが無理もない。
行商人は居を構えない、そして商人は財産をもって取引をするから常に「金目の物」を持ち歩くリスクがあるからだ。
盗賊団だって、手当たり次第という訳ではない、襲うのは相手にとってもリスクを背負う行為、故に金を持っている人物を狙うのは当たり前のこと、特に今回は高額な取引になるからウィズ王国に入る前からシャイナはずっとこんな感じだ。
「大丈夫だよ、山賊団が出てもやっつけてあげるから」
そんな頼もしいことを言ってくれるユーリにシャイナは安心した様子で微笑む。
ユーリの性格は温厚、外見もともすれば子供に見間違われるぐらいだが、人は見かけによらずの言葉のとおり、戦闘能力はずば抜けており、今まで何度も盗賊を撃退しているキャラバン最強戦士なのだ。
ユーリは足をブラブラさせながらあたりを見る。
「えーっと、ここって、ウィズ、王国、だっけ、聞いたことない国だけど」
「ユーリ、私たちが向かう先について勉強しなさいっていつも言っているでしょ。ウィズ王国はその名のとおり王制を敷いていて、都市国家としての特色を持ちながら、中央集権の体制を採用している国家よ」
「よくわからないけど、凄いの?」
「ええ、国力は世界最強クラスと言ってもいいわ」
「ほえ~」
「まあ私は商人だから政治や軍事よりも、王国商会の方に興味があるけどね。とはいえ残念ながら私は行商人だし、コネクションは無いから無関係……いえ今後は関係することがあるのかしら、次に向かう場所のことを考えれば、ね」
そう呟くシャイナに馬車の中からゴドーが姿を現す。
「確か、貴族様の御用達の街って話でしたね、お上品なのは性に合わないんですがね」
というゴドーの言葉にユーリは首をかしげる。
「上流って言っても別に変わらないよ、私もシャイナと旅をしていても特に何か違うなって思ったことはないから」
「それは、まあ、そうかもしれませんが、なんというか、性分ですかね」
バツが悪そうなゴドーにクスクス笑うシャイナ。
「ま、でも商売は商売よ、そこは割り切ってちゃんとしないとね、っと、見えて来た!」
キャラバン先頭から目的地の都市の外壁が見える。
「あれがエナロア都市、貴族御用達のリゾート都市、そしてこの荷物の届け宛は」
「セレナ・ディル」
●
エナロア都市。
貴族の別荘地、格付けは3等。ここに別荘を構えることは、ウィズ王国では一流貴族の証とされる。
「ようこそエナロア都市へ」
門番の憲兵下士官が話しかけてくる。こういった時の折衝役は当然のシャイナだ、馬車から降りると憲兵に挨拶する。
「お仕事お疲れ様です。セレナ・ディル様宛に注文の荷物を届けに参りました」
「伺っております。つきましては」
「所持品検査及び荷物検査ですね、どうぞ」
と先制された形で少し驚く憲兵。
「…ご理解が早く助かります。ただ武器の持ち込みについては制限がありますが」
「これが持ち込みリストです、確認をお願いします。それと制限で持ち込めない武器はどのように扱えばよろしいですか?」
再び先制を打たれた形となった憲兵は、おずおずと書類を受け取る。
「預かり証を交付しますので、出る時にお返しします。それにしてもずいぶんと慣れていらっしゃるのですね、外国の方は拒否される方も多いのですが」
「どこの国であろうと通用する共通のルールがあるんです。それは「ルールを守れば権利が主張できる」というルールが、その権利、手放すには惜しいです」
「……なるほど、えーっと、シャイナさん、検査の立会は貴方でいいですか?」
「はい」
「分かりました、キャラバンの女性の方は女性憲兵が別室にて検査を行いますので」
と指示を出そうとした時だった。
「その荷物だけ、中身を改めないでいただく、ということは可能ですか?」
突然響いた声の主に視線が集まる。
その声の主は、ラフな服装に身を包んだ1人の若い男、その男が指示したのは、小荷物の1つだった。
誰だろう突然と、訝しむシャイナに、憲兵は少し考えてから答える。
「神楽坂文官中尉、貴方の要請というのなら、この小荷物だけは検査対象外としますが」
「もちろん責任は全て私、これは私の業務上行為であると解釈していただいていいかと」
「……分かりました、えーっと、シャイナさんの方は」
「問題ありません、注文された荷物の中で確かにその一個だけは神楽坂様宛の小荷物となっておりますから。今ここでとおっしゃるのなら、受け取りのサインをこちらにお願いします」
「はいはーい♪ さらさら~と、これでいいですか?」
「確かに、ありがとうございます」
神楽坂は小荷物を受け取ると上機嫌な様子、その姿を見ながらシャイナはさっきの憲兵の言葉を考えていた。
(中尉って呼ばれてたよね、この人)
ウィズ王国に限らず中尉という階級は将校と呼ばれる立場にある、つまり幹部。普通なら下っ端の階級から順次昇任して任じられる立場である筈だからそれなりの年になる筈。
だがどう考えても目の前の男は若くしてこの階級を与えられている様子、という事は。
(エリートってわけね)
なのだけど、なんだろう。
(うーーーん、あんまりパッとしない感じなのよねぇ、確か文官って呼ばれていたよね、でも頭もいい感じがしないし)
って言えないけど、人を見る目が無ければ商人はやってられないが、見かけが印象に占める割合は決して馬鹿にできないだけに悩むが、それはまずは置いといて、話を進めないといけない。
シャイナは思考を切り替えると改めて神楽坂に挨拶する。
「改めて自己紹介を、私はここのキャラバンを率いているシャイナと申します」
「初めまして、私は神楽坂イザナミです、えーっと、シャイナさんと呼ばせてもらいまね。遠路はるばるお疲れ様です」
「ありがとうございます、えーっと、宛名であるセレナ様とは名前が違いますが、荷物検査が終了次第、このまま荷物の搬入についての打ち合わせをするのは貴方でいいのですか?」
「ビクッ!」
とぴくっとなぜそこで震える神楽坂。
なんだろう、と思った時だった。
「あれ? 中尉?」
と使用人服を着た女性が現れた。
「どうしてここに?」
「い、いや、セレナに1人に任せるのも、ほら、力仕事もあるからさ、手伝いに来たんだよ!」
「はあ、大丈夫ですけど」
「そ、そうなのか! というわけなら先に帰ってるぜ!」
と言いながらササッと消えた。
(な、なに、なんなの?)
一気に締まらない空気になった中、首をかしげながらもセレナと呼ばれた女性は、シャイナを見て綺麗にお辞儀をする。
「キャラバンの長である、シャイナ様ですね?」
「はい、ご要望の品、全部揃えてきました、そちらと段取りを組めばいいんですか?」
「主よりそう命じられています。長旅お疲れさまでした、私は使用人統括のセレナと申します。それでは検査が完了次第、荷物の搬入作業についての打ち合わせをお願いします」
と言って検査終了後、そのままシャイナ一行は中に通されたのであった。
●
――その日の夜、カントリーハウス客室
「ほえ~、全員に部屋まで与えてくれて、食事まで出してくれるなんて豪勢だね~、ベッドもふかふかだし」
とベッドに腰を掛けてポンポンと手ではたくユーリ。
「…………」
一方のシャイナは、机に向かい一心不乱に帳簿をつけている。
「それにしてもシャイナ、今回の取引は気合入っていたよね、かなり無理をして商品を集めていたけど」
「それはそうよ! 今回の商談はまさに大チャンスだったもの!」
「ほえ、大チャンス? でも卸したのは子供の玩具でしょ?」
「何を言っているの!! 品物は子供の玩具でも、その条件が凄かったじゃない!!」
そう、まず今回の商品についての注文はシンプル「自分が運営する孤児院の子供たちに喜ばれる異国の玩具」それのみだった。
ただシャイナの言うとおり、その取引条件が破格なのだ。
まず仕入れる物の量は問わず、物量に制限はない。つまり仕入れたら仕入れた分だけ買い取ると言ったものだった。
しかも玩具の質も問わない、高級な玩具も庶民の玩具も一任する。
決定的だったのは全て言い値で買い取るというものだった。
商売である以上本来どういった物をいくらでどれぐらい仕入れてどれぐらい売るのか、どれぐらい売れるのかというのは当然に考えなければならないし、損は絶対に出る物なので、それを包括して利益を出すために値段の選定を行うのだが、その必要が無いという事なのだ。
ただ一つつけられた条件は、支払いの事務処理の関係上、何を届けるか事前に請求書を送って欲しいというものだった。
「美味い話過ぎて正直疑ったぐらいよ。注文者がそれこそ上流で、ウィズ王国では信用のある地位である人物じゃなかったら受けることはなかったわ」
「そんなに美味い話なら、もうちょっと高く売ればよかったのに、むしろ割安にしていたよね?」
「ユーリ、それは下策よ、いえ、もっともやってはいけない策ね」
「そ、そうなの?」
「そうよ、まず確実にここの主はこの破格の条件を私達以外の商人にも提示して注文しているわ」
「ほえ? でも私達以外に商人の姿は見えなかったけど」
「それはそうよ、競わせては注文者の目的、いえ、意図と表現した方が正しいかしら、っそれが達成できなくなるもの」
「も、もくてき?」
「注文者は注文を受けた側がどう動くかを見ている、ということよ。例えばここでがめつく高く売りつけるとするでしょ? そうすると注文者側はどうすると思う?」
「そ、それは、値引き交渉を」
「いいえ、そうすると提示した条件に反するでしょ? これは立派な契約違反。だから注文者側は「高く売りつけられていることが分かった上で何も言わず買う」の、そこまではいい?」
「う、うん」
「だけどその代わり二度とその相手に注文することはないの、信用を失ったからね」
「…………」
「分かった? この美味しすぎる条件は人間性を試されているのよ。でも当然よね、注文者側からすれば「ぼったくりをしてくるような人間」を相手にするなんて、確かに一度で十分よね」
「そして私がその次にやることは「試されていることに気付いている」ということを相手に気付かせることよ。だから私は今回の玩具の相場を調べて、全てその1割引きで請求書を手渡したの」
「だからあのセレナという使用人は、私が届ける商品の請求書を見ながら相場を照らし合わせていたはず」
「そしてこれをクリアしたからと言って当然に終わりじゃない。当然商品の質も見られている。高くなくても質が悪かったり、センスが悪かったりすれば同じ、今度は商人としての信用を勝ち得ない。注文者からすれば、質が悪いのをつかまされてそれに気付かないのか。それとも質が悪いことを分かっていて仕入れていて売りつけているのか、分からないからね?」
「う、うん」
タジタジのユーリにシャイナは続ける。
「そして今頃、セレナは注文者である主とやらに報告している筈よ。そして主は人間として商人としての両方の価値が認めれば私と会うと判断する。今後の商談のためにね、つまり!」
「御用達商人を選定しているっっ!! ここで信用と勝ち得れば上客となりうる…!!」
「ほほ、ほえ、シャイナ、怖い」
「何とでも言いなさい、世の中で綺麗事じゃ渡っていけないの」
「ほえ、でも、そういうのは抜きにして喜んでくれるといいね、孤児院の子たち」
「そうね、それにしても孤児院の運営か、上流のステータスとはいえ慈善事業ってのも大変ね」
シャイナの言葉にここで初めてユーリが首をかしげる。
「うーん、多分シャイナが考えているようなとは違うかも」
「え?」
「例えばあの人セレナって人、多分貴族とか上流階級の人なんじゃないかな」
「え!? だ、だって、使用人って名乗ってたけど」
「立ち振る舞いが何となく、育ちの良さというか、品の良さって隠せないから。それにカントリーハウスの中に入った時、他の使用人たちが明らかに態度が変わったもの」
「なら、身分を偽っていたってこと?」
「それも違うと思う。それがウィズ王国のやり方なんだと思うよ」
「…………」
前にも触れたが故郷では「上流」のユーリの説得力のある言葉だった。
「ならユーリ、上流を従えているってことは、どういうことなの?」
「それこそシャイナの言ったステータスだよ。偉い人を従えている人はもっと偉いんだよってこと、だから単純に「雇われているから給料を払う」という関係じゃないってこと」
「……なるほど、となると、一番最初に私たちに応対した神楽坂中尉、といったっけ、あの年で中尉ってことは、あの人もエリートってことよね。確かエリート養成機関である王立修道院には貴族枠があるという話だったから、どこぞの良いところのおぼっちゃまなのかしら」
ここで初めて帳簿をつける傍ら話の聞き役に徹していたゴドーが口を開く。
「違いますね、あの男も、なかなかに面白そうな男ではありますぜ」
「え?」
「シャイナさん、貴方の見立てとおり頭の良さや機転というのならばシャイナさんの方が上だと思います。そして戦闘能力という意味ではユーリさんの方が上でしょう。ただその能力をもって優劣を計るというのは、ちょっと違うんです」
「うん?」
「ははっ、分かりづらいですかね。まあアウトローなんて、ほぼ全員ロクデナシばっかりなんで、人をシビアに見ないと喰われちまうんですよ、その勘ってヤツです」
「その言い方だと、貴方寄りの人間ってこと?」
「いいえ、真っ当な感じが出ているので、それは無いかと思います。ただ問題なのはその修道院ってところはシャイナさんの言った頭の良さといいった「顕在能力」で計る感じがしますね」
「そういう意味において、どうしてあの人物がエリートになっているのか分からない、いや、得体がしれない、と言った方が正しいか。いずれにしても、敵に回すと厄介かもしれませんぜ」
「ほえ、なんだろう、ちょっと嫌な感じ」
「あらそう? 私は今の2人の聞いて、ウィズ王国って面白いって思ったけどね、なにより」
「貴族を使用人にして、得体のしれない王国のエリートを従える、そしてそれを成しえる立場にあるカントリーハウスの主がね」
●
シャイナが色々と考えを巡らせている時、カントリーハウスの主はセレナから手渡された納品書をじっと見ていた。
「セレナ、どうかしら?」
「こちら側の意図は全て見抜かれているよ、そういう目をしていた。だけど私たちがそれに気付かないかもしれないから「こうやって」意思表示をしているのね」
セレナが指し示した納品書をスッと机に置くと、クスクス笑う。
「綺麗に相場から1割引きされているのね、品質の鑑定結果は?」
その問いに横で控えていたシベリアが回答する。
「問題なし、質がいいものを仕入れているわ、流行り物は全て押さえていて、私達亜人種達のツボも押さえている」
シベリアの言葉を受けてセレナが発言する。
「亜人種達もってことは、あの子供から聞いたのかしらね」
「子供って、セレナ、言っておくけど、あの子、貴方より年上だと思うよ」
「え!?」
「私達亜人種は若く見えるからね。それとあの子、魔法の才能も相当なものよ。淀みなく上手に魔力を移動させていて身体強化に使っている。あの感じだと無自覚でそれをやっているっぽいから、天才タイプね」
ここでリコが意見を出す。
「それを抜きにしても体術で後れを取るかもしれない。魔法抜きで一度お手合わせを願いたいぐらい。ただ気になるのは、あのガタイのいい男、おそらく堅気じゃない、そっちと繋がりがあると揚げ足を取られるかも」
「それについては問題ないんじゃないか?」
最後に神楽坂が発言する。
「アウトローってのは、実際は根っこは卑しく強か、人の弱みに付け込み、常識も良識もない奴らだ。だが本当に稀にだが人格者がいる。あのゴドーって男、アウトロー特有の卑しさが無いんだ、正直びっくりしたよ。だから仮に揚げ足を取ろうとしたところで、こっち側からはどうでもできるさ」
「それとシャイナと憲兵との応対を見させてもらったが、ルールをちゃんと守るぜ。憲兵のような権力を使う公僕、そして貴族ってのは、それを相手にした時に器が計れる。何故なら礼儀をわきまえないのを「反骨精神」ルールを破ることが「強い」と勘違いするからだが、その両方が無かった」
勘違いされがちだがルールは「いかに守る」かだ。ルールを盲目的に守ることも盲目的に逆らうことも実は一緒なのだ。
「気にしている人格という部分について、ちゃんと冷静に計算も出来るぜ」
とここで、神楽坂の言葉で意見が出揃う、後は結論を出すだけだ。
ここで視線は主であるクォナに集まり、彼女が総括を述べる。
「さて依頼をした10の商人のうち、相場の倍以上を吹っかけてきたぼったくり商人が4、想像よりも多かったわ、私の噂を聞いて組み易しと判断したのかしら、これは論外」
「そこまではいわなくても相場より割増しで請求してきたのが3、もちろん手間を考えると悪いとは言えないけど、こちらの意図を見抜けなかったか、それともぼったくりと言われない範囲での割増請求をしようと考えたのか、いずれにしてもこれも駄目」
「さて、審査対象となりえたのは3、相場どおりの値段ではあるけれど、そのうちの2が損を出さないために品質が悪いものも多く、偽物もあった。ここで考えられる可能性は二つ、偽物であること品質が悪いものと分かっていて売りつけたか、そもそもそれすらも分からなかったか、いずれにしてもこれも駄目」
「今回も望み薄かと思いましたが、最後の最後で当たりを引いたわね。人を見る目があり、優秀な人材が揃っている。そしてこちら側が意図したことを正確に見抜き、ルールにただ従順なだけではない、商人としての才もある」
「いいでしょう、さて、セレナ、シャイナさんと会いたいと存じますわ」
●
「ねえシャイナ、まだ休まないの?」
普段ならそろそろ風呂でも入り、寝る準備をしようかという時間であったが、シャイナは風呂どころか、室内着にすら着替えていないし、服装にはパリッとした外行きの服装だ。
「ユーリ、向こうが自分たちの意図を見抜かれていた、と分かったのならどう動くか気になるでしょ?」
「ほ、ほえ?」
「主は今まで不合格だった商人達には姿すら見せなかったはず、となるとその合図として何をしてくるのかとなると、その主が姿を見せてくることになる。そして当然「いつ」姿を見せるかが大事になってくる」
「もちろん人と会うのなら会う時間や方法を選定してくるのが「常識」だけど。この条件を考えてもまだ私たちは仮合格の段階。となると次は「常識外」のことをしてくる可能性が高い」
「な、なんで?」
「ここの主は条件を考えると第一に人柄を大事に見ているからよ。誰と仕事ができるかが最優先なのね。だから客が常識外の行動をした時に、どういう対応するかを見られる。となれば私はそれを見抜いて「待っていた」というハッタリを使うのよ、そこまでは分かるわね?」
「ほ、ほえ……」
「こっちは上客が欲しいという「弱み」がある。だから足元を見られる行為はしたくない。その弱みを弱みとして相手に使わせない必要があるからね! 客を掴めばついては私たちの食事のおかずが一品、いえ二品追加が可能! そしてもっと扱う商品も高価に! わかるユーリ!?」
「そ、そこまで?」
「金は命より重い……!」
「ほえー!?」
「そこの認識をごまかす輩は生涯地を這う…………!!」
と目が「$」になっていて、本編では強敵でもスピンオフではやたらと苦労の多い中間管理録の生きざまを見せつける。
((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル ←ユーリ
コンコン。
とノックが木霊する。
「さて、おでましね、おそらくセレナだと思うけど」
とシャイナは「はい」と返事をして扉に近づき、身なりと姿勢を正し、扉を開けて出迎えるが……。
そこで立ち尽くす。
自分の目の前にいたのは、セレナではなかった、いや正確にはセレナ他2人を従えて現れたのだ。
「ほえぇ~、綺麗な人」
同性のユーリですら見惚れる美貌で、ゴドーも見惚れた後に我に返り咳ばらいをしている。
当然、シャイナは一目見て目の前の人物が誰なのかが分かる。
そう、それはこのカントリーハウスの主。
それは数多の男を魅了し、上流の至宝と呼ばれた人物。
「お初にお目にかかります。私はこのカントリーハウスの主、クォナ・シレーゼ・ディオユシル・ロロスと申しますわ、まあ」
シャイナの服装を見て微笑む。
「流石ですわ。私たちが来るのを察していたのですね。凄腕の商人だと使用人から報告を受けていたいのですが、とてもいい話が出来そうですわ」
(ハッタリを返されたってことか……)
注文を受けた時から主は傾国の美貌の持ち主だとは聞いたが、確かに男たちが夢中になるのは分かる。その分、敵も多そうだけど。
それにしても「世間知らずのお嬢様」なんて話を取り巻きの男たちはしていたが、何処を見ているのやら。
「さて、お互いに準備は整っていると存じます、これから商談をしたいと存じますが、よろしいですか?」
「はい、よろしくお願いいたします」
こうやってシャイナの戦いの夜は更けていくのであった。
●
「~♪ ~♫ ~♬」
次の日、ユーリはクォナのカントリーハウスの庭で噴水の縁に腰を掛けてリュートを弾きながら唄をうたっている。
シャイナはというと右目が「$」左目が「¥」、そして額に「€」までついていて覚醒状態となっていた。
いつの間に私の親友は三つ目がとおるようになったのだろうが、鬼気迫る様子に話しかけられると今後のおかずの品数に響いてきそうなので早々に散歩に出かけたのだった。
麗らかな陽気、思わず眠気に誘われてしまいそうだ。
それにしても見事な庭だった。聞くところによると一流の職人が日々欠かさず手入れをしているらしい。この見事な庭は来客に自分の力を見せるためでもあるのだろう。
だけどそんな思惑を抜きにしても見事な技であることに変わりはない、その技につられて、即興で曲ができるほどに。
即興とはいえこれはいい曲だ、自分の曲とするため気が付いたらずっと夢中で練習していた。
「~♫ ~♫ ~♩ ……っとこんなものかな」
うん、できた、自分でも満足だ、一息ついて心地よい満足感がユーリを包んでいた時だった。
「うまいものだな、思わず聞き入ってしまった」
「え?」
その時ザアっとその声の主とユーリとの間で強風が吹き、視線を手で覆う。
その覆った視線を手を下ろして、その声の主の男を見た時、ユーリは電撃にうたれたように動けなくなった。
男の容姿を褒める言葉は女性に比べてさほど多くはない。
だからその男を見た時、少ないからこそ、と表現すればいいのか、ユーリは。
「綺麗……」
と口をついで出た。
「ん? 綺麗?」
「ほ、ほえ! 花! お花がとっても綺麗ですと言ったんです!」
「ふむ、確かに、私は花の良さは分からないが、それでもこの庭は素晴らしいものだと思うよ」
微笑む彼にユーリは。
「わ、私もそう思います! 即興で曲が浮かんじゃうぐらいに!」
「ほう、即興だったのか、素晴らしい曲だったよ、才能があるんだな」
「そ、そんな! その、あの、素晴らしい曲と言ってもらって、ありがとうございます!」
と慌ててぺこりと頭を下げるユーリ。
そんなユーリを彼はポンポンと頭を軽く優しく当てられて、続いてナデナデと撫でられる。
「ほえぇ」
必然的に見上げる形になる、ユーリは元より小柄ではあるが、相手の身長も180センチの長身だから、ユーリは抱きしめられたような錯覚に陥る。
「あの、お名前は?」
「え?」
「あ! その、あの!」
慌てるユーリに男はクスリと笑うと答えてくれた。
「パグアクスだ。パグアクス・シレーゼ・ディオユシル・ロロス」
「え、えっと、シレーゼって、確か」
「そうだ、ここのカントリーハウスの主、クォナの兄だよ。それで、教えてくれないのか?」
「ほ、ほえ、な、なにを、ですか?」
「何をって、君の名は教えてくれないのかい?」
「あ! えーっと! ユーリです! ユーリって言います! えっと、シャイナ、あ、シャイナは私の親友で、そのシャイナと一緒に旅をしていて、吟遊詩人をしていて、護衛もしていて、えっとその」
ここでパグアクスはスッと少しだけ力強く、ユーリの後ろにあった柱を掌でドンと押す。
「可愛いな、君は」
「ほ、ほえ、ほえほえ、あ、あの」
「ん? なんだい?」
「曲、もっと、聞いて、欲しいです! その! 毎日でも!!」
顔を真っ赤にして、絞り出すような声を出すユーリに優しく微笑むが。
「私にはやらなければならない使命がある」
「使命……」
そういえばシャイナは言っていた。クォナはウィズ王国では名門中の名門の当主の娘で凄い偉い人。
彼女には兄がいて、そのその跡取り、いずれは国家を支える最重要人物の1人になるという話だ。
一旅人であるユーリには想像もつかない話だった。
「お辛い、ですね」
「まあ、はっきり言えば辛いと思う時もある。だが逃げる訳にはいかない。我が命を懸けても、な」
「…………」
それはつまり、ユーリの誘いの断りの返事だということ、心がチクンと痛むが。
「だからずっとという訳にはいかないし、時間も約束できない。それに首都での仕事もあるから毎日も無理だ、だが、それでいいのなら」
「……え?」
パグアクスはユーリを見て言っている、それは断りの返事ではなく。
「待ってます!」
「……いいのか?」
「待ってます! 空いた時間はずっとここにいます! 貴方の空いた時間に! その大事な使命に疲れた時に! それを少しでも私の曲と唄で癒せるのなら!」
そんなユーリの精一杯の想いにパグアクスは表情を微笑む。
「ありがとうユーリ、良い時間を過ごせたよ、それでは私は使命を果たすとしよう「またな」ユーリ」
優雅に踵を返して、そのままカントリーハウスへ歩を進める、その後ろ姿を切なげに見つめるユーリ。
ユーリの中でコトンと何かが落ちる音がした。
●
そこから、ユーリとパグアクスの逢瀬、という男女の色はないけど、元よりキャラバンでのユーリの仕事は酒場での歌い小銭を稼いだり、有事の際の護衛としての任務だから、滞在中は自分の仕事は無いと言ってもいい。
パグアクスのとの時間は、数日に一度の1時間から2時間程度のものだったけど、約束通り、時間が空いた時は庭に来てくれているようだった。
ユーリはリュートを奏でてそれをじっと聞くパグアクス。唄が終われば、雑談に興じる、流石国家の重鎮、自分の国のことを話すと興味深そうに耳を傾けていた。
ただそれだけの時間だったけど、ユーリは幸せだった。
そんなある日のこと。
「ふう、ごめんね、ユーリ、なかなか終わらなくて、あともう少しかかるの」
「ほえ、そうなの?」
「今が大事な時期、クォナ嬢との商談がまとまり始めているところなの。あ、そういえば、ユーリ、玩具を仕入れる時って、貴方の名前はどれぐらい使えるの?」
「えっと、エルフの間なら、でも他の種族はちょっと」
「そう、となれば、そこを窓口にして徐々に広げていく必要があるわね」
とぶつぶつ言っているシャイナ。
キャラバンのことと自分の商人としての将来を真剣に考えているシャイナには悪いが、ユーリにもまた大事な用があるのだ。
「じゃあ、私は外に出るから!」
「ちょっと待ってユーリ」
「ほ、ほえ?」
シャイナはユーリをじっと見つめる。
「……惚れたのね? あのパグアクス息に」
「ほえ! どどどうして!」
「貴方は分かりやすいもの、噴水の場所がデートの場所なんでしょ?」
「デデ、デートなんかじゃないよ! あの人は命を懸けてでもやらなければならない使命があるの! だから私は、それを応援すると決めたの!」
「つまり「貴方が好きです。だからなんでもします」ということね?」
「~~っっ!!!」
顔を真っ赤にして俯くユーリにため息をつくシャイナ。付き合いの長い親友は誤魔化せなかった。
でもいつでもシャイナは自分の恋を応援してくれていた。だから次に出てくる言葉もまた自分を応援してくれる、そういう言葉が出ると思っていたが。
「でも、パグアクス息に惚れた女性は沢山いると聞いたわ。もちろん首都だけでなく、このカントリーハウスの中の女性使用人の何人もが彼に心を奪われているのよ。それだけモテるんだもの、当然「つまみ食い」してる、なんて噂も流れているわね。真偽は分からないけどね」
「っ!」
その冷たい言葉にユーリは凍り付く。
「しかも貴方はエルフ、知ってる? ウィズ王国はエルフを含めた亜人種達を差別してきた歴史を持っているのよ」
「そ、それは!」
「だけどまあ、今は大分緩和はされているけど根絶は難しい、人の心って因果なものよね」
「だ、だけどあの方は!」
「国家の重鎮の傍にいるというのは、そういった誹謗中傷を受けることになる。それは貴方だけじゃない、パグアクス息も同じ」
「そのっ、あのっ」
「しかも国家の重鎮に限らず、この国の上流は一夫多妻制度を認めているのは知ってる? 血を絶やさぬため、その目的の為にというのならともかく、大抵は、いえ、ほぼ全員が目的を悪用して女を侍らせている。どこの国の男も考えることは一緒ね」
「そんな男の人じゃないよ!」
「そうかしら? 現にパグアクス息の父親である現当主は、5人の夫人がいて」
「どうしてそんなことを言うの!! ひどいよシャイナ!!」
怒鳴るような、叫ぶような、涙を流しながらのユーリの慟哭が部屋に木霊する。
そのユーリを見ても、シャイナは厳しい表情を崩さない。
「私は貴方の親友を自負しているわ。親友が苦労する姿を誰が見たいと思うの?」
「え?」
「だけど、その覚悟があるのなら、私は応援するわ」
ここでハッとする。そう、試しているのだ。覚悟があるのかどうか。
親友の厳しい愛情、そこには言葉ではなく力強く頷くユーリ。
ここで初めてシャイナは表情を崩した。
「分かった、まずは話を通さないとね。いきなりだと通る話も通らなくなるからね」
シャイナはぎゅっとユーリを抱きしめる。
「ひどいことを言ってごめんなさい、もし傍にいることを許されたのなら、幸せにね、ユーリ」
「うん、ありがとう、シャイナ」
2人はお互いを抱きしめ合い感極まって泣くのであった。
●
次の日、シャイナはクォナに商談以外の大事な話があるとだけ伝えて、応接室におり、向かいにはセレナを従えたクォナが座っていて、自分の後ろにはユーリが控えている。
さて、どう切り出すべきかと思っていた時だった。
「クスクス、今日は、商談よりもまずはユーリの用件を終わらせなければならないようですね」
とクォナから助け船を出してくれる。シャイナは「申し訳ありません」と頭を下げた後、ユーリに発言を促す。
ユーリはそのままクォナの目を見て告げた。
「私、貴方の兄であるパグアクス息に恋をしました。あの方の傍にずっといたい、そのために私にできることを教えて欲しいんです!!」
「!!!!!!」
笑顔の座ったままビクンと30センチぐらい跳ね上がるようにそのままの形でソファに着地するクォナ。
やたら凄い反応したなと思ったら、機械のようにカクカク動きだした。
「そ、そ、そうなのですか、それはまた、何と言いますか、えーっと、シャイナ、確かユーリは貴方の親友だと」
「はい、無二の親友、かけがえのない存在です。クォナ嬢、ユーリは全ての覚悟を決めています、もしできるのなら、力添えをお願いします!」
と頭を下げて、ユーリも勢いよく頭を下げてお願いする。
「兄も、色々と、事情が、ありまして」
「ユーリから伺っています。命を懸けてもやらなければならない「使命」があるのですね、その使命のために身を投じているのですね」
「…………」
やはり難しいか。
「…………」
確かに向こうからすれば「身元が分からない行商人」だろう。
「…………」
しかも相手は数多のライバルがいる、しかも一夫多妻制度が採用されているのだと、でも親友をそれこそ「2号」なんて冗談じゃない。
「…………」
って、なんでずっと黙っているんだろう、ってなんで目のハイライトが消えているんだろう、凄い遠くを見ているけど。
「……ユーリ」
「は、はい!」
「実は、兄には、想い人が、おりますの」
「っっ!!!」
ユーリは胸をギュッと抑える。
「もう6年になる一途な片思い中なのですよ、兄は女性に非常にモテる方なのですが、その想い人がいるが故に、どんな美女が寄ってきても相手にすることはありませんでした。だから貴方の想いは」
「クォナ嬢、その想いは相手には届いているのですか?」
「……届いておりませんわ、ままならないものですね」
「惚れ直しました。一途で愛しいと思います、私の想いは届かなくても、傍にいられるだけで幸せなんです。クォナ嬢も女性なら、分かると思うんです!」
「…………」
決意に満ちた言葉を聞いてなぜか、益々虚ろな目をするクォナであったが。
「……セレナ」
「は、はい! マスター!」
呼ばれると思わなかったのか、セレナは飛び上がるようにして驚く。
「神楽坂中尉を呼んでくださいませ」
「え? 神楽坂中尉をですか?」
「その、今のことをそのまま伝えてください。その件について知恵を拝借したいから、来て欲しいと、それで私の言いたいことは分かると思いますから」
「は、はい、分かりました」
と何故か深刻な顔をしながら、その場を後にしたのだった。
そしてすぐに姿を現した神楽坂は悟りを開いたような表情をして、ユーリを見ると咳ばらいをして話しかける。
「えーっと、そのー、神楽坂と言います。クォナとパグアクス息の友人です。その早速、なんだけど聞いたと思うんだけど、パグアクス息には、想い人がいるんだ」
「聞きました」
神楽坂は「そうか」と何故か泣きそうな顔をして頷くと悩んだ挙句こう言い放った。
「そのパグアクス息が言った使命は、その女性を守ることなんだよ」
「っっ!!」
顔が強張るユーリ。
「だからはっきり言う、確かにまだ片思いで恋人がいるわけじゃない、だけど君の付け入る隙は無い。先ほど傍にいられるだけで幸せと言ったそうだね? だけどその想いが仮に成就しなくても、彼は諦めることは決してない。その男の傍にいることが、君の幸せにならない、俺はそう考える」
「…………」
顔を伏せて、何かを堪えるユーリだったが。
「それでも、いいんです、でも、せめて、神楽坂中尉が言った諦める時間まで、傍に、それもダメですか?」
「…………」
神楽坂は再び泣きそうな顔で「失礼」というと、クォナを呼び寄せ、部屋の隅でぼそぼそと話している。
「ごめん、無理ですわ、恋愛事は、ちょっと」
「まあ、仕方ないですわね、となればアレを」
「大丈夫なのか? 色々と」
「そこのフォローは私がしますわ」
「分かった、だったら作戦、と言えるほどでもないけど、やりようがある」
「分かりましたわ。お任せします」
「「?」」
と首をかしげる2人に、神楽坂が話しかけてきた。
「えーっと、ユーリちゃんさ、ちょっと付き合って欲しいんだけど」
「ほえ?」




