5、「異世界よりこんにちは!」六畳一間は宇宙の広さ Ⅴ
本日のお食事はなんちゃって焼きうどんだ。
乾麺のうどんを茹でた後、ごま油と焼き肉のタレで適当に炒めて味を付けた。
冷凍うどんの方が美味しいんだろうが、冷凍庫は(以下省略)。
当然、具など入っていない。
「お皿いる?お皿?」
そう言って手元を覗き込んでくるイルセイドを、「もう少し待って下さい」と言って制する。
今回はどういった訳か、前回と違いイルセイドに「おとなしく座っておけ」と、言い渡しても、彼は「手伝う」と、頑として譲らなかったので、仕方なしにこの場に居ることを許した。
……といってもやっぱりイルセイドは手持ちぶさたでうろちょろしていただけだったので、お皿でも用意して待っておけと命じたら、なぜか、お皿を持って来た後、彼女の後ろに背中合わせで添うように立つ。
「あの……イルセイドさん……背中からの圧迫感がすごいんですけど……」
せめて隣に立ってくれとお願いして移動させたら、それはそれで威圧感が半端なかった。
「でかい……」
文句を言うと、
「君はちっちゃいよね」
と、直ぐさま返しがある。
これがからかってるとか皮肉とかそういったニュアンスであったなら、彼女も遠慮なく実力行使に出られたのだが、イルセイドには何の含みもなく、素直に言っているだけだと判るのが、大変質が悪かった。
「ちっちゃくないですよイルセイドさんがでっかいだけですよ」
「俺は確かによく大きいって言われるけど……トアはそんなに大きくないって本人も言ってるんだけど……それより小さいよね?」
イルセイドが小首を傾げる。
「……トア・モラさんは男性ですから。男性と女性じゃだいたい男性の方が大きいですから」
応えるとイルセイドの首の角度が更に深く傾いた。
「俺の知ってる女性より君は小さい気がするんだけど……あと、男でもカルーヴァは明らかにその人たちより小さいんだけど、君はもっと小さいよね?」
「……」
彼女は心の中で激しく毒づいた。
(ああ!そうですよ!小さいですよ!!極小ミニマム猫まっしぐらですよ!)
常に目を反らし続けているけど、自覚はある。
「電車のつり革とかつかめませんし、なんなら満員電車で人と人との間に挟まれたとき体浮いたりしますしねっ!」
「つり……?まんい……??」
心の声に勢いが付きすぎ、うっかり外にでてしまったら、それを拾ったらしいイルセイドが、きょとんとした表情でこちらを見た。
「つり革と満員電車です。機会があったら体験させてあげますよ」
「体験?修行みたいなものかな??」
(修行?ふふふ、甘いわっ!せいぜい、そのすし詰め状態の威力に恐れおののくがいい……)
すっかりやさぐれた彼女の気分は世界を恐怖に陥れる悪の親玉だった。
最も相手はガチの勇者なので、いずれ本物の親玉と戦う事になるだろうが……。
「その代わり私の事はイルセイドさんが責任持ってしっかり守って下さいね」
私の身の安全を確保するために、それくらいは余裕でこなしてもらおうではないか。
……そう思って彼女が一言付け加えると、イルセイドからは「うん、君を守る」という大層いいお返事をいただけた。
それは、魔物が怖いと言う小心者の勇者にしては勇ましく、ちょっとカッコよく見える。
(まぁ、挑む相手は満員電車なわけだけど)
でも、「魔物の苦手な勇者は果たして満員電車に勝って私を守ることができるだろうか?」……そう考えたら、自分が異世界ファンタジーの登場人物になったみたいで、ちょっと面白い。
彼女は、勇者VS満員電車が少し楽しみになった。
出来上がったなんちゃって焼きうどんを皿に盛り付けイルセイドと共に調理スペースから戻って来ると、般若といたいけな少年が、パソコン画面を見ながら何やら言い合っているところだった。
「新規開拓するなら単発を上げてる奴にしておけ」
「え〜、そこはカルーの力でちゃちゃっとなんとかすりゃあいいじゃん」
「連作だと上がる度に逐一追いかけて見ようとするだろう、貴様は。面倒だ」
何をしているんだろう……と彼女が覗けば、動画サイトのトップ画面が見える。
どうやら般若はこちらの世界の文化の中でも、動画サイトの視聴を大のお気に入りとしているらしい。
特に、ゲームをプレイしながら実況してるタイプの動画を好んで視ているとか……。
般若の出どころが何となく判った気がする。
「というかそれうちのパソコンにうちの回線使ってるじゃないですか!」
「ネットは定額だから気にしなくてよくない?」
「なんでそんな知識を持って……ネットは定額でも電気代はかかりますし、大体人んちに上がり込んで勝手にそこの物を利用して堂々としてるなんて盗人猛々しいにも程がありますよ……」
「ほらおれらダンジョン攻略してそこのアイテム持ち出す系世界の人だし〜?」
「こっちの知識をお持ちの癖に、中途半端にそちらの理屈を導入してくるの止めてください……」
とりあえず食事前だと料理が冷めるので、終わったらやはり一度きっちりと話し合いをせねばなるまい……と、思いながら彼女は運んで来たなんちゃって焼きうどんを提供した。
うどんの上では申し訳程度に乗せたきざみのりと、鰹節が踊っている。
「安い味だな」
「うん。悪くないけど安い味だね〜」
なんちゃって焼きうどんを口にして、開口一番にいたいけな少年と般若が口にした感想はこれだった。
インテリ系かどうかはさておき、勇者ご一行のグルメ枠は彼らだった様である。
彼女の料理の腕は大したものではないし、材料的にも安いのはその通りだ。
(だからって、そんなあからさまに安い味安い味言わんでも……)
そう思っていると、
「じゃあ俺が全部もらうから、カルーヴァもトアも食べなくていい!」
と、二人の前からイルセイドが料理をひょいひょいっと、取り上げた。
「別に食わんとは言ってないだろう」
抗議するいたいけな少年にイルセイドは冷ややかな眼差しを向けている。
「あー…ごめん。作ってもらっといて今のは確かに無神経でした」
それを見た般若が、両手を上げて降参のポーズを取った。
「しかしこんなのいつもと変わら……」
「はいっ!カルー、そこでステイ!!」
尚もいい募ろうとしたいたいけな少年を制止してから、彼女の方に向き直る。
「ごめん、悪ふざけが過ぎた。ちゃんと美味しいから。うん」
「あ、いえ……ちょっと腹は立ちましたけど、安いのは事実ですし……」
「あははー…やっぱ腹立ったよね〜…イルセもごめんな〜……って、お前、おれたちの分まで既に食べてんじゃん!!」
般若の言葉にプイッとそっぽを向いたイルセイドは、相当にヘソを曲げているようだ。
「イルセイドさんってもしかして食べ物に執着するほうの人ですか?」
「まー、それもあるね〜」
彼女の感想に、般若が苦笑いした後、
「質より量で食い意地がはってるぞ、そいつは」
「はは……カルー……」
いたいけな少年の言葉に更なる苦笑の声を出上げたのだった。