3、「異世界よりこんにちは!」六畳一間は宇宙の広さ Ⅲ
初めと途中はややぐだぐだだったけれど、あれは我ながらいい別れかたをした。さながら物語1話目ラストのようではないか……と、彼女は思っていた。
「ねぇ、『りょくちゃ』ってこれで入れればいいんだっけ?」
そんな彼女の思考に割り込む、暢気な声……。
相も変わらずファンタジックな衣装に、急須を装備するというミスマッチさを醸し出して、これまたミスマッチな質問をしてくる勇者をねめつけ、彼女は無言で片手を突き上げた。
「痛い痛いっ!!何で顎を力一杯掴むの!!?」
本当はアイアン・クローを華麗にキめたいところだが、身長差のせいでそれは叶わないのが口惜しい。
「確かに私は、『また』と言いました」
「うん、言ったね」
指の形に若干赤くなった顎をさすりながら、勇者・イルセイドがにこにこと悪びれなく応じる。
彼女はまたしても無言でその顎を締めつけた。
「ぎゃっ…痛い痛い痛いっ!!」
綺麗な顔が苦痛に歪み涙を浮かべるが、それで力を緩めたりはせずに、むしろぎりぎりと徐々に力を加えて行く。
「確かに『やっべー俺もうたえられねぇや』と、思ったら来い……的なニュアンスのことも、お茶くらいは出す……というようなことも言ったような気がします」
そこで彼女は、ちらりとイルセイドの持つ急須に視線をやってから続けた。
「お茶を自分で入れようとした心がけはいいでしょう。誉めて差し上げます」
「ありが……」
「ですがっ!!」
「痛たたたたっ!」
「インターバルが短いっ!!昨日の今日で直ぐ来るってどういうことですか!?」
あの感動的な(?)別れの次の日、勇者・イルセイドはあっさりと彼女の目の前に現れた。
どこぞの遠距離恋愛中なカップルの彼女みたいに「来ちゃった♪」と、小首を傾げて玄関で待ち構えられていたのを見て、頭痛を覚えたのは、彼女の記憶に新しい。
一応、時間の経過がこちらと違う線も考えられたので、そこら辺も確認してみたのだが、残念ながらさほど時差はみられなかった。
……ので、このイルセイドは間違いなく、あのお別れをしたその次の日に、心労回復休憩ポイント……炬燵のある彼女の部屋へ訪れたということになる。
働け、勇者……である。
「というか、こういうのは『ああ、あのときの勇者今ごろどうしてるかなぁ……』って思った頃くらいに来るのがセオリーってもんでしょう!」
「ダッテ、マモノ、コワイ」
彼女に叱られているのが解ったのか、イルセイドはしゅんと項垂れた。
幻の犬耳でも見えそうな様はかわいいと言えなくもないが、言っている事は勇者としては情けない。そして、なぜカタコトなのか?
「まあ、前回と同じくだりなので魔物云々のそこらへんは、今回、一先ず置いておきましょう…………ですが!」
言い置いてから、彼女は炬燵のほうをびしっと指差す。
「増えてるっ!なんか増えてるっ!!」
そこには、炬燵で寛ぐ、『般若』が座って居た。
般若……というか、般若面を被った……恐らく人。
般若面は、能なんかで見る木彫りのタイプではなく、民芸品と銘打たれて時々お土産屋さんで見かける、硬質プラスチック性の物だ。
異世界の住人が纏うには若干の違和感を禁じ得ないが、そもそも般若面の人が──イルセイドの住む異世界を、彼の格好を基準とした昔のヨーロッパ風な異世界とするならば──その世界に居る事自体、違和感半端ない。
般若は、お面を着けたまま、器用にミカンを食していた。
どうやっているのかとよくよく見れば、口の部分が物を通せる様に加工されている。
「ええと……俺の旅仲間、『トア・モラ』です」
そんな般若を、イルセイドはバスガイドさんのように片手をちょこんと上げて紹介した。
「どーも〜、ご紹介に預かりましたトア・モラでーす。旅の仲間の中で、『ただの人』担当してまーす」
紹介を受けた般若は、見た目に反した非常に軽いノリで返事をする。
般若だけど、気さくな人のようである。
「ええと……トア・モラさん」
「なんでしょ?」
「『ただの人』って何ですか?」
彼女の疑問に、般若は「それ訊く?訊いちゃう??」と、嬉々とした声で応じた。
説明したくてしょうがなかったのかもしれない。
「ただの人っていうのはね〜」
そんな般若曰く、ただの人とは、旅の仲間の戦闘人員が足りなければ戦闘に手を貸し。回復の力が足りなければ回復を手伝う。
果ては食料が足りなくなれば買い出しに出かけるという、さまざまな事を補助するポジションであるらしい。
オールマイティーにそこそこな能力を要求されているので、スペックは高いと言えなくもないが、しかし、買い出しの辺り、よく考えなくても、体よく利用されてる感が否めない役割だった。
人、それを『パシリ』と言う……。
「ええと……そのパシ……ただの人が、どうしてイルセイドさんと一緒に我が家へいらっしゃってるんですかね?」
「トアは異世界贔屓なんだよ」
危うくパシリと言いかけた言葉をスルーして、彼女の問いに答えたのはイルセイドだった。
「資料とか文献とかよく集めててさ。だから、俺の話を聞いて、この世界と炬燵に興味を持っちゃって」
「で、連れて来た訳ですか」
「連れて来た……というか、正確にはついて来た……なんだけど……」
「それを止めるという選択肢は?」
「ない」
勇者にも関わらず、イルセイドはパシリよりも立場は弱いらしい。
「まぁ、立ち話もなんだし、君たちも炬燵に入れば?」
「それ、トア・モラさんが言うことじゃないですよね?」
「ちっちゃいことは気にしない☆」
般若は般若で、他人の家だというのに、既に好き勝手に寛いでいる。
我が物顔な般若には、この家と炬燵の主が誰であるかきちんと言い聞かせねばなるまい。
とはいえ、彼女も、今日一日外をひたすらかけずり回って帰ってきたところなので疲れていた。
なので、一先ずは般若の言葉に従って、炬燵に腰を落ち着けることにする。
「ああ、イルセイドさん。向こうの調理スペースの戸棚に、お茶っ葉入ってるんで、それ今持ってる急須に入れてからそこのポットに入ってるお湯を注いで下さい」
座るついでに、イルセイドへお茶汲みの指示を出しておく。
立ってる者は、勇者でも使え精神だ。
イルセイドは「わかった」と言って、素直にそれに従う。
「おーキミいい性格してるねぇ」
お面で目が見えないので、実際どんな表情をしているのかは判らないが、般若が非常に楽しそうな声で彼女にそう言ったので、とりあえず「どうも」と応えておいた。
「あ、それ以上、ミカン食べるの禁止です」
「え〜」
それから、彼女は、しっかりと般若に、『我が家のミカンルール』について、釘をさしておくのも忘れなかった。