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うちの炬燵が異世界に繋がっておりまして……  作者: 風見鮭太朗
【番外編】炬燵とミカンと君と
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3、炬燵とミカンと君と

「んー…?」


「おはよう」


イルセイドが、炬燵の天板に顎をついてその顔を覗き込めば、不思議そうにこちらを見ている彼女の、寝ぼけ眼と視線がかち合った。


「ちゃーしゅーめんろっぱい……ですか……?」


「違うかな?」


『ちゃーしゅーめんろっぱい』が、何の事を指しているかは解らないが、相手が現状を理解出来ていない事だけは分かる。

起き抜けの彼女は相変わらず反応が鈍い。


これで大丈夫なんだろうか……と、始めの頃は心配したものだが。「この世界では、戸締まりした自宅の中でそんな心配をする必要は滅多にありませんから」と言われ、そういうものかと思いつつも世界の在り方の違いに驚いてしまったのは、最近の事なはずなのに、既に懐かしかった。



「……ぉ…………………………わぁ!!イルセイドさん!!?」


急に覚醒して、イルセイドに気づき、驚いたのか後ろに飛び退いた彼女は。そのまま、頭を打ちそうな角度と勢いで倒れかけたので、あわてて体を引き寄せて支える。


「ありがとうございます。おはようございます」


「うん、おはよう」


抱き寄せられた腕の中で、息を吐きながら言った彼女につられて、こちらも安堵の息を吐きながら返した。

そして、お互いに見つめ合いながら苦笑する。


「下手すると死因と最期に見たものがどっちもイルセイドさんの顔になるところでした」


「最期に見たのが俺の顔っていうのは悪くない気もするけど……俺も、俺の顔が原因で人死にを出したくはないから、間に合ってよかったよ」


相変わらず自分たちは締まらない。


「夜のうちにいらっしゃったんですか?」


「いや、さっき来たところ……思いの外時間がかかっちゃって」


早く彼女の顔を見たくて、本当はもっと急いで来たかったのだけれど。今回の依頼を終わらせるのに、思いの外、時間がかかってしまった。

だが、魔物討伐の依頼をこなすというのも勇者のやるべき事で、それで生活の保証をされている訳だから文句を言ってはいけない。


仲間の一人である旧知は、「お前、明らかに前より依頼処理するのが速くなってんだよなぁ……まぁ、原因、分かりきってんだけど」と、言ってくるが。その辺りは、イルセイドによく分からなかった。


けれど、以前みたいに。戦闘中、一人になってしまっても、何もかも……己さえも見失いかけて逃げ出してしまいたくなるような衝動は起きなくなったので、それが理由なのかもしれない。

未だに魔物を見れば恐ろしいと身構えてしまうけれど。そんな時、彼女の姿を思い浮かべると胸の中がじわりと温かくなって、心を奮い立たせ、自分を保つ事が出来た。


思えば、あの日。遺跡の暗闇の中で、恐怖から逃げて迷い込んだ異世界で。仄かな光にすがってたどり着いたのが、彼女の家の炬燵であった事は、イルセイドにとって偶然がもたらした幸運だった。

彼女との出会いにしたって……情けなくはあるが……出会い頭で、お互いがお互いにちょっと駄目なところをさらし会う羽目になったのも良かったのかもしれない。


別れ際にミカンを手渡された時、少しだけ触れた炬燵よりも温かな手と、自信満々に『休め』と言い『また来い』と宣言してくれたこと。

あれにイルセイドの胸がぎゅっと掴まれて、すごく……ものすごく泣きそうになってしまったことを彼女は知らないだろう。


彼女には感謝している。


その事をそれとなく伝えてはいるのだが。彼女は自分が感謝されているとはなかなか気づいてくれず、ここへ至るまで、イルセイドの想いは今一つ伝わっていないと思う。


「あ、ご飯食べますか?それとも食べてきました?」


そんな風に考えながらじっと見ていたら、食事の催促だと受け取ったらしい彼女が、そう言った。


「ちょっと食べたけど、まだ足りないかな」


確かにお腹は空いているので、そう答える。

こういう事に関しては、なぜだかよく伝わった。


「……一般的にはがっつり食べた量だけどイルセイドさん的に足りない感じですね。了解しました」


何事かを呟いた彼女は、彼女の家の調理場にあたる場所へと移動する。

どうやら何かを作ってくれるらしいので、イルセイドも一緒について行った。



「あの〜…イルセイドさん。それは、圧迫感が半端ないと再三申し上げたはずですが……」


調理台の前に立つ彼女の後ろに、背中合わせで立ったら、彼女が嫌そうに言ってきた。

体格差を自覚する、この立ち位置は彼女にとって、「屈辱以外のなにものでもありません。なんですか、己の高身長を自慢してるんですか?」ということになるらしい。

ただ、弁明するならばイルセイドに嫌がらせのつもりはない。


時々、気がつけばこうして背中合わせに立ってしまうのは、安らぎを覚えるからだ。

そこにある背中から伝わる熱がぽかぽかと温かく、心地いい。

こうして背中を預けられる相手が居ると自覚できることに、とても安心する。


自らの存在を主張するように、イルセイドがちょっとだけ体重を彼女側にかけたら「おのれ、勇者め……」という、うめき声が上がった。


「なんだか君が魔王か何かみたいな言いかただなぁ」


「ふっ……本物の魔王はメモリーカードの要領を10%ほど拝借しただけで文句を言ってくるくらい狭量だと思うので覚悟しといたほうがいいですよ」


「それ、どういうこと?」


住んでる世界の違いは時々会話の中に表れて、彼女の言うことはたまにイルセイドには解らない事がある。

けれど問いかけたら大体きちんと説明してくれるので、笑いながらそう言ったら彼女は驚愕の表情で振り返り、イルセイドにしがみつく勢いで飛びついた後、両頬の辺りに手を添えて「失言です!失態です!後生ですから聞かなかった事にしてください!!」と、訴え出した。

聞かなかった事に……と言っているので、頬の手は大方、耳を塞ごうとしてあと僅かに届かず、出来なかったものだろう。


「かまわないけど……大丈夫?」


「大丈夫です……メモリーカードのほうは、傍若無人ではありますが悪魔度は小さいほうなんで失言程度ならまだ大丈夫です……これが使用前使用後のギャップが酷い悪魔のほうだった場合、責め苦の粘度と執度(しつど)が尋常じゃないですけど……たぶん……大丈夫です」


「ならいいけど……?」


相変わらず言っていることは謎が多いし、心なしかこの一瞬の間にずいぶんと憔悴仕切っている彼女だが。本人が大丈夫だと言っているし、疲れきっている以外の不調等は見られないので、イルセイドは、まぁいいかと思うことにした。


「あの……イルセイドさん」


「なに?」


「なぜにイルセイドさんは、わたくしめを両手にお抱えにおなりあそばしてらっしゃるんでしょう?」


「え?君が飛び掛かってきたから?」


「では、可及的速やかにおろして下さい」


イルセイドとしては、飛びついて来たのを反射的に掴まえていただけなのだが。彼女の中では許容出来ないものであったらしく抗議の声が上がる。


「なんで?」


「なんでって……別に高いところの物をとる訳じゃないから必要ないですし、イルセイドさんの手も疲れるでしょうし」


「俺は鍛えてるから大丈夫だよ」


「おぉっとぉ!婉曲に言ったのが悪かったですね!正直に言いましょう。ぶっちゃけ足がぶらぶらして心もとないです!下ろして下さい!」


そこまで必死に言われると、ちょっとしたいたずら心が湧いてきた。


「しばらくこのままでいいんじゃない?」


「よくない!地に足をつけたい!ギブミー重力!!」


ついに、けたけたと笑い出したイルセイドに、彼女は再び「おのれ勇者ぁ!!」と、咆哮を上げる。


そのやり取りは、イルセイドのお腹が本格的に空腹を訴え出すまで続いたが。これも今では、大体いつも通りのやり取りだった。

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