2、旅の戦士は斯く思う
シェッゾとユゼ、そしてクリルの3名は、世界を救う勇者の仲間にして、屈指の戦士である。
代々、優秀な戦士を排出している村の出で、周囲からの期待も厚く、勇者の供として盛大に送り出された。
同じ村で育った、幼なじみ3人。
女子二人に囲まれた、男一人。
淡い期待を抱いた頃がシェッゾにもあった。
しかし、その期待は、彼の勇者に会った事で脆くも崩れ去ったのである。
フワッさらの金髪。神秘を湛えた紫の瞳。
いい感じに整い過ぎた顔に、戦士の立場から見てもめっちゃくちゃいい身体。
嫌みなくらいの高身長。
そこへ来て穏やかな性格と来れば、シェッゾの幼なじみ二人が、勇者に陥落するのに、そう時間はかからなかった。
男は強いほうがいい……とか、謎めいているほうがいい……とか、ゲスな俺様鬼畜が受ける……とか、あの辺は面が良くて初めて成立するんだなぁ……と、シェッゾは身をもって思い知らされた。
なんだ!結局、顔か!!…………人柄も悪くなかった!畜生!!
そんなシェッゾの悲哀はさておき、幼なじみたちは日々勇者へのさり気ない求愛行動と売り込み行為を欠かさない。
「あんた勇者の癖に危なっかしいわね!しょうがないから、あたしが見張っといてあげる」
と、ユゼが高飛車にその豊満な胸を反らし。
「あの……勇者さま、戦闘でお疲れではないですか?これ、我が家の秘伝の回復薬なんです。癖になる独特の苦味でたちどころに疲れが吹っ飛びますよ」
と、クリルが控え目な胸ながら、可愛らしくふわりと微笑む。
二人とも若干何か売り込みかたを間違っている様な気がしないでもないが、幼なじみの贔屓目を除いても、彼女たちはそれぞれに美人だし可愛い。胸の大きさも大小で補い合っている。
それに、仲間としてずっと一緒に旅しているのだから、いずれ、どちらかは勇者と上手く行くんじゃないか……と、シェッゾは思っていた。
けれど、勇者はどちらにも靡く事はしなかった。
どちらにも平等に優しく接するが、一定以上は踏み込まないし、踏み込ませない。
それは女性陣に対してだけとか恋愛方面だけとかではなく、シェッゾたち他の仲間に対しても同じで。どこか線を引いている節があった。
例外的に親しくしていると思えるのは、勇者の旧知であるという『ただの人』に対してだけだろう。
どちらかと言えば、ただの人の方が構い倒しているように見えなくもない。
もしかして二人は出来て……という考えが、シェッゾの脳裏を過ったが。
「その考え、即刻、捨てて。頭蓋割るよ?」
と、当人であるただの人から言われて、考えを改めた。
一度も口に出していないのに、どうして伝わったのかは不明だ。
流石はただの人を務めているだけある。侮れない。
ともかく。だから、勇者はそういう風に人を受け入れる事はないのかもしれない……と、シェッゾは思い始めていた。
幼なじみたちも、諦めきれないながらも納得しようとしていた……その矢先である。
それは、魔物討伐の依頼を受けて、とある村に滞在中の事だった。
勇者の元に、どこの民族ともしれない奇妙な出で立ちの人物が現れる。
遠目から見ただけなので、はっきり確認は出来ないが、たぶん女の子。
勇者と比べるとだいぶ背が低い。
遠くからだから、確証は持てないが、胸はでかくも小さくもない感じだった。
「誰よ……あれ……?」
親しげ……というか、お互い遠慮のなさそうな勇者と謎の女の子の様子を見て、ユゼが茫然と呟く。
隣で真剣な目をしたクリルがこくこくと頷いた。
そのまま遠くから、しばらく勇者と謎の女の子を眺めていたら。何があったのか、やがて勇者がその腰に帯びている剣を抜く様子が見える。
(え、なんで!?今まで1個も不穏な要素なかったのに!!??)
突然の変化にシェッゾは驚きを隠し得ないが。そんなシェッゾを余所に、当の謎の女の子は、あろう事かその勇者が抜いた剣の刃を素手で掴んでいた。
「「「は!?」」」
シェッゾ、ユゼ、クリルから、異口同音に声が出る。
ワケガワカラナイヨ。
幼なじみ三人の心が一つになった瞬間だった。
(あれ?そういえばあれって聖剣じゃ……)
他の二人より、一瞬早く立ち直ったシェッゾを、次の瞬間更なる衝撃が襲う。
「えーと、ここで大変残念なお知らせがありまーす。たった今、おれたちの貴重な食料さまが入った袋が転落事故にあいましたー…でー…必死の救命活動を行いましたが、卵さまがその短〜い一生を終えてしまわれましたー…」
ただの人が告げたその悲報が、シェッゾを絶望へと突き落とした。
「た゛ま゛こ゛ぉぉぉっっ……!!」
うちひしがれ、悲しみの咆哮を轟かせたシェッゾを誰も責められないだろう。
ハムエッグ、オムレツ、スクランブルエッグ、エッグベネディクト、ポーチドエッグ……。
シンプルに茹でただけでもいい……。
だが、その神が与え給うた尊く無垢な命は、今、再びその御元に呼ばれ、天に召されて逝った。
とても悲しい出来事だった。
しばらくの間、悲しみに暮れたシェッゾが、何とか立ち直りかけた頃。
村の周辺の気配を探っていた仲間が、舌打ちと共にボソリと呟いた言葉が、シェッゾの耳に届いた。
「奴が居ない間に、面倒な事になったな」
この仲間も、ただの人と同じく、勇者の旧知である。
勇者との距離感は……よく分からない。
全ての役割をこなす超人的な『ただの人』を除き、筋肉に偏りがちな戦士中心構成な仲間の中で、唯一の戦術担当魔法使いでもあった。
どう見たって幼い少年に見えるのだが、声にやたらと渋みがある。
そんな仲間が、渋い声で、更に渋面まで作りながら言った。
「魔物だ。既に相当な数に囲まれているぞ……こんなになるまで気配が読めんとはどういう事だ?」
「ええと、それをオレに訊かれても……」
「独白だ。貴様には訊いとらんから流せ」
「はい……」
魔法使いに有無を言わせぬ迫力で言われて、シェッゾはすごすごと引き下がる。
自分より幼い少年なのに、解せない。
しかし、そんなやり取りをしていようとも魔物が待ってはくれる訳はなく、奴らはじわじわと村に侵入して来た。
かなり小型の魔物だが如何せん数が多い。
「同種の魔物がこれだけの数来るなんて、どこかに核が生まれてるのかもしれない……カルーヴァ、探索をお願い出来るか」
「元よりそのつもりで気配を探っている……が、磁場が悪いのか上手くいかん。時間がかかるぞ」
「わかった。時間を稼ぐ」
現れて魔物を見るや、状況を確かめた勇者は、直ぐに聖剣を抜き、対処にあたる。
その行動力に流石勇者だと感心したシェッゾは、自分も続くべく剣を手にした。
だが。
「これ、当たると武器が溶けちゃいますぅっ!」
同じように武器を手に取り、先に行動していたクリルが悲鳴を上げる。
彼女の武器は弓矢。
見れば、射られた矢は既に半分以上が溶けて消失しており、辛うじて矢羽の部分だけが残っている。
「ねぇ、これって攻撃するために触れると相手を腐らせる種類の魔物じゃなかった?」
ユゼの言葉に、言われて見れば、その青くて小さい魔物は雑魚だが厄介な事で有名な魔物だった。
弓矢のクリルはまだ何とかなるだろうが、得物が剣とナイフのシェッゾ。拳鍔のユゼはこれでは手出しが出来ない。
クリルにしたって、腐って消失してしまえば、矢は有限のものだ。
「武器を魔力で覆って……と、言いたいところだが……くそっ、何だってここの構成員は戦力の偏りが激しいんだ!」
武器を魔力で覆って戦えといいかけた魔法使いは、シェッゾたちが筋肉担当物理系である事を思い出したらしく、思いっきり苦い物を噛み締めた顔で悪態をついた。
「一応、長距離、中近距離各種戦力取り揃えておりますが……」
「それが現在役に立っているか?」
「すんませんっ!」
弁解させてもらえば、自分たちは屈指の戦士。役立たずという訳ではない。
シェッゾはこの前バジリスクを三枚におろしたばかりだし、ユゼは素手でトロールと渡りあったし、クリムはその場にいたワイバーンの群れを根絶やしにした事があるのだ。
今回はたまたま相性が悪い奴が現れた。それだけだ。
魔法使いは、やれやれとため息をついた後、「私の周りに魔物を寄越すなよ」と言って、自らの力でシェッゾたちの武器を補強してくれる。
お陰でシェッゾたちも勇者に続く事が出来た。
けれど魔物はどんどん増える。
寧ろ倒した数よりも増えた数の方が多い。
「数が多すぎる!根元を絶たないと埒が明かないぞっ!」
「感知!感知はどうなっているの、カルーヴァ!」
「今やっている!」
「急ぎなさいよっ!」
「なら集中出来んから私の所に魔物を寄越すな!」
「無茶言わないでちょうだい!」
皆の中に苛立ちと焦りが見え始める。
そこへ、ようやく光明が差した。
「カルー」
「貴様、遅いぞ!」
買い出しのやり直しに出かけていた、ただの人が帰還したのである。
例の謎の女の子と、なぜか手を繋いで戻って来た理由は不明だが。
やはり、ただの人だと言うべきか。
戻ってすぐに、周辺の魔物を炎で焼却し、武器の魔力補助を魔法使いに代わって請け負い、瞬く間に事態を好転させた。
「ここより南東の方角……半刻ほど行った場所……奴等の栖がある。核も恐らくそこだ」
魔法使いの言葉に勇者が頷き、駆け出す。
勇者が核を浄化するまでのその間、村を守るのはシェッゾたちの役目だ。
皆が構えたその直後、突然、謎の女の子が、勇者の消えた方角へ走り出した。
(え!?)
危ない。
シェッゾがそう思った時には、青い魔物が、謎の女の子目掛けて集まるところだった。
しかし、謎の女の子は、その手に石や小枝や土を抱えて投げつけ、次々魔物を蹴散らしながら進んで行く。
「あー…確かに、使い捨てなら腐っても問題ないねぇー…」
それを見送った、ただの人が漏らした言葉に、その場に残った一同ははっとした。
発想の転換。創意工夫。
自分たちの武器に拘るあまり、初歩的な事を忘れているのに、シェッゾたちは気づかされたのだった。
無事魔物を討伐を終えた後。
戻って来た勇者の姿に、シェッゾたちは言葉を失った。
……と、言っても。勇者に何かあった訳ではない。
いや、何かあったといえば何かあった事に間違いはないが……。
勇者はその腕に謎の女の子を抱き抱えて帰還した。
別に、謎の女の子に自立歩行が不可能な何かがあったという訳でもなく。
勇者は大切な者を離すまいとするかのように、しっかりと謎の女の子を抱いていた。
「ちょっとイルセイドさんお借りします」
という言葉に、特に何も言わず了承を返していたので、ただの人は何か事情を知っているのだろうが、シェッゾたちがそれを知る訳はない。
案の定、勇者たちが居なくなった後で、ユセがただの人を問い詰めた。
ただの人によると、謎の女の子はこの世界とは違う異世界の住人であるらしい。
勇者やただの人は、故あって何度かその異世界に行っているとのことで。更に、謎の女の子は、恐らく勇者の大切な人であろうということだった。
「納得行かない……いいえ、信用出来ないわ!」
それを聞いて、ユゼが反発する。
「そうです!考えも常識も違う異世界の人なんですよね?勇者さまを騙して何かしようとしているのかもしれませんっ!」
「ああ……いや〜…あの人、そんな知恵回るかな〜…」
ユゼに続いて、クリルも反対の意を示したが、ただの人はそれに苦笑いを返すだけだった。
「だったら、あたしを、その、異世界とやらに連れて行きなさいよ」
「そうですっ!直接会って安全を確めないと!」
「はぁ……まぁ、そう言うだろうと思ってたけどね……」
ただの人はそう言って、いくつかの注意のもと、ユゼとクリルを異世界に送り出すのを了承してくれた。
ついでに、成り行きでシェッゾも異世界に行く事になったが。たぶんこれは、二人のお目付け役的な意味を含んでいると思われる。
そうして到着した異世界は、小ぢんまりとした部屋だった。
「……」
「……」
部屋に着きしな、目にしたものに、ユゼとクリルが絶句したのが分かる。
(これは……)
部屋の中には寝具とおぼしきものが一組敷かれており、そこに勇者が横たわっていた。
勇者は穏やかな寝息をたてている。
その腕の中には、優しく包み込むようにして、あの、謎の女の子が抱き込まれていた。
(イルセイドが寝てるとこ、初めて見たかも……)
ユゼとクリルが驚いたのは、勇者が謎の女の子を抱きしめて眠っていた事もそうだが。先ず、誰かが側に居るのに眠ることが出来たのだという事実に驚いていたのだろう。
もうずいぶんと勇者と一緒に旅をしてきたはずなのに、勇者は、シェッゾたちの前でその眠る姿を晒した事はない。
宿に泊まっている時は別々の部屋だから、寝ている姿を目にしていないのもまだ分かるが。
野営をするときでも。勇者は、寝ているように見えて、実は周りを警戒しているという事が常だった。
どうしてそれが判ったかといえば、一度、シェッゾがそんな勇者の警戒射程に入ってしまい、恐ろしいスピードで仕込みナイフを喉元に突き付けられた事があったからだ。
反射神経には自信があったシェッゾだが、あれは全く反応が追い付かなくて、肝が冷えた。
その勇者がである。
今、シェッゾたちの目の前で、何の警戒も無く、ただ穏やかに眠っている。
それも、他人と一緒に。
(こんなの……もう、完敗じゃないか?)
ユゼとクリルには可哀想だが、彼女たちに勝ち目はないぞ……と、シェッゾは思った。
「んぅ……」
勇者は起きる様子が無かったが、もう一人のほうはシェッゾたちの訪れに気づいたらしい。
小さくうめき声を上げて、身動ぎする気配があった。
気配はあった……が、しばらく経っても、その後の反応が見られない。
起きているようなのに何をしているのかと思えば。謎の女の子は、勇者の胸から腹にかけての辺りをペタペタとなで回していた。
ユゼが声をかけると。謎の女の子はちょっとの間、動きを止めたが、直ぐにまたペタペタを再開する。
繰り返す事、何度目かで、ついにユゼの堪忍袋の緒が切れた。
「あんたさっきから何思いっきり無視してくれちゃってんのよっ!!」
「これもしかしなくても温かい壁じゃなくてイルセイドさんかッ!!」
思いっきり声が被ったので、ユゼと謎の女の子、それぞれが何と言ったのか、シェッゾには全く聞き取れ無かった。
勢いよく体を起こした謎の女の子と、シェッゾたちは。お互いに、しばし見つめ合う。
「えーと……おはようございます……?」
何だか気まずい空気が流れた。
「あー…イルセイドさんにご用事ですかね?起こした方がいいですか???」
そう言った謎の女の子に、ユゼが首を振る。
「起こさなくていいわ。用があるのはあんただもの」
「私……?」
「……まあ、用があったんだけど……もういいわ」
「はあ……?」
「イルセイド、寝てるのね……」
「ええ……と言いましてもつい先ほど寝入った感じなんで、皆さまのご訪問とはタッチの差かと思いますが……?」
謎の女の子は戸惑いの表情を浮かべながら、残るシェッゾとクリルを交互に見た。
それはそうだろう。
こちらの世界に来た時、遠目に姿は認識していたかもしれないが、彼女とシェッゾたちに一切の交流は無かった。
それが、いきなり家に押し掛けて、寝ているところを叩き起こされ怒鳴りつけられた上に、勝手に自己完結されているのだから、その戸惑いはごもっともだ。
しかし、ユゼと大体似たような理由でこちらに来ただろうクリルと違って、巻き込またに等しいシェッゾに、謎の女の子にあげられる答えの持ち合わせがある訳がない。
シェッゾは、慈愛の心でもって曖昧に微笑んだ。
謎の女の子から曖昧に微笑み返された。
それから、「喉がかわいた」と自由に発言し始めたユゼに突っ込みつつも、謎の女の子はシェッゾたちに『リョクチャ』というものを振る舞ってくれた。
「なんかすいません」
シェッゾが言うと、謎の女の子は目を見開いた後。
「そういうの!そういうのですよ!!へりくだれとは言いませんが、時に、その謙虚な姿勢は大事だと思うんですよ!……今まで唐突腹ペコ自由人にばかり会っていたので、異世界の流儀とはそんなものだとばかり思いかけていましたが……でも、安心しました。あなたとは仲良くなれそうな気がします!」
そう言って、笑顔でがっしりとシェッゾの手を握った。
どうやら謎の女の子に気に入られてしまったようだ。
後日。これがばれて、シェッゾは勇者からの嫉妬を受ける羽目になるが、不可抗力である。
あと、過去に勇者が何をやったかは知らないが、それは自業自得じゃないかと言いたい。
余談であるが、リョクチャと一緒に出された柔らかくて小ぶりなオレンジの『ミカン』は、とても美味かった。
是非、また口にする機会が欲しいものである。
***
(しかし、近くで見ると、あの子だいぶちっちゃかったな……)
胸は、遠くからの推測に間違いなく、大きくも小さくもない感じだった。
背丈の話である。
異世界に行って謎の女の子……恐らく『勇者の彼女』に、会った時の事を思いだし、シェッゾは考えた。
(イルセイドって、ああいう、ちっちゃい子が好みだったのかな)
腹立たしいほど高身長な勇者と比べれば、大概の人間は小さいが、あの謎の女の子はそれに輪をかけて小さかった。
だとすれば、女性にしては高身長なユゼと平均的な身長のクリルが、勇者の眼中に入らなかったのも道理だろう。
(ちっちゃい……)
そこでシェッゾはふと、旅の仲間の中で一番ちっちゃい彼の姿を思い浮かべた。
彼は、あの、謎の女の子ばりにちいさい筈だ。
つまり……?
「その考えを、即刻、棄てろ。頭蓋を割るぞ」
いつの間に側へ来ていたのか、当の本人が居て、思いっきり顰めっ面をしている。
まだ何も考えてないのに、どうして、シェッゾの考えようとしていた事が解ったのか。
やはり、魔法使いだからか。凄いな。
シェッゾは感心した。
ところで。
と、そこで、旅の戦士、シェッゾは思う。
(他人の頭蓋を割るの、流行ってるんだろうか?)