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うちの炬燵が異世界に繋がっておりまして……  作者: 風見鮭太朗
【番外編】炬燵とミカンと君と
17/25

1、寝起き20〜30分は気付かない

魔王・サタナティアが異世界の存在を知ったのは、暇を持て余した末の遊びの一環からだった。


人間と比べて、魔族である魔王の生は長い。

世界の平穏を保つ為に、世界の理から選ばれる勇者と魔王であるが。その長い命故に。魔王は勇者よりも、在任期間中『平和過ぎてやることがない』というパターンにぶち当たる事が多々あるのだ。


サタナティアもその例に漏れず、魔王の長過ぎる生の時間に退屈を覚え。なんと無く持っていた、俗に千里眼とも呼ばれる見通しの力を無駄遣いして世界の覗き見を始めた結果、うっかり力の加減を間違えて見通しの出力を上げてしまったらたまたま見つけたのが、異世界だった。


けれど、僥幸というか。

この異世界が存外に見ていて面白い。


特に娯楽というものに関しては、こちらの世界にない発想がサタナティアを惹き付けた。


そのうち、長い時を共有する相棒が出来。再び魔王としての役割を果たさねばならなくなり。自分の片割れとも言える相手と出逢い、退屈などとおよそ思わない状況になっても。異世界を覗く事を止めなかったほどに、サタナティアは異世界の娯楽に填まり込んでいた。


特に、ここ100年くらいの間に発展したゲームやネットの世界というものが熱い。


その中で、最近のサタナティアのお気に入りと言えば、動画配信サイトでゲームをプレイする様子を実況しながら流すタイプの動画を見る事だった。


といっても、こちらの世界にネットやゲームの設備なんてものはない。

どうやって視ているかと言えば、概ね見通しの力に頼りきっていたりする。……というか、それしかないともいう。


「無益だな」


そんなサタナティアの様子を見て、相棒は吐き捨てたが、「まぁ、まぁ、ちょっと視て見てよ」と、唆し、あちらのものを幾つか見せたら、ものの見事にこちら側へ転がり込んで来た。

こと、テレビ番組というものに関してはどちらかといえば彼の方が詳しくなりつつある。

彼の魔法力量はサタナティアに比べるとやや低いが、制御においては上を行くので、見たい時に見たいものへ的確に繋いでくれるという嬉しい誤算もあった。


しかし、である。


「なんていうか、こう、一度でいいから、(ナマ)の感動っていうのを味わってみたいよね」


好きで遠くから眺めていれば、何れ手を出してみたくなるのが人情ならぬ魔情というものだ。


そもそも、サタナティアが填まったゲーム自体がやってなんぼのものという媒体でもある。

それを実況しているプレイ動画にしたって、現地の人と同じ様に視聴してみたい。


……そんな風に訴えてみたら、情緒を今一つ解さない相棒は言った。


「なまほうそうなるものにはちゃんと繋いでやっているだろう?視られなかった番組のたいむしふととやらも過去視で対応出来るではないか」


「あ〜…そういうこっちゃないんだよ」


確かに、放送を見るだけなら今の状態でも構わないのだろう。

邪道とはいえ、寧ろ回線の負担やら公開限定された番組やらその辺りのしがらみがないので、正規に配信されたものを視ている現地の人よりもいい環境であるのは確かだ。でも。


「高品質3Dグラフィックのゲームもいいけどさ、時には、ドット絵カクカク動作のゲームもやりたくなるじゃん?当時の機体とかで」


「全く解らん」


「アニメの劇場版って、ディスクになるの分かってるけど映画館に足を運んで観たくない?」


「…………なるほどな」


どうしてあちらの理屈で説明したかはサタナティア自身も分からないが、相棒にも、この思いはご理解いただけた様でなによりだ。


つまるところ、同じ空気を味わいたい……というか。回りくどく長々と語ったが、要するに、ぶっちゃけ異世界行ってみたい……そういう事なのである。


そうして、サタナティアの異世界行きは決まった。


の、だが……。



これが成功か失敗かで言ったら、恐らく失敗だろう。

本来想定していた着地点と今居る地点では、明らかに位置がずれている。


「だから、おれ、調節は上手くないって言ったんじゃん……」


小声で呟いて、サタナティアは溜め息を吐いた。



異世界に行きたいという心理は理解してくれたものの。相棒は、実際に異世界へ行く事を渋った。


「まあ、貴様が現地を見て、安全性に確証を持てたなら行ってやらんこともない」


というのが、彼の言い分である。


(危ない橋を渡る気が微塵もないタイプなのすっかり忘れてたよねー…)


お陰で、出入口の調整を任せようと思っていた宛が外れてしまった。


(てか、何が不味いって。ここが思いっきり民家だってことだよ……)


しかも、ご丁寧に、隣で人が寝ているという、見つかったら終わりな大変に危機的状況だ。


(家主が居ても、寝てたっていうのは不幸中の幸いっちゃ幸いなんだけど)


これで、相手が起きており、はっきりと顔を突き合わせていたら、大変な騒ぎになっていたに違いない。


(それにしても、よく、こんな体勢で寝られるよなぁ……)


サタナティアが不法に侵入を遂げてしまった家屋の住人は、小柄な女性だった。

部屋の雰囲気的に、恐らく一人暮らし。


その、一人暮らしの女性は。今、部屋の中心に置かれた座卓に突っ伏して眠っている。


座卓……というか。これは、あれだ。

噂に聞きし、魅惑の……。


(『炬燵』っていうやつだよね……?)


冬に、その温もりによって異世界の日本人の過半数を誘惑し、ダメにすると言われている家具だ。


(は……入ってみたい)


サタナティアの心によからぬ考えが浮上する。


(いやいやいや!見つかったらまずいんだから、見つからないうちに退散しないと!)


でも……と、未練がましく炬燵を見つめていたら。不意に、寝ていた筈の女性が身動ぎして、顔を上げた。


「んあ゛?」


(やば……見られた)


女性の上げた奇声に、サタナティアは硬直する。


怖がられるだろうか。叫ばれるだろうか。

事情を話したら分かってもらえるかな……その前におれの事情そのものを解ってもらえるんだろうか?


ぐるぐると考えるサタナティアの顔を、その間、女性は半眼でじっと見ている。


先に口を開いたのは、サタナティアではなく、女性のほうだった。


「ぁー…ささきさん……おつかれ……さま……で……す……?」


お辞儀のつもりでそう出来なかったんだろうか。女性の頭は空中で不恰好にごろりと動いて揺れ、そのまま炬燵布団の上に落下した。


直ぐに、すぅすぅと寝息が聞こえる。


(助かった……?)


女性が寝ぼけていただけだと判明し、サタナティアは安堵の息を吐く。


今のうちに、そのまま外へ出るか魔道を開くかしてこの場を去らねばならないところだが、ふと、先ほどよりも更におかしくなってしまった女性の体勢が視界に入ってしまった。


(あー…これは……起きたら首とか腰とか痛くなってるパターンのやつだよねぇ……)


元の姿勢でも腰の辺りは痛くなる可能性はあったと思うが、悪化させたのはサタナティアだ。


流石に良心が咎めて。女性を仰向けの姿勢に整えるべく、そっと手を添える。


(そのまま起きないでくださいよー……っと……)


「ささきさん……そっちの……カブトムシは……ひだりのしょるいだなで……その……かまぼこいたは……」


(いっ!?……って、今度は寝言か……びっくりしたぁ……というか、どんな夢見てるんだよ……でもって、ささきさんって誰さ……)


何度かひやひやする場面に出くわしつつも、女性を横たえた頃には、サタナティアもすっかり疲れきっており、当初予定していた異世界探索とネットでの生放送視聴どころではなくなって、そのまま帰省を余儀なくされた。


これがサタナティアの一度目の異世界滞在で、失敗。そして、後に彼にとって大切な役割を担う、彼女との一方的な出逢いだった。



その後、知ったのは。自分たちの世界から異世界に魔道を通って行く時、彼女の家の特に炬燵が安定して繋がりやすいという事。彼女は寝起きの20〜30分はまともに思考しておらず、何かあっても大体気付いてないという事。

そして、異世界の炬燵は温かく快適だという事。


この、炬燵が快適だという事が、後に、彼の二度目の失敗を引き起こす原因になるのだが。サタナティアはまだ、それを知らなかった。

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