15、それでも世界は絶えず回り続けているし、繋がっているⅤ
走る電車の窓から流れる景色を、興味津々で眺めている金髪紫眼の男を密かに観察し、その無邪気な様子に彼女は笑みを零す。
「あ」
「何か見つけました?」
「あの、遠くに見える『原初と終焉の塔』みたいなのは何?」
「ぅおおっとぉ!」
かと思えば、いきなりのボディーブローをかまされた。
直ぐ近くで、彼女達とは別の声が「ブフォッ」と、盛大に吹き出したのが聞こえたが、スルーを決め込む。
ついでに、先ほどのナントカの塔部分も聞かなかったことにする。
「あれは主にテレビ放送やラジオ放送なんかを送信する電波塔ですね」
視界の端で、いたいけな少年の姿をした人物が、尊いものに祈るような仕草をするのが見えた気がした。……が、それも見なかった事にした。
「電波塔としての役割の他に落雷や雲の様子を観測していたりもするみたいです」
「天文台みたいなもの?」
「天文台はあれじゃなくって、別にあります……あの塔の用途は……他に……商業施設がいろいろ入ってたり、展望室があったりして……観光名所にもなっていて……ええと……」
彼女の少ない知識と語彙力では。そもそも根っこの部分から違う認識をもった異世界の住人を相手にしてこちらの世界の物事を説明するには、なかなか難しいものがある。
相手がテレビやラジオをたまたま知っていてくれた事で、ギリギリ、電波塔である旨が説明できた位だ。
そこに関しては、その知識を彼に与えていた異世界贔屓な彼の仲間たちに感謝しておこう……と思い。彼女は、先ほどスルーしておいた人々をちらりと見やる。
一人はこちらを見て……いるのかいないのか、般若面という遮るものがあるのでいまいち判別はつかないが……恐らくニヤニヤしており。
一人は未だに件の塔に向かって祈りを捧げている最中だった。
彼は、それを、電波塔が見えなくなるまで続けるつもりだろうか……?
「口で説明するより、百聞は一見にしかずなんで、また今度あの塔まで一緒に行きましょうか」
「うん!」
とにもかくにも、そう言った彼女の言葉に。金髪紫眼の男……イルセイドが元気よく返事をする。
これでまた新しい約束が出来てしまった。
「ねぇ。修行で、『まんいんでんしゃ』と戦うには、俺は、どのくらいの力を付けといたほうがいいのかな?」
イルセイドがそんな事を言い出したのは数日前。
いつものように、料理と呼んでいいのか判らない料理を食べている最中だった。
「はい?」
最近は食事の席に必ずイルセイドが居るからと、奮発して買った冷凍讃岐うどんが思いの外美味しくて。そちらに集中していた彼女は、イルセイドから何を言われたのか理解が遅れてしまい、聞き返した。
「今、なんとおっしゃいました?」
「うん、だからね。『まんいんでんしゃ』に挑戦するためには、どのくらい強くなればいいのかな……って」
何を言ってるんですか?……と、言いかけて、そういえばちょっと前にあたかも満員電車が体験クエストか何かのような説明をしていたなと思い出す。
実際は時間帯と混雑具合によって体験程度ではすまなくなるのだが……。
なんなら明日明後日にでもと考えて、彼女は、直ぐにそれを改めた。
いかにさまざまな戦いをくぐり抜けているであろう勇者と言えど。異世界人の彼が初見のあれに対してどんな反応を示すのか見てみたいという気持ちがあれど。
そもそも電車初心者のイルセイドをいきなりあそこにぶちこむのは無謀だろう。
彼にも。本来の通勤通学戦士たちにも。双方に対して、混乱並びにご迷惑をおかけする恐れがある。
何しろ、戦いの質が違うのだ。
先ずは実地で経験を積み、徐々に慣らして行くのが吉だろう。
だからといって人の少ないスカスカの時間帯では「こんなものか」とのちのち舐められてしまう恐れがある。
また、目的の無い途中下車の旅を繰り返したところで、本選にたどり着く前に飽きてしまうかもしれない。
経験が積める、適度な混み具合の電車で、楽しみもある目的地と言えば……。
彼女の脳裏に、俗に夢の国と呼ばれる、とあるテーマパークが思い浮かんだ。
土日祝日だとむしろパーク内が初心者向きではないが、平日の……特に朝〜昼の時間帯であれば混み具合はそこそこなはずだ。
出かける時間と帰宅時間帯を考慮すれば、こちらも、そこそこな混み具合の電車移動が体験できる。
いいんじゃないかな。
よし、ここで行こう。
お城エリアに紛れるイルセイドさん、絶対似合うから、ちょっと見たいし!
そう結論付けて。彼女は、今、現在の状況に至った訳である。
その決断がいわゆるデートの計画とやらに該当する行動だったと気付いたのは。『なぜか』おんなじ日に、『たまたま』こちらの世界の観光計画を立てて、『ぐうぜん』同じ場所へ行くことになった、二人組に指摘されてからだった。
「サタ……トア・モラさん。そこで変な顔するの止めてもらえませんか?」
そのうちの一人である相手を危うく本名で呼びかけて、彼女はあわててそれを言い直す。
チラリとイルセイドを確認すれば、窓の外に夢中でこちらに気付いた様子はなく、ほっとした。
「あれ〜?顔なんか見えてないのに分かるんだ?」
「般若面越しでもどんな表情してるかくらいわかりますよ。どんだけ、あなたたちの本性を暴露されたと思ってるんですか」
そんな風に彼女が答えれば、相手が般若面の向こうで「やべっ、そうだった」と舌を出した気配を感じ取る。
本来イメージされる魔王像とは全く違う業務内容とはいえ。これが魔王とか、異世界大丈夫か?と彼女は思った。
異世界の魔王という役割を担った彼の正体を、彼女はイルセイドにまだ明かしていない。
魔王の役割。勇者の役割。イルセイドの失った過去。
彼がこれまでイルセイドにそれを黙って来たのは。イルセイドの過去に起因する魔物に対するトラウマの様子を鑑みて、まだ話しをして思い出させるべきではないと判断していたから、らしい。
その辺りのもろもろをひっくるめて話をされて、受け止めて。彼女の知るイルセイドを思い出した結果、彼女自身も、今は告げるべきではないと賛同した。
しかし、イルセイドにそれを打ち明ける時期を、彼女に「任せた」と丸投げされたのは解せない。
「というか、トア・モラさん。ついてくるのは別にかまわないんですが、般若面は例え普段と違ったひとときを過ごせる魔法がかかった夢の国だろうと、悪目立ちするんで止めて欲しいんですが……」
駅で、彼とその相棒(?)と遭遇した時も、電車に乗っている現在も、周りに人はいるが全く般若を気にしていないのが不思議なくらいだ。
因みに、ただ今の会話は全て小声でなされている。
「あー、これ?目眩ましの魔法がかけてあるから大丈夫だよ〜」
そう言って般若はひらひらと手を振った。
お面はイルセイドに対する顔バレ対策らしい。
魔王サタナティアの顔をイルセイドは知らな様だが。般若の顔は、THE魔族の特徴をしているので顔面プロテクトは必須なのだとか。
何もこんな時まで般若面じゃなくても……と、思わなくも無いが、これも彼の異世界贔屓なファン活動の一種みたいなので深くは追及すまい。
彼女は溜め息を一つついた。
「パークに入っても、過度にはしゃぎ回らないでくださいよ」
「イルセならともかく、やりませんよ、大人だからね〜。……あ、カルーは見た目子供か!」
その、見た目子供は、ようやく塔が見えなくなって、祈りを止めたところだった。
景色をみれば、もうすぐ目的の駅に着くところまで来ている。
「まぁ、いい子にしてたら、ポップコーンくらいなら奢りますよ」
「あ、じゃあねぇ、季節限定のスーベニアバスケットに入れたやつがいい」
「詳しい!そして、途端に図々しい!」
般若の下調べもばっちりなようだ。
「さて、そろそろ、外の景色観察してる人たちに、降りる駅が次だって教えてきますか」
「そうね〜」
そう言って二人は動き出したが、直ぐに般若が「あ」と、声を出して動きを止めた。
「トア・モラさん、どうかしましたか?」
「イルセをよろしくね」
「?」
それだけ言うと、般若は「カルー次だってさ〜」といたいけな少年姿をした相棒(?)の元へと移動していく。
言われた彼女は、訝しげな顔をしながらそれに倣ってイルセイドの側へと舞い戻った。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと何をよろしくされたのか今一つ釈然としない事案がありまして」
「事案??」
首を傾げるイルセイドに、気にしないでくださいと彼女は言って、次の駅が降車駅だと告げる。
「楽しみだね」
イルセイドがにこりと笑ったので、彼女の胸の中に暖かな何かが灯った。
約束がある。
その約束が終わっても、次の約束がある。
それが終わっても、またどこかで次の約束をするのだろう。
この、炬燵が繋いだ異世界人たちとの奇妙な関係は。炬燵を必要としなくなる季節が来ても、なんやかんやと繋がっていそうだ……と、彼女は感じていた。
彼女の隣にイルセイドが居て。イルセイドが居ればきっとサタナティアとカリドバーンの二人もまたついて来る。
彼らとの日々はまだまだ続くのだ。
本編はこちらで完結となります。
最後までお読み頂き、有り難うございました。
あと数話、番外編などの更新を予定しておりますので、もうしばらく彼らの物語にお付き合い頂けると幸いです。