13、それでも世界は絶えず回り続けているし、繋がっているⅢ
彼らの世界において、魔王は魔界の支配者でも世界の征服者でも無い。
世界のバランスが崩れた時、魔族側に立って調整する役割を担う者の事を『魔王』と呼ぶ。
人側の過ぎたる行いを魔族の側のそれを持って修正する、世界の理から選ばれた者が魔王である。
「まぁ、仕事内容的には、ちょっとした公務員?こっちで言うところの」
「ちょっとした……公務員……?」
そして、魔王がその任に就く時は、該当する人物に白羽の矢が立つそうだ。
「いやもう、文字通りに本気で立てようとしてくんの!白羽の矢!……っていうか、あれさ、確実に頭を狙って立てようとしてるよね!?おれの反射神経が鈍かったら真面目に刺さってたって、あれ」
「矢が……刺さる……」
該当者は矢が飛んで来るまで、──多少では利かないぐらい魔力が強かったり、戦闘能力が高かったりする場合もあるが──大体は一介の魔族として生活を送っている。
サタナティアの説明が一通り終わると、彼女は先ず、一息つくためにお茶を飲んでミカンを食べ、またお茶を飲む。そして双方の相互作用によってもたらされるそのえぐみに顔をしかめた。
こうなる事は解っているのに、なぜ毎度やって仕舞うのか……。
彼女は、口直しにもう一度お茶を飲んでから、言った。
「……いろいろ突っ込みたいところはあるんですが……要するに、魔王の役割は勇者とそう変わらないってことですかね?」
「話始めるまでになんかめちゃくちゃ変な間が出来てたけど……まあ、いいや……そうね〜、違いは、選ばれる時に剣を『抜く』事と矢が『刺さる』事くらい?」
「そこ、あえて違いとしてピックアップするところじゃないと思います」
「『自分が抜く』のと『自分に刺さる』のじゃ、当事者にとっては大きな違いです!……まぁ、それ以外はだいたい『勇者』を『魔王』に置き換えて、視点を人族側から魔族側に変えればおんなじだね〜」
そう彼女に答えて、サタナティアは目の前に3つ並べてあるミカンのうち、真ん中のものを選んで皮を剥き、口にした。
次いで、お茶を口に含んだ直後、眉間に皺を寄せ彼女を見る。
彼女は深く頷いた。
「勇者側が主に魔物討伐になっちゃうのは、魔族に血気盛んな脳筋派が多くて武力行使な悪さを働く事が多いからだし。魔王側が天災にかこつけて村一つ消失させる事が多いのは、人族が秘密裏に悪どい事やって全く反省しないからだしねぇ」
「今なんか然り気無く物騒な内容が聴こえた気がしたんですがっ!?」
「大丈夫、あくまで天災っぽくやってるから」
「だいじょばない……全くもって微塵も安心要素がない……」
今の話しで、一気に『我々のよく知る魔王』感が増した気がする。
今までの魔王の定義が違う……云々の件が台無しだ。
彼女がそうボヤいたら、カリドバーンが、「いい加減こいつの話は7割くらいの感覚で聞くという事を覚えろ」と、言ってきたので、「諦めたらそこで試合終了だと思うんですよ……」と、答えておいた。
「実際は、問題のあるところに出向いて注意勧告後に経過を見て対処という形が一般的だ。対処方法が魔王毎に異なりはするが、こいつはまぁ……平和的なほうだろう」
「天災にかこつけて村一つ消失させる事が多いのは平和的なほうなんですか……」
「魔族自体が元々好戦的な嗜好の種族だからな」
なんなら他の魔王が行った過去の例も聞きたいか?と、カリドバーンが訊ねて来たが、彼女は首を振ってご遠慮願った。
不吉な前置きのせいで聞くのが怖い。
「しかしどの魔王にしても、こちらの世界のげぇむや何やらの媒体のように、私利私欲や魔族の大義名分を掲げて行動している訳じゃない。あくまで、世界の理に則って動いている……そこが、貴様たちの一般的に思い浮かべる物語の魔王との明確な違いだな」
「はあ……なるほど……」
なんとなく解りはしたが、手放しで頷きたくはない内容だった。
「あれ、でも……」
そこで、彼女は思った。
勇者の役割が、人族の側から世界の平和を守る。
魔王の役割が、魔族の側から世界の均衡を保つ。
なら、両者が対立している今の図式はおかしいのではないか?
「あぁー…それねぇ……結構根本的に面倒くさい感じになってんだよねー…」
サタナティアがアサリを食べて砂を噛んだみたいな微妙な顔でじろりとカリドバーンを見た。
「そこらへん、カルーの事情に絡んでるんだけどさぁ……」
見られた方のカリドバーンは、なに食わぬ顔で、並べられたミカンのうち右側のものを手にとってから皮を剥いて口にする。
しかしその後、お茶を口に含んだ彼は。直後に、既に寄っている眉間の皺を更に深くして湯呑みを凝視した。
先達の体験者である彼女とサタナティアは、ほぼ同時に彼の肩に手を乗せて無言で首を振った。