12、それでも世界は絶えず回り続けているし、繋がっているⅡ
「ええと……魔王さま……?」
「うん、な〜に?」
「サタナティアさん……?」
「うん」
「魔王である……サタナティアさん……?」
「だからな〜に?」
「……」
彼女は目の前にいる、般若、改め。ただの人、トア・モラ改め。黒髪紅玉の男、改め。『魔王、サタナティア』を見てそれはそれは大きくて深い溜め息を吐いた。
「そんなでっかい溜め息吐くと、幸せが逃げちゃうよ〜?」
「誰のせいだと思ってるんですか……」
「おれ?」
自分を指してこてんと首を傾ける相手に、彼女から、またでっかい溜め息が溢れた。
「おれ、魔王なんだよね〜。でもって、名前、本とはトア・モラじゃなくてサタナティアっていうの」
と、あっさり告げられたのはつい今しがた。
食後の一服にお茶を飲んでいる最中だった。
食事の中、ついでみたいに告げられなかったのは少しだけマシだったかも知れない。
今までの彼らのパターンからすれば、それも十分にあり得た。
最も、食事の最中は彼女がメニューの選択に悩んだ末提供した即席麺に夢中で、それどころではなかった様だったが……。
片や「これすぐおいしいすごくおいしいあれじゃん!」と、興奮しきりで。
片や「卵は無いのか!?この麺を食べるならたまごぽけっとをきちんと利用してこそだろう!!」と、要求を突き付けてきた。
○キンラーメンやたまごポケットをご存じなのはさすが異世界贔屓の申告に違わないなと思ったが。
これまで具なしの麺類しか提供していないとはいえ、自作の料理よりも反応がいいというのは、悲しさと切なさと腹立たしさと……未だ燻る自分の複雑な思いとである。
だが仕方ない。
我が国の即席麺は優秀であると彼女も思う。
そして、残念ながら卵の方は買い置きがないため諦めてもらうしかなかった。
それはさて置き。魔王の件だ。
食事前に切り出して来た時は、さも重要な報告があります風だったのに、いざ発表されたらこの有り様である。
「何でそういうそちらの世界を揺るがす様な重大案件をこのタイミングであっさり明かしちゃいますかね……」
「こういうのって勢いに乗らないと切り出し辛いよね〜」
その言い分は彼女とて解らなくもない。
ただし、今回に関しては、緊張感が足りなすぎると思った。
というか。
本来なら驚くなり怖れるなりしなきゃいけないところなのに。魔王お前かよ……と、思わず脱力してしまった。
「そもそも、何でいきなり。それも、サタナティアさんたちにとっては全く関係ない異世界人である私に。そんな、突然の衝撃告白なんてしたんですか?」
「まあ、知って欲しかったからかなー」
「なぜ……というか、私の前に、イルセイドさんたちはこの事知っているんですか?」
「イルセたちがこれ知ったら、思いっきり蜂の巣つっついた感じになっちゃうね〜」
「……という事は、知らないんですね」
「まぁね〜」
こっちのゲーム風に言えば、おれ、ラスボスだからね〜……と言って、サタナティアは「あはは」と笑う。
「ラスボスって……イルセイドさんたちを騙しているんですか?」
「いんや。黙ってはいるけど騙してはいないねー」
「だって、ラスボス……魔王だって事を黙って一緒にいるんでしょう?」
「貴様が『ラスボス』とか言うからややこしいんだろうが」
そこで、これまで傍観してお茶を飲む事に専念していたもう一人が口を開いた。
いたいけな少年、カルーヴァ改め。灰青蒼玉の男改め……
「……ええと……何とお呼びすれば?」
「カリドバーン……だ」
「あ、因みにおれたちの世界が誇る大神官さまね〜。あと、あだ名はどっちもおんなじ『カルー』」
「渾名は言う必要無い」
自己紹介後にすかさず入ったサタナティアからの注釈に、カリドバーンは「だから、貴様は余計な情報を挟むなと言っているだろう……」と、溜め息を吐いた。
彼女は、それに対して、あれ?っと首を傾げる。
「カリドバーンさんは、神官様なんですか?」
「そうだ」
「神官様がどうして魔王と一緒に?」
「……女、こいつの抱えている魔王という立場は、お前たちの思っている魔王とは定義が違う」
定義……とは、どういう事だろうか?
以前イルセイドと話した時に聞いた魔王像は、自分の世界の情報から導き出される魔王像と遜色無かった様に思う。
「お前が思い浮かべる魔王というのは、大方、げぇむの中の魔王の事だろう?」
「後は漫画とか小説とか……ですかね」
「王道ファンタジーとかだと、だいたいおれ悪者だよね〜」
切な〜いあはは〜……と、言いながら、全くそんな事は無い様子でサタナティアが笑った。
「貴様は少し黙れ。……げぇむは、想定されたえんでぃんぐに向かわねばならない性質上、目的が必要だからな。分かりやすく『魔』や『悪』を倒す事を目的にしておくと、しなりおを進め易いんだろう……そこはしなりおらいたーの好みもあるだろうがな」
単語の幾つかに言い慣れていない感はあるのはご愛嬌だろう。
「あー…それ。こっちのRPGってさぁ、『ただの人』職業にないの!そこ不満!重要なのに!!」
そこにまた、サタナティアから補足というかちょっかいがかかる。
ただの人がRPGに居ないのがだいぶご不満らしい。
「それを言うならあれもだろう!ヒマワリの……」
そこに今までサタナティアを注意していた筈のカリドバーンが乗っかる。
ちょっと面白かったのでそのまま自由にさせていたら、異世界人による、RPG大愚痴合戦が始まってしまった。
しばらくして、これ幸いとばかりに彼女が家の雑事を始め。そして、魔王と異世界事情の話が再開されたのは、優に2時間後の事であった。