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10、炬燵の暖かい熱源を抜けると異世界であったⅤ

勇者との女子会は、ほとんど明け方まで続いた。


正確には話し疲れた勇者の電池がことりと切れて落ちるまで続いていた。


ずっと気を張っていたのかも知れない。


勇者、イルセイドは、遊び疲れた子供と同じように本当にいきなり落ちた。


そんな風に寝落ちたイルセイドを、彼女は用意した布団に移動させて寝かせたのだが、これが一苦労だった。


何しろイルセイドと彼女では、かなりの体格差がある。

持ち上げる……というより何とか抱えてズルズル引き摺る形で布団へと動かした。


お姫様抱っこで運ぶなんて先ず無理だった。

仮に出来たとしても、理想形とは男女が逆な気もする。



そこそこな重労働だったので、途中で『このまま炬燵に寝かせたままでも……』と、ちらっと考えたりしたが、イルセイドの大きさでは大部分が炬燵からはみ出るし、そもそも炬燵で寝たら風邪を引くと言われているし、うちに来たのが原因で勇者が風邪を引いたとか洒落にならないし……と思って、彼女は頑張って布団まで勇者を運んだ。


イルセイドが大き過ぎて、若干布団からもはみ出してる感が否めなかったが、そこは許してもらおうと彼女は思った。

あと、運び疲れて彼女自身が落ちてしまった時、イルセイドの腹の辺りを枕にしてしまっていたのも不可抗力として許してもらえればと思う。


そうして眠り込んでしまった彼女だったが、それからしばらくして部屋にイルセイドと彼女以外の何者かの気配を感じて、目を覚ました。


目を覚まして直ぐに、自らのポジション取りに若干の違和感を覚える。


目の前に眠った時には見えなかった壁がそびえている。

それから何か眠った時と体勢が違うような気がする。はて何が……?


彼女がぼんやりした頭で考えていたら、朝日が照らす部屋の一角から声が掛かった。


「ねえ、あんた」


声が聞こえたな……と、彼女は思う。

思いつつも、彼女は目の前にある物体の事が気になってしまい、そちらについて暫し考えた。


直ぐ眼前に見えるのは、布に覆われた硬い壁である。


その硬さを確かめようと、彼女は片手で壁に触れてみた。


壁は微かに動いてる。そして温かい。


「ねえ、あんたってば」


また、声が聞こえた。

彼女の目の前には温かい壁がある。

声は壁から聞こえた訳ではない。

でも、目の前には温かい壁がある。


繋がるはずのない関連性を、彼女は頭のなかで一生懸命循環させたが、当然答えに辿り着くはずもなかった。


いや、待てよ。

……と、彼女は思う。


(見えない声については置いといて、とりあえず、先ずはこの目の前の壁からやっつけたらいいんじゃない……?)


そして、彼女は考え始めた。


壁は温かい……そして、硬さがある……でも、金属とか石とかそういう硬さじゃない……というか、金属や石の壁は熱したりでもしない限り、温かくはならないだろう……それに、この温度は……なんというか……そう、人肌だ……これは人肌の温かさだ……人肌……


「これもしかしなくても温かい壁じゃなくてイルセイドさんかッ!!」

「あんたさっきから何思いっきり無視してくれちゃってんのよっ!!」


事実に気づいて、がばりと起き上がった彼女の目に映ったのは、平凡な日本の六畳一間にはミスマッチなご一行さまだった。


「えーと……おはようございます……?」


寝起きに入った二つの情報を処理仕切れなかった彼女のポンコツ脳は、微妙な笑顔でご一行さまに挨拶する……という答えを導き出す。

彼女に微妙な笑顔を向けられたご一行さまもまた、同じく微妙な表情でこちらを見ている。


そんなご一行さまの顔は、昨日うっかり南フランス(仮)な異世界に行った際に遠目で見た覚えがあった。


「あー…イルセイドさんにご用事ですかね?起こした方がいいですか???」


「起こさなくていいわ。用があるのはあんただもの」


「私……?」


遠目で見ていたとはいえ、彼女と彼らは、ほぼ初対面に近い。

そんな彼らが自分に何の用があるのか思い至らず、彼女は首を傾げた。


「……まあ、用があったんだけど……もういいわ」


「はあ……?」


にも関わらず、ご一行の代表として喋っていた女性は、一方的に自己完結してしまう。

彼女はますます訳が解らなかった。


「イルセイド、寝てるのね……」


「ええ……と言いましてもつい先ほど寝入った感じなんで、皆さまのご訪問とはタッチの差かと思いますが……?」


「そう……眠れるんだ……」


結局、彼女にはよく解らないまま、代表として喋っている女性はその話しを切り上げた。


「喉かわいた。あんたちょっと、飲み物くれない?」


「異世界のかた、総じて自由過ぎやしませんかね?」


そう言いながらも彼女は、女性含めご一行さまにお茶を用意した。


ついでにミカンも三つ用意して、置く。


異世界からきたご一行さまはそれらを遠慮なく飲み食いしたあと、炬燵の中へ潜り込み、元の世界へと帰還して行った。


「一気に広くなった……」


ご一行さまの居なくなった空間を見つめて、彼女は呟いた。


とは言っても一番面積を取っている人物は、まだ彼女と同じ空間にいて健やかな顔で眠っている。


(なんかイルセイドさんが居る部屋にもだいぶ馴れたなぁ)


彼が最初にこの部屋へ現れて、炬燵に入っていた時から、そんなに時間は経っていない。


それなのに、イルセイドはこんなにもこの部屋に馴染んでいた。


先ほどのご一行さまが帰った時は、部屋が広くなったと思っただけだったが、イルセイドが帰った後は、少しだけ……ほんの少しだけ部屋が物足りなく感じてしまう…………ような気がする。



彼女は寝入るイルセイドの顔をまじまじと見つめた。


相変わらず綺麗な造形をしているが、眠る姿はどちらかと言えばあどけない。


そんな感じでしばらく見ていたら、寝顔につられてしまったのか、唐突な眠気に襲われた。


(そういや寝入って直ぐくらいに起こされたんだったな)


気づいたら本格的に眠くなってきた。


先頃は不覚にもイルセイドの腹の上で寝落ちてしまったが、今度はしっかりと炬燵に入り込む位置に移動して寝る体勢に入る。


炬燵で寝るのはよろしくはないだろうが、唯一の布団はイルセイドが占拠している訳だし、彼と違って彼女は炬燵からはみ出る心配が微塵もなかったので、そちらで睡眠を取ることにした。


(まあ、仮眠程度だし、大丈夫でしょ)


そうして眠りの世界へ旅立った彼女は、目覚めた時に、再び目の前に現れた壁について熟考する羽目になるのだが、それはまた別の話ということにしておいてもらいたい。

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