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雪の日

作者: 波打ソニア

「行ってきまーす!」

 元気なあの子を見送って、黒いランドセルが白い雪の中に遠ざかった。住宅街の子供たちはみんな、久しぶりの大雪にはしゃぎながら、点から列へ。子供は元気だ。

 活気が学校へ消え、大人たちも動き始める。

「今日は早く帰るよ」

 あの人は急ぎ足で、でもそう言ってくれた。最近冷たくなってしまったかと思っていたけれど、あの子の漏らしてくれた秘密によれば、部屋の机にきれいなプレゼントボックスを隠しているらしい。

 今日は私の誕生日。風邪をひいてしまったけれど、夜にはきっとよくなっているだろう。熱を持った体を冷えた玄関から引き上げる。洗い物はお昼にやろう。

 そのまま私は部屋に戻り、布団の中へもぐりこんだ。エアコンに温められた空気が満ちた部屋に、カーテンの隙間から差す銀色の光以外に冬の気配はない。そのなかへ飛び出していった二人には少し悪いけれど、ぬくぬくとお昼から横になるなどいつぶりのことだろう。

 あの人が枕元に用意してくれた薬を飲む。あの子が肩にかけてくれたカーディガンの袖に腕を通し、厚い布団に潜り込む。ドアの隙間から入ってきた気配がニャアと鳴いて足元へ這いあがる。

 ゴロゴロと温もる足元から眠気に支配されてゆく。残った最後の意識で、部屋の明かりを落とした。


 それからずっと夢の中にいる。かわいかったあの子が帰ってきた。飛びついてくるその体が氷のように冷たい。その頭を撫でに来るあの人からは冷気が垂れ流されている。家の中が冷蔵庫のように冷やされている。エアコンのリモコンはあの子がなくしてしまった。私が凍えていると、二人は心配そうに腕をさすり、お茶を淹れ、カーディガンを掛けてくれる。ぬくもりに触れたところから、無骨な指先が溶け、あどけない笑顔が崩れてゆく。恐怖した私は結局自分でヤカンを手に取り、カーディガンを着こむ。不思議そうな顔の二人に氷を入れたお茶を出す。

 おいしそうにそれを飲む二人。あの人もあの子も、温かいココアがよく似合っていたのに。だけど冷たいお茶で見せる表情を崩すことがどうしてもできない。

 何が間違ったんだろう。本物の二人はどこにいるんだろう。外で一体何があったんだろう。もう何万回繰り返した思考で庭に目を向ける。猫が見つめていた。  

入れてやろうと近づいた私の足は止まる。焦げ付くような黒い毛並み。若葉のように明るい緑の目。牙を打たれて痙攣するアブラゼミ。

 外はもう夏だった。外はもう夏なんだ。それならこの寒さは。愛しい家に満ちる氷のような冷たさは。

夏の影がニャア、ニャア、と笑っていた。


 寒くて誰もいない家の中で書くものではありませんねぇ。えーん、ママーパパー、コワイヨー

 すがられる両親もたまったもんじゃないでしょう。お前が怖いわ、と。

 どうぞあったかくして誰かと一緒にお過ごしください。

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