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09 curry soup udon=カレーうどん

おやすみ001のつづき、第9話です。


昨日のカレーのアレンジ法のお話。


 全員がマンションの半地下空間に揃うと、台所にはうどんを湯がく七瀬と、即席ドリアをオーブンに入れる通緒が立っていて、瑞希の姿はいつも通り見当たらない。千尋はソファで通緒の愛猫「姫」の毛づくろいを手伝いながらゆっくりとテレビを鑑賞していた。

 半分ほど残る冷めたココアを飲みつつ、野原はキッチンテーブルに座りゲームをしながら先輩方の様子をうかがっていた。先ほどまでの出来事を誰も話さないのが気になってゲーム画面はほぼ進んでいない。

 帰宅途中黄色のSUVのドアミラーと黒いワンボックスカーの銃痕の修理をお願いした修理工場はSUVのドアミラーを新品と取り換え、ワンボックスカーにはステッカーを貼ってものの十分で終わらせた。通緒の車は週末に聖龍社の専属カーメンテナンス部が直してくれるらしかった。

 あれだけのことをしたのにテレビのニュースにも流れることもなく、ネットへの書き込みも見当たらない。

 帰った後の先輩たちも昨日と同じようにゆったりとくつろいでいるように見える。

 明日は、今日よりももっと大きなことが待っているかもしれないのに。

 不安を抱えきれなくなった野原は椅子から立ち上がり息を吸い込んだ。


「カンブー!飯―!」


 声を発する前に食事の合図が告げられる。

 タイミングよく立ち上がったせいで野原は通緒から瑞希を呼びに行く係に選ばれてしまう。

 文句は言わないまでもしっかりと依頼主を睨みつけてから野原は階段横の扉へ向かう。


「瑞希先輩?ご飯できたって通緒が」


 うつむいたまま、ノックをしたドアの前に立つ野原。返事がないのでドアを開けると、こちらを見ずに手招きしているおかっぱ頭が見える。


「どうしたんですか?」


 自分の足より大きいスリッパを引きずらないようにして一歩踏み込んだ。

 黒いフローリングの上に置かれている家具はベッドと回転チェアと机。モニターが4台置かれている机の隣には本のように積み重ねられているパソコンのハードがあった。室内の明かりは昼光色のLEDライトだが少し明るさを抑えて調節されている。真っ白い壁では真っ黒い時計が時を刻んでいた。時刻はまもなく七時。

 手招いた瑞希は画面から目を離さずにふんふんと得意の鼻歌を歌っている。覗き込むとどこかの会社のメインコンピュータにアクセスしているようだがどうやらパスワードに阻まれているらしく、英数字の羅列が並べられていた。


「パターンはランダムですか?」


「うーん。適当にやったらイケるかなーって思ったんだけどね、ちょっと頭回んなくて」


 ようやく顔を上げた瑞希が見上げた野原の目が輝いていた。ニンマリと笑った瑞希が立ち上がり席を譲る。


「やる?久々に」


 嬉嬉として野原はその場で二回ジャンプをすると自分の身長に合わせて高さを上げた黒い回転チェアに腰掛け、コンピュータに立ち向かう。

 画面上にいくつものアルゴリズムを形成しだし、次々に開くウィンドウに的確に入力を繰り返すと会社の通常画面が開かれる。


「Hey guys!(おいてめぇら!)」


 しびれを切らした料理長が大仰な身振りで怒鳴り込んでくる。

 おかっぱ頭にちょいちょいと手招かれた料理長もモニターの前に顔を出す。


「ノンタこーゆーのうまいんだよ」


 開かれているページはどこかの在籍者リスト。七瀬が作ったモンタージュと、通緒の車のドライブレコーダーに映った荒い画像とリストで似ている顔を洗っていく。


「でー?また勝手に九龍にアクセスしてんのか?」


「だって月龍ユエルンが何にも教えてくれないからさー。とりあえず相手側だけでも洗っておこうと思って」


 野原の表情を斜め上から確認すると、大きくため息をついて料理長は瑞希の肩を引き寄せる。


「先に食っとくから、終わったらちゃんと飯食わせろよ」


 肩をそのまま二回たたき、通緒はわざとドアを開けたままダイニングへ戻っていく。




 七瀬は目の前に置かれたカレーうどんを見つめながら異様な緊張感に襲われていた。向かい側から千尋がとても優しそうに微笑んでいる理由が、楽しさとか喜びを表現しているわけではないことを知っていたから。

 目の前にあるのはただのうどんではないし、カレーでもない。カレーとうどんの最強のコラボレーションだ。味は昨日のカレーライスで保証済み、うどんだって自分でゆでたからうまいはず。だがしかし、この食べ物は非常に危険である。汚れとは切っても切れない関係の上に成り立っているのだ。一口すすれば止まらなくなること間違いなし。そして勢いよくすすった先にはカレーつゆが飛び散ることも間違いなし。それゆえに、七瀬の緊張感は今日の昼間の比ではない。


「ナナピオ!」


「ドゥワア!」


 七瀬の声に驚いた千尋はとっさに両手を合わせ、口元を覆った。


「えーと、ナナピオ君、今日は!よく頑張りました」


 通緒はそう言って力強く七瀬の頭をなでると、目の前に置いてあったドリアをテーブルのお誕生日席にあったうどんと取り換える。


「あいつらまだかかるからいただいちゃおうぜ。いただきまーす」


 向かい側の千尋にウインクを送りながら七瀬の隣に腰を下ろし、割り箸を両手で丁寧に割って手を合わせた。千尋も軽くため息をついてからそれに続く。七瀬は通緒が一口目を食べる姿を、麦茶をすすりながら真剣に見つめていた。

 まずは勢いよく麺をすくい上げる。それから静かに息を吸い込み思いっきり麺に吹きかける。これを何度も繰り返し、湯気が出なくなったところでようやく一口分を口へ運ぶ。


「え?」


 隣で起こっていることが理解できない。だが、お手本は一口目をはふはふ言いながら食べ終わるとまた、次の一口分をすくい上げた。


「え?」


 七瀬は思わず二度声を漏らす。平気で煙草を吸い、酒を飲み、車を運転し銃をぶっ放す一七歳がフーフーとうどんを冷ましながらすすっているのだ。おかげでどんぶりの周りは汁だらけだ。


「Shit!(アチッ)」


「あの、通緒先輩、猫舌っスか?」


「So what?(だったらなんだよ)」


 むっとした表情で眉間にしわを作り三口目を宙に浮かせたまま通緒が言い返した。


「いや、なんでうどんにしたんスか!めっちゃテーブル汚れてるジャン!千尋先輩にっ」


 名前を出したところで恐る恐る正面に向き直るが、千尋の表情からはさほど怒りは感じられなかった。むしろあきれた顔で麦茶に手を伸ばし、しょうがないわね、とこぼした。


「うどんは二人分作っちゃったんだし、私とカンブのリクエストはドリアだからみっちゃんはうどんを食べてるのよね。とりあえず今日は見逃すわ」


「なるほどジャーン。つまり、ノンタンのうどんが伸びちゃうから自分のドリアと交換したってわけっスね!通緒先輩やっさしー、いでっ!」


 言葉の途中ですねを蹴られた七瀬は、素直じゃない先輩の取り扱いは難しいと知る。


「ナナピオ、あたしは千尋さんでお願い。先輩って呼ばれるの慣れないの。あと、ノンタンって呼ぶとたぶん怒るんじゃないかしら、彼」


「あ、はい、気を付けますジャン」


「猫舌じゃないならさっさと食え」


「あ、はい」


 遠慮なくカレーうどんをすすりだした七瀬だがこの五秒後に後悔することになる。


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