08 threaten with a smile=笑顔の脅迫
おやすみ 08話。
静かな山にこだまするエンジン音。
爆破の合図を待って一斉に歌いだす小鳥たち。
山はこの日戦場になった。
車のエンジン音は静かな山には響きすぎる。
さらに瑞希の運転はエンジンをふかす勢いで通常より音が暴れている。
突然、エンジン音よりも大きな爆発音が山に反響した。
「あ、すみませんっス、車が登ってきたから投げちゃったジャン」
その七瀬の声を聴いて最初に反応したのは野原。
「いーなーナナピオ。ボクも何かやりたーい」
上目遣いで隣の先輩に訴える。千尋は困った顔でため息を吐いた。ここは、千尋の判断するところではない。ほかの二人の反応を待つ。
「ナナピオ、建物の裏側からこっちに回って来い。ノンタ、俺が合図したら車狙って撃て。反動あるからしっかり踏ん張れ。外すなよ」
ほっと胸をなでおろし、千尋は軽くランチャーの持ち方をレクチャーする。野原はうきうきして話を聞いていた。一番の問題は狙いが定まるかどうか。だが、千尋の言葉を聞くと外す者はいなくなるのだ。
「ノンタ、その弾いくらすると思う?あたしね、それ、外されたらとーっても困るの。わかるわよね」
モナリザをしのぐ満面の笑みで静かに語りかける千尋には誰も逆らえない。
野原は今までの人生で最大の恐怖とプレッシャーを感じていた。
計らずもその恐ろしいほど静かで美しい声は全員の耳に届いており、通緒はベレッタのマガジン部分を目視で確認し、瑞希は先ほど使った手榴弾の種類を思い浮かべ、七瀬はオリンピック選手のような走りを見せた。
「通緒、出るよ」
斜面を無理やり走る車から第一駐車場の看板が見えた。助手席から身を乗り出し、通緒は左手で車のアシストグリップを握り右手をルーフに置き身体を固定した。右手の先にはベレッタM92Fが握られている。
車体が舗装に降りる瞬間一瞬大きく跳ねる。
「Hey!!」
揺れで尻を窓のふちに強打した通緒はルーフの運転席側をハンドガンを持つ手で殴りつける。構わず瑞希は荒い運転で第一駐車場内へ車を突っ込んだ。
シルバーの車が一番奥の国道側に止まっているのが見えた。距離は約七十メートル。駐車場内には壁はもちろん、銃弾を避けるものは一切ない。相手がライフルを使っている以上完全にこちらが不利。
だが、構わず瑞希の運転する車は正面から向かっていく。
止まった車体の後ろの影が動いたのが通緒の目に映る。
「ノンタ!撃て!」
野原は建物から半歩足を踏み出ししゃがみ込むと視線の先、シルバーのセダンに向かってグレネードランチャーをためらいなく発射させた。
一瞬、ドウッという音とともにノンタは後ろへ尻もちをつく。同時に瑞希の運転する車のフロントガラスにひびが入った。相手の弾丸が野原が撃つよりわずかに早く瑞希を狙って発射されていた。
野原の弾丸は車体の下に命中し爆発でセダンのフロント部分を持ち上げ、車体の後ろから転がる男の帽子を派手に空に舞い上げた。
着弾したのを見届けて千尋は野原の襟首をつかみ、すぐに車に駆け込む。そのまま来た方向へと車を走らせる。
姿を現した男は持っていた銃器をライフルからハンドガンへと変えていたが、通緒の放つ弾丸がその右手をさらに撃ち抜いた。
「見えたか?」
車内に身体を戻し、通緒はベレッタをホルスターへ収納する。
「うん。見たことない顔だったね、確かに」
進行方向を百八十度かえ、駐車場出口を目指す。車のスピードは保ったままだったので二人にはかなりの重力がかかる。建物の近くに走る七瀬を見つけ今度は急停車だ。隣でシートベルトを締めアシストグリップとダッシュボードで体を支える通緒は先ほどより表情が暗い。後ろに乗り込んだ七瀬も即座にシートベルトを締めたが、駐車場から道路までのスロープのカーブで頭を窓に強打した。瑞希は千尋の運転する車を追う形でその場を後にした。
「あーノンタ?今大丈夫?パソコンの警察マークのアイコンクリックして、それで近くを走ってる警察車両がわかるからナビよろしくー」
「ラジャー」
峠を過ぎ住宅街を走る頃、瑞希に千尋が呼びかける。
「次の信号左手のコンビニにいるわ」
荒れ狂う瑞希の運転に耐えた二人はようやく解放され、すかさず瑞希を黄色いSUVの助手席へ押し込んだ。
煙草とコーヒーを調達した通緒は最初の一本に火をつけると、車の周りを一周し損傷を確認する。瑞希は車内で依頼主に状況報告のメールを送っていた。
日は暮れてどこからか夕食のにおいが漂ってくる。
コンビニの入り口にはおでんののぼりがはためいていた。
「腹減ったジャーン。今日の晩御飯何っスかー?通緒せんぱーい」
力なく車の前にしゃがみ込む七瀬はおなかの虫を鳴らし涙声を上げる。
「昨日のカレーが残ってるからカレードリアか、カレーうどんか、そばもあるぞ」
それを聞いて七瀬は跳ねあがり「早いやつがいいっス!」と元気よく車に乗り込んだ。千尋は静かにその様子を観察し、残っていたカフェオレを飲み干してゴミ箱へ捨てる。
「千尋さん、僕、この後運転変わってもいいですか?もう少し練習したいです」
「今日はもう無理ね、あなたは疲れてるはずよ、ノンタ。少しゆっくり休みなさい」
諭される形で後ろのシートへ案内され、野原はゆっくりと息を吐いた。脳が興奮状態にあるのかまだ疲れている感覚はない。だが、心臓がずっと脈打っている感覚は意識せずとも感じていた。
その様子を見ていた通緒が再びコンビニに入って大きめの袋を下げて戻ってくる。
「千尋ちゃん、ハイ紅茶。カンブはそば茶だろー、ほれ、お子ちゃまにはこれだ」
運転席の開いた窓から後部座席へ投げられたのは甘いホットココアだった。
太一は文句を言ったが通緒はそのまま七瀬にもホットココアを渡し、自分の車に乗り込んでいく。
代わりに運転席に現れた千尋が声を出して優しく笑う。
「素直じゃないのよね」
「ん。天邪鬼だからな」
千尋と瑞希の間でそんな会話がやり取りされ、二台はゆっくりと帰路についた。