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06 good pitch=ナイスピッチング

第一ミッションをクリアしかけ、た通緒たちだったがすぐに追手が付く。

明日の本番に備え本当は家に帰ってゆっくりとコーヒーでも飲みながらバラエティ番組を見てくつろぎたかったのに。

邪魔する輩は容赦せず、ドカンと爆発させてやる!

 野原が出す車線変更の指示に従い通緒は当初の予定通り季節外れのスキー場を目指していた。

 平日の真っ昼間に街中で騒ぎを起こすのは普段の生活を考えると避けたいことだった。

 避けなければならないのは人目。高校生が車を運転するくらいなら、検問にさえ合わなければ問題はない。だが、そこに拳銃と日本刀の真剣が加わり相手が日本のマフィアだとすると障害が大きくなる。

 通緒たちの乗る車は奇麗に舗装された信号の少ない道を進んでいた。

 未だ不安そうにおろおろする七瀬に運転席側からペットボトルか飛んでくる。


「ドゥワッ!!」


 咄嗟に受け取ることができず、七瀬はお手玉のようにペットボトルをはねさせた。


「ナナピオ、This is a great achievement!」


「へ?なんスか?」


「お手柄だって言ったんだ」


「ナナピオ、男の特徴は?」


 表情は硬いまま話す二人に戸惑いつつ七瀬は男の特徴を思い出す。

 黒い短髪の細身の男、身長は七瀬と同じくらいかそれより低い感じがした。白いシャツにタイはせず、黒いコートのようなものを羽織っていた。鼻筋が通っていて左目が二重、眼光は鋭く薄い唇で笑う顔は得体の知れない不思議な感じがした。


「爪噛んでたのか右手が口元にあった気がするジャン!」


 車はするすると街中を通り過ぎスキー場へつながる一本道へ入る。

 タブレットで現在ある情報を確認するがやはり特徴と一致する人間はいない。瑞希はさっそく即席のモンタージュを作成し始める。


「通緒の心当たりは?」


「んな知り合いいねーよ。爪噛み癖のある雇われ傭兵ってとこか?それとも九龍会側の人間か?なら情報提供は欲しいとこだな。カンブ、とりあえず後ろの奴らそろそろ来そうだからなんか放り投げたら?ナナピオ、銃選んだらケースこっちによこせ」


 展開の速さについていけず七瀬はまだ隣に置かれている小さなアタッシュケースに触れてはいなかった。

 さらっと選べと言ってのける通緒に対し、七瀬は恐る恐るケースを開けた。

 無造作に詰め込まれた手榴弾のようなものと黒い小型の拳銃。中に一つだけグリップに黄色いビニールテープが巻いてあるものがあった。とりあえず言われるまま黒い拳銃を一つ手に取り残りを前へ送る。続きやっといて、と瑞希から代わりにタブレットを渡された。


「よーし!まずはこれかなー」


 瑞希が受け取ったケースの中から卵ほどの大きさの手榴弾を一つ手に取りピンを抜いて窓を開ける。


「だーから!ピン抜いてから準備すんじゃねーよ!さっさと投げろ!」


 瑞希が窓から放り投げると道路の脇に転がっていく。


「ぶー!通緒が車揺らしたからどっか行っちゃったじゃーん」


 文句を言い終わるとほぼ同時に左後方の路肩が爆発した。


「ドゥワワーッ!!」


 驚くのは七瀬だけで先輩二人は言い争いを続けている。


「あんなぁ!早く投げないとこっちにも被害来るんだぜ?少しは計算してからやれって!」


 真後ろにつけた車が被害にあい、右車線にはみ出し斜面の土留めに突っ込んだ。空いた隙間を後ろの二台がすり抜けてくるが、手榴弾を警戒してか車間距離を取っている。


「ノンタぁ!スキー場に入ったほうがいいのか?それともこの路線でけりつけていいのか?」


 苛立ちを乗せたままマイク越しの野原に話しかける通緒は煙草を灰皿に押し付けた。野原の返事が来る前にまた胸ポケットからくしゃくしゃになった煙草を出してフィルターを噛んで引き抜き、自前のジッポで火をつける。


「対向車が二台行くよ。そのあとなら道路で大丈夫」


 イヤホンに聞こえる情報を信じて最近舗装され直した山道をさらに登っていく。峠と名乗っているだけあって舗装されているとはいえ走りやすい道なりではないが、追わせている今の状況にとっては好都合だった。


「峠の電子掲示板を事故のため通行止めにしておいたわ。念のため一か所通行止めの看板を立てておいたけど、もう一本の道は今確認中よ」


「スキー場の駐車場出入口封鎖されてるところもあって、きっと入ったら逃げ道なくなるからできるだけ粘って道路上で決着つけたほうがいいと思う」


 またも二人の返答にうんうんとうなずく瑞希はころころとケースの中で手榴弾を転がしている。

 まもなく乗用車が一台、通緒の車の横を通りすぎていく。

 山の中腹まで来ただろうか、まだまだ芽吹きもしない木々たちが風に寒そうな枝を揺らしている。スキーシーズンが終わり、行楽シーズンが始まるまでのほんのわずかな隙間、この峠の道路は車ももちろん人も通らない。やがてゴールデンウィークが始まる頃になるとサイクリングやジョギング、バードウォッチングやハイキングなどで需要が出てくる。

 この時期峠を通る車はスキー場管理側の車、シーズン再開に向けて腕慣らしに来る走り屋、行楽の下見をする車、デート中の若いカップル。カップルに人気の時間帯は決まって夜だ。

 先ほどすれ違った車はキャップを被った初老の男性と、たぶんその妻だろう。少し走れば事故車を見つけ通報するか引き返してくるはずだ。


「もう一台が来ないぜ?」


 通緒が低い声でつぶやいた。リストにない人間の影が頭にちらつく。胸騒ぎが強くなるのを全員が感じていた。


「ノンタ、もう一台の車はどんなヤツだ?」


「シルバーの乗用車にパーカーを着た人が一人で乗ってたはずだよ。たぶん男の人でキャップを被ってた」


 煙草をくわえた隙間から煙を吐き出すとルームミラーで後ろの車を確認する。相変わらず車間距離は詰めてはこないが確実に見逃す気はないようだ。


「なんか変だと思ったんだよねー」


 つぶやく瑞希は手榴弾の間から自分専用の銃を見つめる。グロック18、小型のオート拳銃だ。以前勝手に通緒の銃を使って怒られたのでそれからグリップに黄色いビニールテープを巻いてある。瑞希から見ると銃なんてどれも同じにしか見えないのにベレッタだのコルトだの言われても全く区別がつかないのだ。


「千尋ちゃん、こっちに合流できる?」


「ええ」


 千尋は助手席に向かって「ごめんね」とウインクすると急ブレーキをかけ車を反転させ再び来た道を戻る。隣の野原がパソコンに額をぶつけたのはこれで二回目だ。


「どこかで待ち伏せか?っても分岐点までそう距離ないだろ」


 人気のない道路に入っても後ろの車が仕掛けてくる様子はなかったのが気にはなっていた。先につぶす気があるのなら三台も追手がついてこんなにスムーズに走れているはずがない。だとしたら後ろの車は逃げ道を塞ぐただの壁だ。攻撃を仕掛けてくるのは前方から向かってくるはずのもう一台かもしれない。


「なんなんスか?」


 車の揺れに耐えながらペットボトルのお茶を飲む七瀬は軽くお茶をこぼしていた。質問をしてみたが答えは返ってこない。状況を自ら整理し理解しなければならない。あの時声をかけられたのは偶然じゃないと信じたかったから、この人たちに会うために、あの時自分はあの場所にいたのだと。

 七瀬はぐいっと身を乗り出した。


「あのッ!そこにカラーボールも入ってたっスよね?後ろの車減らしてもいいっスか?」


 自分ができることを、今の状況にすり合わせていく。


「できんのか?」


「小中は野球チームでピッチャーだったっス!」


 逃げ道が無かったとしても、相手の人数は減らしたほうが有利。


「次の左カーブな」


 通緒は言いながら瑞希の膝の上のケースから半透明の箱をつかみ取り七瀬の目の前に掲げた。了解ジャン!、と七瀬が言うが早いか後部座席の左の窓が開く。

 カラーボールを手に取り、左手でドア上部のアシストグリップを握って窓のふちに腰かける七瀬は、ゆっくりと息を吐いた。峠のカーブ、車のスピードが落ちる。七瀬と後ろの黒い乗用車が向かい合った。


「っの!」


 投げたカラーボールは見事フロントガラスに命中し、急ブレーキで車は反転する。三台目が反転した車のテールランプを潰して押しのけ駆け上がってくる。


「ナナピオナーイス!」


 ガッツポーズを取る七瀬をドアミラーで確認し瑞希は左手の親指を立てる。


「怒らせちゃったかもジャン!」


 応える暇もなく七瀬がそう言ってあたふたと車内に体を戻した直後、後ろから銃弾が飛んでくる。


「上杉、分岐点で止まれ、このまま押し切る。ナナピオ、もう一台イケそう?」


「相手のほうが射程距離はありそうっスねー、無理ジャン?わぁ!」


 答えた七瀬が振り返ると後ろからまた銃声が鳴る。道路はそろそろ下りに入る。


「まずいな、後ろの奴が有利になる。分岐点までどのくらいだ?」


「通緒の車からだと二キロないよ、時間だと五分くらいだと思う」


 すかさずマイクを使って野原が返事をする。


「こっちからも距離は同じくらいだけどほぼ直線だから」


「一分ね」


 千尋が会話に割って入った。


「分岐点のすぐ上にスキー場入り口があるけどこっちからじゃ駐車場までは見えないわ。でもすれ違ってからの短い時間でそっちを狙える好ポジションを見つけるのはよほど下見をしてないと無理だと思うわ、ッきゃぁ!」


 千尋の悲鳴と同時にガラスの割れる音が全員の鼓膜に届いた。


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