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05 try driving=運転にチャレンジ

 第一ミッションをクリアした瑞希と七瀬。だがこのまま順調にミッションクリアとはいかなかった。

 

「上出来だ、ナナピオ」


 エレベーターでタイを緩める瑞希が七瀬に声をかけた。


「いやー怖かったっス。今にも試合始まるかと思ったっス」


 七瀬は両手を見つめ開いたり握ったりしながら何かを確かめていた。


「やっぱり木刀でもいいから持たせてほしいっスねー」


 真面目な顔でそういう七瀬の背中を瑞希は思い切りよくはたいた。出会ってから何度目かのその衝撃に七瀬は慣れてきつつあった。


「ノンタ、異常なければエンジンをかけろ。できるだけ早く出る」


 マイクに向かって声をかけるとビートルズ好きな営業マンは受付に一礼してその会社を足早に出ていく。


「ラジャー!」




 Sネットバンク本社から一区画離れた路上に止められている黄色いSUVの後部座席に野原はいた。車の外には出ず運転席に移動しエンジンをかけた直後、録音していない通緒の声がノートパソコンから聞こえてくる。


「ノンタ、二車線の道路挟んだ先の路地に黒いワンボックスカー見えるか?」


「うん、見えるよ」


「OK. じゃーそのままこっちまで運転して来い。右がアクセルで左がブレーキだ。ギアをドライブに入れれば勝手に動く、スピード出すぎたらブレーキ踏め。ギアいじる前にブレーキ踏める位置まで椅子調節しとけよ」


 運転席に座った野原はルームミラーを自分の身長に合わせて調節し、ブレーキとアクセルの位置に足を延ばす。座席の位置を最大まで前に出しギアをドライブに入れた。勢いよくアクセルを踏むとエンジン音が唸り野原の体に重力がかかる。野原は思わず左足でブレーキを踏んだ。


「野原く、ノンタ、落ち着いてゆっくりアクセルを踏んで、優しく、そっとよ」


 聞こえてくる千尋の声に従い踏んでみるが今度は進んでいる感じがしなかった。


「Step on to strangle fat-ass .(ブタ野郎を絞め殺すようにだ)」


 通緒の優しく話す英語を聞いて徐々に力を入れていく野原の車は順調に道路を進みだした。


 大きな通りの直前まで来たが、いかんせん身長のせいか前が見づらい。野原は左右の確認をしている段階ですでに片側二車線の端の車線を占領していた。周りからならされるクラクションを気にも留めず、左からの車が途絶えたのを確認してとろとろと前に進み通りを横断する。


 ワンボックスカーの横に道路を塞ぐ形で車を止め、先輩の合図に従い野原は窓を開けた。少し高い位置の運転席から肉声が降ってくる。


「ブレーキ踏んでギアをパーキングに入れたら隣にずれろ」


「僕このまま運転できますから大丈夫です」


 先ほどから命令口調ばかりの先輩を睨み付け野原は言い返す。


「それじゃ責任を放棄することになるわ」


 それは予想外の返事だった。


 気づくとドアのすぐ横に千尋が立っていた。恐ろしいほど真剣な表情で野原を見つめる。


「あなたの今日の仕事は監視役。冷静に全体を見ていてもらわないと困るの。カンブとナナピオに追手が付きそうなの。だから今回二人の回収はみっちゃんに任せるわ、あなたは全員の音声をつなげて場所を把握、みんなを的確に誘導して安全に家に帰すのよ」


 運転は私が変わるわ、と言って千尋は野原を助手席に誘導した。胸の奥からこみあげる感情を抑え込み、野原は後部座席から持ち出したパソコンを膝に乗せ曇った息を吐きだした。


「She is more scared than I am.(千尋ちゃんは俺より怖いぞ)」


「みっちゃん?なんですって?」


 野原の仕事により通緒のイヤホンに修羅の声音が届く。背筋に悪寒を感じ通緒は車を急発進させた。千尋が運転するSUVもそのまま反対方向へ動き出す。




「カンブ、三秒で着く」


 足早に歩道を歩く瑞希は黒のワンボックスカーを確認すると一メートルほど離れたところを歩く七瀬の肩をつかみ引き寄せた。目の前に止まった車の開いたスライドドアに七瀬を押し込み、瑞希は助手席に乗り込む。


「で?何人怒らせた?」


「ターゲットの他は二人かな?ね?ナナピオ」


 急いでシートベルトを締める七瀬は二人の会話についていけず間の抜けた顔をルームミラーに向ける。


「まぁ、初陣としては上出来だな」


 そのままスムーズに発進した車がSネットバンク本社前を通過するとビルの脇から一台の黒いセダンが後ろにつけてきた。ルームミラーでセダンの運転手を確認すると通緒は楽しそうに笑って車内の音楽を邦楽から洋楽のロックへと切り替える。


「さーてナナピオ、楽しい時間の始まりだ。そっちの状況はどう?千尋ちゃん」


「こっちは異常なしね。このまま並行していくわ」


 三区画ほど離れた道を並行に走らせる千尋の声がイヤホンから聞こえ瑞希はうんうんとうなずく。だから見えてねーって、と隣で通緒はつぶやいた後、瑞希と七瀬にマイクのスイッチを切るようにジェスチャーで指示を出す。


「ノンタのちーび」


 大きめの声で言い放つ通緒にびくりとして七瀬は眼を丸くした。


「よし!聞こえてないな」


 音声が届いてないのを確認すると後部座席に声をかける。


「ナナピオ、後ろの座席に手ぇ届くか?聖龍の武器庫探してみたんだけどそれしかないみたいだから、今のとこそいつで我慢しとけ」


 言葉の最後にウインクを添えて通緒は自慢げに親指で後ろを指さす。七瀬が手を伸ばした先に藍色の布にくるまれた七十センチほどの刀があった。布から出し柄を握り、鞘を引いて刀身を見る。


「初心者向けの刀っスかね。ちょっと軽いかもしれないっスけど、やっぱいいっスね」


 真剣に刀を見つめる七瀬の表情が変わったのを確認すると、勝手に支払ったから千尋ちゃんにはまだ内緒な、と通緒はずるそうに笑う。


「ナナピオはさー、日本刀整備もするの?」


 助手席に座る際置いてあったタブレットで日本刀の備品について検索する瑞希の声は興味があるとは思えない温度だった。


「そこまではしないっス。むしろ研師以外がやっちゃうと切れ味格段に変わるから手ぇ出せないっス」


「なるほどねー。じゃーその辺は通緒に頼むかな」


 ふーん、とこれも興味なさそうに流し瑞希はタブレットから顔を上げた。


「そろそろスイッチ入れろ。で、どこでやる?」


 あたふたと日本刀をしまい、イヤホンマイクのスイッチを入れる七瀬を尻目に通緒は胸ポケットから煙草を取り出し吸い始める。


「ノンター!昨日目星つけといたところに案内よろしくー」


「ラジャー!」


 元気よく耳元から野原の返事が聞こえ、遠足かよ、と小声で言った通緒の声もしっかりマイクが拾ってくれる。野原が言い返そうとしたとき先ほどとは違う緊張感のある通緒の声が全員の耳に届く。


「三台に増えた。ノンタ、次どっちだ、囲まれる前に行かないと動けなくなる」


 追手らしき車が左後方から二台追加されたのだった。スモークの張られた黒のセダンが左後方車線に二台、真後ろに一台。


 一気に車内の空気が張り詰め七瀬は日本刀を握る手に力を籠める。


「まっすぐ行って大通りを右折、その次は左」


「了解。ナナピオ、隣にあるケースからとりあえず握りやすいのポケットにしまっとけ」


 通緒は野原の指示を受け前方を確認し、さらに指示を続ける。瑞希は相変わらずふんふんと鼻歌を歌い隣の通緒の話を聞いているだけだ。


「カンブ、ナナピオとリストの照合頼む。ナナピオは後ろの車の奴らもちゃんと見とけよ。千尋ちゃんたぶんもう少し離れていい。危なくなったら月龍ユエのとこな」


 瑞希はタブレットに言われたリストを出しそのまま七瀬に放り投げ、ポケットから出したミンティアを自分の口に放りこんだ。


 車は大通りを右折しさらにスピードを上げ進む。追う車も信号にかまわず右折してきた。


「撒けないねーなかなか。だからこんなでかい車目立つって言ったのにさー」


「お前が言うなよ、特注の真っ黄っきの車に乗ってる癖に」


 先輩たちの会話をよそに七瀬はタブレットにある顔写真にチェックをつけていく。今日見た顔、今現在追ってきている車の乗客、ほぼ一致していたが一人だけ見当たらなかった。あのエレベーターホールの男だ。


「えーっと、追手の後ろのシートまでは確認できないっスけど、リストに載ってない男が一人いたジャン!あいつ何だったんスかねー」


 七瀬の声に先輩たち三人の顔が固まる。


「エレベーターホールでジッとこっちを見てたヤツっス。キャンブ先輩見なかったっスか?」


「みっちゃん、情報漏れしてるの?」


 即座に千尋が口を出す。


「タブレット貸して。上杉、念のため月龍ユエルンのところに連絡。マイクは切って、そっちからの連絡は誘導だけでいい」


「え?え?重大ミスっスか?」


 状況のつかめない七瀬は瑞希にタブレットを差し出し不安そうにつぶやく。


 通緒はくわえていた煙草を右手に持ち替えると舌打ちをして後方を確認する。


 今回の任務は元Sネットバンク社長を引退させることとそれを阻止する者を排除することだ。阻止してくるのは元社長佐々木の部下のみ。Sネットバンクの後ろにある犯罪組織「九龍会」側はこの決定を容認している。いわば内部分裂の原因のがん細胞を外側から切り取るのが今回の仕事だった。


 そのため阻止してくる人数も面子も全て情報が揃っているはずだったのだ。


 ここへきての予想外のカードに不安が募る。



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