23 Manipulate people=人を操る
向かい側の銀行で強盗事件が起き警察が出動してから、月龍は即座に飛竜を呼びつけビル周辺の警備を命じ、無断で三階受付内に侵入していた小龍と共に赤木に現状を確認していた。
直後、赤木は三階の受付横のセキュリティルームから呼ばれ、そちらへと出向く。
「(王様、大変申し訳ございません。ただいまシステムにトラブルが発生してしまい、表の騒ぎとは関係なくこちらの階から移動が出来なくなっております。表の出来事が収まり次第、メンテナンスを呼び早急に対応させますのでもうしばらくこちらでお待ちいただけますでしょうか)」
幸い月龍たちのいる三階のフロアには電子ロックをかけられる部屋は受付ゲート前にある待合室と応接室のみで、受付横から貸金庫フロアに行くゲートも腰ほどまでの高さしかない。
赤木に現状を確認していたおかげで応接室に隔離されることなくある程度の行動範囲は保たれていた。
「(まぁ、このくらいのビルのセキュリティなら、彼がしっかりと対応するでしょう)」
月龍がそうこぼすと室内の空調が作動する音が聞こえる。
「(赤木さん、空調はどこで操作しているのですか?)」
「(このビルの空調は全てコンピューターで制御していますが、おかしいですね、やはり何らかのエラーが発生しているようです)」
室内の温度が冷え始めると赤木が申し訳なさそうに、スタッフルーム内のホットコーヒーと紅茶を入れ受付用に置いてあるひざ掛けを月龍へ差し出す。だが、月龍はコーヒーを受け取りひざ掛けは女性スタッフへと譲っていた。
監視モニターを見ていた小龍が、屋上から入って来た六人の男の姿を捕らえたのはそれから一時間が経った頃だった。傍にいた赤木は監視モニターの様子を見ながら気丈に振舞ってはいたが室内の温度に耐えきれず先ほどついにしゃがみ込んでいた。
「王龍、您可以从屋顶看到客户。(王龍、屋上からお客様がお見えですよ)」
小龍が赤木を抱え、スタッフルームに入り声をかける。
「多少人?(何人ですか?)」
月龍は静かにあたたかなコーヒーを飲み干した。
「六个人。我可以邀请你来吗?(六人。ここへ招き入れても?)」
「(そうですね。もし、心配なら飛竜を呼びますが)」
その言葉に小龍はにっこりと笑って見せた。
「(あの犬を?必要ないでしょう)」
爪を噛み肩を小刻みに揺らし、声を殺したように笑いながら小龍はまた、受付のモニター画面を覗きに行く。
(閉じ込めてから入るまで約一時間。なるほど、我々の動きを鈍らせてからの侵入。なかなか考えましたね。新たな頭脳を手に入れたのですね、子龍。ですが、まだ、足りませんね)
王家の取り仕切る貿易会社では顧客データをアメリカと中国にある複数の分家で管理している。その一部を月龍が日本に来る際に子龍が渡してきたのだった。分家を作る習わしで預かりはしたが、それは外に向けてのパフォーマンスでしかなかった。
それでも使い道がないわけではなかった。月龍は餌を撒き、今回見事にその餌に獲物が喰いついてきたのだから。
この世界では信用が全てだ。
仕事での失敗は許されない。
同じ過ちを繰り返せばそれだけ信用は落ちていく。
「(今回で何度目でしょうね。貴方が私の暗殺を失敗するのは)」
眼鏡のブリッジを右手の薬指でスッとあげ、そのまま目元を覆う。
「(こんなにも思い通りに動かれると、まるで私が操ってるようではないですか。本当に、つまらない人間ですね)」
冷めた笑い声が静かに空間を満たしていく。
しばらくして三階の非常階段の扉が開く。スワットのような戦闘服を着た男が四人、同じフロアに現れた。
「(ここだ、だが、先程から護衛の男の姿が見えない。注意してくれ)」
前から三番目に歩く男が英語でそう呟きながらパソコン画面を見ていると前の男にぶつかった。
「吃饭了吗?欢迎!欢迎!欸? Aren’t you Chinese? Should I speak in English? (どうも。いらっしゃい。あれ?中国人じゃないのか?英語のほうがいいか?)」
モニターに映らない受付カウンターの袖に立った小龍は、相手の反応を見て中国語から英語に切り替える。
にっこりと笑ってひらひらと手を振って見せるが先頭の男は腰から抜いたククリナイフを構え、挨拶に答える代わりに顎を上げて質問をする。
「(お前は飛竜か?こちらに付くなら見逃してやってもいいとの指示が出ている)」
「(へぇ、いくら出せるんだ?)」
小龍は腕を組んで考えているとアピールする。
「(五百だ)」
「(五百!五百だって?)」
そういって驚いた小龍は大声で腹を抱えて笑いだしていた。
長く笑っていた小龍の息が途切れるころ、何かがはじけた様な音が非常階段から響いた。
「(はーあ。舐めすぎだろ)」
首を一回しした小龍は一瞬でククリナイフの男の視界から外れていた。パソコン男の肩を掠めククリナイフを持つ男が背中から廊下の床に倒れこむ。
続く二番手がナックルとナイフが合体したようなカランビットナイフを使い、小龍に殴り掛かった。手刀でその拳をいなした小龍は顔面を狙い左足で蹴る。が、当たったのは相手の腕のガードだった。
パソコン男は先ほどから英語の汚いスラングを使ってパソコンを見ながら頭を掻きむしっていた。
「(どけ!)」
ククリナイフの男が立ち上がり腹いせにパソコンの脇腹へ肘打ちし前へ出る。
叫び声を上げながら小龍とカランビットナイフの間の床に切りつける。
大ぶりなその動きは無駄が多く小龍は踊るようにそのナイフを避けて回る。
戦闘のナイフ二人の連携はなく、ただお互いが交互に切り込んでくる単調な攻撃に飽きた小龍は二人の喉元を同時に足刀と掌底で突き、あっけなく倒した。
慌てて逃げだしたパソコン男と入れ違いに跳んできた銃弾が壁に掛けてあった絵画を落下させた。
「(おっと、外に警察がいるのに銃を使うのか)」
消音装置がついているとはいえ、あまり頻繁に発砲すると警察がこちらの異変にも気づくことは明らかだ。
一度受付カウンター内に身を潜めた小龍はそこで監視モニターに映る通緒と京の姿を捕らえた。
(この前の長髪か、何をしに来たのか見ものだな)
「(ヘイ!一時休戦だ!お前たちの今回の狙いを聞きたい)」
両手を軽く上げて、銃を構える男の前へ歩み出る。
「(お前たちの狙いが王龍の命なら、俺は容赦なくお前たちを殺す。だが、データだけでいいなら見逃してやる)」
「(なんだと!)」
銃を構えた男は丸腰の小龍に苛立ち身構える。
「(わかんないかなぁ)」
小龍はそうつぶやくと足元に転がるククリナイフにつま先をひっかけて跳ね上げ、それを掴んだかと思うと男との間の三メートルほどの距離を一駆けで詰め、男の喉元にナイフを当てがった。
「(俺が、見逃してやるって言ってるんだよ)」
非常階段から今度は消音装置で撃った銃声が響いてくる。
「(な?今データは上の階だ。お前らの後を追って入って来た侵入者が持ってる。それだけでも持って帰れれば、多少のお咎めだけで済むんじゃないのか?)」
「(くっ!わ、わかった)」
男はそう言って非常階段にいる二人の戦闘員に上へあがるように指示を出した。




