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21 fly high up=高く飛べ

 先ほど通ってきた道とは逆方向から通緒は目的地に向かって走り出していた。


「みっちゃん先輩?なんでこっちから行くんスか?裏手のビルって言ってもこっからじゃ遠回りっすよ」


 息を切らすことなく走りながら問いかける京は背中にしっかりと竹刀袋を提げている。


「表はきっと張ってるだろ。それに、あのハチ公に見つかっても面倒だしな。こっからだって誰に出くわすかわかんねーからしっかり警戒しとけよ」


 ビル群の影を走りながら通緒は周囲のビルの形状を確認する。


 瑞希と月龍(ユエルン)たちがいるビルには開く大きな窓がなかったのを思い出す。規則正しく並んでいたのも光を入れるためだけの羽目殺し窓だった。外からの狙撃手とは相性が良くない。屋上の形状はわからないが、隣のビルとの距離が近かったのは確かだ。目的はどうあれ、侵入するとしたら屋上が一番の手薄、格好の入り口だ。


「あの、飛竜(フェイロン)さんにも手伝ってもらったほうがよくないっスか?裏手のビルだってもう誰かが占拠してるんジャン?」


「それはないな」


「へ?」


「そんなことになってたら飛竜(フェイロン)が黙って待ってるはずねぇし、第一、九龍(クーロン)に得がない。日本での基盤が出来てないのに目立つことをするのは九龍(クーロン)にとってリスクしかないってことだ。たぶん隣のビルにもともと待機してたやつらで仕掛けてくるはずだ。多くて十人少なくて二人。腕のいいやつだったらそれで十分だ」


 そこまで言い終わると通緒は足を止めた。

 道路を渡った先に一台の白い車が止まっている。運転手の顔に見覚えがある。おそらく飛竜(フェイロン)が用意した車だろうと予測した。


「あーそういや裏手に一台回してあるって言ってたな。めんどくせぇ」


 そういうと何食わぬ顔でその車に近づき運転席の窓を叩く。


「ナイトメアだ。飛竜(フェイロン)からの指示でこのビルのチェックに入る。俺が合図したら飛竜(フェイロン)に知らせろ」


「わかった」


 従順な日本製の部下はしっかりと頷き返事を返した。

 裏手ビルの入り口から入り、エレベーターを探す。


「いいんスか?飛竜(フェイロン)さんに知らせちゃって」


 ビル内は外の騒ぎの所為か一階のフロアには人気がなく、二基のエレベーターも数分間使われた形跡がないようで一階に止まったままだった。


「俺が合図したら飛竜(フェイロン)に知らせるように頼んだからな。合図しない限り飛竜(フェイロン)には伝わらねぇ。屋上の鍵が開いてるかどうかが問題だけどな」


 エレベーターをビルの最上階で降り、さらに階段で屋上を目指すが、案の定屋上の入り口のドアは鍵がかかっていて開くことはなかった。


「ノンタ、セキュリティは奪ったか?」


「まだです。今屋上のロックが解除されました」


 耳元から聞こえた太一の声は先ほどよりも幾分落ち着いていた。

 舌打ちをし、通緒は非常階段の扉を開け周辺のビルをチェックする。この階段からも表の騒ぎは見えない位置だ。


「とりあえず、クリア。ちょっと待ってろ、ノンタ。上まで行く。ナナピオお前高い所平気か?」


「大丈夫っス!ジェットコースターも好きっス!」


 二人は屋上に続く外の非常階段の扉を手すりを使って乗り越えた。


「OK. じゃ、走り幅跳びでどれくらい飛べる?」


「えー?覚えてないっスけど、たぶん平均くらいじゃないっスか?」


「じゃあ、余裕だな」


 辿り着いた屋上の端から隣のビルまでは優に三メートルは超える距離が開いていた。

 高校生男子の走り幅跳び平均記録は六メートル程、平均値を出せるなら余裕で飛び越えられる距離ではある。だが、ここは十階建のビルの屋上。地上からおよそ四十メートルの高さにある屋上はグラウンドで飛んでいる走り幅跳びのコースとは似ても似つかない風景が広がっている。


「えーと、飛ぶんスか?ココから?あっちまで?」


「Exactly! Nanapio! (正解です!ナナピオ君!)」


 通緒の髪の襟足が先ほどから肩につくことなく揺れている。風は相当に強く吹いていることが分かった。


「大丈夫だ。あっちのビルのほうが低いから。今はちょうどよく追い風だしな。ノンタ、あとどのくらいかかる?」


 通緒はホルスターのロックを確認してから肩を回しながらノンタに問いかける。


「あともう少しです」


「もう跳ぶぞ。あっちのビルに入ってもロックかけられたらお手上げだ」


「わかってます」


「I'll leave it to you. (お前に任せるぞ)」


「No problem. (了解しました)」


 太一の返事が聞こえると、通緒はにっこりと京に微笑みかける。


「さーて、どうする?先に跳ぶか、後に跳ぶか」


 京はもう一度ビルの端に立って距離を確かめる。

 幸い通緒たちがいるビルは周辺の建物も含め、屋上には柵がない。助走をつける距離としても十分な距離がある。

 ただ、足がすくんでしまえばそれまでだが。

 通緒が風向きと着地点を計っていたその時、風と共に視界の横を真っ直ぐに京が跳んだ。

 竹刀袋を持ち両腕を天へ掲げた京は奇麗な放物線を描いてうまくバンクオブメモリの屋上に着地した。

 対岸のビルから満面の笑みで大きく片手を振っている。


「You got me. (まいったな)」


 後れを取った先輩は深く息を吐き助走をつけて後輩の後に続く。うまく着地できたはいいが、革靴の所為か踵はじんわりとしびれている。


「案外楽勝っスね」


「ああ、そうだな!」


 ぶっきらぼうにそう答える先輩は電子ロックが外れた屋上の扉を目指す。

 普段は閉ざされているはずの扉を引き中に入ると嫌にひんやりとした空気が二人の身体を包んだ。ここ最近は暑い日が何日かあったが、それにしても今ビル間を跳んできたくらいの息が白く見えるまで冷やされた屋内に違和感を覚える。


「ノンタ、入ったぜ」


「遅かったですね。先客が通った後がそのままロック解除されてるはずなのでそのまま進んでください。カンブ先輩は七階の『7-F』という部屋にいるはずです。先客はどうする予定ですか?獲るか、逃がすか」


 その得意げな声音から通緒は太一がセキュリティを手中に収めたと直感する。


「さぁて、どうするかな。まぁ、今の俺らの目的はカンブ奪還でそれ以外は契約外だしなぁ。生け捕った後のスポンサー様の態度次第だな。ああ、ノンタ」


 ニッタリと笑った後で、思い出したように通緒は太一に尋ねる。


「ビル内のクーラー切れるか?ちょっと冷えすぎてるんだ」


「わかりました。やってみます」


 ビル内の通緒と京は慎重に屋上階から階段を下へ降りていく。


「空調の設定温度がかなり下げられてますね。設定温度十度になってます。今直しましたがすぐに温度は上がらないですよ。ああ、それと、僕がセキュリティに侵入した時点で屋上の侵入もバレてると思うので罠とか注意してくださいね」


「わーかってるって、ってことだからナナピオ、むやみやたらにドア開けんじゃ」


 通緒の声がそこまで聞こえると太一と千尋の付けたイヤホンが鼓膜をつんざく高音を鳴らした。


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