16 make a deal=取引
瑞希以外の四人は通緒の運転する車に乗って、太一のために予め用意してあったレンタカーが止めてある聖龍社近くのガレージへ来ていた。
意気揚々と通緒と一緒にレンタカーの元へたどり着いた太一はその車を見て、チッ、と舌打ちをした。用意されていたのはダイハツの軽自動車。どこにでもある白い小さな車だった。
「なんで、こんな普通の車なんですか」
心底気に喰わないと言う表情で太一はそのレンタカーを睨み付けた。
「目立たないことが条件だ。我慢しろ」
「だからって、こんなショボイ車嫌です」
「ラジオも聞けるし、スマートアシスト付きだ。無免で練習時間五時間のお前にはちょうどいいだろ。それに、小さいから小回りも効くし、お前の身長でも前が見えないことがない」
納得がいかない顔で通緒を下から睨み付けもう一度車を変えることを要求する。
「言っとくが、これ手配したのカンブだからな」
こう言われれば無理やりでも従うしかない。
「とりあえず、俺の車の後ついて来い。なるべくゆっくり走ってやる」
文句を言う代わりに大きく深呼吸をして太一はその車の運転席へと乗り込んだ。
通緒の車が先導し、黒と白の二台は市街地を通り抜けかつて賑わいを見せた元中央市場跡地区へ向かう。
埋立地を使った巨大な卸売市場だったそこは数年前に地盤が歪み古くから使われていた建物の劣化も激しかったため市街地近くへと移転していた。残された市場跡地区は大型のカジノと複合型リゾート施設ができる予定ではあったが、埋立地自体の劣化により地盤が安定せずここ数年ずっと開発区域の看板が立てられているだけの廃墟群となっていた。
「わー、朝なのに誰もいないっすねー」
「いたら困るんだよ」
市場跡地区の手前で通緒は千尋を下ろし、そこから別行動に移る。
時刻は十一時。仲介役として周りの安全を確認する必要があった通緒と京は車でその区画内を流す。特に異変もなく、一通りを確認し終わると、中央卸売市場と書かれた看板の市場入り口裏に車を止めた。
車外に出て大きく伸びをしてみる。京はそんな通緒を見ながらただ、黙っていた。
「What’s up? (どうした?)」
「大丈夫かなって」
「大丈夫、って言ってほしいのか?」
京はその問いに黙ってしまう。通緒は開けっぱなしの窓からカフェオレを取り出し飲みながら京の顔を見た。
「俺は、前も言ったけど、nightmare(居場所)を守るために全力でやってるだけだ。大丈夫かどうかじゃない、大丈夫にするんだ。わかったらお前も顔上げて堂々としてろ。この前俺とカンブに説教かましてた時みたいに気合入れろ」
「え?え?あの時はそんな、真剣にお願いしてただけで」
「Right! それでいいんだよ。今回俺らは仲介役、舐められるわけにはいかねぇから、しっかり気合入れて周りを威圧しておけ」
「ラジャーっス!」
元気に右手を上げてナナピオが返事をすると、耳元から千尋の声が聞こえてくる。
「みっちゃん?こっちは、準備できたみたいよ。そろそろかしら?」
待機場所で飛竜たちの車と人数を確認する千尋は通信機のマイクに向かって話しかけた。
「ノンタは?」
「僕いまそこから3区画離れたビルの屋上にいるよー!入って来た九龍の車もよく見えた。全部で5台だったよ。アレ?予想より少ない?」
太一の報告を聞いて、通緒は瞬時に頭を回転させる。
「千尋ちゃん、飛竜いるだろ?小龍ってやつが今どこにいるのか聞いて」
聞こえてくるエンジン音を気にしながら表情を強張らせた。
「小龍は月龍と一緒にいるそうよ。こっち、早めに終わらせたほうがいいわね」
最悪のシナリオは常に考えておくのが通緒のやり方だった。それが外れても考えすぎで済めばいいだけのことだ。
最初に予想していた九龍側の人数は二十名。それより増えるかもしれないと予想していたが、来た車は五台。そこに二十名がぎゅうぎゅうに乗っているとは考えにくい。もし、分散しているとしたら、行先は一つ。月龍のところだ。月龍には秘蔵っ子の小龍がついているとはいえ、瑞希は一人になる。何かあってからでは対応が出遅れる。
「ノンタにもう行ってもらったほうがいい?」
「いや、まだだ、こっちが一区切りつかないと、動くのはまずい。カンブのところもまだ動いてないからな。まずは取引を終わらせよう」
通緒がそう言い終わると、中央卸売市場の入り口百メートル程前にスモークの張った黒い乗用車が三台停車した。残り二台はそのさらに後ろの路地に止まっている。
遅れること三分、正午ピッタリに飛竜の運転する白い乗用車ともう3台が静かに反対側に現れた。
通緒と京が看板の下に姿を現すと、ようやく対面する車から人が降りてくる。
九龍側の黒い車からまず降りたのは、助手席に乗っていた、いかにもチンピラ上がりというような着崩したスーツにノータイの男だった。その後後部座席からしっかりとスーツを着こなす男が二名。後続車から降りてくる人間が大型のスーツケースを転がしてくる。
対する白い車からは運転席から飛竜が降り、後部のドアを開けると、小柄なリクルートスーツの男が二人、ビジネス鞄を持って降りてくる。同時に後続車からも同じスタイルの男が二名と飛竜の部下らしき男たちが三名、それぞれ一人ずつに着くように降りてきた。
通緒はまず、脇のホルスターからベレッタを取り出し、一度マガジンを外し弾が入っていることを周りに確認させた。それが終わると京に合図を出し、取引される人間全てのボディチェックを済ませる。
「Now we will exchange the items. This time, both sides have engineers. We kindly ask for the personal care of those entrusted to us and to contribute to each organization. I will pick it up again in two days. Do you have any objections? (では、品物の交換を行います。今回は双方、技術者を出していただいております。預かった方々の身はくれぐれも丁重に扱い、是非ともそれぞれの組織に貢献できるようにお願いします。二日後にまたこちらで引き取りを行います。何か異論はございますか?)」
「对不起。 你需要这个吗?(チッ、めんどくせぇ。こんなの必要かよ)」
「有什么问题吗?(何か問題がございますか?)」
九龍の武器開発チームを先導してきたチンピラの言葉に合わせ、通緒は簡単な中国語で返した。ぎょっとした顔で通緒を見るチンピラはバツが悪そうに、ハハッ、と愛想笑いを繰り出した。
「我也想知道这种交易是怎样的。 但是我们不允许发表意见。 我错了吗?(私もこのような取引はいかがなものかと思っております。ですが、私共には意見することは許されない。違いますか?)」
「请不要说中文不好。 它很烦人。(下手な発音でしゃべんじゃねーよ。耳障りなんだよ)」
舌打ちをしたチンピラの言葉に飛竜から同意のような笑いが漏れる。通緒は苛立ちを我慢して英語での謝罪に切り替えた。
技術者同士を交換し滞りなく取引が終了に差し掛かった時、京が妙な視線を感じる。
「みっちゃん先輩、アレ、誰っスか?」
九龍側に歩くラプターコンサルティングの四人とすれ違うように中折れハットを被ったスーツの男が一人車を降りて近づいてくる。
先ほどまでポケットに手を入れていたチンピラがビシッと挨拶をしているあたり、かなり上の地位の者であると推測された。
「失礼。うちの者、不手際はなかったですか?」
帽子を一度脱ぎ挨拶をしてきた男は日本語で通緒に語り掛ける。
「ええ、何も」
「あなた方がnightmareですね。前回の佐々木の後始末から、今回の取引の仲介までお世話になり、一言感謝を伝えたく今日はこの場にご一緒させていただきました」
男は丁寧にそういうとにっこりと笑って通緒に握手を求めてきた。隣の京は警戒したが、通緒はすんなりとそれを受け入れる。
「お噂は兼ねがね聞いています。私たちで何か力になれることがございましたら、いつでもお申し付けください」
「身に余るお言葉、光栄に存じます」
握手をしたまま通緒が会釈をくわえると、男が耳元で囁く。
「教会でのことは私共も大変遺憾に思っております」
声はマイクすら拾えない小声であったが、通緒の肩が微かに動いたのを京は見逃さなかった。瞬時に身構えたが、通緒は顔を上げそれを制した。
「私共はあなた方のご活躍を祈念しております」
優しい笑みを残し、男はそれで車に戻っていく。
様子を窺っていた飛竜もそれを見届けると静かに車に乗り込み、その場を後にした。
「みっちゃん先輩?えと、ノンタへの指示、出していいっスか?」
通緒は京の言葉もどこか遠くに聞こえているように感じる。
頭の中には情報と推察が一気に入り乱れたが混乱の一歩手前で立ち止まる。
「ノンタ、すぐに出ろ。こっちの見回りは俺らがしてから行く。千尋ちゃん今迎えに行くからそこで待ってて」
「わかったわ。油断しないでね」




