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15 Let's get moving !=出陣

 気持ちの良い朝だった。

 5月にしては暖かく、珍しく7階の自室のリビングからベランダへ出た通緒は浴びる朝日にすでに熱さを感じていた。右隣に見えるベランダは今も空のまま静かだった。

 ベランダの鍵を閉め、それからスーツに着替え昨晩用意していたベレッタM92Fをホルスターに差し込んだ。


 ナァン


 心配そうに足元にすり寄ってくる姫を見つめ、たまらず抱き上げる。


「No worries! Be a good boy! Back soon! (心配すんなって。いい子にしてろ。すぐ帰ってくる)」


 姫の鼻先にキスを添え、再び姫を放すと通緒は振り返らずに玄関を出て行く。

 その姿を姫は声を出さずにしっかりと見送った。




 半地下の空間に降りるとすでに全員が揃っており、新入り二人もしっかりとフォーマルスタイルであることに感心していた。

 階段の脇に部屋から持ってきた銀のアタッシュケースを立てそれから気がかりだった千尋の様子を窺う。いつもと変わった様子はなく、笑顔でいることに安心する。


「おはよ、みっちゃん。早かったわね」


「そ?これでもゆっくり来たほうだけど。朝飯は?」


「もうすぐ出来上がるんじゃないかしら?ナナピオが目玉焼きを焼いてるわ」


「へぇ」


 通緒は千尋に差し出されたアイスティーを飲みながらキッチンを覗き見た。

 エプロンと三角巾姿の京が額に汗をかきながらフライパンの上の目玉焼きと格闘している。

 ゴホン、と隣から咳払いが聞こえ、見るとエプロン姿の太一が、ご飯が盛られた茶碗を持って立っている。


「Oh! Are you helping out !? Good boy. (おー!お手伝いしてんのか。えらいなぁ)」


 わざと子供に言うように優しく語り掛けた通緒の足をしっかりと踏みつけて太一はダイニングテーブルに茶碗を並べていく。

 つま先に痛みは感じたが、その返しがいつも通りだったことにも通緒は安心していた。

 ご飯が用意されてもノートパソコンと睨めっこをしたままの瑞希はソファから動かなかった。千尋が声をかけるのを躊躇し、通緒が呼びつけようとした時、キッチン奥から大きな声が通る。


「カンブセンパーイ!ご飯できたっスー!」


 無言でスッと左手を上げパソコンを閉じて瑞希が席に着く。

 千尋と通緒は目を合わせ思わず笑った。

 目玉の割れた目玉焼きと、一部黒焦げのウインナーを全員で一気に食べる。

 料理はもう少し練習しろ、と先輩から注意を受けた京は肩をすくめながら返事をする。お手伝いの太一はどうやらご飯を盛りつけ皿を用意しただけのようだった。


 朝食が終わると、先日通緒が買ってきた真っ赤なプラスチック製の踏み台を使って太一が皿洗いをする。

 着ているスーツが汚れないようにしっかりとエプロンをつけているあたり偉いなと通緒は感心していた。

 太一が着ていたのは濃紺のシングルスーツで小学生の卒業式に見えなくもないと通緒は思ったが口には出さなかった。通緒はいつもの紫のスキニースーツではなく、今日はグレイのピンストライプの三つ揃えにえんじのタイを締めている。良く動くであろう京は通緒に昨夜言われた通りグレイのツーピースにグレイのタイをひっかけていた。千尋は今日も黒で統一しており、黒のジャケットの下は黒いフレアシャツとロングスカートだった。瑞希だけは黒のハーフパンツに黒シャツ黒ジャケットと少し崩した格好である。瑞希の行く先は月龍(ユエルン)のところなので気合が入らないのは無理もない。


「千尋ちゃん、今日はあんまり傍にいれないしベレッタ持っていってほしいんだけど」


 通緒は銀色のアタッシュケースから銃があまり得意ではない千尋にも扱いやすい小型のベレッタナノを取り出し、銃のフレームの先端を持ちグリップを受けやすいように差し出してみる。


「大丈夫よ、私にはナイフもあるわ」


 そう言って千尋はフレアタイプのロングスカートをさらりと捲り上げ、レッグホルスターに収まる小型ナイフを見せた。通緒は弱った表情でため息をつきその手を下ろさせる。


「そーゆーの、ダメだぜ。結局それじゃスカート捲らないと使えないだろ?アンクルホルスターつけてくれたらそれでいいから」


「私は気にしないわよ、仕事だし。ちゃんと下にも履いてるもの」


 なかなか引かない千尋に対しさらに眉の端を下げ通緒はお願いするようにもう一度名前を呼んでみる。


「千尋ちゃん」


 それでも引かぬのが千尋である。だが今回は千尋も現場に行く以上は最低限以上の装備は付けていてほしいのが心情だった。


「みっちゃん、俺の銃頂戴。上杉、今回はその辺ちゃんと通緒のいうこと聞いておいて。通緒?ノンタとナナピオに銃は必要か?」


 瑞希が介入したことによりスムーズに事が運ぶ。千尋はしぶしぶ通緒から銃を受け取り、階段下の納戸にアンクルホルスターを取りに向かう。


「ノンタにも同じベレッタナノを用意してある。ノンタ、千尋ちゃんのとこでアンクルかショルダーどっちかのキャリーを選んどけ。ナナピオは、銃は使わなくていい。車に日本刀は持っていけ。全員念のため防弾着ろよ。あ、ノンタのサイズあるかなー?」


 素早く装備の指示を出し、通緒は千尋のいる納戸へ防弾チョッキを見に行く。

 階段の下の納戸には銃に関係する装備品が低い天井までの壁と、両側に押し込まれている棚にずらっと並べられていた。銃本体は通緒がその全てを管理しているため、ここに保管はしていないが、アクセサリー類として銃を携帯するホルスターキャリーや、消音効果のある装置、予備の弾丸、防弾チョッキなどが約半畳ほどの狭さの中に奇麗に整頓されているのだった。


「私の前使ったやつじゃダメかな?」


「んー、まー無いよりはましか。ノンタ!ちょっとこっち来れるか?」


 皿洗いを終え、しっかりと手を拭き赤い踏み台を片付けた太一が満面の笑みでやってくる。

 通緒は慣れた手つきでノンタに女性用防弾チョッキをつけ、ベルトでサイズの調整を図る。それからショルダーホルスターとアンクルホルスターを両手に持ち、太一にもう一度向き直った。


「お前の動きの邪魔にならないほうどっちだ?」


 真剣な表情で見つめる太一の顔が曇ったのを通緒は見逃さない。


「ショルダーは動きやすさ重視で作られてる。違和感はあるだろうが打撃の邪魔にはならない。アンクルは足に固定する分蹴りには影響が大きいとは思う。あともう一つ、ベルトもあるけどお前の腰回りにはでかすぎる。どれも片側に銃の比重が来るからそれは慣れろ」


「ベルトのってどんなのですか?このベルトには通せないかな?」


 自前のベルトの幅を通緒に見せ、答えを待つ。通緒はそれを見て、持っていた二つを片付け棚の一番下にある段ボールを引っ張り出した。


「俺がガキの頃着けてたヤツだ。今回のベレッタもちょうどいいはずだし、これ使え」


 太一の前でしゃがみ込み段ボールの中から古い黒皮のヒップホルスターを取り出した。


「ベルトにはボタンで付けられる、あとは任せる」


 太一の手の中に投げ入れられたそれは年季が感じられる擦れがあり、銃の挿入口は少し潰れていた。


「飛んだり跳ねたりするとドロップするからしっかりフラップ閉めとけよ」


 太一は小さくうなずく。

 段ボールをもとの位置に戻した通緒は立ち上がり、太一の目の前にベレッタナノを構えて見せる。


「右手でグリップしっかり持って左手でホールド。肘は伸ばして的は正面に入れる。打つと反動で銃が飛んでくるから顔に当たらないように注意な」


 そういってしっかりとグリップを太一に握らせた。笑顔で聞いていた太一も、銃の意外な重さに表情を変える。一度構えを取ってみて、それから視線を上げる。目が合った通緒はいつもと違い笑顔で返す。


「千尋ちゃん、ホルスター着けた?」


「ええ」


「じゃあ、ハイ。お守り」


 ありがとう、と受け取る千尋の笑顔はなんだか寂しげで通緒はあまり長くそれを見ていられなかった。そっと顔を背けた先にさらに寂しそうな顔を発見し、通緒は苦笑する。


「ナーナピオ、んな顔すんなって。お前にはお前の武器があんだろ」


「だぁーってぇ。俺もみっちゃん先輩からのおさがりもらったり、銃の使い方教わったりしたいっスー。ノンタばっかりずーるーいー」


「今度聖龍の射撃訓練場連れてってやるから。ノンタも来るだろ?」


 先ほどから終始笑顔の先輩に違和感が消えない太一は小声で返事をするだけにとどめた。そんな太一に瑞希が後ろから声をかける。


「通緒ってば本当に銃のことになると他のこと見えなくなるくらい好きなんだよ。練習場で何があってもそれは全部あいつの銃への愛だと思って受け止めてやって」


 太一は意味が解らず首をかしげたが、そのうちわかる、と背中を叩かれるだけだった。

 防弾チョッキを京にも装備し、通緒は京のネクタイを締めなおす。全員の格好を一通り確認し、それから瑞希を見てひねくれた笑いを作る。


月龍(ユエ)それじゃ怒るんじゃないか?」


「んー?そう?だって俺の仕事はお手伝いだし。別に気にしないと思うけど」


 そっか、と通緒が笑うと瑞希も笑顔で返した。


ぱんっ


 瑞希の手が音を立てる。


「じゃあ、俺は月龍(ユエルン)の会社で連絡があるまで待機してる。取引中の判断は通緒に一任する。それぞれの立場と仕事をわきまえて行動するように、以上」


 全員が一斉に頷いて返事を返した。


「俺車取ってくるから、千尋ちゃんたちはここで待ってて」


 アタッシュケースを持った通緒に、瑞希は牛革のビジネスバックを渡し自分は黒いリュックを背負って二人は部屋を出て行く。


「ノンタ、ナナピオ、今回は昼間だけど気を抜かないで。昨日のことは今は気にしないように。ちゃんとあとでみっちゃんがうまくやってくれるから。まず目の前にあることに集中するのよ。ノンタはあまり羽目を外さないようにね」


 二人に言う言葉で自分にもしっかりと同じことを納得させ、千尋は通緒の連絡を待った。


(気を付けて。大丈夫。諒がみんなを守ってくれるから)


 それが切なる願いだった。


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