09 Japanese lunch box=お弁当
月龍に仕事の返事をしてから3日、瑞希が自室からほとんど出なくなったのは一人でやるといった仕事のせいだろう。食事は全員で取るのがルールというほどではなかったが、3日も瑞希の部屋に料理が運ばれているのを見続けるのは新人2人を不安にさせるには十分だった。
「キャンブ先輩、今日もソロ飯っスか?なんか手伝えることないんスか?」
腹が減ると目の前の料理しか見えなくなる京までも、この日はなかなか箸をつけなかった。
「カンブ先輩が考えてしてることなんだからナナピオが心配しても意味ないよ。それより相手の配置の予想ついたの?」
京は太一の問いには答えずうつむくだけだった。
4人での食事でしゃべるのはほぼこの二人だけになっていた。
千尋は普段の食事中もあまり談笑をしながら食べることはなかったし、通緒は瑞希の部屋に食事を運んでからキッチンで食べるようになっていた。行儀が悪いと千尋には注意されたが、通緒は食卓にはつこうとしなかった。
京はかろうじて毎日お風呂を沸かした後にその報告で瑞希の部屋を訪れ話はしていたが、それが会話と呼べるような内容ではないこともわかっていた。
「みっちゃんせんぱーい、俺、なんか、来週までこのままって嫌っス。わいわい楽しくご飯食べたいっスよー」
食事を食べ終えキッチンで煙草を吸う通緒に涙目で訴える。
「うるっさいなぁナナピオ。そんな子供みたいなこと言ってないでさっさと食べてよ!」
太一は自分の皿から目を離さず隣席に言い放つ。3日前の夜、急に言い渡された役割の重さも重なり言葉から苛立ちは隠せなくなっていた。
「そんなこと言ったってノンタだってこのままじゃ不安だって言ってたジャン!」
言われた太一は手を止め京を睨む。京はそれに対し静かに、ごめん、と口にした。
「僕、お腹いっぱいなんで残していいですか?あと、七瀬がこんなだから今日はなにも進まないと思うので部屋に戻って寝ます」
「わかったわ。ノンタ、あまり自分の責任とか感じないでね。大丈夫よ、私たちを信じて」
食器をキッチンに下げながら太一はぐっと唇をかみしめた。
その様子をただ黙ってみている通緒は煙草の煙を静かに吐き出し、太一がキッチンを出て階段を上がるまでを見送る。
不安を感じることはいいことだと思っている。何も感じずただ黙って仕事をこなすような人間は仲間も、自分すら守れないと知っているから。そこから学ぶことは大いにあるはずだと、通緒は静かに思っていた。
ふと、視線を戻すと京の涙目とかち合った。ふっ、と笑みがこぼれる。
「なーっ!なんでそこで笑うんスかー!最近のみっちゃん先輩ぜんっぜん面白くないっス!」
京は最大限の悪態をついたつもりだったが残った2人には逆効果だった。
「あはは、ナナピオ、落ち着いて、みっちゃんは普段から面白くないわ」
「千尋ちゃん、それフォローになってないぜ」
笑いながら通緒は煙草の火を消し、空いた京の隣に腰かけた。
膝の上に置いた拳に力を入れ、京は背筋を伸ばした。
「なんだよ、俺の作った飯、食わねーの?お前の大好きなから揚げだぜ?」
「俺はっ、なんか、最近の、この空気が嫌なんスよ。なんて言ったらいいかわからないけど、俺らに任された相手側の出かた予想とか、途中でノンタが抜けるとか、なんでカンブ先輩は指示してくれないんスか?みっちゃん先輩だって、千尋せん、千尋さんだって、今回いろいろ教えてもらえると思ってたのに、なんも言ってくれないじゃないっスか」
寂しそうに話す京に通緒は、ふーん、とあえて興味がなさそうに答えた。
「俺、わかんないんス。技術の研究するんスよね?なのになんで護衛が必要なんスか?研究者同士の交流会なら普通にお互いの会社に行けばいいだけジャン。なのにわざわざ別の場所で物みたいに人間を扱うのっておかしくないっスか?」
「そうね」
「護衛が必要ってことはその開発チームの人がどこからか狙われてるとか、でも、それだったら逆にもっと人気が多くて安全な場所あるはずジャン?」
自問自答を繰り返し京は頭が混乱してきた。
「別の目的があるってことなんスか?それとも、人の多いところに出られないようなヤバい人たちなんスか?指名手配犯とか」
「それ調べたんだろ?どーだった?」
「あ、いや、ノンタが調べてくれた限りじゃ前科とかはなかったジャン。ずっと研究続けてる人みたいっス」
「じゃー指名手配犯とかではないんだろーな」
京は握っていた拳をほどき、腕を組んで考え込む。
「そうなんスよねー、何の研究してるかわかればもうちょっと見えそうな気がするんスけどねー、ノンタがそこまでは入れないって言ってたジャン」
「ナナピオが言った通りなんじゃないかしら。人間を物みたいに扱う、そしてそれを守る必要がある。奪われたり殺されたりするとまずいのよ」
頭の上にいつものハテナは作らず、今日はビックリマークを掲げる。
「え?九龍から受け取るのは人間じゃなく「武器」ってことっスか?」
「武器商人の月龍が絡むんだからそーゆーことだろうな」
「民間のテロ対策組織の人たちって具体的にどんな人なの?」
「テロ組織の情報を収集して分析してランク付けしたりしてる見たいっス、その情報を売り買いするのが普段のお仕事みたいで、今年中国でサイバーテロがあったらしいんスけどそれの情報収集だと思うってノンタが言ってたジャン」
考え込むように視線だけを上へ向け京は調べた知識をまとめだす。
「そっか、売り買いってことは九龍から新たな武器情報を手に入れる代わりに、テロリストの情報を渡すってことジャン!あっちにとってもテロ対策の人たちは大事ってことジャン?じゃあ、護衛っていうのは本当にその取引人間を守ることなんスね!」
わかりやすく笑顔になり、から揚げを二つ口の中に頬張ると京は立ち上がった。
「ふぁあ!ひょっふぉフォンタのふぉこいってきまフ!」
「あ、701よ」
片手を大きく上げ、京は1階に上がる階段を駆け上がっていく。ドアが閉まる音がしてから千尋はテーブルを見てため息交じりに笑って見せる。
「男の子ってみんなああなのね」
通緒は何も言わずに立ち上がり、京の残した夕食をキッチンへ下げる。そこからなかなか戻っても来なく、コーヒーを飲んでいるわけでも煙草を吸うわけでもない通緒を不思議に思い、千尋はそっとキッチンを覗いた。
「わ、お弁当?二人に持っていくの?」
千尋の見た先にはタッパーにから揚げとブロッコリーが詰められたものが二つ並んでいた。
「じゃ、私おにぎり握るわ。鮭あったかな?」
冷蔵庫を開ける千尋に通緒は鮭フレーク缶を差し出した。
「ガキはこっちのほうが喜ぶだろ」
千尋は腕まくりをすると、冷蔵庫に貼り付けられたマグネットからシュシュを取り髪を一つにまとめ嬉しそうにおにぎりを二つ握った。
それからお弁当を持っていくのに立候補して、通緒に任務を言い渡した。
一人キッチンに残された通緒は冷蔵庫のビールを確認すると、腹の底から息を吐き切り両手を静かに合わせ鳴らした。
「Okay」
自分に呟き、懐を決める。
「Break open the door.(天岩戸をこじ開けるか)」




