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03 get the nickname=あだ名は

 キッチンテーブルに三人分のカレー皿とサラダ、オニオンリングが並べられ、ダイニングテーブルにはカレー皿とサラダしか載っていなかった。

 七瀬は箸でサラダをつつきながら隣の野原を不思議そうに見ている。わざわざ箸とフォークが添えられているにもかかわらず、生野菜をスプーンで器用にすくいながら食べている姿が、やっぱりどう見ても高校生には見えない。

 不意に立ち上がった野原がスプーンを片手にキッチンテーブルに向かう。狙うはオニオンリング。静かに通緒と瑞希の背後にまわり、ロックオンするとすかさず右手をのばした。が、気付かれていたようで、通緒に皿ごと取り上げられる。


「おとなしくカレー食ってろよ、小学生」


 身長を生かし上から威圧するが全く堪えていない様子。野原はすぐさま千尋の隣へ行き上目づかいで懇願する。こういうときのための身長なのだと瑞希と通緒は理解した。


「みっちゃん、みんなに当たるように作ってあるんでしょ?」


 下ろされたオニオンリングを五つスプーンに通し、スキップでソファへ戻る。

 一方の七瀬は口に出せずに涎だけたらし野原のオニオンリングを眺めていた。


「お前のほうがもっとガツガツ来そうなイメージだけどなー」


 七瀬の頭の上からオニオンリング三個を降らし、不服そうに通緒は言う。


「うわぁ!いいんスか?ありがとジャン!」


「結局優しいのよねーみっちゃん」


「捨て猫ほっておけないタイプだもんなー」


「うるせーよ」


 ようやく食事が終ると料理ができないと言っていた七瀬に皿洗いを命じ、通緒、千尋、野原の三人はダイニングでくつろいでいた。

 なんで俺だけ手伝わされるんスかぁ、と不満そうにこぼしていた七瀬だったが隣に並んだ自分より三十センチ程小さい同級生から、僕じゃ届かないんだよねー、と言われ諦めた。

 瑞希は部屋にこもりなにやらポチポチやっている。仕事の下調べや資料集めで結局一番働いているのは瑞希だったりする。千尋はサポートが主で、通緒は現場担当だからその時まではほぼ動かない。

 瑞希が自室から出たのを確認すると千尋と通緒が動き出す。

 ダイニングテーブルの上の雑誌やリモコンを一気に片付け、千尋はテーブルをふく。通緒はキッチンの椅子を二脚運び、綺麗になったガラステーブルにゴテゴテしたスカル仕様の灰皿を置いた。


「野原、こっち」


 まだ動かずソファに座っている野原を見やり、ため息交じりに通緒が指示を出す。


「七瀬ー終わったら椅子持ってこいよー」


「え?え?ちょっ、始まっちゃうんスか?オレ置き去りジャン?」


 三人がけのソファには瑞希、右横に千尋が座り、その横にキッチンの椅子を持って通緒が陣取った。瑞希の真向かい、テレビを背にして野原が座り、腕から水を滴らせながら椅子を持ち上げ太一の右隣に七瀬が飛び込んだ。


「水垂れてるよ?」


 瑞希の忠告にジャージの裾で拭う七瀬を見かね通緒は立ち上がる。忠告の意味がまだ七瀬には理解できていなかった。

 台所から七瀬にタオルを投げつけると、通緒は親指で千尋のほうを指す。

 七瀬の背中に冷や汗が流れ始める。

 活火山のように静かに怒りを抑えている千尋がこちらを見ていた。手早くタオルで手をふき、掴んできた椅子の背もたれもしっかり水気を取る。椅子に行儀よく座りなおし、床に水滴がこぼれていないことを確認してからタオルをたたみ、すみませんでしたっス、と頭を下げた。


「さて、いい?上杉」


「ええ、いいわよ」


 柔らかな口調で返事をする千尋に胸をなでおろした七瀬に、向かい側から、気をつけろよ、と口パクが飛んできた。七瀬は、あざっス、と返す。

 テーブルの上にはノートパソコンとタブレット端末が二台置かれ、準備は整った。


「ごほんっじゃ、明日なんだけど」


「え?明日っスか?学校は・・・イテッ!」


 口をはさんだ七瀬の脛を野原が蹴る。


「十五時にSネットバンクの社長がT社と合併会議をする。そこで、その前にSネットバンク社長と面談させていただく、と。今回は盗るものなし。で、本番は明後日のーえーと」


 帽子の上から頭をトントン叩く瑞希の横でスラリと組んだ足が組変った。


「二十二時よ」


「そうそう。その日に答えを貰って、ノーなら潰します。後継人はすでに用意されてるからたぶん答えはノーなんだろうけどねー」


 フンフンと鼻歌交じりに続ける瑞希。


「僕」


 野原が心配そうに口を開く。


「その銀行知ってるけど、裏ヤクザだよね?それってまずくないんですか?」


「え?え?」


 頭の回転が追いつかない七瀬をよそに野原の顔色は悪くなる。


「それに潰すって、一体どういう・・・」


 困惑するニューフェイスたちを横目に胸ポケットから出した煙草にジッポで火をつけ通緒は一気に煙を吐き出す。


「野原、黙ってろ。で?カンブ、配置は?」


「んー面談は俺とナナピオ、監視はノンタ、サポート通緒と上杉。本番は通緒とナナピオで監視がノンタ、サポート俺と上杉ってとこかな」


 全員が目を丸くして瑞希を見ている。はて、と首を傾げる瑞希はいたってまじめだった。


「わかりづらかったかな?えーとね・・・」


 瑞希は膝に置かれたノートパソコンの画面をスクロールしもう一度プランを確認した。初めての新人にはもっとかみ砕いた説明が必要だったかと少し反省もしていた。


「うん、いや、いいんだ、ブフッ。カンブが決めたんなら、ひっ、それで行こう、ぜ?」


 肩を震わせながら頷く通緒の隣で、こちらも肩を震わせて口元を手で押さえる千尋。野原は口を膨らませているが、抵抗する気はないらしくただ笑い続ける通緒を睨む目が涙ぐんでいた。

 まだ、状況が理解できていない七瀬は頭の上にハテナマークを五つぐらい作ってきょろきょろしている。


「だっはははっ!ナナピオ出番多いぜー!足引っ張んなよ?」


 堪えきれずに噴き出した笑いが一気に響く。その横で千尋も声を出して笑い始めた。


「え?ええ?ナナピオって、オレッスカ?な、なんでそんな・・・キャンブセンパーイ」


 眉をハの字に並べ「ナナピオ=七瀬」は抗議する。


「俺がカンブだったら七瀬はナナッピオでしょ。でも言いづらいからナナピオ。ノンタはノンタンに似てるし、〔の〕はら〔た〕いちだからノンタ。え?変?」


 これでもかと真剣に二人を見つめ説明した瑞希は隣に座る千尋に意見を求めたが、呼吸困難に陥るほどの笑いに襲われている彼女に答えるすべはなかった。


「ぶっくっくっくっくっくっ、ノン、ノン、タぁぁ、今日からっ、ひっ、よろしくっ、頼むぜぇっへっへ」


 もはや顔面総崩れの通緒は腹を抱え必死で言葉を吐き出した。

 我慢できなかった「ノンタ=野原」は通緒の右脛に蹴りを入れる。力加減はしていない。


「い゛っ!!」


 やり返そうにも思いのほか急所に入った一発の破壊力は大きく、膝を抱え通緒は少し後悔していた。その様子をニマニマして見ていた瑞希は、ふぅ、と息をついた。


 ぱんっ!


「はい、続きね」


 両手を合わせるそれは場を切り換える合図。


「明日はナナピオとノンタ昼で早退して俺の車でSネットバンク本社にゴー。その時ノンタは車で待機ー。俺とナナピオで社長と面談ー。何かあったらノンタは通緒と上杉に連絡ーと」


 口を出さなくなった新入りを見て、うんうん、と頷きさらに続ける。


「本番は十九時にここ集合して、十九時三十分通緒とナナピオはGホテルの2007号室に、ノンタはロビー、俺と上杉は車待機。じゃ、打ち合わせおしまーい。通緒コーヒー」


「カンブ?七瀬くん・・・えーと、ナナピオがまだ混乱中みたいよ?」


 クスクスと笑う千尋はまだ瑞希がつけたニックネームを引きずっているようだ。

 通緒もつられて笑いながら椅子を片付けキッチンに向かう。


「ナナピオは、通緒に任せていいよね?」


 後ろを振り返らず瑞希は左手を頭上に伸ばす。そこに黄色いマグカップが着地した。中身はもちろんブラックコーヒー。


「ん。てかお前は小学生の世話で忙しいだろ。千尋ちゃんは心配しないでもう寝なよ。夜更かしは美肌によくないぜ?」


 言葉の最後にウインクを添えたが千尋はiPadでそれをブロックした。


「じゃーお言葉に甘えてゆっくりするわ。後はよろしく」


 瑞希だけにキスを投げ、通緒には、しっかりやってよね、と釘を刺した。


「ナナピオ、俺風呂入ってくるから一時間後にここな」


 呼ばれた方の七瀬が振り向く間もなく言い残した通緒は千尋を追うように玄関に向かう。

 千尋は玄関で待っていた猫を抱きあげ通緒がドアを開けるのを待っていた。


「みっちゃん今日遅くなるなら姫ちゃん預かるわよ」


「お?マジ?サンキュー今日もう飯上げたから明日朝迎えに行くぜ」


「起きれるのかしらねー」


 優しく姫に話しかける千尋のほうが姫の名には相応しかった。


「姫?千尋ちゃんの風呂覗くなよ?」


「いーのよ、姫ちゃんはオスだけどかわいいから、ね」


 じゃ今度俺も、と言おうとしたがなぜか急に寒気がして通緒は言葉にできなかった。

 残された七瀬はいまだ困惑したまま椅子に座っていたが、野原はすぐにキッチンに椅子を片付け全員の動向を見ていた。まだソファに腰かけたままの瑞希の視界にテレビ画面に反射する野原の横顔が入る。


「ノンタもお風呂入ってきていいよ。今日は夜遅くなるからこっちで寝てもいいし」


 元気よく、はーい、と返しぴょんぴょん跳ねながら野原は部屋を後にした。


「アレ?安彦先輩はこの部屋に住んでるんじゃないんスか?」


 ポツンと残された七瀬は未だ椅子に座ったまま。


「通緒は飼い猫がいるから七階に住んでるよ、一応。ちなみに上杉も七階、ノンタは五階だったかな?」


 あそーなんスね、と呟いた七瀬に指示が飛ぶ。


「ナナピオ、お風呂沸かしてきて」


「あ、オレシャワーでいいっスから」


「そ?俺は湯船に浸かるから」


 先ほどからまだノートパソコンと睨めっこしたままの瑞希の後頭部を見ながら七瀬は少し考える。これはきっと空気を読むスキルが必要だ、と。意を決して確認してみるのも大事かもしれない。


「あーカンブセンパイ?もしかして部屋借りれないのってオレだけです?」


「ん?そーだけど?」


「みんなバイト代とか、スか?」


 不安げに尋ねる七瀬を振り返り、瑞希はノートを閉じて立ち上がる。


「上杉は貯金でやりくりしてるらしいし、野原は実家の仕送りを使ってる、通緒は遺産だよ。七瀬も仕事でお金溜まったら買えばいいよ。七階ほぼ空いてるし」


「な、るほどジャン」


 納得はしたがこれから途方もない借金を背負わされる気がするのは気のせいではない。


「別に、ここに住んでてもいいよ。部屋は空いてるし。それに・・・」


 言いかけた瑞希は時計を見て止める。


「ナナピオ、風呂。時間ない」


「了解ジャン!」


 借金を背負わされる不安がなくなった七瀬はビシッと右手をあげすかさず一階のバスへ向かう。

 家出をしてきたのは自分だけのようだったが、他にも事情がありそうなのは確かだった。

 ここに集められたのはきっと何らかの理由がある。ただ、それを今確かめる必要性を七瀬は感じなかった。

 自分の責任を果たせばきっと理由は後から付いてくる。 今はそれがお風呂掃除でも。




 お風呂が沸いた直後に五分で入れと言われた七瀬は指示通り五分で切り上げ、首にバスタオルを巻いたままソファに座る野原の後ろからゲーム見学をしている。先日発売されたばかりのモンスターを捕まえ育成し戦わせるゲームだが、すでに伝説と言われるモンスターがデッキを占めている時点でやりこみ度が伝わってくる。だが、格闘ゲームしか知らない七瀬にとってはさほどうらやましいとか尊敬の感情は芽生えなかった。

 そのとき、玄関のドアの音が聞こえ階段の上を覗いた七瀬は慌ててキッチンテーブルに着く。

 バスルームから聞こえてきた鼻歌で通緒は大体の状況を把握した。伸びすぎた襟足を束ねるヘアゴムは始業式前に千尋がくれたものだった。「その髪、切る気がないならせめて結んだら?」とお使いついでに買ってきてくれたのだった。

 いつから髪を切っていないのだろう。もともと美容室嫌いで昔は親に切られるのも嫌で家中逃げ回っていた。日本に引っ越してきてからは、目が悪くなるから長髪禁止、という理由でよくハサミを持った奴に追いかけられた。その光景を見て瑞希はいつも腹を抱えて笑っていた。

 階段を下りて行く途中で目の前にあるキッチンテーブルが見える。そこに姿勢を正し座っている男も見えた。丁寧に両の掌を握り、膝の上に揃え、目線は宙を泳いでいる。

 通緒は眉間の皺を作る代わりに口元を緩める。


「六十点」


「えー!!!それはないっスよー安彦センパーイ!」


 バスタオルのかかった肩を落とし、そのまま七瀬は机に突っ伏した。

 通緒は先ほど一度片付けたスカルの灰皿を取りに階段右手にあるキッチンへ向う。対面キッチンでコーヒーの残りを確認しながらソファの背もたれからちょこんとはみ出す頭を一度見た。何か言ってやろうかと思ったが特に何も思いつかずコーヒーの追加をおとなしく入れることにした。

 バスルームから聞こえてきていたはずの鼻歌が一度遠ざかり、また、戻ってくる。

 冷蔵庫からスイス製のリトルシガー「ジョーカー・カオス」を取り出し百円の安いオイルライターを添え、通緒はそれをキッチンの角に置いた。自分はポケットからアメリカ製の紙巻きたばこ「JPS」を取り出しその柔らかな紙包みから片手で器用に一本だけ頭を出し口に運ぶ。ジッポのリッドが開く音が響きそのまま煙草に火がついた。


「ナナピオ四十点だなー」


 声を聞いて野原はゲームの画面を閉じた。テレビ画面に映る通緒と瑞希を見てそれから振り返って七瀬を見た。先輩二人の点数の違いは野原にはわからない。


「キャンブ先輩までー」


 突っ伏した状態から顔だけを上げ顎をテーブルに乗せたまま七瀬は涙声を出す。瑞希はそのままキッチンに入り通緒からグラスを受け取り、ジョーカー・カオスを手に取ると何も言わずに階段下にある自室に入っていく。


「髪乾かす時間なかったらしっかりタオルドライしてタオルは洗濯かご入れとけ。あとな、個性的な着替えがたぶんベッドに置いてあるはずだぞ。着替えてこい、着てるものは洗濯な」


 サクサク指示を出し灰皿とコーヒーカップを持って七瀬の真向かいに腰を下ろす。言われた七瀬は急いでバスタオルを下ろし階段を駆け上がった。

 寝室のドアを開け、電気をつけた七瀬はそのまま一度ドアを閉めた。

 もう一度ドアを開ける。

 思っていた、いわゆるパジャマという物は見当たらないが、黄緑色と黄色の縞の何かがベッドの上に畳んであった。恐る恐る広げてみるとどうやらそれはスウェットのようだった。袖を通すのにかなり抵抗はあったものの、居候する身分では到底逆らえる勇気はなく意を決し着替えに臨む。

 煙草をくわえた瑞希がノートパソコンを持って部屋から現れても七瀬はまだ到着していなかった。

 ソファ前のテーブルに開いたままのノートパソコンを置き画面を野原に向ける。


「えーと、通緒」


「ん」


 呼ばれると同時かそれより早く、立ち上がった通緒はキッチンへ。その途中で階段下から七瀬を呼びつける。慌てた返事とともに大きな物音がした。

 瑞希はスリッパをパスパスと引きずり自室へグラスとタブレットを取りに戻る。


「お前は?何飲む?」


 瑞希専用マグカップにコーヒーを注ぎながら通緒はソファに座る生意気な後輩に声をかけた。あえて視線を向けないのは賢明な判断だ、と自負する。それがわかったのか野原は気付かれないような溜息をつき、それから一度大きく頭を振る。余計な思念を振り払うように。


「お茶は、ありますか?」


 返答が聞こえると、ふぅっと息を吐きこちらも何かを飲み込んだ。


「ちょっとこっち来い。ちーちゃんの選んだものだからどれも間違いないぜ」


 自慢げにカウンター下の戸棚を開ける。一面を数十種類の紅茶と日本茶が埋め尽くしていた。どれも側面にラベルが貼ってありわかりやすくカタカナで名前が書かれている。

 キッチンを野原に明け渡し煙草の灰を落としに通緒は席に戻る。それから瑞希を呼んだ。声は、いつもより少し高い。


「カンブー、ノンタがお茶入れるぞー」


「えー!マジでー?じゃー俺ルイボスー」


 こちらも嬉しそうに声を出しグラスとタブレットを持ってキッチンに駆けつける。


「あの!僕紅茶なんて!入れ方わかりません!」


 二人の様子に野原は力を入れて声を出した。だが、構うことなく瑞希はキッチンテーブルにさっとタブレットとグラスを置きやかんに水を入れ火にかける。紅茶の戸棚の隅からティーポットを出してルイボスティーの缶から茶葉を入れ、カップを4つ用意した。その間通緒はゆっくりと煙草をふかす。


「ノンタ」


 小声で呼ぶのは瑞希専用カップでコーヒーを飲む通緒だ。鼻歌を歌いながら生き生きと紅茶を入れる瑞希に声をかけられずにいた野原は、仕方なく通緒の手招きに従う。


「紅茶の入れ方わかったろ?今度から飲みたくなったら使っていいから。ただし、茶葉がなくなったらちーちゃんに必ず報告すること。勝手に買っても怒られるし、そのままにしてたら殺されるから気をつけろよ?」


「あの、手伝わなくていいんですか?」


「お待たせしましたー!遅くなってすみっ!!」


 野原は大声を張り上げ降りてきたピエロに舌打ちをしてその無防備な腹部に肘打ちを入れた。勿論ピエロは腹部を抑え咳きこみキッチンテーブル手前で崩れ落ち、見ていた通緒は笑うのを堪えうつむいた。


「できた―!ノンタとナナピオは牛乳か砂糖使う?」


 瑞希はカウンター越しに通緒にカップを回し、ルイボスティーの香りが順々にキッチンテーブルに広がっていく。最後に牛乳と砂糖がテーブルに揃いやっと4人とも落ち着いた。

 七瀬は片手でおなかをさすりながらフーフーと紅茶を冷ましている。瑞希は紅茶片手にタブレットをいじる。野原は砂糖を入れ隣で淹れたての紅茶に冷蔵庫から出したばかりの牛乳を注ぐ通緒を不思議そうに見ていた。


「あ?」


 条件反射で低めに声を出す通緒に瑞希は声を出さずに肩を震わせ笑う。


「なんですか?」


 条件反射が連鎖反応を起こす。


「What are you staring at!?(何見てんだよ?)」


「見るだけでも許可がいるんですか?安彦センパイには」


 突然の英語にもひるまず野原はさらに反論した。


「だいたい英語で挑発してくるなんてマンガの世界でも今どき見ないですよ?かっこいいつもりですか?」


「What? You drive me nuts. (んだと?マジでムカつくな)」


 立ち上がった通緒は舌打ちをして視線を野原から床へ落とした。瑞希がかすかにだが溜息を吐いたのが視界に入ったから。どうやら喧嘩をしている時間はなさそうだ。


「もういい?通緒」


「My bad. I'll move on. (悪い。切り替える)」


「じゃ、ノンタ、ソファでやるよー。ナナピオはちゃんと通緒のゆうこときくんだよー」


 飲みかけの紅茶とタブレットを持って瑞希はスリッパを引きずり移動していく。何も言わず後ろをついていった野原を確認してから通緒は大きくため息をついて残り少ない煙草にまた火をつけた。


「悪いな、ナナピオ。どーにも短気が治らなくて困るぜ」


「いやー俺英語わからないっスから」


 自信満々の笑顔で応じる七瀬にホッとして煙草の灰が伸びる。




 時間は深夜に差し掛かる。

 それぞれ脳味噌をフル稼働させ目の前のことに集中していく。この状況に対応していかなければこれからの生活についていけない。だが、これは義務ではなく使命でもない。

 ただイマを楽しむためだけ、イマを生きるためだけ、それだけを考えて動けばいい。



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