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08 report=報告

 通緒の運転する黒いワンボックスカーが街中をすいすい走っていく。

 助手席の瑞希は何かを考え込んだまま、窓の外に視線を投げていた。


「花屋さんに寄ってね」


 そう口にした千尋がスマートフォンを見ながら道案内を始める。

 運転席から、花ならあるだろ、と聞こえてきたが千尋は、あれはダメ、と返す。

 車はおとなしく指示に従いそのまま小さな花屋の前に止まった。ドアを開けようとした通緒を止め、千尋は一人後部座席からお財布だけを手に取り降りていく。

 色とりどりの路面に並べられている花を見ながら、淡い黄色やオレンジの花を数本ずつ抱えていく。店の外の花を物色し終わるとそのまま店内に入った。

 オルゴールのBGMがかかる店内で千尋に気付いた店員が声をかける。


「贈り物ですか?」


「ええ、友人に。あと、緑色を添えて花束にしてもらえますか?」


 笑顔で答える店員の女性は千尋の選んだ花たちにグリーンのカーネーションを添えて花のボリュームを確認する。


「ビニールはつけないで茎の少し上を紐で結ってもらえます?」


 黒いロングスカートの端が通路の花に触れないよう、そっと抑えながら千尋は話す。

 花束をアルミの針金で軽く固定し店員はカウンター下から麻ひもを取り出した。


「持ちやすいように包装紙で巻いても大丈夫ですか?茎の部分はアルミで覆います?」


 返答がないので手元から客に視線を移す。じっと見つめる先には鮮やかなオレンジ色のガーベラがあった。


「ガーベラ、素敵ですよね。そちらもアクセントにいれましょうか?」


 考え込む様子もなくただ静かにガーベラを見つめる彼女に、店員は少しだけ、興味を持って話しかける。


「ガーベラの花言葉は希望と前進。オレンジ色のガーベラには冒険心と我慢強さという意味もあるんですよ」


「希望と前進」


 ぼそっとつぶやいて、まるで本当に彼みたい、と千尋は思う。


「それに」


 店員は千尋の前を横切りオレンジのガーベラを手に取りにっこりと笑う。


「You are my sunshine! 西洋では、あなたは私の太陽だ、という意味もあるんです。贈る方を応援したり、元気にしたりする意味も込められているんです」


 元気よく話を続けた店員に彼女の反応は予想外だった。とても寂しそうに笑っていたから。


「ごめんなさい。先ほどの花でおまとめしますね」


「あ、それも。ガーベラも、お願いします」


 店員が花瓶に戻す前に千尋は声を出していた。

 花束を作り終え、お会計を済ませた千尋に店員は囁くようにそっと告げる。


「これは私からです。あなたにも希望の溢れる未来が訪れますように」


 心からの笑顔を添えてお礼を言う千尋は小走りで車へかけていく。




「ありがとう、いいわ」


 真っ赤なバラの花束を3列目シートに移動させ、自分の隣に黄色とオレンジの花束を置き、千尋は出発の合図をする。

 手には小さなブーケが握られていた。

 窓を開けた車内には柔らかなクラシックと共に潮の香りが広がっていく。


「カンブー?なんか飲み物買うか?」


「んー」


「千尋ちゃんもなんか飲むだろ?」


「ええ、みっちゃんの奢りなら」


 駐車場の広いコンビニエンスストアに車を止め、通緒は一人で車を降りる。それを見て瑞希はため息を漏らした。


「何話してたの?さっき」


 後ろからの千尋の声で一度考え、さらに深く息を吐く。


「全く、ほんっと頑固よね。二人とも。昔からちっとも変わらないわ。みっちゃんにまた言われたんじゃないの?今回の仕事のこと」


 返答がない瑞希の後ろ姿を見ながら千尋は笑う。静かに否定しないトーンで話を続ける。


「今は無茶をするときじゃないと思うわ。あの二人が入ってまだ間もないんだし、もう少しこのメンバーがまとまってからでもいいと思うの、こういう仕事は」


「うん」


 瑞希の声は落ち着いていた。


「で?なんて言ってたの?みっちゃん」


「なんも」


 少し驚いた千尋が聞き返したが、瑞希は店内の通緒の様子を見てため息交じりにまた同じセリフを繰り返す。


「なんも。言わなくたってわかるだろってことだろ?このルート。諒の墓参りだ」


 そうね、と明るく千尋は答えた。瑞希は何度目かのため息を漏らす。


「みっちゃんもみっちゃんなりに考えてるのね。成長速度で言うとみっちゃんのほうが成長してるんじゃないかしら」


「あいつのは伸びしろが余ってるだけだ」


 少しだけ乱れた声で言い切った瑞希に千尋は思わずお腹を抱えた。


「アレ?何楽しそーに話してんだよ」


 コンビニエンスストアのビニール袋を助手席の瑞希に放り投げ、通緒は勢いよく運転席に乗り込んだ。ビニール袋に手を付けない瑞希を見て、身を乗り出し飲み物を取り分ける。千尋にはペットボトルのレモンティー、自分の分の缶コーヒー、最後にジャスミンティーのペットボトルを袋に入れたまま瑞希の膝の上に残した。


「Then let's go.(じゃ、行くぞ)」


 春先の海沿いはまだ寒い。天気が快晴なのが余計に地表の空気を冷やしている。

 車は海岸線から少しそれ、地元の小さな霊園に入っていく。

 丘の上の墓地には誰もいなく、中央に鎮座するハナミズキの木が潮風に揺られている音が辺りを包んでいた。

 瑞希が助手席から降りたあと、花束を持った千尋が再び助手席のドアを開けダッシュボードから線香とろうそくの入ったケースを取り出した。


「お、Thanks!」


 ドアを閉めた千尋から燈香セットを受け取ると通緒はさらに花束まで要求し手を伸ばす。


「これは私が持つわ。私が買ったんだもの、私が上げたいの」


「I see.(そっか)」


 通緒は目を伏せて笑い二人はともに瑞希の後を追う。

 和型の墓石が並ぶ中、小さく低い洋型の墓石が一つポツンとある。その前に瑞希は立っていた。


「Did you report properly?(ちゃんと報告したのか?)」


「お前こそちゃんと謝れよ」


 背後からかけられた声に瑞希は振り向かずに答えた。互いに返答は求めてはいなかった。

 ろうそくを立ててから束になった線香にジッポで火をつけた通緒は全体に火が付いたのを確認してから線香を振り炎だけを消し去る。

 潮風に乗り、線香の香りが煙と共に空に伸びていく。


「ちょっとみっちゃん、ちゃんとろうそくにも火をつけて」


 しゃがみ込み花束を供えた千尋が線香を立てる通緒を見上げながら命令する。


「There is no point light a candle, so go out.(どうせ消えるんだから、付ける必要ないだろ)」


 言いながらも指示に従い火をつける通緒を見て瑞希が笑って見せた。

 そろって墓の前で合掌してから3人同時に気付く。


「ビール」


「忘れたな」


「My bad.」


 笑い声が潮風に乗っていく。

 それから通緒は煙草に火をつけ、一息ついた。


「And then.. , What is the verdict? (で?どうすることにしたんだ?)」


 思いきり両手を広げ伸びをしてから瑞希は通緒に見向き直る。


「今回は最初に言った通り二手に分かれる。けど、ノンタをフリーにする。そっちの仕事が終わっても、終わらなくても、俺の合図でノンタをこっちに呼ぶ。そっちで何が起こってても、それには従ってもらう」


 千尋は少し納得がいかなかった。結局、頑固な瑞希の考えは変えられなかったのだ。


「How? (どうやって?)」


「ノンタは運転する度胸がある。俺の車を貸すよ」


「That stands out. (あれじゃ目立つだろ)」


「じゃレンタカーだ」


 うんうん、と頷いて瑞希は車に向かって歩き出していた。舌打ちをした通緒も後に続く。

 希望と前進、という花言葉を思い出しながら、千尋はもう一度墓前で手を合わせた。うまくいきますように、みんな無事で終わりますように、そう祈った。


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