07 Roses look good on=バラが似合うのは
次の日、学校が終わってすぐに通緒と瑞希と千尋の三人は正装姿で聖龍社のオフィスを訪れた。
聖龍社のビルのエントランスには数名のボディーガードに囲まれ、淡い緑色に薄紅色の牡丹の刺繍が施された長袍を身にまとった狐、王月龍がバラの花束を抱え立っていた。奇麗に結われた黒髪がその細身の肉体を肩から辿り滑らかに腰元まで降りている。そこから少し離れて通緒の運転してきた車の目の前には黒い唐装の男が立っていた。こちらは月龍の側近にして右腕となっている飛竜である。こちらはさながら狼のようにこちらを威嚇している。通緒より少し長めの黒髪を朱色の麻紐で一つに括り、車から降りてくる三人を見やる。にこりともしないその様子を見て通緒は少し皮肉っぽく笑って見せた。
「I am glad to have you here. (ようこそ。あなたをお招きで来て光栄です)」
後部座席から降りる千尋に手を差し伸べて月龍がとても美しく笑う。
「It’s a pleasure to meet you. (お会いできて光栄です)」
エスコートする手を握手に換え、千尋も笑顔で返した。
助手席を降り二人の脇を通りさっさと社内に入っていく瑞希に合図され、しっかりと千尋への花束を受け取った通緒が千尋のすぐ横に張り付いていた。そのすぐ後ろには飛竜が今日も不機嫌そうに通緒を睨みながらついてくる。数名のボディーガードと共に以前のようにわらわらとにぎやかに聖龍本社の受付前を通り過ぎ最奥のエレベーターへ向かう。
間に挟まる通緒を無視し、愛の言葉をつらつらと流暢な英語で話し続ける月龍の声に笑顔で相槌を打つ千尋は先を歩く瑞希を決して視界から外さなかった。
聖龍社代表取締役 王月龍、その側近である飛竜、そして通緒と瑞希と千尋、さらに黒いスーツに身を包んだスレンダーなボディーガード二名がエレベーターに乗り込むとやはり窮屈であった。
鳴り止まない愛の賛歌はその窮屈さを助長するには十分なうざったさだった。
最上階で止まったエレベーターを降りて待ち構える金箔の装飾品の横を通り、奥にある金屏風の前で瑞希は足を止める。
「Thanks.」
最上階から隣を歩いていた飛竜が静かに屏風を開けると瑞希は軽くお礼を言って一番乗りで社長室に入っていく。それに続きスーツのボディーガードを残した全員が部屋に入ったのを確認し飛竜は静かに屏風を閉めた。
木製の長いテーブルを隔て一面ガラス張りの窓際に月龍が立つ。
「(みなさん、本日はようこそいらっしゃいました。この面々で顔を合わせることが出来ることを光栄に思います。時間が許すのであれば別室を用意したいのですが)」
月龍の話を遮り、通緒は長テーブルにバラの花束を放り投げた。飛竜は通緒を睨んだが月龍の視線がそれ以上を許さなかった。
「みっちゃん、花に罪はないわ」
後ろからの千尋の言葉で少し後悔した通緒は一つ息を吐き、瑞希の隣から移動してテーブルに腰かける。
「(で?今回は自分の仕事の後始末を頼むって?どんだけこの会社の社員は無能が多いんだよ。仕事は引き受けるぜ。でも今回は報酬を別途付けろ。人数が増えたからってこっちはお前の小間使いまでする契約はしていない)」
「(言葉に気を付けろ、通緒)」
先ほどから睨みを聞かせてくる飛竜の声音が怒りを放つ。
「(いえ、通緒の意見はごもっともだと思います。内容はどうあれ、社内のミスを社内でカバーしきれないのは会社の長である私の責任です。こちらの件に関してはしっかりと前払いで報酬を用意しています。あとは瑞希のご判断に任せようと思います。)」
月龍の目配せで飛竜は隣室から藍色の袱紗を持ってくる。それを見ながら煙草をふかし始めた通緒は、千尋に名前を呼ばれテーブルを降りるとその袱紗を受け取って千尋に手渡した。
「(月龍さん、これはありがたく受け取っておくわ。そして、今回の九龍との取引の仲介もこちらで仕切らせていただきます。)」
コツンと踵を鳴らし千尋は瑞希と通緒の間に入り、笑顔を消した。
「(ところで、この仕事二つが同じ日でなければいけないって理由はなんなのかしら、教えていただけますか?)」
挟む二人は表情を変えない。そしてまた、表情を変えなかったのは月龍も同じだった。
「(あなたはなにか思い違いをしているようですね、千尋さん。新人が入り、心配事が増え気苦労が絶えないのでしょう。面倒を見なければいけない子供が3人に増えたんですからね。おっと、失礼)」
わざとらしく口元を抑えながら月龍は通緒の反応を待つ。それから、通緒が静かに煙草の煙を吐き出したのを見て今度は目を伏せ満足げに笑って見せた。
「(今回の件はたまたまですよ。すでに瑞希に資料も渡していますがそれ以上のことは何もありません。私はあなた方を高く買っています。直接会って言葉を交わすのも信頼の証だと捉えています。心配することはありません。どうぞ、ご安心ください。)」
月龍が軽く会釈して見せると瑞希はようやく口を開いた。
「(取引なんだけど、どうも九龍の参加人数が多い気がする。そちらからどうにかできないのであれば聖龍側にも人数が欲しい。)」
そういって太一と京が調べた資料をタブレットで開き飛竜に渡す。
「(聖龍側として出しているメンバーは民間のテロ対策技術チームでこちらの世界のことはほぼ素人だ。人数も4人。対して九龍側は武器開発チームの2人に対し、護衛と称した人数が20名はいる。アウェーでの取引で警戒しているのだとしても多すぎる。)」
飛竜から差し出されたタブレットを操作し月龍は感心したように息をのむ。
「(これは、貴方の仕事ではないですね、瑞希。出生や嗜好品までも載っている。ますます、こちらに勧誘したくなりましたよ。これから、貴方たちの存在は脅威になるでしょう。)」
ニッタリと笑う狐目が画面の奥の太一の仕事を捕らえる姿はすべてを飲み込むようにその室内を支配した。
タブレットを持つその細い指が自分たちの首に絡みついているのを通緒たちは感じていた。自由に飛んでいる翼の足元にはしっかりと足皮がつけられているのだ。
足が床に張り付く直前、通緒は一歩踏み出した。
「(だったらしっかりと守ってもらわないと。なぁ、瑞希。こんな逸材失くしたらシャレになんないだろ、月龍。どっちみち九龍の奴ら配置は変えても人数はそれ以上かもしれないんだぜ?しっかりこっちの体制も整えさせてもらわないとな。)」
「(フフ、そうですね。わかりました。では、飛竜とその部下のチームを2つ出しましょう。人数は劣りますが、要は中身が大切ですからね。我々は彼らの護衛を、貴方たちには引き渡しの仲介役を頼みます。)」
通緒は舌打ちをして長テーブルの端にあるガラス製の灰皿に短くなっていた煙草を押し付けた。いやな空気を払うようにその手で花束を拾い上げ肩に担ぎそのまま部屋の出口に向かう。それに続き一礼して千尋も後を追った。
「(瑞希、あちらの件は任せてよろしいですね。)」
「(ああ、わかってる)」
そういって飛竜を介して自分のタブレットを受け取るとぺこりとお辞儀をして退出した。
行きと違い、スーツ姿の男に先導されながら三人は無言でビルの1階まで降りていく。エントランスを出るとバラを持ったまま通緒は大きく伸びをして見せた。
「あー肩こった」
それを見て小さく声を出して笑う千尋に謝りながらバラを預け車に乗り込む。最後に乗ってきた瑞希の顔を覗き込むと車内の曲をクラシックに変えてから通緒はアクセルを踏み車を走らせていく。




