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06 can't believe it!=ありえない

  通緒がお替りを注がれた黄色のマグカップをガラステーブルに置くと、瑞希は、ぱんっ、と両手を合わせた。


「明日までに流れを決めて月龍(ユエルン)に答えを出す。そっちの流れを先に決めたいから上杉と通緒はデータに一通り目を通して。ノンタとナナピオは集まる人数と組織の詳細を調べあげて把握すること。俺は月龍(ユエルン)の方の詳細を確認してくる」


 そう言い残しコーヒーのお替りを持って瑞希は立ち上がった。


「Hey! Don't push yourself. OK? (瑞希、無理すんなよ?)」


 背中に投げられた言葉に答えはせず、そのまま自室に引きこもる。閉めたドアに寄りかかり、深く溜め息をついた。

 無理をしているつもりはない。だが、いつもより余裕が無いな、とは思っていた。


(あいつがいたら、こっちの仕事は断ってたかな)


 手元のコーヒーから反射するパソコンの明かりが目に入った。


「うわっ」


 驚いた声は小声だったが、瑞希の表情は自分が思うより酷くしかめていた。

 あいつが、なんてことを考えるのは瑞希の性分ではない。過去のことに囚われるのは通緒の専売特許のはずだった。

 自分で引き入れた新人の影響だろうと思った。新しいものを取り入れれば変化は起こるものだ。今までとは違う流れを作ろうと思ったのも、自分だ。果たしてそれが自分の想定内で収まるか、それとも暴走して手に負えなくなるか。そこを考えていた瑞希は自分自身の変化に、まだ気づいてはいなかった。




 ───「あのさぁ!ほんっとに君はカンブになりたいと思っているのかね?」


 ある日の仕事中、タクシーの中で「桐越諒」から唐突に放たれた言葉だった。


「何、急に」


 苛立ちを隠さず瑞希は涼を睨み言葉を返した。

 怯みもせず、涼は拳で胸を叩いてタクシーの1台前を走る車に視線を合わせ声を張る。


「幹部とは!仕事も進行させて部下も守る!両方できちゃうすごいヤツ!じゃなかったっけ?」


「違うよ!」


 勢いよく平手ツッコミが諒の太股に炸裂する。

 涙目でツッコミ痕を擦る諒。こんな日に限ってハーフパンツなど履いているから見る見るうちに瑞希の手形がくっきりと赤く浮き上がってくる。威力は計り知れない。


「でもさぁ、仕事をするにも部下を守るにも信頼が必要でしょうよ」


 擦る太股を見ながら喋り続ける諒にうんざりして長い溜息を漏らす。それを聞き、諒は頬を膨らませた。


「話を聞く時は話してる人の顔を見るのよ、瑞稀くん!」


「聞かない」


 今度は諒が溜息をついた。それから前のめりになっていた体を少し起こしシートに頭を預けた。


「お前も通緒も頼らなすぎなんだよ。1人で抱え込みすぎ。もっと頼りなさいよ!この無敵の諒ちゃんマンを!」


 擦っていた手で立てた親指を自分へ向けて自信満々に笑って見せた「無敵の諒ちゃんマン=諒」であったが、空いた太腿の手形の指が5本から10本に増えただけだった。




 瑞希がソファに置いていったタブレットを拾い上げ組んだ膝の上に乗せると、千尋は上目遣いで通緒を呼び寄せた。

 太一と京が少し離れているのを確認して、千尋は極小さな声で囁く。


「何があったの?」


「Nothing.(別に)」


 招かれて瑞希のいた席に腰を下ろす通緒は両掌を天井へ向け言葉と共に態度でも示した。

 最近特に瑞希に変わった様子は見られなかった。学校でも部屋でも。だからこそ、この判断を下す瑞希のことが理解できなかった。

 瑞希はいつも冷静で負の感情を表には出さない。それはナイトメアをまとめるためでもあるのかもしれないが、もともと感情自体を表現するのが苦手な部分も少なからずあった。何かにつまずいたり、迷ったりした時、瑞希は必ず自室に籠り出てこない。十分に熟考し省みて全ての答えを揃えてからようやくメンバーの前に姿を現すのだ。そのおかげで通緒や千尋が何か言ったとしても必ず先手を打ってあったようにきれいに丸く収められてしまう。目的に対する優先順位が明確な分、通緒や千尋の考え方はわかりやすいから。だが、まだ出会って日の浅い新人二人はその点では未知数だった。そこまでをカバーできるほどの余裕が今の瑞希にはないのか、それとも。


「ないって…、じゃあカンブは何で月龍(ユエルン)のお手伝いなんかするの?」


「Can you believe it ? That's not the job we're undertaking. It's a job done in the office. (ありえないだろ?瑞希がやるって仕事は俺たちが請け負う仕事じゃない。会社内でできる仕事だ)」


 ふぅ、とため息をつき天井を仰ぐ。千尋はそれを見て少し安心したように笑った。


「カンブのこと心配なのね」


「あ?」


「じゃ、まずはこっちの仕事を全力で終わらせましょう」


 間の抜けた返事は聞き流されたようだった。


「Ok!」


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