05 so stubborn!=頑固なヤツ
ナイトメアというチームに流れてくる仕事は大まかに3つある。
ひとつはナイトメアの所属している銃器会社 聖龍社からの仕事の依頼。こちらはデータなどの輸送が主な仕事内容だ。
もう一つが聖龍社代表取締役 王月龍に関わりのある組織からの依頼。これが最も多い収入源となっている。仕事依頼は直接メールで送られてきてこちらで取捨選択をする。仕事が決まり次第雇い主である月龍に報告し資金を得る。報酬はいったん王家に払われそこから資金と上納金を抜いた額がナイトメアの指定口座に振り込まれる。
最後に王月龍からの直々の依頼だ。通常なら会社社長でもあり組織の頭である月龍からの仕事の依頼は依頼ではなく命令と捉えるべきだが、彼らにとってはあくまでも月龍はスポンサーであるとの認識なので選択は彼らの自由なのだ。
「でー、今回は完全に二手に分かれての行動にしようと思う」
いつものように夕飯を食べ終え、ダイニングに5人が集合していた。ガラスのローテーブルの上にはノートパソコンとタブレット端末、スカルの灰皿と瑞希の黄色のマグカップがのっている。そこからタブレットを引き上げ瑞希はさらに言葉をつなげる。
「ひとつはとっても簡単なので俺一人で。もうひとつも聖龍の仕事だから特に問題ないと思う」
「ちょっと待て。なんでお前ひとりでやることになってんだよ」
待ったをかけたのはある程度仕事の内容を把握していた通緒だった。
「単独行動した俺をあんだけ怒っておいて今度はお前がやるっておかしいだろ。人数もいるんだから2-3に分けるのが上策だろーが」
通緒の意見に千尋も腕を組んで目を閉じうなずいて見せた。
「いや」
瑞希は意見を変えるつもりはなかった。二人の目を見ず、自分の持つタブレットに視線を向けたまま話を続けた。
「通緒と千尋にはひよこ君たちに基本のきの字を教えてあげて欲しい。前回の仕事はちょっと特殊の部類に入るものだったから、今回の仕事で立ち回りと考え方を」
そこまで言っても納得のいかない二人は同時に舌打ちとため息をして見せた。瑞希の態度が変わりそうにないことを察して千尋は喉の奥に力を込めた。
「カンブ、ダメよ。この仕事に簡単なんてことがないってこと、知ってるでしょ。私は絶対に反対」
一言一言、噛みしめるように千尋は口にする。
組んだ腕に千尋が力を入れているのが隣の瑞希からは見えていた。震えを抑えるように腕の下の拳が力強く握られている。視線を少しずらすと通緒の拳も同じように握られているのが見える。だから、瑞希はそれ以上視線を上げるのをためらう。左手の人差し指でトントンと軽くタブレットの端をたたき、息を整え、静かにもう一度言葉を発する。
「一つは聖龍の傘下の組織と九龍との取引の監視だ。もう一つは月龍が入れ忘れたデータを送るだけの仕事だ。比重で言えばどちらが人数が必要かわかるだろ。データを送るのは聖龍社の組織内にあるパソコンから送るんだ。何か起こったとしても対処は一人でできる。だけど九龍との取引は外部とのやり取りだ。しかも相手は王家のライバル組織、手抜きはできない」
表情を変えず淡々と話す瑞希の声に感情は乗らなかった。千尋の瑞希を映す瞳が潤んでいるのを見た太一は何かを言いたかったが言葉にできず唇を噛みしめ、京は瑞希をただじっと見ていた。
肩をほぐした通緒が瑞希を見てため息を漏らす。
「Security Is mortals' chiefest enemy. Right? (自信過剰は人間の敵だ、だろ?)」
顔を上げない瑞希を覗き込むように首を傾けた通緒の声はいつもより柔らかで湿度を帯びている。
瑞希は一度開きかけた口元を固く結びなおし、正面から通緒の表情をとらえた。
「And then? Don’t really like it. (で?俺はシェークスピアは好きじゃないよ)」
譲歩を試みた通緒の言葉も一掃され、沈黙が訪れる。
ため息すらわずらわしいその空気の中口火を切ったのは両足をそろえてお行儀よく座っていた京だった。
「じゃ、こっちの仕事さっさと終わらせて合流ってことでいいんじゃないっスか?」
またも場の空気を読まない発言に太一は横から睨みを効かせた。だが、それすら京には何ら意味がない。
「詳しく聞いてないっスけど、時間帯とかってどうなってるんスか?カンブ先輩の仕事って簡単なんスよね?じゃそれ遅くしてくれたら間に合ったり」
話を聞いていた通緒が立ち上がったので京はそこで言葉を詰まらせた。ソファの横を通りキッチンへ移動する通緒を目で追っていると自然と目が合った。通緒は柔らかく目を伏せて左手の親指を立てて見せた。
「まぁ、そうだね。時間帯をずらせば可能かな」
瑞希のその一言にほっと胸をなでおろし、千尋はやっと自分腕を開放した。
「取引は12時の予定だし、俺の仕事はその日中に終わればいいわけだし」
キッチンで頷きながら通緒は勢いよくジッポを鳴らし持ってきた煙草に火をつけた。
「だけど、俺は最初から聖龍社にいるからね。二人の面倒は通緒と上杉に任せるよ」
視線を上げた瑞希の視界に千尋の笑顔が飛び込んでくる。
「まかせて!」
まぶしすぎる潤んだ瞳を直視できず、瑞希は前髪をそっと右手でほぐす。後ろから見ている通緒は声に出さず笑っていた。
「で、取引のほうなんだけど、今回は物じゃなくて人なんだよね。ちょっとそこがネックではあるんだけど」
新入りの太一と京は目を丸くした。京にいたっては頭の上にわかりやすくハテナを浮かべ首を傾げている。千尋は乗り出していた身体をまたソファに預け座り直し話の続きに耳を傾ける。
「わかりやすく言うと聖龍側が贔屓にしている日本の組織の若手と九龍側の若手の交換留学みたいなものなんだけどさ。お互いに相手の懐に身内を送るんでかなり緊迫すると思うんだよね。もちろん、どちらかが相手の首を取ることを目的としているっていうことも考えられるけど」
組織というのはどこも面相臭いことを考えるものだ。頭同士の腹の探り合いに飽きたのか、今度は内臓の探り合いをするということだ。そのうち細胞レベルまで調べ上げるのではないか、と通緒はため息とともに考えた。眉間にしわを寄せ言いたいことをカフェオレと共に飲み込みながらキッチンで煙草をふかす。とっくに灰が落ちている煙草の根元を何度も親指ではじき、垂れ下がる自分の前髪を見つめて耳だけを瑞希に預ける。
「俺たちは聖龍側の立場でその場に行くことになるから、仲介役ってことかな。交換留学が終わった後の仲介役は飛竜とこの前出しゃばってた小龍が出向くことになってる」
キッチンから舌打ちが聞こえてくる。
「配置は、二人に任せるよー」
ソファの背もたれに頭を乗せ、黄色いマグカップを頭上に掲げながら瑞希は伸びをして見せた。
舌打ちをした本人がそれを迎えに行く形で歩いてくる音を聞き、コップを掴まれた瞬間力を籠める。
「自分勝手な考えで受けるわけじゃないからね」
「問題児は俺一人で十分だろう―が」
くわえ煙草のまま通緒が答えたのに対し、瑞希は苦笑いを浮かべた。1年前は二人とも問題児扱いだったことを彼は知らない。
仕事のことでの意見の対立を通緒と瑞希は幾度となくしてきた。その際、必ず千尋が止めに入るのだが効果はさほどもなかった。結局いつも「無敵の諒ちゃんマン」が二人の意見をまとめていた。冷静にことを分析し最良のルートを探す瑞希と、大まかに確認し最短のルートを探す通緒。どちらも間違ってはいない。最良のルートをたどれば安全が手に入る、最短のルートをたどれば余裕が生まれる。「何か」が起こった際に対応できる方法を取るか、対応する時間を取るか、どちらも取れれば一番いいのだが幼い彼らには二者択一しかできない。
「お前も頑固だよなー」とよく言われたものだ。いちいち返事をする気も起きなかったのでそのまま無視していたある日「問題児二人抱える俺と千尋の身にもなれよ」と珍しく真面目なトーンで言われた時には自分の耳を疑った。無鉄砲の通緒はまだわかるがここまで考えて精査している自分までも問題児扱いされているとは思ってもいなかったから。その後は会議のたびに全員の動向を見るようになった。仕事の話をしているときに通緒も自分も仕事のことしか考えていないことに気付いた。千尋は良くも悪くもメンバーのことばかり心配している。そして諒は話しているときの全体の雰囲気を見ていた。仕事はこの段階からすでに始まっていたのだ。依頼が来てそれらを選ぶ時、仕事が始まっていたことをこの時瑞希はしっかりと意識するようになった。
「まだ一年か」
コップが手から離れる時、ぼそりと瑞希がこぼした。
通緒はその言葉を聞き取ることが出来ずキッチンへ。そして隣の千尋は拾えてはいたが真意までは把握することが出来なかった。




