03 not my kinda thing=得意じゃないこと
玄関の開く音と階段をゆっくり降りる音がして通緒は瑞希の部屋を一度出ることにした。
「起きてた?」
あいさつ代わりの問いに通緒はうなずいて答えると持っていた空のマグカップにコーヒーとカフェオレのお代わりを注ぐ。
「放課後で大丈夫かしら?」
「I guess, yeah(まぁ多分な)」
微妙な沈黙が訪れる。はずだった。
「おはよーございまっス!」
階段を飛び降りて来た京がキッチンから出てきた通緒の肩に飛びつく。危うくこぼしかけたカフェオレのお替りを慎重に運ぶ通緒はそれを拒まなかった。
犬みたいだな、と思ったが口に出すのは止めておいた。通緒は一口飲んだカフェオレをテーブルに置くと京を椅子に座らせまたキッチンに戻る。
「目玉焼きとウィンナーでいい?あなたたちいつもご飯食べてないんでしょ。お腹すかないの?着いた時間なら購買も閉まってるじゃない」
「大丈夫、いつも転売ヤーが多めに買ってるから。そっから買う」
「え?そーなんスか?俺も買いたいっス」
冷蔵庫から卵とウィンナーを取り出す通緒に千尋は追加でトマトと食器棚からランチプレート取り出すよう指示を出す。
朝食の用意ができても部屋から出てこない瑞希の心配をしつつ、さっさと自分の分を平らげた通緒は瑞希を連れていく約束をして千尋と京を学校へ送り出した。
静かになった室内に瑞希の好きなクラシックを流すとスリッパを引きずる音が聞こえてくる。通緒は瑞希の顔色は見ないことにした。
「風呂沸かすか?」
「んー」
相変わらずの返事を聞きつつ1階のバスへ向かうとバスタブにしっかり蓋がしてあり保温状態になっている。いつ入るかわからない瑞希のために京がそうしていたのだろう。
洗面所の鏡を見て通緒は小さくため息をついてから覚悟したように息を吸い込んだ。
「カンブ!もー沸いてるから入っちまえ!」
どうせ返事は同じ音の繰り返しだろうとそのまま制服の上着を脱ぎながら階段を降りると、ソファに腰かける瑞希の二の腕を掴み引っ張り上げた。
驚いた表情の瑞希を見て通緒は動きを止めた。それからまた少し疲れの残る瑞希の表情を横目で確認する。彼なら、なんて言っただろう。
「自分で動けないなら、お姫様抱っこで、風呂に連れてくぞ」
「ブッ」
きょとんとした顔で瞬きをした瑞希は次の瞬間吹き出していた。開いている右手で通緒の肩を掴んで笑い出す。
「Stop laughing! It's just not my kinda thing. (笑うなって!こーゆーの得意じゃねーんだよ!)」
約束を守るのは難しいものだ。特に自分の立てた約束ではない場合はなおさら。
互いにそれがわかっている分気恥ずかしさは隠せない。
「わかってる。わかってるよ。ありがと」
掴んでいた手で肩を優しく叩くと捕らわれていた左腕が解放された。
ばつが悪そうに、だがやけにすがすがしい気分で通緒は瑞希を見た。
「風呂ってくる」
「Yep!」
瑞希が洗面所のドアを閉めたのを確認すると通緒は思い切り深くため息をつく。
頭皮を額から襟足まで両の指先でかき乱した。それから、瑞希の寝室とは対極の部屋の隅に置いてあるオレンジ色の丸いスツールをちらと視界に入れる。フォーカスは合わせず、オレンジ色が識別できる程度に。
「Exactly.」
そうつぶやくと瑞希の部屋に入りパソコンの画面をのぞく。
入っている仕事の依頼は二件。ひとつは通常の依頼だが、もう一つが瑞希の頭を悩ませている元凶だった。依頼主は王 月龍。ナイトメアの雇い主であり、スポンサーだ。




