02 get some rest=ゆっくり休め
毎日学校が終わりふと気がつくと瑞希の部屋に全員が集合している。ご飯当番は勝手に台所を使い夕方までには晩御飯を用意している。
本日のご飯当番は通緒。大声で呼ぶ最年長のしつこさで渋々部屋から瑞希が出てくるのがいつもの流れだった。
だが、この日はいつもと様子が違っていた。
引きずり出してこようとした通緒までが部屋から出てこなくなったのだ。
お腹の虫を鳴らして待つ京は先ほどから水をがぶ飲みして空腹に耐えている。太一は食卓で待っているのが飽きたらしくソファに移動してゲームに興じていた。
千尋が時計を見て立ち上がったのは通緒が部屋に入ってから三十分ほど経過したころだった。
「ねぇ、何をそんなに時間かけてるの?ご飯の後じゃダメ?」
一応ノックをしてからドアを開けた千尋の目には瑞希のベッドでくつろぐ通緒と回転椅子で回る瑞希が映る。怒りを抑えるために一度深く息を吐き出した千尋はゆっくりとパソコンの画面をのぞき込んだ。
「何よこれ。月龍から?ばっかじゃないの?」
それを聞いた二人はほぼ同時に吹き出して笑うが、千尋の目は一切笑ってはいない。千尋の言葉は誰に向けられているものだろうか。焦った瑞希は椅子の回転を止め、通緒はベッドからはね起きた。
「先に、飯食おうぜ、カンブ」
「ん。そーする。上杉、ごめん」
ぺこりと頭を下げた瑞希に続いて通緒からは手を合わせて、千尋ちゃんごめんね、と聞こえてくる。
三人が部屋から出てくるのを待っていた京はすでに手に箸を持っていた。全員が席に着く直前までゲームを続けていた太一に最年長が舌打ちをして睨みつけるが、本人には全く効いてはいなかった。
「いいなぁ、ガキはゲームだけやってりゃ満足だもんな」
「先輩がこのゲームくらい面白かったら良かったんですけどね」
言い返そうとした通緒の視界に映る美女が、阿修羅のように憤怒しているのに気付き、その場で太一を手招くだけに留める。
熱の去った晩御飯をほとんど無言で完食し、皿洗いを京に任せた通緒は瑞希と共にまた部屋に戻っていく。
「千尋ちゃん、今日はたぶんこのままだろうから、あとよろしく」
ウインクをかわされた通緒だったがめげずに投げキッスまで添えてから部屋のドアを閉めた。
「ノンタとナナピオは今日はこのまま部屋に戻ってて。長くなりそうだし、あたしも部屋に帰るわ」
ため息をついてから告げる千尋にノンタ=太一が駆け寄り、大丈夫ですか、と声をかける。上目遣いの太一に優しく微笑んだ千尋は、ありがどう、と返す。
その様子を何の気なしに見ているナナピオ=京は皿を洗い終わると風呂を洗い、それからタオルを一本首に巻き付けて部屋を出た。以前はトレーニングと剣道ばかりしていた京はオフの日、つまりナイトメアとしての活動がない日には、必ずジョギングに出かけている。
初日は迷子になって帰れなかった道も何とか覚え、途中公園で休憩をはさみつつ、およそ十キロの道のりを毎日こなしていた。
帰ってきた京が冷蔵庫からスポーツドリンクを出して飲み始めると瑞希の部屋のドアが開く音が聞こえる。
「だから、どう考えても無理だろ。諦めろって。おう、ナナピオ、今日も走って来たのか?えらいな」
「そんなことないっスよ。カンブ先輩なんか悩んでるんスか?」
「まぁな」
通緒は京の横を通り、キッチンでコーヒーを淹れる。それとは別にやかんに湯を沸かし、紅茶セットを戸棚から取り出した。
やかんが沸騰するまでの間、煙草に火をつけシンク側に寄り掛かり、自分用に甘く入れたコーヒーを飲んで過ごす。
部屋から出てきた瑞希が髪をぐしゃぐしゃとかきあげテーブルに着くと通緒が紅茶を差し出す。いつもの鼻歌は出さずに瑞希は紅茶に手を伸ばした。
「ナナピオー、お風呂入りたい」
「ラジャーっス!もうすぐ沸くジャン?」
瑞希に向かって敬礼をしつつ答えた京に感心していたのは最年長だった。京がここに越してきてから一ヵ月弱が経つ。毎日過ごしている中で京は自然と自分の生活スタイルと瑞希のペースを合わせる技を習得したらしかった。
紅茶を飲み終えても瑞希の頭からは悩み事が消える気配はなく、飲み終えたティーカップを見つめて動かずにいた。
「カンブ」
読んだが返事はない。
「Hey! 瑞希、返事明後日だろ、明日千尋ちゃんと話し合おうぜ」
「んー」
曖昧な返事を受け、通緒はコーヒーカップを洗いながら瑞希から目を離さなかった。瑞希が考え込むときはそれが朝までかかるのをよく知っている。
明日は俺が早く起きないとな、と思いつつ通緒はあきれた顔で瑞希の肩をたたく。
「I hope you wake up in the morning.(明日の朝お前が目覚めることを祈っとくよ)」
「んー」
瑞希からの返事も変わらず、通緒は階段を上がる。
「あ、みっちゃん先輩寝るんスか?おやすみなさいっス」
「Try to get some rest.(ちゃんと休めよー)ナナピオ」
「ラジャーっス!」
通緒の英語にもだいぶ慣れてきた京は何となく流れで返事を返せるようになってきていた。
動かない瑞希に二、三度声をかけた京は先にさっとシャワーを浴びてくることにした。お風呂が沸いても瑞希が部屋から出てこないときもそうすることにしている。一度瑞希が先に入るまで待ってみたことがあったがそれが朝までとなり、翌朝髪を乾かす暇もなく水滴を滴らせていて千尋に怒られた経験がそうさせていた。
京は周りの人間の気持ちをよく読んでいる。何気なくその会話に突っ込むことが出来るのもその性格のおかげかもしれない。そんな京と生活を共にするのは悪くないな、と最近瑞希は思っていた。
(あいつと違って余計なことは口出してこない分、楽なのかな)
ふと、思い出して笑う。
通緒も瑞希も、どうも京の存在にはいろいろな面で救われているのかもしれなかった。
翌朝通緒が珍しく京を起こしに行く。さぞや不格好な体勢で寝ているだろうとスマートフォンのカメラを起動させて部屋を開けたものの、予想に反ししっかりと布団をかぶって寝ている京にがっかりして通緒は動画に切り替えて撮影を始めた。
スマートフォンの画面を見ながら無言で布団を引きはがす。
が、反応はなく、大した面白みも感じられない寝相に舌打ちをして通緒は撮影を止めた。
「Wakey wakey! Nanapio. It’s time to wake up. (起きろー!ナナピオ。そろそろ起きる時間だぜ)」
パッと目を開いた京は通緒の顔を見るなり驚き急いで隣のベッドに脱ぎ捨ててあった学生服に着替えだした。
「おはようございますジャン!何時っスか!」
「It’s still 7 o'clock. Take you time. (まだ七時だから、ゆっくり支度しろ)」
スマートフォンをポケットにしまいながら通緒は京に時間を告げてから、今度は下へ降りていく。
ソファで瑞希がしゃがみ込んでいないことにほっとして鞄と制服のジャケットをそこに置くと、コーヒーを淹れにキッチンへ移動した。
自分のマグカップで甘めのカフェオレを作り、それから熱々のコーヒーを黄色いマグカップに入れて瑞希の部屋のドアをノックした。
「Morning! Coffee? (おはよ、コーヒー飲むか?)」
しっかりと昨日の服装のまま椅子に座る瑞希を見てため息を漏らす。
「ありがと」
「で?結論は出そうなのか?」
「んー」
画面を見つめたままコーヒーをすする瑞希の後ろでしばらく反応を待ってみたがそれ以上瑞希が先を言うことはなかった。




