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佐々木は背筋に鉛玉の気配を感じ、こめかみから冷や汗を流した。過去が走馬灯のように思い出される。心臓が限界を超えて叫びだしていた。頭の中が真っ白になりそうなのを必死でこらえ、背中を突かれるまま歩を進めた。
「私は、組織のために尽くしできたんですよ?何がいけなかったんです」
エレベータ前に立ち止まると後ろからかけてきたお面がエレベータ横に倒れている佐々木の部下を踏みつけ下へのボタンを押す。
「マフィアが求めているのは新しい事業でも他の組織を取り込むことでもねーよ。身をもって組織を守り、組織の代わりに手を汚す、身代わり。犠牲だ。今まで何人殺した?自分の手で。あんたがいる場所は一流企業でもなんでもない、犯罪組織だぜ?」
不安に駆られた佐々木には背中に銃を突きつける男すら藁に思えてくる。
「お金ならあります!今このケースに一千万入ってるんです!なんとか!」
通緒はあからさまにため息をついた。
「あんたが作った金は組織の物で、あんた個人の物じゃない。それにその金で足がつかないとも限らない」
佐々木は少しだけ間を開け、慎重に口を開く。
「このお金は私が組織を介さずに銀行に入れていたお金です。それに!しっかりと綺麗にしてあります!お願いしますよぉ安彦さん!」
エレベータのドアが開く。ジャンプで乗り込んだお面が開ボタンに手を添える。
「あの中国人にしつこく言われて本当に足のつかないモノを用意したんです!本当です!」
「開けろ、中身を確認する」
佐々木は言われた通り片腕に乗せたソレを開けて中身を見せる。野原が中を確認し終わると通緒は佐々木をせっつきエレベータに乗り込んだ。
「一階でいい。お前はカンブと合流しろ」
エレベータは1度も止まることなく一階まで三人を送り届ける。
ドアが開く前、変な気を起こすなよ、と念を押す。
開いた扉の前に瑞希が立っていた。エレベータを降りた通緒とすれ違いざまに持っていたアタッシュケースを通緒の左手に握らせる。そのままお面を隠す状態で乗り込み野原とともに地下駐車場を目指す。
ベレッタを腰に挟み、通緒は佐々木と並んでエレベータのロビーを後にする。ロータリーに止まる一台のタクシーがドアを開く。
「八郎さん!時間ピッタリ」
そう言って佐々木を押し込み続けざまにタクシー後部座席に通緒は乗り込んだ。運転席からは、それが今日の荷物か、と慣れたやり取りが返ってくる。
タクシー運転手の佐倉八郎、五六歳、元刑事部部長だった男だ。ある事件をきっかけに警察官を退職し、今はひっそりと町のタクシードライバーをしている。昔の仕事柄、その筋の情報にも詳しく通緒たちが頼りにしている大人の一人だった。
通緒は瑞希から受け取ったアタッシュケースからウサギのキャラクターが描かれた布袋を出し、そこに現金を入れるよう佐々木に指示を出す。佐々木は震える手で慎重に札束を一つ一つ布袋に入れていく。
そのうちの札束一つをタクシーの防護板の下から通緒は八郎へ差し出す。次いでアタッシュケースに入っていたクリアファイルから封筒だけを抜き取り佐々木の持つ空いたジュラルミンケースに入れる。それから結束バンドで佐々木の手を腰の後ろで縛り足首を締めてから、目元を黒いテープで覆った。
「や、安彦さん?あの、私はこのまま海に落とされたりしないですよね?ねぇ?安彦さん!」
「しゃべり続けてたら、どーだろうな」
しばらく車は走り続けた。車があるコンビニ前で止まるまで、佐々木の体の震えが止まることはなかった。
「じゃあ、八郎さん、あとよろしく」
通緒はここで佐々木と別れる。