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ビルの最上階の一室で繰り広げられるバトル。

敵陣に単身で乗り込んだ通緒の作戦は・・・

 ビジネスホテルの十四階から夜景は見えない。

 周りをビルに囲まれているため通りと少し離れたネオン街の明かりは僅かに入ってくるもののビルの最上階という醍醐味は味わうことができない。だがカーテンを閉めず明かりをつけた室内の様子は、近隣のビルから室内に何人いるかくらいは容易に見通せるだろう。

 聖龍社の隠し玉は程よく筋肉のついた脚線にレザーを纏い窓にもたれ掛かる。

 後ろで組まれた腕でおそらく何かしらの指示を出しているだろうことを通緒は悟り、あえて廊下よりの席に座っていた。


「そういえば、野間口さんは会合に顔を出していないと聞きましたが、やはり政界に入るとお忙しいのでしょうか」


 話題を切り替えた通緒は窓の外を窺い見たが室内からは外の様子はほとんど見えない。


「野間口、ですか?」


 佐々木は眉を顰め、聞き返す。


「そうですよ、去年の選挙で当選したじゃないですか。彼には何度かお世話になったことがあるので、もしお会いする機会がありましたら聖龍の安彦がよろしく言っていたとお伝えしていただければなと思いまして」


「あー!わかりました、わかりましたよ。野間口ですね。いやー私もお見かけしたことはあるのですが、なかなか話まではねぇ」


 灰皿に煙草を押し消す通緒は上品に口元を緩めて佐々木の言葉を受け止め本題に入る。


「佐々木さん、では、そろそろ二人だけでお話ししたいのですが」


 切り出す通緒の顔を見て目を細めて笑い、部下にワインを注ぎ足すよう促す。


「佐々木さん、重要な内容ですので、人払いをお願いできませんか?」


 佐々木の返事がないので通緒は繰り返すが、佐々木は笑顔のまま、何も答えない。


「佐々木さん?」


「なぜでしょう、安彦さん。ここには私の信頼する者しかいない。なのに、出て行けというのはおかしい話でしょう。今日会ったばかりの貴方より、はるかに信頼しているのですよ。それに、大事な話ならなおのこと、そばで一緒に聞いていたほうがさらなる信頼を築けるはずです。第一、貴方と二人きりになって私の身が安全だという保証はどこにもないのですよ?」


 両腕を広げ、部下を指し、自分の胸に手をあて、佐々木は熱弁する。最後に得意げに笑みを浮かべた。


「その中にあなたの命を狙っている者がいるとしてもですか?」


 真剣な顔で佐々木の目を真っ直ぐに見つめる。

 佐々木は、ご冗談を、と笑ったが、通緒は一切笑わない。むしろ睨むような目つきで佐々木の目の奥を見つめる。


「まさか」


 佐々木の顔に不安がよぎる。


「佐々木さん、私が今日使わされたのはあなたの身を保護するためです。今回の合併には裏があります。山崎組の」


 そこまで言うと通緒はおもむろに口をつぐみ視線だけで窓を見る。

 それにつられ佐々木も視線を窓へ投げた。頼りにしている中国人が腕の組み方を変えるのが窓に映る。

 ごくり、と佐々木は喉を鳴らした。

 考えもしなかったことが起こりえる感覚を覚え、かぶりを振って深く深呼吸をする。


「貴方の魂胆はわかっています。私と二人きりになった時に私を始末するつもりでしょうが、そうはいきません。私はこの合併を必ず成功させて見せる。そしてこれからの新時代を切り開いていくのです!」


 不安を払拭するため、自分を奮い立たせるためにあえて立ち上がり、ガッツポーズをして見せる。

 わかりました、とため息をつくと通緒は立ち上がる。


「では、今回の我々聖龍からの提案は白紙に戻させていただきます。余計なお世話かもしれませんが、このような部屋ではカーテンはできるだけ閉めていたほうが安全ですよ。あなたに、神のご加護かありますように」


 佐々木は一度窓を見てそれから中国人を見た。佐々木の目には特に変わった様子は映らない。この人間を紹介してきたのは誰だったか。合併話が持ち上がってから護衛のために外部の人間を雇ったと言ってきたのはどこの支部の幹部だっただろうか。いずれにせよ組織からの紹介に間違いなどあるはずがない。部下はもともと組織の人間だ。自分が組織に入る前から居る者も、そのあと入って来た者もいる。裏切るはずなどない。

 自分に一礼して本当に何もせずに出ていこうとする男に視線を移す。

 部下の一人が、逃がしていいんですか、と駆け寄った時、佐々木は冷静に部屋の中を見渡した。中国人は依然窓から離れてはいない。部下のうち二人はうつ向いたままで、一人は聖龍社からの使いが部屋のドアへ向かう後ろについている。


「ちょっと待ってください、安彦さん!」


 部下を押しのけ駆け寄る佐々木は右手の中指で眼鏡を少し上げ通緒の顔を見上げた。


「まさか私が切り捨てられるなんてことはありませんよねぇ?」


 通緒の腕を掴んだ手がかすかに震えている。通緒はゆっくりと佐々木の耳元に近づき囁く。


「今回の合併の話が進んでいる間に、あなたのもとを訪れた幹部の方はいらっしゃいましたか?」


 首を振る佐々木の腕をそっと外し、通緒はさらに続けた。


「組織同士の合併や合同の話の際は、必ずその組織の幹部が一度面会するはずですよ。上への報告はしていますよね?もし、何か違和感があったのなら手を引くべきです」


 歯を噛みしめ、眼輪筋をこわばらせて佐々木は部屋の奥に戻っていく。

 足元にあったジュラルミンケースをテーブルに置き駆け付けた部下に指示を出した。


「おい」


 通緒がドアに手をかける前に男は殴り掛かる。

 かわされた男の拳は力強くドアに打ち付けられる。痛がる間もなく通緒の膝が腹部にめり込み、脊髄に肘が突き刺さった。続く男が狭い入り口に向かってタックルを仕掛け、通緒はみぞおちの上に衝撃を受ける。膝で何度か蹴り上げ、両手を組みタックル男の背中に振り下ろした。


「チビ、来い」


 通緒は咳き込むのをこらえそう口にするが、部屋の扉は開く気配がなかった。

 タックル男はしぶとく通緒の腰に巻き付き横腹をさらに殴る。足元に転がっていた男がよろめきながら立ち上がりナイフを取り出す。


「ノンタ!入って来い!」


 通緒が叫ぶと扉が開き現れた野原がナイフを持った手を捻り男を床に鎮座させる。捻った腕をまたぎ、勢いよく持ち上げると男の肩が鈍い音を上げ、同時に低い悲鳴が部屋にこだまする。


「合図で入れって言っただろうが」


 通緒はタックル男を蹴り飛ばし片手で口元を拭う。


「ドアを開けるのが合図だったはずだよ?それに僕はチビじゃない」


 野原は肩を抑えたままの男を入り口手前のユーティリティーに押し込み左手でビニール袋を通緒の腰元に差し出す。


「はいはい、わかったからさっさと片付けてくれ」


 受け取りながらため息交じりに言うとビニール袋からベレッタと消音装置を取り出し、二つを合わせる。そして、振り向いた野原の顔を見て絶句した。野原は構わず部屋の中から来る男に標準を合わせ通緒の前に出た。


「おい、なんだよそれ。カンブの指示か?」


 ふざけすぎだ、と思う理由は二つ。顔を隠す方法が漫画ドラゴンボールのキャラクターのお面だってこと、それから、そのお面の持ち主が瑞希ではないことだった。そこまでして念押しされるほど通緒は腐っているつもりはなかった。

 終わった後に話す内容が増えるな、と通緒は思う。

 野原の加入で佐々木はソファから立ち上がり、窓側の中国人シャオロンを呼びつける。金の入ったジュラルミンケースを抱き、佐々木は窓に近づいていく。


「hey! 你是最好的?(おい!お前がとっておきか?)」


「Do not speak poor Chinese. Talk in English.(下手な中国語で話しかけるな。英語を使え)」


 通緒が投げかけた問いに的確に答えたのはシャオロンだった。佐々木の側近たちの面倒を野原に任せ、ベレッタM92Fを握る通緒は銃口を佐々木に向けたまま、レザーの動きを見る。


「That was my fault. Relieved to see you are doing well! Your turn is over. You should go home, a blue‒eyed boy. (昨日は悪かったな。元気そうで安心したよ。お前の役目はここまでだ。かわいこちゃんは家に帰ったほうがいいぜ)」


「The girl I met yesterday, would be your favorite. Is she doing well? (昨日の女がお前のお気に入りだろう?彼女は元気か?)」


 トレードマークの眉間のしわを取り戻した通緒が前に出るのとシャオロンが足を高く上げたタイミングは同じだった。上段蹴りを左手で受け止めるが、同時に銃を持つ手も止められている。言わずもがなだが、接近戦に消音付きハンドガンは向いていない。空いた胴にストレートを食らい、通緒はよろめき苦痛の表情を浮かべる。先ほどのタックルが効いている。


「You think that it is scary to kill people. I will do it for you. (殺しは怖いんだろう?俺が肩代わりしてやろうか)」


「We are out of the article. We feel strong sense of responsibility. We will do until the end. (生憎、責任感が強くてね。俺たちで最後までやらせてもらうぜ)」


 佐々木がベッドを通り入り口へ向かうのを視界に入れたが、シャオロンの蹴りが再び通緒のみぞおちを狙う。何とか肘で防いだもののシャオロンは手を休めず通緒の腹部だけを狙ってくる。

 右から来るパンチをベレッタのグリップで受け、右足でその腕を蹴り上げる。すかさず伸びてくる左拳を身体の回転でかわし、左裏拳を出すが、簡単に受け止められる。体制を立て直しきれず真正面からの蹴りが通緒の身体をベッドに飛ばす。すかさず走りこんでくるレザーの前に小さなお面が姿を現した。


「Who are you? (お前は何者だ)」


 お面の下で笑顔を作り野原はぴょんと跳ねたかと思うと相手の間合いに入り突きを繰り出していた。相手の手数よりも素早く多くの攻撃を繰り出し、シャオロンと通緒の間に隙を作る。

 通緒はよろめきながら立ち上がり、野原が倒した四人をまたぎながら玄関に向かう佐々木の首根っこを掴んだ。背中に銃口を沈ませ入り口を出る。


「这是我的钱!(それは俺の金だ!)」


 佐々木がジュラルミンケースを持っていたのを確認し、シャオロンは叫ぶが、野原の猛攻に一度下がるしかなかった。

 だが、下がったのと同じか、それより早く、お面がシャオロンの顔の高さにジャンプしていた。目を見開くシャオロンの顔面に霧のような水滴がかかる。瞬時に目を閉じ腕で振り払った。相手に当たった感覚はあったが、目が開かずドアが閉まる音がしてシャオロンは足元の何かを蹴り飛ばした。


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