悪魔(2)
悟史は思わず腕をさする。
異常だ。
全てが異常だった。
こんなのが現実であっていいはずない。
現実じゃないのなら……。
「夢……?」
悟史は悟史の中で一番まっとうと思える答えを出した。
「ブッブー! ハッズレー!」
ピエロ男はバツが書かれた持ち手がある丸型のボードを、悟史の鼻先に突き付ける。
「ここは夢じゃありませーん!」
丸型のボードからニョキっと顔を出し、ピエロ男は笑みを崩さず急に声を低めて悟史に言った。
「ここは世界の狭間」
「は……ざま……?」
「そう世界の狭間。君は今、君の世界でもなく、どこかの世界でもない場所にいまーす」
「どうしてそんなとこに……」
「僕に選ばれたから」
悟史は茫然としながらも、一番聞かなければいけない言葉を口にした。
「お前は誰だ?」
「僕? 僕はねー」
ピエロ男はスウーと滑らかに宙へ浮かび、再び悟史の斜め上の辺りで止まるとにっこり笑った。
「悪魔かな?」
「悪魔?」
「そう。君の世界では悪魔という言葉が一番しっくりくるかな。僕の呼び名はたくさんあってねえ」
ピエロ男はわざとらしくふぅとため息を吐く。
「時には運営。時には世界の管理者。時には世界を統べるもの。時には創造主。時には闇の支配者」
ピエロ男は仰向けに寝た格好で、指を振りながらふわふわと浮かぶ。
「呼び名はたくさんあるのに、案外暇をしててねぇ。だから、僕自ら僕の世界を面白くしようと思い付いたってわけ。僕って頭良いでしょう?」
ピエロ男はクククと笑った。
「でも、それを一人でやるのは大変だから、誰かに手伝ってもらおうと人間選抜システムを開発したのさ。それが君のやっていたゲームってわけ」
悟史はゲームを思い出す。
ゲームはごくごく普通のRPGだった。
あのゲームにそんな裏が隠されていたなんて……。
悟史は気付かずにゲームを楽しんでいたその時の自分を殴りたいと思った。
「そして、君は見事に選ばれたんだ! おめでとう!」
ピエロ男は一人で拍手をした。
悟史はその拍手を浴びながらうつむく。
何もおめでたくない。
最悪だった。
悟史は目の前が暗くなるように感じた。
「君には僕の世界に来て、あのダンジョンを作ってもらいたい。あの和風ダンジョンを」
和風ダンジョンと聞いて、悟史は顔を上げた。
「なかなか素晴らしいダンジョンだったよ。罠だけではなく謎解きもあって一筋縄でいかなそうなところが気に入った」
一生懸命作ったダンジョンを誉められて嬉しいような、そのせいでこんな目に合って悲しいような、悟史は複雑な気分だった。
「僕の世界に是非とも欲しい。作ってくれ」
「……嫌だ」
悟史はきっぱりと言った。
「嫌だ嫌だ嫌だ! 家に帰してくれ!」
こんな得体の知れないやつに連れていかれるなんて、悟史はまっぴらごめんだった。