ぶっとびマウス
「トランプは今持ってないから無理なんだけど……ぶっとびマウスあげる」
ダメもとで言ってみると、純香ちゃんはまたなにがなんだかわからないみたいな表情をして「は?」と言った。「は?」とかやめて……あたし傷つくよ……。でも、今はRI☆COのためなんだ!
「あ、リュックに入ってるからちょっと待って」
あたしはそう言ってリュックをあさる。多分、入れてきたはず。かわいいんだよね、ぶっとびマウス。お気に入りだったけど、RI☆COのためなら……!
しばらくすると、指先にふわふわしたものがふれた。これだ、と思って取り出すと、やっぱりそれだった。っていうか、純香ちゃんすごく嫌そうな顔してるんだけど……。
「これだよ!」
手のひらサイズなので、手に乗せて二人に見せる。ぶっとびマウス。名前の通り、ぶっ飛ぶねずみだ。
「ぎゃあああああ!」
「……暮羽、ごめんいらない」
耳をつんざくような悲鳴を上げたのは希望だ。あれ、希望ってこういうの苦手なんだっけ? でも、かわいいと思う。しかも純香ちゃんは冷たいし、ひどいよみんな。
「え、いらない? かわいいじゃん! これね、背中を押すと飛ぶんだよ! ほら!」
どうにかぶっとびマウスの株を上げようと、あたしはそう口にしながらぶっとびマウスの背中を押してぶっ飛ばす。
「ぎゃああああああ!」
また希望が叫んだ。どうやら彼女の膝の上にぶっとびマウスが着地してしまったらしい。ごめんね希望。でも、ばしって払いのけるのはやめてほしいな。
「き、き、気持ち悪い! く、暮羽ってこんな趣味なの!?」
気持ち悪いとは失礼だ。ひどいなあ。
あたしは誰にもわかってもらえないこの子のかわいさを、どうにかして分かってもらいたかった。それに、RI☆COのトランプ欲しいし!
ぶっとびマウスを拾い上げ、あたしは一言「かわいいのに……」とつぶやいた。
「くっ、暮羽、早くそれしまってえええ! 気持ち悪い! 吐きそう!」
本当に、希望はひどい人だ。変な体勢でひっくり返ってわめいている。吐きそうって、いくらなんでもそれはないでしょ。こんなにかわいいのに、吐きそうだなんて。
希望はこの子のかわいさを分かってくれそうになかったので、純香ちゃんに同意を求めてみた。明らかに嫌そうな顔をしている。希望もぎゃあぎゃあうるさいし。だから、二人ともひどいってば。
「わからないし、わかりたくもない」
わかりたくもないって、ひどい! もうなんかみんなひどい! こんなにかわいいのに!
あたしは何故だか泣きそうになってしまった。
「なんでなの? かわいいじゃん。このつぶらな瞳をよく見てよ。輝いてるでしょ?」
「知らねえよ……」
必死に訴えるけど、純香ちゃんにもわかってもらえないみたいだ。
「純香ちゃんも意外にひどいな……」
心の中で思ったつもりが、口に出してしまっていた。やばい、純香ちゃんに殺される。
そう思ったけど、純香ちゃんは何もしてこなかった。こんなこと言ったら、純香ちゃんに「お前は私をなんだと思ってるんだ」ってキレられそう。うん、絶対言う。
そんなことを考えていると、今度は希望の声が聞こえてきた。
「暮羽ってば早くその気持ち悪いのをしまってよぉ!」
「えー? ……もう、仕方ないなあ」
気持ち悪いとか言わないでよね。自分が気持ち悪いって思ってたとしても、あたしからしたらかわいいんだから、もうちょっと気を遣ってほしいよ。って、これはあたしのわがままかな。
仕方ないので、リュックにぶっとびマウスをしまった。これ以上ぎゃあぎゃあ言われたら鼓膜が潰れそうだ。希望の声うるさい。
「はい、しまった! これでいいでしょ! もう、希望ってほんと子供っぽいよね~」
あたしはぶっとびマウスをリュックにしまい、ファスナーを閉める。
「ううぅ……」
希望が何かうめいていたけど、気にしないことにした。聞いてない、聞いてない。あたしは何も聞いてない。




