第二話
勇者管理委員会。それは無数にある並行世界の一つに居を構える、勇者を派遣する機関だ。
その巨大な組織は全世界における、勇者召喚・勇者出現に関するあらゆる情報の統括するとともに、魔王の世界侵略を阻むべく全並行世界に勇者を派遣する役割を持っている。
その、巨大組織勇者管理委員会の末端に、カルマの所属する抑制課はあった。
「んで? 今日の、お仕事はぁー」
まるでやる気ない声音を発しながらカルマは尋ねる。
抑制課に与えられたスペースは狭い。人数分ピッタリの机と椅子にホワイトボード。そして申し訳程度の給湯室。
抑制課の課長という立場にあるマリエッタの席、ホワイトボード側に体を向けるも、カルマは背凭れを抱え込んで、顎までも預けている。
「その前に、本日は重要なお知らせがあります」
書類を整理していた手を止め、マリエッタは立ちあがった。手元の操作でホワイトボードにスクリーンを用意し始める。
「なんだか穏やかじゃないわね」
リリアが呟いたのが聞こえたが、カルマは体勢を変える必要性を覚えずそのまま話を聞く。
「今年に入り、新規勇者は490名になりました」
異世界召喚された勇者を全力でサポートする勇者管理委員会。その場所で、不穏当かつ不吉な、一つの報告がなされた。
「で?」
不自然に落ちた沈黙に、意味が分からずカルマは首を傾げた。
「……あんたねぇ、わかんないわけ? 490人もの勇者が召喚されるってことは、並行世界の各所から、490名もどっかへと移動してる訳よ。行方不明者490人、で別のところで490人は住所不特定者になってんの」
「そしてまた、その490人は世界崩壊の危機として、魔王を倒すために呼ばれた――つまり魔王を倒す人手がそれだけ必要とされたということですね」
「魔王の力が強くなったか、あるいは魔王が増えたか」
リリア、アララギ、ライリと矢継ぎ早に状況を理解して言葉を述べた。が、カルマにはちんぷんかんぷんだ。
「意味、わかんねー……」
ぽろり、と本音を吐き出したカルマに、リリアが鬼の形相をして見せた。
「仕事が多いということです」
簡潔に、その他一切の背景事情もなしにそうマリエッタは説明した。
「本来、私たちの課は閑古鳥が鳴くほど暇である必要があります。それが今年は異常なほど、忙しい」
「……う、ん」
なんとなく、分かった様な気がして、カルマは頷いた。
どこかの世界で魔王が出現し、それに対抗するため勇者が召喚される。そして勇者は魔王を倒すために仲間を集めたり修行の旅に出たりする。
そんな勇者のサポートをするのが勇者管理委員会だ。
一つには召喚された勇者が召喚主と離れた場所に召喚された際に召喚主に出会えるよう勇者を導く。
一つには勇者が魔王側についたり戦いを拒絶したりしないよう心のケアをする。
一つには勇者が魔王と対峙するための仲間集めに協力ないし仲間そのものになる。
一つには勇者が国家や権力といったものになにがしかの圧力・不利益を受けないようにする。
そう言った勇者が魔王を倒すまでのサポートというのが委員会の本来の活動内容だ。そして、一面には召喚された勇者のその後のサポート。
魔王を倒した勇者が力に溺れて悪の道に入ることのないよう、また権力等に利用されたりしないよう。帰還の折のごたごたの処理、帰還陣がない世界で帰還儀式を代理で行ったり、帰還しない勇者の住居等の用意など。
勇者とは魔王を倒す素質ある者として選ばれるため、本来然程大量に人数は必要ない。それゆえ、一回勇者業を行った者が再度、別世界で勇者召喚されることも度々ある。そう言った、才ある勇者を勇者管理委員会で保護することもある。
一回一回元の世界に戻るのではなく、呼び出されない状態は管理委員会預かりとして、召喚の際に並行世界に赴くという手法であれば、行方不明が複数回続いて元世界の住人に怪しまれるといったことはなくなる。
かつて勇者を行い、また勇者の素質が豊富ゆえに度々勇者業を行う者――。そういう者たちが集まってできた組織こそが勇者管理委員会である。
つまり、新規勇者は委員会に所属する者たちにとって後輩であり、いろいろと手助けしてあげなければならない赤子のようなものだ。
再び魔王退治の要請が来るまでの待機中、後輩の育成をしようというそういう慈善活動団体。