第一話
「ありがとうございました」
懇切丁寧に、ライリへと頭を下げる女性。カルマへと視線をやるはずもなく、また同性であるリリアへも視線を向けず、一途にライリだけを見、ライリだけに話しかける。
精悍な顔立ちと高い身長、そして何より強い。身を守られた女性はほぼ百パーセントという可能性でライリに落ちる。たとえ男性であっても、ライリへと尊敬の視線を向ける者も多い。
(わかってるけどよ……)
それを見て面白くないのは当然、カルマだ。
命を懸けて守ろうとしたのはカルマだ。結果的にはライリが更にカルマを助けたので、女性を助けたのもライリということにはなりそうだが、そもそもカルマが女性に気付かなければ、女性は誰に助けられることもなく魔獣に噛み殺され、後で誰かに死体を発見されていただろうから、感謝を少しばかり向けられても罰は当たらないはずだ。
「それにしても、あなたなぜここへ? ここは特区として立ち入り禁止になってるでしょう」
町から離れた砂漠原。日差しの強い気候に季節が重なってこの類の魔獣が頻出するようになった。そのせいで砂漠原は現在、立ち入り禁止。町と町を渡るには大きく迂回して港のルートをいくしかない。
その話がカルマたちの耳に入ったのは数時間前。勇者として旅を続けるからには魔獣を見過ごせないと砂漠原に来て魔獣と遭遇、戦闘を開始。けれど、そこに女性が現れた。
「勇者様に差し入れを持ってきたのですわ」
不審気に語彙を強くして尋ねるリリアに、女性はあっけらかんと答えた。
何を馬鹿な。呑気にもほどがある。そう、カルマは思った。口には出ないが、リリアも同じ様な心情らしい。ライリの専売特許ともいえる、口をへの字に曲げる表情を真似してリリアは黙った。
つまり勇者一行――それもライリの容姿を見たか聞いたかして町から砂漠原までついてきたのだ。
戦闘中に無断で動いたカルマを叱りたい気持ちは女性を発見したということで萎んでいたが、この女性の危機感のなさにはやりきれない怒りをどこにぶつけようかとリリアは内心にストレスを溜める。
「帰って来たか……」
それまで砂漠へと強く視線を向けたまま沈黙していたライリは呟いた。視線の先、砂の巻き上がる先に朧気ながら二つの影。
待ち望んでいた人物に近寄ろうとして、体が重いことに気付いたライリ。
「……お前、邪魔」
胸を押し付けるようにしてライリの腕を取っていた女性に対し、そう冷たく言い放つと女性の体をリリアの方へ突き飛ばして再度行動を始めるライリ。
(相変わらずね……)
興味がないものは存在すら忘れる。女性を相手だからと言って、容赦はしない。一種、鬼畜とも外道とも思える行動も目的の為なら躊躇わず行う。それがライリだ。