第一話
「チッ」
囲まれた、という状況の不利にライリは舌打ちし、自らの剣に手を掛けた。
視線鋭く見据える先には獣がいる。四肢を曲げて今にも飛び掛からんとしている姿だ。
体表の黒は色というよりも、深い底。闇や影といった表現が正しい。
陽光が高い日中、最もよく見かける類の魔獣だ。
「おい、リリア」
目の前の魔獣から視線をそらさずにライリは仲間の名を呼んだ。
「わかってるわ。合図は三ね」
気の強い少女、リリアーゼはライリの高圧的な呼びかけを気にすることもなく、主導権を握る。本来なら命令する立場にある二人の上司がいないので、仮を任されたリリアーゼに決定権は今のところ、リリアーゼの方にあるのだ。
「3、2――」
「あ、こら!」
カウントを始めたリリアーゼだが、その合図が終わるよりも前に動いたものが二つ。一つは魔獣の内の一体。そして、もう一人の仲間。そして二つが動いたことで他の魔獣も攻撃を仕掛けはじめた。
素早く地面を蹴って距離を詰めてくる。
「くそが……っ!」
ライリはそう言いながらも剣を抜き、向かってきた魔獣を切り裂いた。
(カルマ!)
心の中でリリアーゼはそう、もう一人の仲間の名を叫んだが、戦闘は始まってしまった。
スリーカウントを取ると言ったにもかかわらず、それを待たない。敵魔獣がそれを理解する知能がなく、また待つ必要性もないのはわかっている。だが、睨みあいが続いていたのだから、合図に合わせて戦線を開くこともできた。だが、それよりも前、仲間の――スリーカウントを聞いていたカルマが先に動いた。
なんでこんなことに、と思わないでもないがそんなことを問い詰める余裕もない。
己の武器を懐から取り出し、急ぎ攻勢に出る。中距離型のリリアーゼは防御が甘い。敵魔獣に距離を詰められては困る。
折り畳み式の槍を振り抜きざまに組立て、自身を中心にして回転させる。
「あたしに気安く近づかないでよねっ」
槍に横殴りされた魔獣が吹き飛び、地面に溶け込むようにして影の形成が解ける。
「きゃぁあああ!!」
カルマの背後で女性が悲鳴を上げた。向かってくる魔獣への本能的な恐怖が導き出した答え、それが叫ぶという女性の行動だった。
対して、カルマは武器であるトンファーを両腕に固定して体制を低くして迎撃の構えを取るも、そのまま動けなかった。
奮い立つ闇の深い黒と、鋭い爪で裂かれる地面。距離が近づくにつれて大きくみえる魔獣の体、その息遣いの荒さと生臭さ。鋭い牙のびっしりと生えた咢が大きく開かれる。そして――
「何ぼーっとしてやがんだ!」
深緑がカルマと魔獣との間に入り込んでいた。
さっさと攻撃しろ!
横暴なほど俺様に、命令してくるライリ。庇われている、そう気づいた瞬間に反骨精神のようなものがカルマの中に膨れ上がって、金縛りにあったように動けなかった体はあっさりと動き始める。
ライリほど素早くはない、それでもカルマはありったけの力でトンファーを魔獣に叩き込む。