第二話
「俺はダン・サイレンだ!」
馬鹿に仕切ったライリの口調だけではない。名前を変な略され方をして、怒らない者はいない。ダンはライリの胸倉を掴み、告げる。
「名前も覚えられない頭、殴ったらさぞいい音がするだろう――ぜっ!」
頭を殴ったら、といいながら握った右拳を腹部へと放つ。だが、接触の直前、ライリの掌に受け止められていた。
気づいた時には遅く、ダンの拳は握り返され、手首を裏返す。痛みに怯むダンの左手をライリは体外方向へと強く押す。
力の方向を変えさせられたダンの体が外側へと引っ張られる。傾いたダンの肩に手を添えて後押しすると、勢いのまま半回転したダンの背に掌底を当てる。
ダンの体は先ほどとは逆、ライリを背に仲間へと押し出されて勢いのまま倒れ込んだ。引き連れてきた仲間もろとも巻き込み、数人で廊下の壁に倒れ込んだ。
「遅い。亀よりノロマでどうしてエリートを名乗るのか、恥ずかしい奴らだ」
ふん、と鼻で笑うライリ。
一瞬の出来事だったとはいえ、相手はエリート。同じ勇者でも差がありすぎる決着に、リリアは天才と秀才の違いを見せつけられた気分になった。
「てめぇ……!」
立ち上がり、怒気を露わにするダン。他の者たちも同じ。
収まるどころか悪化する状況にリリアが口を出そうとしたが、その前に柏手が空間を打った。
「はい、私闘は禁止ですからねー。休日返上したくなければ辞めなさい」
にっこり。常備された笑顔のまま、喧嘩の仲裁に入るアララギ。事態を収束するにはあまりにも頼りない。それではライリに反論されるだけだ。
「アララギ……。邪魔だ」
「ええー?これでも僕は君の上司なんだけどな」
予想通り、ライリに一蹴されたアララギは矛先をもう一方に変えた。
「キミ……えーとダサイくん?も上司にチクリますよー」
(いくら面識がないからって、それはないでしょう……)
喧嘩の口火を切った、名前に関するところで躓くとは。火に油を注ぐようなものだ。そんな調子で事態が収拾するわけがない。
「だから俺は――!」
それとも、と言ってアララギは薄く笑んだ。
いつものに表面上だけでもにこやかな笑顔ではない。奥底の見えないなにがしかを覗き込んでしまったかのような、そんな笑みに目撃してしまったリリアはゾッとした。
「君の場合、上司より彼に伝えた方がいい……?」
「やっぱり、あなたは苦手ですアララギさん」
正直、その二面性が怖い。
リリアに真正面からそんな言葉を告げられた当の本人はそうですか?などと笑みを張り付けたまま首をかしげた。
(やっぱり、苦手)




