赤鬼⑥
下段から弧を描くように放たれた一撃。
鋭い一撃に、バレンティノールは右手に持っていた短剣で軌道をずらし、素早く後ろに下がる。
背後に庇った男の事まで、気を回せない。しかし、空鬼は男に目もくれず、バレンティノールだけを狙ってきた。
バレンティノールが持つ短剣では、空鬼には届かない。さらに、後退。攻撃をよける以外、今の彼には取るべき手段がない。しかし、援護は横から入った。
「っ!」
カータの大剣が、バレンティノールと空鬼の間に隙を作る。
しかし、空鬼は真横からの攻撃に狼狽えることなく、半歩下がり回避する。つり上がった両眼をカータに向け、口元は嬉々として、獲物を迎え入れるように開いた。
その獰猛な笑みを見て、カータは横一線、手加減なしで剣を振るう。
けれど、その場に空鬼の姿はない。
視界から、唐突に消えた!
カータはとっさに、視線を下げる。
オニが、居た。
体を低く構え、突きの一撃を放とうとしている。咄嗟に、カータは体を後ろに引くが、間に合わない!
放たれた刺突は正確に心臓を目指す。だが、空鬼が切っ先を変えた。後ろからの斬撃を、剣で防いだのだ。
「魔族!」
バレンティノールが非難の声を上げるも、紺色のフードを被った魔族は、立て続けに空鬼に向け、剣を振り下ろした。細身の鋭い剣。しかし、重い!
空鬼が防戦一方になる。
「カータ!」
シャルネスの声に、カータが体勢を立て直し、空鬼に向かう。バレンティノールも、空鬼の隙を伺うように身構えているが、魔族と空鬼の一騎打ちに迂闊に手が出せない。
どちらも傷つけたくない。傷つけたくないが、このままでは空鬼が魔族に殺られてしまう!手加減はしてくれているだろうが、空鬼と面識がない魔族がどこま手心を加えてくれるか。
空鬼と魔族との剣戟が続く。
剣が扱えないと、カータに稽古をつけてもらっていると言った本人が、何を思ってそんなことを言ったのか想像も出来ないほど、空鬼の技量は高レベルのものだった。魔族がどれほどの使い手かは分からないが、互角にやり合っているところを見ると、空鬼が弱いはずもない。
「バーサーク状態。一種の興奮によるものだろうが、一時的に身体機能と反射神経が飛躍的にアップしている。簡単には押さえられないだろう」
アルメスがみなに聞こえるように声を上げる。
なるほど。しかし、本当にそれだけだろうか?オニ族としての本領が、今のクウキの本質なのではないだろうか?
戦うこと、殺し合うことに、喜びを、楽しさを見いだす。
それは、不安定な空鬼を見ていた、バレンティノールだから感じることだった。それを知っているのは彼だけ。しかし彼の声は届かない。否。認識さえ、していない。
剣戟が激しさを増していく。
魔族が徐々に剣の速度を上げてきた。程なく、空鬼はその速度に追いつけなくなるだろう。
案の定。押され始める。いずれ隙が出来るはずだ。そうすれば、バレンティノールとカータ、二人がかりで押さえることが出来る。
取り押さえて、正気に戻す!
剣戟が鍔迫り合いになるには、それほど時間はかからなかった。その隙を見逃さず、一息でバレンティノールは右、カータは背後から空鬼の動きを止める!
腕を伸ばして、引きずり倒す!
はずだった。
「っ」
魔族の剣を空鬼が弾く。
火事場の馬鹿力でも働いたのか、魔族はバレンティノールの方に向かってふっ飛ばされた。しかし、隙を突いてカータの大剣が空鬼の刀を絡め取り、上空へと弾き飛ばす!
その間、魔族とバレンティノールが体勢を立て直し空鬼へ向かう。しかし、空鬼はカータの正面にいた。
刀を弾き飛ばされた事など気にも止めず、拳を引き絞り、かつてカータが大怪我を負った箇所へ的確に掌底を放つ!
掌がカータの脇腹にめり込んだ。たまらず後方へと弾き飛ばされる。
空鬼の体勢が整う前に、動きを止めようと魔族が動く。細身の剣が鋭く狙うは足。先の攻防で、空鬼がついて行けないほどの速度で繰り出された斬撃を見舞う!よけきれるはずもない。
空振り。
左足を軸に右足を引いて、攻撃を回避した。魔族が空鬼の動きに遅れを取ったと言うよりも、まるで攻撃が来ることを分かっていたかのような動き。
カータに向けていた掌底を、今度は魔族へ向ける。
無理な体勢からの一撃は当たるはずもない。
しかし、左肩に衝撃!
掌底ではなく、足技。近距離故の体術での攻撃!
フェイントを織り交ぜての攻撃に、魔族が翻弄される。近すぎる。剣の間合いが生かせない。
そうと分かれば魔族が距離を取る。距離を取り、剣の間合いに空鬼を捉える。
今度は足ではなく、胴体へ。鋭い斬撃を放つ!
近くに名医がいるのだ。致命傷だろうとも、治療できる。
それは、魔族なりの空鬼への配慮だった。命までは取らないと。
しかし、鬼だ。相手は赤鬼。戦闘狂の赤鬼なのだ。
斬撃が空鬼へ迫る。確実に当たる!
その手に刀がなければ。
――ギン
カータによって上空へと弾き飛ばされた刀が、空鬼の手に収まり、魔族の剣を防いだ。
ありえない。そう、つぶやいたのは目の前の魔族だったか。
集中が瞬きの間途切れる。赤鬼の目が嗤った。剣を弾き、懐に潜り込む。刀の間合いではない。拳の間合いだ。
鳩尾に重い、重い一撃。
魔族が吹き飛ぶ。
慌てて、仲間が駆け寄るも嘔吐いて立ち上がれそうにない。
即席とはいえ、三人による連係攻撃を捌ききった。
わらう赤鬼が一人。




