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赤鬼⑤

 何も出来なかった。

 否、何も理解できなかった。

 先ほどまで、正門の先に居た。それなのに、どうして目の前に居るのか?

 魔法石に組み込まれた魔術式は強固なものだった。それがどうして、ただの剣に切り裂かれる?

 

 理解できない。

 意味が分からない。


 振り下ろされた剣先を見る。

 ああ。死ぬのか。

 それは、理解できた。理由は簡単。俺が、オニを怒らせたから。

 だから、皆殺しにされる。

 単純明快な理由。

 俺も、そうしてきたから。

 そんな人生を送ってきたから。そんな人生しか、送ってこなかったから。

 目の前の光景がゆっくりになる。今までの人生が垣間見えるほど、時間がゆっくりと流れる。


 ああ。俺。くだらないことを、してたんだな。


 そんな思いごと、今までの思い出ごと、真っ二つに切り裂かれた。



 理解できなかった。

 おそらく、この場に居る誰もがそうだろう。

 魔法を使った様子はなく、距離を一息で詰めたこと。

 魔術処理されていない、ただの剣で魔術式を切り裂いたこと。

 それを、理解できるものなど、この場には居ないだろう。


 例えば、ここに同族である鬼がいるとしたら(これは、空鬼と同じ世界の鬼という意味だ)、ああ距離を縮めたのは、鬼道の第十番台を使ったのだな、と分かったし。人の術など断ち切る、鬼気を乗せた一太刀だ、と理解できただろう。


 しかし、そうではない。

 ここは異世界。

 この場所には、異世界の人々しか、魔族しか居ない。

 異世界の技術など、誰も理解できないだろう。

 できるはずもない。

 だって、空鬼は誰にも何も言っていないのだから。

 誰にも、何も話はしなかったし、培ってきた剣術も見せてはいない。氏素性すらも曖昧にぼかしている。

 本質を誰にも見せていない。悟らせてはいないのだから。


 根底にあるもの。

 根本に抱えるもの。

 根幹に包んでいるもの。


 全て、人などに、見せるものか。

 だから、この場で分かるのは、バレンティノールだけ。

 彼だけが危うさを知っている。空鬼の怖さを知っている。


 寂しい背中を、知っている。


 見せている。話している。分かってくれているのは、バレンティノールただ一人。

 だから、彼は間に合った。



 真っ二つにされた。

 薄っぺらい人生ごと。くだらない人生ごと。

 真っ二つに、両断された、はずだった。


 そう思った。そう感じた。そうなる未来しか、なかったはずなのに。


 目の前には黒髪の男。

 その先に、切っ先を振り下ろしたオニが居る。


 顔を触る。切れていない。

 胸元を見る。切れていない。

 目の前を見る。俺の仲間を殺したオニが居る。


 オニが、俺を、見ている。


 視界が暗転した。



「落ち着け」


 気を失った男を背中に庇い、右手をクウキに向けて、ゆっくりと語りかける。


「落ち着け」


 それは、俺自身にも語りかける結果になった。心臓は爆発するぐらい、高鳴っている。

 けれど、クウキを落ち着かせないことには、この状況は変わらない。

 きっと、何かあったのだろう。こうなる原因があったのだろう。だからって、こんなことをしていいわけがない。


 危険なことは、するべきじゃない。


「落ち着け、クウキ」


 その言葉に、クウキがゆっくりと、目を上げた。

 切っ先から、目線をあげて、俺を見る。いや、後ろの男を見たのか。それにしても、いやに冷静だ。

 冷静な反応。

 切ったと思った男は、後ろにいるのに。狼狽えることもなく、困惑することもなく。

 淡々としている。


 斬り殺せなかった怒りなどなく。逃げられた焦りなどなく。邪魔された不快も感じていないかのよう。


 目線はピタリと男にあわせている。次いで、俺に向ける。

 男を切る直前まで獰猛に笑んでいたとは思えない、無表情。

 紅蓮の瞳に。紅色の二本角。深紅の髪。


 赤いオニ。


 瞳の色、髪の色共にいつも以上に赤く、紅く、朱くなっている。

 魔物の血糊のせいじゃない。元から、この色だったのだと。今までが偽りであったのだと。それは、一目見て分かるほど。クウキに馴染んでいる。


 ああ。心臓がうるさい。


 停滞が辺りを包んでいる。

 誰も、何も出来ない。呼吸さえも苦しいほどの、停滞。沈黙。

 俺は、もう一度クウキに声をかけようと、口を開ける。


 しかし、言葉は出ず、絶句した。


 笑った、から。

 俺に目線を合わせて。喜悦を滲ませるように。ともすれば、うっとりと見入っているかのように。俺に向けて嗤った。

 

 絶句。

 驚愕。

 焦燥。


 全てない交ぜになった感情が、渦を巻く。


――ぺろり


 赤オニは、獣が獲物を前に舌なめずりするように、下唇を舐めた。

 壮絶に。獰猛に。恐悦さえ滲ませて。

 ともすれば、色気すら感じるほどの。


 止められない。

 止めることなど、出来ない。

 出来るはずもない。

 そう、直感した。


 クウキが剣を後ろの男から、俺に向ける。

 実際は、剣先は地面に向いたままだったが、態度が、雰囲気が俺に、標準を合わせるように。標的を合わせるように。変わったのが分かった。


 敵として、俺はクウキの眼に映った。


「ーーー!」


 制止の声をあげようとした。

 しかし、その隙を突くように、クウキが俺に向かって、下段から剣を振り上げてきた。


 俺じゃ、おまえを止められないのか?




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