赤鬼④
誰もが、男の正体を掴みかねていた。
魔物を一人で殺しつくしたと、兵士の一人が証言し、他の者も否定の言葉をかけない。
何をしているのか。殺しつくした魔物の死体の中にぽつんといる。
ぽつんと一人で。まるで、独りかのように。この世に、ひとりだけ。
それは、見たことのある背中だった。
一人でたたずむ寂し気な背中は、何時だったか、ディルスのところで見かけた背中だ。
「まさか」
つぶやきは勝手に漏れた。
誰にも拾われることはなかったが、俺は自分の勘が外れていないことが分かってしまった。
あれは、クウキだ。間違えない。でも。本当に?
「早くあいつを捕まえてくれ!俺の仲間は全員あいつに殺されたんだ!!」
「先に、私の孤児院に手を出したのは貴様だろう。それを、まるで己が被害者かのように言うのは止めてもらいたい」
アルメスは軽蔑した眼差しと口調で、男に当たる。
さすがに、見とがめたのか、そこに王太子が割って入った。
「落ち着けアルメス。こやつには正当な裁きを下さねばならん。【守護の結界】の破壊。どんな理由であれ許されん。ましてや、自分の勝手な都合でこうも好き勝手されたのだ。許すつもりもないが。ひとまず、ドルツ殿に連絡を」
兵に命令をし、続けて指示を出そうとしたところに、男が声を被せる。
「そうだ!親父に連絡してくれ!俺を助けてくれ!」
「どこまでも自分勝手な奴だな。彼の苦労がしのばれる」
「勝手を言ってるのはお前だろうが!王族だからって偉そーにすんな!俺の親父は王族だって頭を下げるんだぞ!」
「ふざけたことを」
男の言葉に、今度は王太子が声を強める。
そこには、一国を背負う男が居た。
「貴様の父は、災害時の寄付や道路整備等、多岐に割って国に貢献してくれる稀有な御仁だ。普通、自己の利益を好きにできる商人は、金銭価値がないことに意味を見出さない。だが、ドルツ殿は孤児や病弱な者たちに施しをしてくれる。だから、わたしたちは彼の献身に礼を尽くし、時には感謝で頭も下げる。貴様のように何も持たず、すっからかんな者に何故同じ対応をする必要があるのか」
「な!俺の親父だぞ!」
「だからなんだ。ドルツ殿はドルツ殿ただ一人だ。貴様ではない。所で、貴様の名前は何だったかな?」
――自分の名も名乗れない方に、何ができるんですか?この子らにもう、関わらないで、下さいね。後、迷惑な生き方は、親御さんに失礼ですよ
この時、空鬼の言葉を思い出したのは、同じように無関心の目線を向けられたからかもしれない。
誰も、お前のことなど知りはしないと。
そう、言われているかのよう。
だから、彼は最悪に最悪を重ねた。
「あ、お、おれを、俺、を!」
暴れていたため猿ぐつわは噛まされても、縄はかけられていなかった。兵士に力づくで押さえつけられていた男の両手は自由だった。
「俺を!馬鹿にするな!!」
懐にしまい込んでいた宝石を取り出す。それは、不気味に赤く輝く宝石だった。
「魔法石!?」
兵士の一人が声を上げ、王太子を守るために飛び出した。しかし、男は王太子に向き直ることなく、眼前につき出す。
「お前が居なけば!」
術式を刻印された魔法石は、男の意思に呼応するように光る。
とっさに、ヴァレンティノールは魔法石が向けられた先に目をやった。そこには、赤オニが、居た。
紅色の角。紅蓮の瞳。
見たこともない、獰猛な笑みを浮かべた、オニが居た。
あれが、クウキなのか?
判断できなかった。
垂れ目がちな目元は吊り上がり、額に雄々しい二本角を生やし、獲物を前にした猛獣のように笑む男など、知らない。
だとしても、止めなければ!
男の持つ魔法石は少ない魔力でも高威力の魔法を撃てるものだ。
術式が魔法陣となって空中に展開され、魔法を打つ前に。
視界の端で魔族達が魔術を組み上げるのが分かった。加勢するきか、それとも男からクウキを守ってくれるのか。
何でもいい。
狂った男を止められるなら。
もう二度と使用しないと決めた、闇の力を使ってでも止めて見せる!
そう思っていた。
いつの間にか、居た。
展開された術式が澄んだ音を立てて、割れる。
否。切り裂かれた。
魔法で編まれた術式を。ただの剣で断ち割った。剣にしては形が違うが。魔術処置されていないただの刃に違いなく。なのに、何の抵抗もなく、切られた。
目の前には赤オニ。
両目を吊り上げ、血糊で赤く染まり、喜悦を湛える口元。
術式を絶ち切った剣は既に振り上げられており、男の額に向いていた。
男に向けて、振り下ろす。
一切の躊躇なく。
呼吸するがの如く。
男は瞬きもできず、受け入れることしか出来なかった。




