変調の兆し②
夜が明ける。いつもの一日が始める。朝日も、青空もいつもと同じだ。
変わらない日常の中で、いつも通りが過ぎていく。
「今日もよろしくお願いします」
「はい。任せてください」
昨日と引き続きアンネさんは孤児院を留守にすると、昨日のうちから聞かされていた。
子供達も分かっていたから、いってらっしゃいと手を振って見送っている。
「さぁ!あとかたずけと洗濯する組に分かれてね!」
みんなのお姉ちゃん-アイゼルちゃんがそう声をかけて、子供達は楽しそうに駆けていく。
「クウキはお洗濯組ね!」
アイゼルちゃんはそう言って、片づけ組の子たちと一緒に洗いものにとりかかった。
子供たちの笑い声が朝の穏やかな時間に響いている。
僕は庭に出て、大きな洗い物を片付けていった。
玄関先を気にしながら、子どもとたちとたわいない話をする。今日も天気がいいね。雲一つもないよ。よく乾くね。おやつは何がでるかな?
そんな当たり前の話。幸せな時間。
この子たちのこれからに、必要な大切な瞬間だ。だから、いつまでも続いてほしいと願う。
「ルトくん」
僕は、隣にいたルトくんに声をかけた。
「なんだ?」
「ちょっと、お客さんが来たみたいなので、僕見てきますね」
「分かった!」
元気よく返事を返してくれた。昨日のこともあるからか、今日は素直に言うことを聞いてくれる。
◆
向かった玄関先には、見たことのある男がいた。
「お。偶然だなぁ」
偶然?訪ねてきておいて、偶然があるのだろうか?
昨日会った男が立っていた。確か、ドルツさん。いや、それは彼の父親だったっけ?
名前を名乗らなかった男と、昨日と同じような取り巻きの男性たち。そして、頭一つ分背が高い男。ひょろ長いといっていいほど、細身だ。
「もしかして、いっつもあの化け物たちの面倒をみてるのか?疲れるだろ?今日ぐらい休んだらどうだ?」
どうしよう。言ってる言葉の意味が一つも理解できない。
「おい!俺が優しく言ってやってんだろうが!!もういい!あんた。こいつも殺しちゃっていいぞ」
「おやおや。お話だと子供たちをということでしたが、彼もいいのですか?」
「ああ。構わない。こいつを殺して、死体を片付ければ、化け物を殺したのはこいつって、ことになるだろう」
「なるほど。天才的なひらめきですな。感服いたしました」
「そうだろう!」
どうしよう。彼らが話していることが、一つも理解できない。
けれど、ひょろ長い男は油断できないな。たぶん、さぁくすさんやテットルさんたちと同じだ。そんな感じがする。
「では。そういうことですので」
にこりと、笑顔ではない顔を向けられる。どうしようか?まさか、玄関先で殺しをするわけにはいかないよな?
「おーい。クウキ。お客さんもう帰ったの・・・」
僕が考えあぐねていると、ルトくんが小さな子たちとこっちにきてしまった。
ああ、まずいな。
「おまえ」
ルトくんも昨日の男性は覚えているだろうから、声が震えている。
昨日の仕返しに来たと思っているのかもしれない。
「おいおい。混ざりものの癖にこの俺に向かって、そんなこと言っていいのか?こんな孤児院、潰すのなんてわけないんだぞ!!」
「そ、そんなこと、アルメス様が、ゆるさない、ぞ」
「医者ひとりに何ができる!医聖だともてはやされているだけだろうが!!」
この、男もいい加減うるさいな。ほとんど、一人で話しているし。
「そうですな。たかが、医者ひとりでは、街は救えますまい」
「分かってるじゃないか、ルッツ。よし、料金割増しにしてやる」
「ありがたい」
るっつ。分かりやすい名前だ。否。分かりやすい偽名だな。
金銭のやり取りがあるのならば、相手は手練れだ。僕も気を引き締めないと。この世界の魔法で、来られたら厄介だ。
「クウキ・・・」
ルトくんが不安そうな声を上げた。僕はいつもどおり、笑って見せる。ルトくんと周りの子たちが少しだけ、安心したように肩の力を抜いてくれた。
ああ。この子たちには笑って居て欲しい。
「大丈夫です。アンネさんかアルメスさんに連絡を取ってくれませんか?」
子供たちをここから、遠ざけないと。
緊急時の連絡方法を子供達なら知っているだろう。僕も教えてもらったけれど、いまいちわからなかったんだよなぁ。
分かった、とルトくんは小さな子たちを連れて離れてくれた。
「ちっ!ルッツ。早くやれ!」
男の命令に、枝のように細い腕を正面に掲げた。その掌には、見たことがない文様が黒く刻まれている。禍々しいような、這いずるような文字だった。
「まず、中身を頂きましょうか?」
?どういう意味だ?
男が伸ばした腕が半ばで、切断されたように消えた。同時に、胸に違和感。
咄嗟に、視線を下げると、ずぶりと腕が、枝のように細い腕が僕の胸に埋め込まれていた。手首まで、突き刺すように。
咄嗟に、後ろに下がった。
痛みはない。ただ、喪失感があった。
膝を曲げて胸に手を置く。鼓動が早鐘のように鳴り響く。けど、それだけ。出血はない。痛みはあるけれど、怪我はなかった。
ただ、大切なものが、奪われたような。
「はは。これは、凄い!」
隠していたものを無理やり、ひっぱりだされたような。
「こんなものを体の中に入れていたのですか?いやはや」
この世界で僕だけのものが。
「心臓を抉り出してやろうと思っていたのですが。はは!面白いですね。あなた」
唯一、僕だけに作られた刀が。
「それに、美しい。このような作りの武器は初めて見ました!」
奪われた。喪失感。憤怒。そして、殺意。
「これは、私のものにしましょう」
瞬間、目の前が真っ赤に染まった。




