変調の兆し①
「ただ今、戻りました」
宿に戻って、部屋へと入る。そこには、心底疲れた顔のレンさんとカータさんが居た。
「ど、どうしたんですか?」
さすがに、ここまできつそうな、疲れた姿は見たことがない。
もしかして、討伐が失敗したのだろうか?
「いやー。王族が居たもんでな」
怪我をしてないか、さりげなく確認していたら、カータさんが思いもよらない言葉を口にした。
「え?王族ですか?前、会いに行ってましたよね?」
「ああ。王太子府にな。別に、其処はいいんだよ。行くってわかってたし、居るって覚悟していたし。けど、いきなり出てこられるとなぁ。心構えとか、・・・・色々あんだよ」
その色々で、疲れたらしい。
「俺。冒険者登録もしてないんだけど・・・・」
そして、例のごとく、王太子?に気に入られた様子のレンさん。
「そうなんですね。お疲れ様です。お水いります?」
労いの言葉をかけると、疲れたような笑みが返ってきた。本当に、疲れているようだ。
まぁ。カータさんは病み上がりなのに、戦闘をこなしているし。レンさんは一般人を強調しているけど、戦えるから引っ張っていかれるし。
ちょっと、一人だけ立場が違うと、なんだか申し訳なく思っちゃうな。
「・・・・明日」
「はい?」
水を一息で飲み終えて、レンさんが絞り出すように声を出す。
「明日さ。もしかしたら、ちょっと、街が危なくなる、かも」
そう突然言ってきて、びっくりした。
街が危なくなる?
「まぁ。ここは、城壁もあるし強力な結界も張られている。魔物が易々と侵入できるわけないが。万が一ってことがある。その時は、気を付けろよ」
「危なくなるようなことが、今起こってるってことですか?」
「う~ん」
二人そろって、唸った。
疲労とは別に、困惑の表情だ。本当に、今日は何があったんだろう?
「あー。簡単に言うと。何か、そんなことを言ってきたやつがいる。そいつ曰く、今起こっている小規模の異常繁殖は故意に引き起こされたもので、陰で操っている奴がいる。その人物が近々、街に魔物をけしかける。ってものなんだけど」
「今日、王太子殿下がわざわざ俺たちのところまで来て、それを伝えてきた。信憑性は限りなく、低いとは言ってたけど。どうも、なぁ」
カータさんがため息をつき、レンさんが肩をすくめる。
二人の戦士がここまで、身構える明日に何かがあるのだろう。カータさんは一流だし、レンさんの戦い方は見たことがないけど、カータさんよりも上手だろう。
「ああ。アルメスのやつがピリピリしてたし。可能性が低くとも、絶対にないとは言い切れない、らしい」
「どんな人が言ってきたんですか?」
偉い人やアルメスさんが可能性が低くとも、信じるような情報だ。でも、カータさんが胡散臭そうにしているから、ギルドの人じゃなさそう。
いったい誰が、言ったんだろう?
「魔族だ」
ちょっとだけ、何を言われたか分からなかった。
「魔族、ですか?あの魔族のことです?」
「ああ。その魔族だ」
「それは、その、なんというか・・・・」
「だろ?でも、わざわざ忠告しに来たってことは、まぁ、今回の件はあっちでも、苦労しているってことらしい。どうも、魔族の国の方でも、そういった異常事態が発生しているらしくてな」
だから、国境を越えて、こうして忠告のような、警告のようなことを言ってきたということだった。けれど、それは人と手を組むといったことでは、決してないだろうけど。
「協力関係、っていうんですかね?そういう、関係を結んだんですか?」
「結んでねーよ。基本、魔族の国と人間の国々は国交断絶だ。唯一、ドラゴニアたちの国が友好国として人との間を取り持ってるけどな。それを、飛び越えてきたんだろ。けど、王太子殿下も表立って、協力関係を結べないから、秘密裏ってことになるなぁー」
「それは、なんとも・・・」
秘密裏にと言われたところで、事態が深刻すぎる。本当に、街に魔物が押し寄せてくる事態になれば、何も説明しないわけにはいかないし、避難だって容易ではないだろう。
「もし、本当なら街はどうなります?街の、人々は」
少しだけ、子どもたちの顔が頭をよぎった。
「そりゃーそうだけど。だからって、今日明日、避難は無理だろう。もとより、ここを出たら安全な場所なんて、王都ぐらいだ」
そんなところまで、移動している時間はさすがにない。つまり、籠城しかないわけだ。
「クウキ。もし、万が一にでもそんなことになれば、お前は冒険者登録しているから、逃げずに戦えよ。俺たちが到着するまででもいいから、一人でも多くの人を助けなきゃいけない」
「はい。そうしますね」
「・・・本当にわかってんのか?」
「え?はい。分かってます。アルメスさんの孤児院にいる子供たちも守りたいですし」
「そうか」
カータさんは疲れたようなため息を吐き出した。僕おかしなこと言ってないけどな?
でも、レンさんはどう思っただろう。僕のことを探るように見ているだけで、結局「飯にするか」と部屋を出た。
僕とカータさんも後に続く。
薄暗い帰り道で感じた勘は、まだ消えていない。




